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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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エオの憂鬱2



 それから日が暮れるまで執筆を続けた。


『治癒神友の会』の一応の体裁が整うようなものに出来上がり、エオは満足げに身体を大きく伸び上げる。リーアはいつの間にか横になって寝息を立てていた。こうしてみると、まるで妹のようだが、生憎身体的にはリーアの方が大きい。


 リーアは正確にいつ生まれた、という事は解らない様子だが、最初の記憶から辿るに、まだ一年も経っていないと見える。


『この辺りから下ってきた……とおもう』


 地図を指さしそう言っていたので、出身は恐らく、バイドリアーナイ公爵領の北、ノードワルト大帝国皇帝直轄森林地であろう。


「うふふ。可愛いーですねえ。エオの神様は可愛い。可愛いのは良い事です……さて、お夕飯の用意でもしますかあ」


 ヨージはどこをほっつき歩いているのか、いつまでも戻る気配が無い。しかし彼が持って行った荷物を見るに、獲物の一匹や二匹は狩って来るであろうから、お湯を沸かすぐらいにしておこうと考え、エオは納屋(仮シュライン)の外に出る。


 だいぶ陽が傾いている。エルフ族は夜目が効く上にサバイバルの達人であるから、何も心配は無いだろ。


「あらいやだ。帰りの遅い旦那を待つ若妻じゃあるまいに……うふふっ」


 とはいえ、村を歩いていて『夫婦か?』と聞かれたのは一度や二度ではない。

 そのような村の認識が彼を後押しするならむしろ好都合である。既成事実に乗っかってドン、だ。いけるいける。


 修道院に男っ気は無かったが、別に大樹教が異性交遊を禁じている訳ではない。大体の場合、娘に変な虫が付かないようにと押し込める場所だ。


 大樹教はそもそも森の恩恵を受ける人類が繁栄する為の宗教であるので、むしろ性に関する縛りは限りなく少ない。自分を虐めていた奴らが今の状況を見たら、地団駄を踏んで悔しがるだろう。


「あ、我が神に繁栄を願う場合にどのような文言が必要なんでしょ……ヨージさんが来てから決めよう、うん」


 お願いするには言葉が要る。呪文か真言か。

 ヨージは東国宗教に詳しそうであるから、相談するべきだろう。


(一応大樹教は敬っているんですけど、あの国は少し宗教体系が違うんですよねえ)


 大扶桑女皇国は、決して大樹教を蔑ろにはしないのだが、その宗教的頂点を大樹根幹神ではなく、自国の大樹『扶桑雅悦ふそうがえつ』でもなく、『女皇』と定めている。


『女皇』こそが帝王であり、最高権力者であり、大元帥であり、最高神であり、祭祀王であり、彼等『扶桑人』の母なのだ。


 あの国に生まれたものは全て女皇の祝福を受け、家族とされる。

 また女皇と限定した国名でも解る通り、絶対に男の皇帝は存在しない。

 何故ならば、今の女皇こそが初代であり、今上だからだ。既に齢数十万であると聞く。


 大樹教は、諸派を『枝』と呼び、更に小さいコミュニティを『葉』と呼ぶ。扶桑人の信じる『皇龍樹道こうりゅうじゅどう』なるものを、大樹教は『接木』と呼んで親戚扱いしていた。


「おっと、お夕飯の支度、ごくろうさまです」

「あ! おかえりなさい!」


 色々と考えを巡らせながら火の番をしていると、暗がりからひょっこりとヨージが顔を出した。手にしているのは水鳥である。少し羽毛を買い足せば、狩った分も含めてそろそろ神様用羽毛クッションが完成するのではないかと、思わなくもない。それほど食べた。


