表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
聖モリアッド修道学院編
129/319

女学生の日々3




「エオの容態は」


「今のところ安定。何かあれば、ご連絡差し上げるとのこと。調査に専念されたし、と伺っております」


「分かりました。こちらは……取り敢えず上級生の二人にアタリを付けました。エオの知り合いだそうです。それと……クランベル教導神官。これが何者なのか、外の資料は探れないか、聞いてくれるようお願い出来ますか」


「畏まりました、お嬢様」

「お願いします」

「ああ、それと。こちら、ビグ村名産のドライフルーツです。紅茶のお供に」

「これは、どうも。しかし、何故お茶会に参加すると分かったのでしょう」

「他の執事達が何やら忙しなく動いていたので、これは貴女様も参加されるのではないかと」

「素晴らしい配慮です、ガーリンドさん」

「お褒めに預かり光栄にございます。ではまた後程」


 執事兼連絡仲介のガーリンドからお茶菓子を受け取り、使用人待機室から離れる。流石、アインウェイク子爵が傍に置くだけの事はある執事らしく、何事も瀟洒で卒がない。確かに、何の手土産も無く初参加の場に顔を出すのは、礼儀を欠くだろう。


 僕は貴族等との付き合いはあっても、中まで深く入り込んだ事が無いので、こういった気遣いに対するフォローは実に助かる。


 しかし、五〇も過ぎて女学生とお茶会をする羽目になるとは。若いヒトが楽しめそうな話題など、果たしてあっただろうか。また、話題からそれとなく情報を得られるようにしなければならないだろうから、難度が高い。


「お待たせしましたか」

「いいや! 開始五法分前さ! キッカリ五法分前という辺りが何とも君らしいな!」


 お菓子を携えてやって来たのは、寄宿舎裏手にある小庭園だ。規模こそ小さいものの、季節の花が綺麗に植えられており、煉瓦敷きの道も手抜かり無く舗装されている。中央付近に据えられた東屋ガゼボが、如何にもすぎて笑ってしまいそうだったが、微笑んで誤魔化す。


「こちら、つまらないものですが」

「君の父の国ではつまらないものを持ち寄る習慣があると聞いていたけど、本当につまらないのかい?」

「期待しすぎるなって意味ですね」


「なるほど! 望んでいたものならば嬉しいけど、そうでもないなら受け取る側も反応に困るものなあ……が、これは嬉しい!」


「領地で採れた果物の、ドライフルーツですが」

「紅茶と一緒に食べるのも良いし、中に入れて楽しむも良しさ。まあまあ掛けてくれよ!」

「お邪魔しますね、皆さん」


 お茶会に参加するニンゲンに厳密な決まりは無く、クレアが何となくで声を掛けているらしい。ただ数人はほぼ毎回顔を出しているようなので、固定会員とゲスト会員ぐらいの差だろう。


 小さく会釈したのがクライ=ランナ嬢。

 お辞儀してほほ笑むのはモントデルニア嬢。

 ひっそり小さくお手を振るのがケイルスタ嬢。

 両手で手を振って手を机にぶつけているのがリット嬢。

 その他四名。

 クレアと僕を含めて一〇人の茶会だ。エメラルダは居ないらしい。


「クレア、エメラルダは居ないのですね」

「彼女が居ると君は彼女とばかり話すだろう。交流会なんだから、幅を広げないと!」

「本音は?」

「君と話す時間が減るからご遠慮願ったよ!」

「正直ですねえクレアは」

「ああ。なるべく自分を偽らず生きたいからね!」


 昼食の時にも、僕を貸して、などと言っていたから、そういう事だろう。何にせよ、突如やって来た新人だ、質問攻めを受ける覚悟は出来ている。創作された僕の経歴を思い出しながら、どちら様かの使用人が淹れた紅茶に口をつける。


