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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
聖モリアッド修道学院編
122/328

『神薙』ユーヴィル4




 ユーヴィル竜精公執務室隣の休憩室は、荘厳な造りの執務室とは打って変わってまるっきりの私室であった。ベッドもテーブルもピンク色にまとめられており、壁にはどこかしらのマスコットが描かれたポスターが張られている。


 かと思えば、どう考えても年代物の、人類が触っちゃいけないタイプの魔道具が、箪笥などの上にゴロゴロと、無造作に置かれていた。更に触れてはいけなそうなのが、家族肖像画だ。ユーヴィル(顔は変えているが、スタイルが同じだ)が『妻』のような立ち位置の肖像画が、三つもある。


「コメントは差し控えます」

「別に良いのに。家族は沢山居た方が良いもの」

「え、これ、過去の家族とかではなく?」

「現行」

「りゅ、竜精は、分かりませんね、本当に」

「ユーヴィルは人類が分からないから、こうしてるのに」

「度が過ぎると言いましょうか。いえ、ええ、そうですね、頑張っていらっしゃる」

「褒められるのは生物共通で嬉しいものだよ。いえい」


 座るよう促され、どうにも心地の悪い椅子に腰かける。ユーヴィルは指をパチンと弾き、最上位祭祀服から、何故かメイド姿になった。しかもスカート丈がやたらと短く、ちょっと屈んだらその柔らかそうな太ももから、女性的な部分が見えてしまうのではないかという懸念にかられるが……いや見えた。見えてしまった。彼女は神ではないので見えるのだ。


 あと、胸がデカイ。

 でかすぎる。

 ハンパじゃない。

 なんだそれは。

 客に向かってなんだその胸は。


「あの」

「なに?」

「馬鹿にされてますか、僕」

「そんな! ご奉仕する格好でしょう!? 各家族の自宅でもコレなの」

「旦那さんも堪ったものでは無さそうですね」

「確かに溜まらないかも。すぐしてあげるし」

「そういう意味では無く」

「そうなの? あ、ちなみに描かれている子供は旦那の連れ子だよ。ユーヴィルの子となると、大変だし」


 咳払いを一つ。三家族を掛け持ちするニンゲンなどまず居ないだろうし、そもそもニンゲンと家族を築く竜精も存在しなかろう。しかも三つである。挙句竜精の子供までバラまかれたら洒落では済まないが、その辺りは弁えているらしい。


 ぶっ飛んだ方向のキレた竜精、暗い感じにヤバい竜精、話は通じるがヘタレの竜精、話が通じない上に脳血管がブチキレてるような竜精と、色々見て来たが、この女は別の方向で狂っていそうだ。


「まず一つお伺いしたい事が有ります。これ一つで、僕は貴方の敵にも味方にもなる」

「どうぞ。ずずずっ……ん、濃い。紅茶これ、濃い……」

「エオの、母君ですね」

「ええ」

「――……エオを殺せと命令したのは、貴女ですか」


 砂糖とミルクを大量投入しながら、ユーヴィルがぼんやりと考えている。それにしても、胸元が邪魔そうだ。竜精ならそのあたり弄れないのだろうか。


 いや、真面目な話をしているのだ。答え如何によって、この竜精と一戦交えねばならない。


「どうして娘を殺す親がいましょう?」

「信じて構いませんね」


「むしろ、聞きたいのはこっち。聖モリアッド修道学院に預けていた娘が失踪して……散々探して見つからなくて、いよいよ聖モリアッドに調査員でも送ろうか、と思ってたら、知らない男を連れて首都に戻って来たんですもの。なあにそれ?」


