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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
聖モリアッド修道学院編
130/318

女学生の日々4




 就寝時間から三法刻が経過している。僕は制服に着替え直し、刀を携える。隣三部屋の子達は眠っているのか、物音一つしない。ゆっくりとドアを開けて自室を出る。目指すのは隣、元エオの部屋だ。


 この現象が直接的に事件に関連しているのだという確証は無いが、エオ本人に無関係という事だけはあるまい。兎に角、何か一つでも手がかりを得ねば、だらだらと女学校生活を送るだけになってしまう。


 鍵は宿直室からちょろまかして来た。無くても入れるが、余計に魔法の行使などはしたくない。細心の注意を払って魔法を行使した痕跡を消しはするものの、ここは他人の土地だ。誰が察知するかも分からない。そういう意味で、物理的に鍵を使った方が良いだろう、という判断だ。


(むっ)


 気配がある。エオの部屋の前から離れ、音を立てぬように壁際に寄り、気配を最小限まで抑える。灯りこそあるが、この暗さでは近づかねば見つかりはすまい。


 気配は近づき、やがて僕の部屋の前で止まった。数回の控え目なノック。


 相手は、反応が無い事に少し残念そうである。このままやり過ごそう……そう考えて彼女が去るのを待っていたが、なんと、彼女は鍵を取り出した。


(……僕の部屋の合鍵なんてあるのか)


 一体どういう意図か。彼女が敵対者だというのならば……寝間着では現れまい。


「エメラルダ」

「あひっ!?」

「いったい何をしているのですか」

「あ、あ、あ、え、とぉ……」


 来訪者……エメラルダは、自分の右手に持っていた鍵を隠し、笑顔で誤魔化す。ナイトキャップがズレて落ちて、それを拾おうとした拍子に、鍵を落とし、更に拾おうとして一歩前に出て、鍵を蹴飛ばし、都合良く、僕の目の前まで飛んで来た。


 ドジすぎる。その完璧なお嬢様のお顔で? ドジ? 強すぎるのでは? 


「この鍵は?」

「わ、私は、ななな、なんて間抜けなの……」

「一連の動作は物凄く面白かったですが……持っているものはダメですね、コレ」

「あ、う、うー……ゆ、許して?」

「ええ……?」

「そ、そういえば、貴女こそ、どうしましたか。こんな夜更けに、制服で、帯刀までして」

「お手洗いです。オバケが出るそうなので、怖くて怖くて」

「帯刀までしてしまったと……?」


「オバケが出たら全力で逃げるじゃありませんか、逃げた先が外だったら、寝間着で外に出る事になるでしょう。女としてそれも困ったなと思ったので、完全防備ですよ」


 物凄く適当に吐いた嘘だが、エメラルダは『ちゃんとしているのですね』と感心している。

 まあそれは良い。いったい何の用事か。


「人様の部屋に、公開されていない合鍵まで持ち出して入り込む理由って何でしょう」

「そ、それは……ま、待って。警戒しないで欲しいの」

「寝間着でヒトを殺しには来ないでしょうけれど」


「実は……その、私も、オバケが怖くって。お昼に、ケイルスタがあんな話をするから、思い出してしまったのです。彼女は、知らないのかもしれないけれど……」


「エメラルダは『アレ』を視たのですか」

「貴女も、視たのですね」

「部屋の中へ」


 エメラルダを部屋に招き入れ、樹石結晶灯菅ランプを灯す。彼女は何も言わず部屋の奥まで入って行くと、ベッドの上に寝そべった。行動が早い。


「怖くて、僕のところへ?」

「貴女なら、オバケも怖くないと思って」

「合鍵まで使って入ります……?」

「あ、謝ります。ごめんなさい。ごめんなさいしますから、近寄ってください」

「はあ」


 エメラルダという女性が、いまいち良く分からない。こんな、現れて数日しか経っていないニンゲンに対して、夜半に訪れてしまう程気を許しているのだろうか。第一印象というのは大切だが、彼女の場合、それがそのまま適用されたりはしないのだろう。