「もうご存知かと思うけれど、一応紹介しよう! アインウェイク子爵家の御令嬢、ヨーコだ。わたしとの試合を見たヒトもいるだろうが、まあまあ兎に角強いのなんの! シロウトのわたしでは子ども扱いだったよ! ヨーコ、改めてご挨拶してくれるかい?」


「ご紹介に与りました、ヨーコ・ズィラルトス・アインウェクです。ペンを握るよりも先に刀を握ったもので、ここに居る皆さんのような振る舞いは出来ないかもしれませんが、ご容赦ください。大樹教については基礎知識しかありませんが、魔法に関しては助言出来る程度かと思うので、気兼ねなくお声を掛けてくださいね」


「拍手!」


 まずここに居るお嬢様方とは毛色が違うであろうから、皆の視線も興味津々といった様子だ。リットとケイルスタは拍手しすぎて手を真っ赤にしている。他の皆も概ね好印象だろう。いや、クレア自らこうして紹介しているのだから、例え嫌でも嫌な顔は出来ないか。


「ヨーコさん、ヨーコさん」

「はい、なんです、リット」

「魔法の助言、というと、どの程度まででしょうね?」

「大樹竜聖魔法自体は使えません。ただ知識はあるので教えるぐらいは出来ますよ」

「使わない魔法も学んでいるんですか?」

「戦う相手が使うかもしれないでしょう?」

「はー、あー、なるほど……だそうですよ、クレア様」

「という事は何かい、基本的には扶桑の四元詞と五行かい?」


「使用するものはそうです。祖霊皇帝ロムロス・イース式は齧り程度、地母神イナンナ・バース式は基礎まで、大樹竜聖ユグドラーニア式は四項魔法までの編み方が分かります」


「だ、大学教授レベルだね!」


「基礎的なものはどこも似たようなものなのですよ。内在魔力オド外在魔力マナの振り分け方とか、呪文の編み方とか、コツ自体はほぼ共通ですし」


「そのお歳で凄いのねえ」

「モントデルニアさん。貴女は大樹教神官の家系でしたね」

「そうなのですけれど、実はお恥ずかしながら、竜誓文の編み方が甘いと怒られてばかりで」


 竜誓文、というと大樹教における儀式用の呪文だ。竜や神を讃える儀式や、祭事の始めに読まれたりする文章である。形式にさえ沿えば何でも良いような儀式魔法なのだが、その辺りは神官家としての制約があるのかもしれない。


「モントデルニアさんのお家の形式があるでしょうし、言葉選びの問題でしょうか。聖宗(皇帝直系流派)ですよね?」


「ええ、そう、そう。でも、そうなのかしら? どうなのかしら?」

「はははっ、デルニアは、相変わらずふわっとしてるなあ!」

「言葉が柔らかすぎるのでしょう。嗚呼我等が祖なる竜よ、とは言わなそうです」

「言わないですねえ。駄目かしら?」


「編み方が甘い、というのでしたら、たぶん構成の問題でしょう。竜誓文は長い文章ではありますが、抑えるべきは三か所。起文、中文、終文です。せめてそこだけでも、外在魔力マナを集中出来る文言を入れてみてはどうでしょう」


「はー……」

「モントデルニアさん?」

「あ、はいー。試してみますねえ」


 彼女は……コクコクと、数回大きく頷いてから……席を立った。使用人から紙とペンを受け取り、戻って来たかと思うと、その場で認め始めてしまった。周りの声は聞こえてないようだ。それにしても、胸がつっかえて文字が書きにくそうだ。大変そうだ。うん。


「ふわっとしている……」

「ああ、ふわっとしているんだ、彼女は。色々凄いだろう」

「色々凄いです……」

「……ま、似た者同士だ。仲良くやろうじゃないか、ヨーコ!」


 二人で二人の胸を見た後、モントデルニアの胸を見てから、二人で頷く。西国女性は比較的というか、その七割以上が大きいとさえ言われているので、クレアのようなスレンダーな体型では……色々考えるところはあるだろう。