「……」

「ああ、はい。"大樹に誓って"」

「分かりました。疑って申し訳ない」


 竜精が大樹に誓ったのだ。これを反故にはまず出来ない。フィアレスにもそうさせるべきだったが……あの時はあまりにも、疲弊していて追及する暇がなかった。


 いや、あの女は何も喋っていないのだろう。隠すのがヘタ過ぎるだけだ。


「いいの。じゃあ、情報を擦り合わせた方が合理的だね」

「彼女はあまり話してくれませんから、僕の知る限りですが」

「構いません」


 ユーヴィルに、自分の知る限りのエオの情報を差し出す。彼女は話を聞く度に、リアクションが大きい。胸が揺れる。本当に何も知らなかったのだろう。


「ではこちらも。あの子、とあるヒトとの子なのだけど」

「陛下ですね」

「あー。はい。その、一応言っておくけど、本気だったんだよ?」


「それは、個人の話ですから、僕は何も。しかし竜帝と竜精の子です。どうして虐げられるようにして、修道院になど預けられたのですか」


「ユーヴィルも陛下も、そんなつもりは無かったの。でもほら、正妻の子達が、かなり危険視したの。分かるでしょう。陛下と竜精の子だよ? そんなの、どんなの? 少なくともユーヴィルは他に知らないかなあ」


「……運動能力は有ると思いますが、エオにそのような片鱗は見えませんが」


 エオの身体能力は非常に高い。ヨージが目を見張る程にだ。何かしらの軍事訓練を受けた節は見受けられるが、それでも、ニンゲンを逸脱するようなものではなかった。竜の血族と、ほぼ竜の混合だ、それが、まともなニンゲンである筈が無いのだ、本来は。


「うん。だから、制限を設けているの。全力で力を発揮出来ないように。普通のニンゲンの子供のように振舞えるように。ユーヴィルの封印だから、ニンゲンには感知出来ないかな?」


「そうでしょうね。納得しました。では間違いなく……本来は、竜の血が限りなく濃い子なのですね、エオは」


「ま、そんな感じだからね。皇子皇女達の謀略なんかに巻き込まれないようにって、身分やら何やら偽って、バイドリアーナイ公爵に預けたのよ。けど、失踪した……ヨージくん」


「ヨージくん……?」

「駄目?」


「良いですが。そこから先は、先ほど話した通りですね。彼女は殺されかけた。僕達の拝む神、シュプリーアによって救われ、流れ流れて、僕と出会いました」


「ビグ村で村神になり損ねて、火の神を退治して、キシミアに行ったらエーヴちゃんに目を付けられて、疑似竜を殴らされて?」


「……なんか酷いな。どうしてこんなことに」

「ううん。ヨージくんのお陰様。でも、本当に良かった。あの子は生きている」

「逢ってはあげないのですか」

「……捨てられたと思っているんじゃないかな、あの子」

「だからこそです。誤解は解くべきだ」


「守りたいが故にとはいえ、娘を手放したのだもの。どんな顔をしたら良いのか……人類には、こういう時用の顔があったりするの?」


「僕が知る限りでは、そうして悩む顔が親の顔です」

「まあ! では無事擬態出来てる出来てる。あ、本心よ? 本心で、心配してたの」

「では」

「でも、あの子、貴方の隣の方が、数万倍幸せそうだしなあ。そもそも、あの子は母親が竜精であるなんて知らない。顔も変えていたし」

「しかし」

「それに、戻っても……皇子皇女等が『犯人』なら、きっとまた狙われる」

「……竜精公の権力でも、どうしようもないのですね、こればかりは」


「今は預ける、という形で良いかな。もし、治癒神友の会が食べていけなくなるというのならば、ユーヴィルが手を回します。陰で支えるぐらいしか、出来ないの」


 これは苦しい選択だろう。やっている事は、もしかすれば家族ごっこなのかもしれない。だが少なくとも、ユーヴィルがエオに向ける感情は親のものだ。手元には置きたいが、命は狙われる。皇帝家という特殊な事情故に、竜精でも手出しには限界がある。


 この辺りが妥協点だろう。


 ただ思う所はある――『殺されてしまう』という点についてである。


 エオが竜の血脈を繋ぐ竜帝と、竜の直接の子である竜精の子であるならば、ユーヴィルがかけるその制限を、取っ払ってしまえば片付くだろう。この世に竜を殺せる者など限られる。如何な竜帝の子等とて、竜精の血まで入っている子を殺せるのか。