 エメラルダに促されて僕もベッドに腰掛ける。彼女はじっとこちらを見ていた。


「美しいお顔」

「それはどうも」

「動きの端々からは、貴族の子女らしさはあまり感じません。というか、男らしい」

「……」


「男性の多い環境にいらしたのでしょう。竜騎士の親族ともなると、女性にも強さが求められるのでしょうか」


「僕個人の事です。皆は普通ですよ」


「つまり、貴女が普通ではなかった。ええ、そうでしょう。だって、強くて美しくて、まるで黒い宝石のような女性ですもの。本当の実力は、どれほどなのですか。クレアでは、魔法すら使って貰えなかった様子ですし」


「さて、基準を何にするかですが……十代の少女が使うような魔法は覚えていません。もっぱら……ヒトを殺す為のものばかりです。エメラルダ」


「は、はい」


「怖いでしょう。僕は、その気になればこの学院のニンゲン全員を、一瞬で殺害出来る程の実力があります。歩く兵器です。そんなニンゲンの部屋に、夜中現れるだなんて、不用心ですよ」


「それは、大丈夫ですよ」

「何故そう言い切れますか。こんな怪しいニンゲンですよ」


「貴女は、楽しくヒトゴロシをするような目をしていませんもの。もしかすれば、言った通りの実力があるのかもしれませんけれど、貴女は私を斬りますか?」


「……斬りません。なるべくならば、僕の手は、ヒトを救うためにあって欲しい」

「これは、女の勘ですけれど」

「ええ」

「……エオの、お知り合いでしょう」


 エメラルダは、枕に顔を半分埋めて、こちらを覗き込んで言う。その勘がどのように働いたかは知らない。僕の行動から読み取っただけなのかもしれない。ただ経験上、女の勘というのは、時折恐ろしく正確だ。


「知りませんね」

「そう。でもね、エオの部屋の鍵が別のものに差し替えられていました。持っていませんか?」

「宿直の教導神官様も、グルで?」

「私に逆らえるヒトなんて、いませんもの。クレアだってそう」


 公爵御三家の一つに数えられるバイドリアーナイの娘でも、エメラルダには逆らえないのか。貴族間の序列に僕は詳しく無いが、中央の政治において、その差が明確に存在しているのだろう。


「持っています。鍵。怪談には興味が有りましたし、何せ昼間、視てしまったので」

「あの子は、まだ、学院内を彷徨っている」

「……」

「エオは。エオは、きっとこの学院を恨んでいるのです」


「クレアとケイルスタからある程度聞きました。あまり良い扱いはされていなかったとか。喋るのは貴女達上位組二人だけ。何が彼女をそうさせてしまったのでしょう。人当たりが悪かったというのならば、他にも居るでしょう」


「たぶん、みんな、怖かったのだと思います」

「怖い?」


「……容赦が無いのです。入学したての頃の事です。彼女は出自を隠していましたし、誰の子だどこの小物だと馬鹿にされていました」


「それは聞きましたね」

「別に、口でからかっている間は良かった。けれど、とある子が、手を出したのです」

「……」


「私は隣で見ていました。その時の……まるで、自分を害した虫でも見るかのような、あの目。エオは、その手を出した子の髪の毛を毟り取って、二階から外に放り出しました」


「うわ、エグ」


 何してるのだ、あの子は。


 しかしこの話で、クレアの話が裏付け出来る。それはきっと懲罰だったのだ。自分よりも格下の者が、上位者たる自分に対して無礼を働いたから、無礼打ちにした、という事だ。彼女は当初、相当階級に五月蠅かったのだろう。


「以来、彼女に触れるヒトはいませんでした。放り出された子は、当然親に縋りましたが……」

「お咎めなしと」


「はい。誰も、彼女を罰さなかった。そこで、皆何となく、気が付いたのだと思います。エオという少女は、どこかの大貴族の隠し子なのだと。それこそ……私やクレア、リットと並ぶか……それ以上のヒトの子なのだろうと」