 ヨージが調達して来る食料と調味料のお陰で食のバリエーションは増えたものの、いささか野菜が不足している気がする。


「ねえアナタ、野菜が足りないの」

「はは、ユニークな物言いをするのですね。しかし丁度良いお手伝いを貰ってきました」


 ヨージが一枚の紙をエオに手渡す。

『収穫前の畑の警備』とある。ここから大きな麦畑を挟んで二つ先にある農家の手伝いだ。依頼者名の下に契約者であるヨージのサインが入っている。


「収穫のお手伝いではなくて、収穫前の、見張り、です?」

「そのようです」

「大型獣や鳥から守るんですかね」

「害獣を相手にする事はありません。貴女に手伝って貰いたくて見せた訳ですから」

「はあ」

「仕事は夜中になりますから、ご飯を食べたら早めに休んでください」


 ヨージは調子の良い笑顔でそのように言うと、水鳥の頭をスパンと落として足を縛り、木陰に吊るし始める。エルフなのに動物に対して容赦が無い。


 ヨージは高等エルフのような強烈な矜持や無駄に高い気品が無い。外に居る時間が長く、一般人と変わらない生活をしていたのだろうと考えられる。


「そうだ、言われていた通り『治癒神友の会』についてまとめてみましたよ。お鍋みててください」


 ヨージに鍋を任せて、納屋(仮シュライン)から紙束を持って来る。枚数としては三〇枚程だ。

 タイトルは『治癒神友の会概略』である。


「むっ。随分張り切りましたね」


「我が神が顕現なされた大まかな経緯と、エオが我が神を信奉するまでの経緯、エオとヨージさんに齎された奇跡を、ある程度誇張しつつ、かつ決して逸脱しないようにまとめた『治癒神恩恵講』と、大樹教の根幹派を大本にして、竜神古学派の様式も取り入れつつ、西国にある諸派も参考にした上で、ウチに合う形を探ってみた『組織概略』です。エオでは西国の宗教観念しか精査出来ないので、ヨージさんに沢山ご意見頂きたかったりしますね」


 基本的に、エオは世情に疎い。世の中から隔離されて生活していた事もあるが、あまり外に興味を示すような娘でなかった事もある。なので、世間一般と問われた場合は度々首を傾げる他なかった。