 まさかユーヴィルがそれを考えていない訳もあるまい。

 つまり、力を解放したくない、というのが本音だろう。


 それは、本当にニンゲンの子として生きて欲しいという願いか。

 権力闘争において、彼女の存在がジョーカーとなり得るのが目に見える故か。

 はたまた……解放した結果に、別の何かがあるのか。


「分かりました。いつまでも面倒を見ていられる立場ではありませんが、出来る限りの事を、エオに授けます。あの子は天才ですから、何でも直ぐ覚えるのですよ」


「なんだか申し訳ないけれど、お願い。そっか、生きて、笑って、恋もしてる。きっと、あの家じゃ得られなかっただろうものだから。優しくしてあげてね、ヨージくん」


「もしかしなくとも、僕を呼んだのって」


「貴方の力が欲しいのは本当。治癒神友の会を手元に置けば、間接的な支援がし易いのも、本当。合理的でしょう?」


「仰る通りで」


「本当に良かった。エオが失踪した後、死んでしまったのではないかとヤキモキしていて……でも、とある絵がユーヴィルの手元に届いたの」


「絵?」


「うん。アインウェイク子爵領で、教会納付金をちょろまかした男がいたの。そいつの家財を差し押さえたのだけれど、その中から、エオの似顔絵が出て来てね。調査員が見つけて、ユーヴィルまで届けたの。だから、そこからはちょっと希望を持って、エオを探せたのよ」


 ……。絵。エオの似顔絵。

 はて……と小首を傾げ、そして、思い出す。


(――――――うっぉおぉぉぉやっべぇぇ……パンツじゃん……ッッ!!)


 そうだ。資金難に喘いでいた当初、ヨージの特製似顔絵付パンツを売り払った事があった。サウザでの出来事だ。それを馬車代金のタシにしたのである。


「――……ははあ。なるほど。絵は僕の描いたものです。エオの容姿があまりにも可愛らしいからと、似顔絵を描いて売って道中の資金の足しにした記憶があります。いや、知らずとは言え、申し訳ない」


「そうなんだ! 器用なのねえ!」


 チラリ、と視線を横に向ける。そこには、額縁に絵とパンツが飾られていた。


「ぶふっ!!」

「まあ、大丈夫?」

「し、失礼。気管に紅茶が、ゲホゲホッ」


(どうしてパンツと飾る! 絵だけにしてくれれば良いじゃないか!!)


「でもどうしてパンツと一緒にあの絵があったのかしら」

「さあ。不思議な事もあったものですねえ……」


 正直、ここまで長い付き合いになるなどとは、思っていなかったのだ。当初の目的では、ビグ村で村神に収まったら、そのままサヨナラする気でいたのだから、後々の事などどうでも良かったし、そもそもエオに対して、何の感情も抱いていなかった、という事がある。


 が、言い訳にならぬ。女のパンツを売った男なのだ。事実である。


「自慰なんて不健全よね。交尾しなきゃヒトは増えないわ?」

「は、はあ。人類の繁栄と繁殖を願う大樹教の方らしいお答えですね。ええ」

「ま、ユーヴィルの子だもの。性的に見えるのも仕方が無い事よ」

「そうですね。では僕はそろそろ」

「あ、待って待って」

「は、はい?」

「お礼しなくちゃ! そのまま帰したら竜精の名が泣くわ?」


 そういって――ユーヴィルがメイド服を脱ぎ始めた。


「ちょちょちょちょちょぉうい」

「え、何?」


「お礼って、どうしてみんな、ああ、こういう人達はカラダで支払おうとするのです!? 自信満々ですねえ!?」


「好きでしょ、こういうカラダ。ジロジロ見てたし」

「そーですが! ダメです。ややこしくなる、凄くややこしい!」

「人間族が混じってるなら、性欲はそれなりでしょう?」

「そういう問題ではないです」

「たぶんおっぱいとかすっごい気持ち良いと思うけど」

「想像可能ですー! そりゃ想像可能ですけど駄目ですー!」

「えー! ヨージくん無欲! 不能!」

「酷い! 娘預けた先から預けた先を食い散らかす女がいますか!」

「まるでヒトを性欲の権化みたいに言わないでよー。遠くないけどー!」


「こういう時はですねえ? 娘に何か役立つアイテムとかを差し出して『何かあればこれを……』なあんてカンジじゃありません? 竜精ですよね? 有りますでしょう、カラダ差し出さなくても!」