「以降は、どうでしたか」


「大きくなるにつれて、激しい調子は無くなりました。相変わらず何かを見下したような節はありましたけれど、表には出さなくなりました……」


「虐めはなくならなかった。特定不能の陰湿なモノに切り替わった」

「……はい」

「結果、本の虫になったと」


「授業以外の殆どを、図書室で過ごしていました。それと、保管している魔導書は全て遠ざけられましたね。何せ、一目見て、全部覚えてしまうので。図書室の本は全て読み終えて、以降は図書室の端で、呆けている事が多かったと思います……ああ、けれど、一冊だけ、擦り切れるまで読んでいた本が、あったかと」


「なんというタイトルでしょう」


「目立つ本だったので、姿かたちは知っていますが、ヒトに触られるのを嫌がっていましたから、分かりません。その本も、今はどこにあるやら」


 エオが抱えていた闇が、露わになって来る。皇帝の娘であるという自覚を持ったまま、自分よりも劣る者しかいない(と思っていただろう)修道学院に詰め込まれた彼女が、ヘソを曲げない訳が無い。更に才能まで飛び抜けていたのだから、その若さ故の傲慢から、周りには馬鹿しかいないのだと、思ってもいただろう。


 その辺り、性根は今も変わらないのかもしれない。

 ただ、彼女はニンゲンになる努力をしたのだ。


 下々にも優しく出来るようにと。なるべく対等にあれるようにしようと。

 しかし、報われる事無く時は過ぎ、その結果が今の彼女か。


「それで、恨んでいると」

「少なくとも、ここに彼女の幸せは無かった。だから……」

「……彼女のオバケを視たというのは、いつ頃ですか」


「エオが居なくなって、直ぐです。時折……私が一人になった時を、まるで狙うようにして、現われるのです。視たという子は、他にもいました」


「恨まれてます?」

「そんな! そんな……事は……」

「少なくとも、自分は彼女に優しく接してあげられていた、と」

「そう、思いたい、のですけれど」


 クレアは『何となくで付き合われていたような気さえする』といった感じだったが、エメラルダは自身がエオの友人であったという自覚があるらしい。その彼女に向かって現れる、というのは随分意地悪ではないか。


 もしくは、エメラルダの言葉が嘘で、むしろ虐めの主犯であった、という事も否定出来ないが。


「じゃ、隣見てきます。怖いならココに居てください」

「ええ? どうして今そういう流れに?」

「いや僕、その為に部屋を出ていた訳ですし」

「あ、お手洗いでは、なかったのですね」

「(信じてたのか……悪い事出来る子じゃないよなあ……)では行ってきます」

「わ、わたしも行きます」

「そうですか。まあ何もないとは思いますが」


 エメラルダが起き上がり、枕を抱いたまま立ち上がる。それは僕の枕なので奪わないで欲しい。

 ともかく、彼女を引き連れて部屋を出る。直ぐ隣だ、他の者に気が付かれても面倒である、一切の躊躇い無しに鍵をあけ放って中へと入る。


 ガランとした室内。備え付けの家具以外は何もない。当然といえば当然だ。


「ここで、物鳴りがしたり、不気味な声が聴こえるのでしたっけ」

「そう言われているけれど……」


 何の変哲もない、何もない部屋だ。一応シーツが敷かれたベッドに腰掛け、何をするでもなく周囲を窺う。エメラルダはおっかなびっくりで、僕の腕をガッチリ掴んだまま動かない。


「む」

「ひっ」


 やがて、部屋の中にビシッ、ビシッ、という音が響き始める。寄宿舎は木造であるから、湿度や気温変化で構造物が伸縮し、物鳴りが起こる事はあるだろう。暫くそれが続き、やがて収まる。


 すると僕の前に、ぼんやりとした影が浮かび上がった。昼間視たものよりも、薄い。


「あっ、う、あ」

「エメラルダ、静かに」


 霊。霊、だろうか。僕の魔力感知が鋭くとも、存在自体が希薄すぎる為に、強さを感じない。言うなれば自然に溢れている魔力湧出場、程度だろうか。自然現象と大差が無い。


 影はこちらに意識を向ける事も無く、部屋の中をうろうろしている。


「……これは」

「な、何か、感じますか、ヨーコ」

「……"生活"していますね」

「え?」

「つまり、この影、日常生活を送っているのですよ」


 部屋をうろついたかと思えば、机に向かって何か作業をしている様子を見せたり、ベッドに寝そべってみたり、床でストレッチを始めたりと、光景だけ見ていると大変滑稽であった。そこに恐怖行動の一つもない。