 とはいえ無知ではない。幼い頃から大樹教について学び培ったモノは多大であり、また修道院が大きく書物の蔵書が膨大であった事もエオの知識を形成するのに一役買っている。


 ヨージはその概略を見て目を白黒とさせていた。


「何か不味い事……ありました?」

「いえ。凄いな、と。これ、大学の大樹神学科……の教授レベルですよね……あの、ご実家はお金持ちで……?」


「あ、あー!」


 しまった、という言葉が顔に出る。声も出る。

 エオは、名前をただ『エオ』と名乗った。イマドキ苗字は誰でも持っている為(税金徴収の為に個人登録が進んでいる)、名乗った所で疑問は抱かれないだろう。


 が、エオの場合は違う。フルネームを名乗ると、出自が一発でバレてしまう。

 エオは、名前が嫌いだ。この字は何もかもを背負わせて来る。仮名を用意しておけばよかった。


「……聖モリアッド修道院といえば、帝国屈指の修道院ですよね。決して救済院(貧民保護、孤児院、未亡人院)ではない」


「どうしてそれを!?」

「コレに書いてありますし、有名ですよ、モリアッド」

「あ、書いてました、有名でした!」


 察しの良いヨージが、ここまでの情報を知ってエオが唯の町娘だとは思うまい。

 もう少し考えて書くべきだった。目の前の使命に燃え始めると、他に対する配慮の一切が無くなるのは、むかしからのクセである。


 ヨージは案の定アゴを手で擦りながら、こちらにチラチラと視線を向けている。


「……あの、ヨージさん」

「いえ。良いのです。苗字を名乗らなかった時点で、怪しいとは思っていましたから」

「あ、そこから」

「ちゃんとした修道院に突っ込まれるような娘が苗字を持っていない訳が無いです。それで、親御さんは」

「――え、エオは、その。捨てられたというか、みんなの、目の届かない所に、置かれたというか……」


 それを訊いてから、ヨージは静かに頷く。追及は無い様子だ。

 墓穴を掘る可能性があったからだろうか。それとも、同情か。


「僕だって過去に言及されると涙目になりますからね。ほどほどにしておきましょう。ただ、親御さんが貴女を返せと迫って来た場合は、引き渡す事になりますね」


「……ないです。あり得ません」

「なる、ほど。ああ、嫌な思いをさせました。この話は終わりにしましょう。で、この概略ですが」

「はい」


「素晴らしいの一言に尽きます。恐るべき教養です。西国宗教に寄りすぎてはいますが、理念や理想、我が神の恩恵を授かる利点の分かり易い説明と、その恩恵が他にどのような影響と幸福を齎すのかという客観的な事実を上手くまとめてあります。こりゃ驚きですよ」


「そ、そうですか?」


「ええもう。僕としてもかなり頭が痛かった部分ですから、これで我が治癒神友の会は三歩は前進した事になりますね。儀式作法、教訓や日常生活における宗教行為については、僕も意見出来ますから、あとで我が神を交えて精査しましょう。いや、本当に大したものです。綺麗な字と言葉、簡潔な説明、これだけの教養があるなら、学校の先生も出来ますねえ」


 ヨージが手放しでエオを褒める。口賢しく面倒な物言いがあるヨージの口からここまでの賞賛が聞けるとは思っていなかったので、思わず嬉しくなってしまった。


「なんか凄く嬉しい! ヨージさん好き!」


「ん、んんっ……何事も適材適所。きっと誰よりも下支えが出来る。まだ生まれたての我が神に助言する事も出来るでしょう」


「良かったです。エオの特技って、見たモノをそのまま覚えるぐらいなものだから」

「……それは、どのぐらいのレベルで」

「はあ。一日貰えれば、図書館の棚一つを丸暗記出来るぐらい、でしょうか」

「天才じゃないか……」


 ヨージは一転、紙束を置いて頭を抱えてしまった。

 不味い事を言っただろうか。

 確かに、記憶力は良い方だと、教導神官に褒められた事がある。


「わあ、もしかして凄いですか、私」

「一千万人探しても居ないぐらいには凄いですよ」

「そんなに? あはは、またまた」

「参った……こんな才女のパンツに僕はなんてことを……」

「はい?」

「いえ。何も。では、今後のお仕事は決まりですね」

「エオに出来る事があるんですか?」

「あります。ま、それは追々。今は食糧事情を解決しましょう」


 ヨージは大切そうに紙束を整えて脇に据え、カバンから山菜を取り出して鍋に投入し始める。心なしか、顔が明るくなったように思えた。


 ヨージは現状、教団の財政、政治の諸々を担っている。自分も何か役に立てればと考えていただけに、今回与えられた仕事はエオにとってその心労を取り払う事にも一役買ったと言えよう。ニンゲン、何もする事が無く焦れている時が一番辛いものだ。


「今朝はあのように言いましたが、そろそろ動こうと思います。役所はガードが堅いので根回しは難しいのですが、議員の家族などはその限りではありませんでした。ただ、問題が一つ」


「布教に向けて、何か躓く事があるんですか?」

「我が神です。何せ、ヒトが多いのが苦手ですからね……ま、試行錯誤してみましょう」

「そうですね! やっとエオ達の神様をお披露目出来ると思うと、少しわくわくします!」

「ええ。その信心を持って前に進みましょう」


 すっかり日が暮れて、焚火の灯りだけが周囲を照らしている。だいぶ温かくなってきたものの、夜はまだ冷えた。座る場所を対面からヨージの隣に移し、自分よりも大きな彼の顔を下から覗き込む。


 ヨージは、少し目をパチクリとさせて、気まずそうに顔をそらしてから……土下座した。


「ええ!?」

「なにも、なにも聞かないでください……」


 いい男だと思うのだが、やっぱりどこか、彼は変である。



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― 新着の感想 ―
[一言] 売られたパンツは、聖遺物となったのだ…。 (爆笑中)
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