 僕は胸まで従妹に似てしまっている現状が只管悲しいのであって、邪な気持ちはない。ないぞ。


「ねえ」

「はい。あ、えーと、クライ=ランナさん」

「アナタ、ウチの武器は、使うの」


「ヴェルド鍛冶会の武器ですか。直剣は不得手ですが、防具……手甲はよく使います。女性向けにカスタマイズしてしまいますけれど。反りが良いのです、反りが。不覚にも攻撃を避け切れなかった場合、この手甲で受ける事になりますからね。これで受けて、いなして、反撃、という所作が取りやすいのですよ」


「――……」


 帝国の鍛冶師、ヴェルド鍛冶会の娘様だ。相手が武人となれば、武器の使い心地がどうか、気になるところではあろう。生憎西国の騎士が使うような武器は触らないが、防具は自分で弄って使う。扶桑軍の支給品はどうにも、量産量産していて具合が悪い事があるからだ。


 ちなみに、そのカスタマイズした手甲でヒトを殴り倒す方が多い。具合が良い。


「手につけるという特性から、他の武具には無い使用法が可能であろうとして、研究が進んだの。結果簡易攻撃魔法を発動出来るものや、回数に限って防御系魔法を発動出来るものなどが産まれたけれど、パッとしない。自爆する人もいるし。何かうまい具合はない?」


「衝撃吸収性能を上げた方が良いかと」

「素材で?」


「簡易魔法発動が可能ならば、その防御系魔法、外ではなく内側に向けたらどうでしょう。相手の攻撃を受ける事前提では無くて、こちらから放つ攻撃の衝撃吸収などを出来れば、鍔迫り合いになったり、打ち合いになったりしても、加減無しに敵をぶん殴れるかと思います」


「合理的。実戦的。アナタ、本当に一六歳?」

「駄目ですか?」

「ううん。会議に挙げてみる。試作品は、アインウェイク子爵家本家に送れば良い?」

「ええ、楽しみにしています」

「そう。ふふっ」


 どうやら満足の行く回答が出来たらしく、クライ=ランナは笑顔でお菓子を食べ始めた。周囲の人達は……驚いたような顔をしている。


「彼女、めっちゃ喋りましたね、クレア様」

「ああ……無口が板に張り付いたような子だったが……やはり好事家同士波長が合うのだろう」


「それだけお家に誇りを持っているのでしょう。彼女に嫌われたら、いざという時に武器、卸して貰えませんよ?」


「エウロマナに近いシザ=サンアルタ家的には死活問題ですよッ」

「リット、ガンバルのだよ?」

「うっす。リットガンバルっす。クライ=ランナさぁん?」


 お嬢様の戯言、ではあるのだが、娘達が仲良しで悪い事はあるまい。そもそも、武器弾薬は統合軍司令部(大帝国における戦争指揮組織)が采配するであろうから、いち領地同士での供給など無いだろうが……何があるか分からないのが戦争だ。彼女達の仲が良かった為に、無償や利息無しで武器供給を受けられるかもしれない。


「いやはや」

「クレア、どうしました」


「今は修道女身分でもね、彼女達は実家に戻れば即座に大帝国の中枢に関わる。専門家なんだよ。よく、的を外さない会話が出来るものだと、感心するよ、ヨーコ」


「お褒めに与り光栄です、クレアお嬢様」

「強くて、知識があり、経験もある。都合が良すぎる」

「……どういう意味でしょう」

「素晴らしく好みだ、という話さ」


 そういって、皆が会話に華を咲かせている隙を縫うようにして、クレアがぐいっと顔を近づける。なんか良い匂いするし、すげえ顔が良い。エルフというのはどいつもこいつも綺麗な造形をしていて、飽きるものだが……彼女は一味違う。


「どうかな。ヨーコ。わたしのものにならない?」


 僕の人生において、果たしてこのセリフを、何回聞いただろうか。どうしてこう、権力の有る奴等というのは、どいつもこいつも……と、呆れている間の沈黙の中、次第にクレアの顔が赤くなって行くのが分かる。