「ヒトの子に与えられるアイテムってあまり無いかも」

「そこの棚に並んでいるものは?」


「潮の干満を操作出来たり、森の木々が襲ってきたり、山が生きて動き始めたり、起動すると死霊を呼び寄せまくったりするアイテムだよ!」


「全然要らないし危なすぎる……封印してくださいそれ」

「造形が可愛いから置いてるの! おしゃれでしょう」

「おぞましいです。邪教の祭壇かな?」

「ま、それは良いじゃない!」


 そういってまた服を脱ぎだす。いや、何故彼女達ちょっとアレな女性はカラダで払いたがるのか。というか、その場合ヨージも色々払ってしまう結果になる。


 そもそも、どうしてメイド服なのに脱ぐのか。どうして。

 竜精はヒトの心が分からないにも程がある。あ、パンツは可愛い。


「あ! 思いつきました。原始自然神オリジンイルミンスル」

「イルミ? あ、あー! 貴方の神様について、聞きたい事があったり?」


「はい。治癒の神など珍しすぎて、書物にしか見かけませんので。それで、是非お話を、などと考えたのですが、僕の身分ではとてもアポイトメントを取れません。お礼というのならば、それを」


「イルミかあ。ユーヴィル名義で申請出すけれど、通らないかも」

「本当に難しいのですね、原始自然神オリジンにお目通りするのは」

「あの子が特殊なの。ちなみに、貴方の神様。シュプリーアだっけ?」

「はい」

「まさか、イルミの子じゃないよね?」


「さあ。有り得ないとは思うのですが……で、それを確認する為に、皇帝直轄森林地への入場許可申請も出している訳です」


「じゃ、それは直ぐ通すよう言っておくねー」

「助かります」


 パンツを穿き直して――頭に指をあて、どこかしらに念話を送っている。希望がすんなり通る事程気持ちが良い事はない。これでツィーリナに居る時間も短縮出来るだろう。ユーヴィルが終わりとは思えない、次の何かがやって来る前に、ヨージとしてはココを去りたい限りだ。


「うーん、最短でも二日だって」

「十分です、竜精公。有難うございます」

「あ、そうだ」

「はい?」

「信用はしてるのだけど、他に今日の話をバラすと」

「有りません、有りません。契約を交わしても良い」

「ま、良いか。エオなら兎も角、ユーヴィルに文句垂れる馬鹿はいないし?」

「それもそうですね……」


 例えばそんな者が居たとしたら、自殺志願者だろう。こんな調子ではあるが、間違いなく竜精なのだ。魔法の一薙ぎで大都市を原始時代に戻せるのである。触らぬ竜になんとやらだ。


『よーちゃん』

「ぬおっ」

「あら、神の気」


 ではそろそろお暇しよう、と紅茶を飲み干したところで、胸元から声が聴こえる。ポケットから取り出したのは、リーアのお守り(シンボル)だ。何かしらの緊急連絡であろうか。


「我が神、どうされました」

『エオちゃんがちょっとヘン』

「ヘン、とは。体調を崩しましたか」

『……ベッドの上で座ったまま、ブツブツ何か呟いて、目をギラつかせてる』


 治癒の神が『おかしい』と連絡してくるのだ。それは治癒ではどうする事も出来ないもの、という意味だろう。しかし、リーアの過去の実績から言って、彼女の奇跡は精神疾患にも作用する。それで抑えが利かないならば……間違いなく、トラブルだ。


 しかも、深刻な、である。


「……エオがどうも、おかしいようで」

「おかしい?」

「戻ります。失礼しますね、お母様」

「うん。面倒ごとかな」

「どうされますか」

「どう、とは?」

「姿を変えてなら、覗きに行けるでしょう」

「……」


 ユーヴィルは……少しだけ悩み、どこかへと念話を飛ばしてから、頷いた。




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