 昼にお手洗いで視た影も、本当にお手洗い後、鏡を見ていただけ、という事になる。


「エオの霊は……まだ学院で生活している、つもりなのですか」

「エオかどうかは分かりません」

「でも、影のフォルムは、どうみてもエオです」

「おっと、移動するようです。追いかけましょう」

「ええ……?」


 影は部屋で何かしらを準備するような仕草を見せた後、部屋を出て行った。僕も当然それを追いかける。微弱とは言え固有の魔力の色が、ほんの少し視えている。それを追いかけるだけだ。


 エメラルダの手を引いて部屋を出て、影の行く先にあたりをつける。


「階段を下りましたね。外でしょうか」

「降りた先を左に。裏口でしょうか……」


 寄宿舎の裏口を抜け、更に追いかける。向かった先は、礼拝堂だ。


「エメラルダ」

「はい」

「かの影の行動は……"いつの時間帯の彼女"だと思いますか」

「休日、でなければ、夜でしょう。そうでなければ、ああして部屋にいませんもの」

「そうですね……」


 あの影がどの日常を送っているか。考えるに、休日の線は薄い。影の一連の行動を鑑みると、かなり習慣化されたものだ。休日とて図書室に籠っていたのだろうから、これは『夜の行動再現』であろう。


 影を追いかけ、礼拝堂へと忍び込む。いつでも生徒を受け入れる為なのか、鍵は掛かっていない。かといって教導神官が見張っている事も無い。影は礼拝堂の正門から堂々と入って行き、やがて視えなくなった。


「いない、ですね」

「魔力の痕跡を追います」


 かなり薄いが、ここで見失う訳にはいかない。精神を集中し、視る事にだけ神経を使う。これが、何のなじみもない人物であったならば探れないかもしれないが……もう半年近く一緒にいる、彼女の気配だ、見紛う筈もない。


 彼女の髪の毛と同じ色。うっすらとした金色の帯が視えた。


「私には辿れません」

「僕は視えました。大樹と竜のレリーフの下」


 正面。大樹と竜のレリーフの下には祭壇があり、大樹教における汎用供物である『リンゴ』と『麦酒の盃』と『トネリコの枝』が捧げられており、その下には石畳の上に赤い絨毯が敷かれている。


 ちなみに供物のリンゴは不老長寿を、麦酒は歓待と繁栄を、トネリコは永久輪廻を司っている。


「ここ、まあ教導神官以外は立ちませんよね」


「ええ。供物を捧げる時のみ近づく程度で、祭壇の下に敷かれている赤絨毯は本来、神官しか踏む事を許されていません」


「どれ」


 失礼して絨毯を捲り上げる。見た目にはさほど変わり無さそうだ。教導神官等が毎日掃除しているであろうから、埃が無いというのも当然である。が、それで確認を終える程素直ではない。僕は携えた刀の鞘の小尻で地面を数度叩く。


「空洞音。石畳の下に何かある」


 大きさを測る為、叩く位置を変えて行く。どうやら祭壇前数大バーム、大人が二人並んで入れる程度の穴が、石畳の下にはあるようだ。


「スイッチらしきものが見当たりませんから、魔法の合言葉か何かが必要ですね」

「……」

「エメラルダ?」

「これは……なんでしょう? この下に、何があると?」

「さあ。ただし、ヒトが入って行く為の穴はあるでしょう」

「……私はそんなもの、聞いた事がありません。学院長は黙っていたのでしょうか?」


 ……本当に知らないのか、しらばっくれているのか。

 ただ今確かな事は……エメラルダの顔色が酷く、悪いという事である。


「戻りましょう。長居は無用。調べるのはいつでも出来ます」

「え、ええ」

「他言無用に。出来ますか、エメラルダ」

「……出来ます」

「宜しい、では行きましょう」


 疑問と疑念を残し、僕等は礼拝堂を後にする。

 この下には何かある。いいや、なければ困る。

 これこそが……エオに呪い文字を植え込んだ者への手がかりで間違いないのだから。




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