「へ、返答は?」

「……そういうシュミは無いですね」

「え、無かったのかい!?」

「な、無いですよ。有ると思ったのですか?」

「あちゃー。そりゃ、済まなかったよ。そういう雰囲気が好きなものだとばかり……これは失敬」

「ええとつまり、そういうのが好きそうだったから、そういう風に言ったと?」


「そうそう。キザったらしく言ったが、つまりバイドリアーナイ公爵家で働かないか、ってことさ。君の経歴を考えると、たぶん、今後も表には出ないだろう?」


「良くお分かりで」


「ああ。アインウェイク家を支えるだけに終生を注ぐならば、ウチで活躍して貰った方が、ずっとニンゲンらしく生きられると思うし、出世の目もあるさ」


「スカウトですかー」

「そうさ。だってここはバイドリアーナイ公爵家経営だよ? 有能そうな子女を、見逃すかい?」

「高評価有難う御座います」


「で、だね。わたしはこんなナリだし、男にも女にも受けが良い。ここを出た後は、バイドリアーナイの外交担当として各地を飛び回る事になるだろう」


「天職かと」

「だろう。で、見目麗しく、知的で、かつ強いボディガードが欲しいのさ」

「……あれ、結局ほぼ貴女個人で完結しているのでは?」

「まあそうだが!」

「駄目ですねえ。僕には僕の、やる事があるので」

「ふふん。まあ今はそれでもいいさ。わたしは諦めないがねッ!」


 どうやらそういうお話らしい。確かに、ここにやってくる子女達に強いコネクションを持てれば、バイドリアーナイとしても安定が増すだろう。直接的にスカウト出来るならばするのが一番だ。まして、クレアのようなプレイガールに迫られては、退くに退けない者も居るだろう。


 家の存続。例え寿命の長いエルフの一族だろうと、慢心は出来ない。少しでも長く、大きく、太く生き永らえる為には、有能な人材を集め、大帝国に奉仕し、大樹教を貴び続けなければいけないだろう。これはもはやこの国の貴族のサガだ。


「しかし、貴女個人でもそれなりに戦えるでしょう」

「所詮はシロウト剣法さ。君が証明して見せたじゃないか」

「僕は、皆さん基準だと強すぎるので参考にならないかと」

「お、言うね」

「どこで研鑽を? あの剣術同好会で戦えそうな子というと、見当たりませんが」


 やっと取っ掛かりを見つけて食い付く。

 なるべく自然な流れでエオの話題に持って行けただろう。


「以前は一人居たんだ」

「ああ……エメラルダが言っていましたね。エオという子だとか」

「やたらと胸のデカイ人間族の娘だったけど、動きは俊敏でね」

「他の方は知らないようでしたが、お二人で秘密の訓練でも?」


「わたしの個人的なお願いだったからね。わたしの訓練に二人っきりで付き合っている、と解ると……他の子達が良い顔をしない」


「小貴族の子だったそうですね。学院の政治的に良くないと」


「面倒なものだよ。わたしやエメラルダ、それにリットが幾ら無礼講を演出しようと、立場を気にする子達にとって階級というのは絶対だから、それを重んじない者を排除したがる。彼女は……あまり」


「失礼、少し暗い話をしましたね。仲が良かったのですね、エオと」

「どう、だろうか」

「どう、とは」


「あの子は、とても頭が良かったんだ。わたしなんかとは、見えているものが違ったのかもしれない。排除されるような子が出ないようにと、わたし達は良く話しかけていたけれど……淡々と返事をして、それとなく合意して、静々と、わたしの訓練に付き合ってくれていただけだよ」


 今のエオではない。前のエオ。僕と出会った当初に近い彼女、だろう。元から明るい子ではあったかもしれないが、奥底に冷めたような空気があり……そして、僕という死体を見て、彼女は『死体の隣で寝るシュミはない』と、無味乾燥に言い放ったのである。


 彼女は、自分が皇帝の子である事を知っていた。妾の子とはいえ明確な血縁である。

 そして大樹教という宗教を生まれながらにして享受してきた存在だ。


 ……エオこそが、もしかすれば階級に忠実であり……クレアやエメラルダを、下に見ていたのかも、しれない。


「ヨーコ、どうしたんだい、考え込んで」

「いえ。面白い子がいたのだな、と」

「もう居なくなってしまったから、少し寂しいよ……でも!」

「はい?」

「これからは君がいるじゃあないか! わたし達が巡り合えた奇跡に乾杯!」

「こ、紅茶カップでやったら割れますから、やめましょう」

「それもそうだ。これ、自前でね。とてもお高い。公爵の孫が高いと口にするぐらいには」

「割れたら使用人の首が飛びそうです」


 どうやら、クレア自身にエオが何者であったか、という事を隠す気持ちは無いようだ。この会話で得られたものは、エオがエオであった、というぐらいなものである。


 ああいや、もう一つあるか。

 バイドリアーナイが人材集めとコネクション作りに余念がない、という事実だ。


「そうだ。その子は、スカウトしたのですか」

「したさ。素気無く断られたがね」


 遠くを見るクレアの横顔を窺う。嘘……は吐いていないようだ。聞かれて困る事も無い、といった風だが、その絶妙な、感傷に耽るような仕草は何か。


「少し退席します」

「ああ、ごゆっくり」


 席を立ち、手洗いへと向かう。

 やはり、この学院は臭い。バイドリアーナイが直接経営している事は知っているし、関連もあるのではないかと睨んではいたが、ほぼ、主犯ではなかろうか。


 エオの背中に刻まれたルーンは、まるで軍人を制御するかのような命令文だったとユーヴィルから聞いている。エオはその才能を見込まれ、ルーンによる操作でバイドリアーナイに活用されかけていたのではないか、という事だ。


 ともすると、クレアは明確にその導き手となる。

 クレアが関係するという事は、学院長が知らない訳がない。


 ケリス・ナーズ・モーリオッド・バイドリアーナイ学院長。


 入学当初一度顔を合わせているが、彼はバイドリアーナイのニンゲンであるにも関わらず、人間族であった。バイドリアーナイの分家であるが、名前の通り、聖モリアッドの血を受け継ぐ者だ。


 クレアは本家の娘だ。この辺り、本家と分家でどういう繋がりがあるのか、調べた方が良いかもしれない。


 考えられる事は幾つかある。だがしかし、バイドリアーナイ家が直接的にこの事件に関わっているとしても……最大の問題となるもの――神代の文字、ルーンがどうしようもない。


 この、竜精にしか扱えないと言われるものを、どうやって使っているのか。


 例えばクレアだが、これは無理だ。幾ら腕がたつからと、所詮は十代の小娘である。

 では老齢のケリス学院長はどうかといえば、そもそも人間族であり、魔法適性がエルフに劣る。


 純エルフですら使えない、というシロモノ、誰が制御しているのか。

 そこで思い当たるのが、あのクランベル教導神官だが……。


(……まったく、参ったなあ。なるべくなら、女の子なんて斬りたくないけれど)


 蛇口をひねる。こんな田舎だというのに上水道が整備されているのは有難い。手を洗いながら、ぼんやりと鏡を見る。途端、背筋に氷を詰められたような悪寒が走る。


 僕の、僕の、後ろ。


(――うぎょッ)


 輪郭がハッキリしない、黒い影だ。全体像がぞわぞわと蠢いている。

 白い顔に、孔のように黒くあいた眼が、どうにも凶悪である。


(……うわ、本当だ)


 振り返る。そこには何もない。判然とはしないものだったが……全体的な雰囲気は、エオに類似したものがあった。


(霊如きで僕を害せる訳がないっちゃそうなんですが、怖いものは怖いですね……)


 彼女は生きている。霊になどなっていない。が、何か理由があるのかも、しれない。


 いよいよ状況が怪しくなってくる。今回もきっと、まともじゃあない。覚悟は必要だろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