表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
聖モリアッド修道学院編
121/328

『神薙』ユーヴィル3




「ええ、治癒神友の会、第一神官長のエオと、第二神官長のヨージ・衣笠です。騎士ナイト殿、どのようなご用事で」


 正面に三人。後方の陰に三人。周囲の木々にも魔法使い(マギアス)が隠れている。

 はて、治癒神友の会の、というからには、組織としての用事だろうか。


 白く磨かれた最新式のナイトアーマーは、一部攻撃魔法を無効化する。物理耐性は言わずもがな、そもそもコレを着込んでいる者達が、謂わば帝国のエリート層、爵位の無い貴族であるから、流石のヨージでも集団で掛かられた場合、逃げるのには少しだけ苦労する。


 話し合いで決着が付くならば、それに越した事は無いだろう。


「貴様がヨージ・衣笠であるか」

「ええ、少佐殿」


 階級は兜に飾られたトネリコの葉の形と枚数で分かる。彼は少佐、帝国常備軍でいうところの大隊指揮官である。騎士ナイトである場合は規模こそ小隊程度だが、その小隊こそが他国の大隊にすら匹敵する強さがあるのだ。正面からコレとやり合うのは賢いとは言わない。


「ついて来てもらう」

「嫌だと言ったら?」

「お仲間にも騎士を向かわせている」

「やめた方が良い。全員貴方達の数倍強い。手は出さない方が身の為です」

「……言うからには、貴様も相応なのだろうな」

「ふむ。帯刀していないので、素手になりますが、構いませんか、少佐殿」


 早速剣呑な空気が吹き抜ける。やり合うのは賢いとは言わないものの、無条件無説明で付いて来い、なんて話には乗れないのだ。ヨージはエオを降ろし、魔法防御壁マギアウォールを張る。あの黒竜の突撃すら防ぐレベルのモノだ、騎士ナイト如きではどうあっても破れない。


「エオ、大人しくしててください」

「喧嘩ですか?」

「脅すだけです」

「はー。じゃあエオは見てます」

「随分舐められたものだな」

「ひとつ。貴方、僕が誰なのか調べて来ましたか?」

「全く知らんな。聞いた事もない名前だ。俺達は上からの命令で動いているだけだ」

「そうですか」


 言い終えるのが早いか遅いか、ヨージの指が動く。詠唱短縮、風属性、内在魔力魔法オドマギクス三項相当。パチン、と弾かれた指の音が響く頃には、ヨージの周囲を暴風が取り巻き始める。暴風の内側に居るのは、ヨージと少佐、そしてエオだけだ。周囲からの飛び道具は無効化され、魔法も生半可なものでは届かない。


「……――は? は? あ?」

「戦力の分からない相手に剣を向けたのです。不覚に伴うものは死だ」


「え、詠唱どこにやったんだよ。無詠唱でこんな……脳味噌弾けねえのかよ?」

「要りませんよこんなものに」

「冗談がキツすぎる」


 少佐は――徹底抗戦の構えかと思ったが、剣を地面に突き刺し、兜を脱いで両手を上げた。騎士ナイトが簡単に降伏する訳がない。つまるところ最初からやり合う気はなく、脅してなんとかなるものだと考えていたようだ。脅す相手が只人ならば、騎士ナイトに囲まれた時点でお手上げであるから、当然だろう。


 両手を合わせるように叩き、暴風を治める。


「た、隊長!」

「やめぇ! 触るな、動くな! あの世まですっ飛ばされるぞ!」

「そんな怖い事しませんよ」


 かなり調子が良い。大樹の根元故、魔力が潤沢にある事もそうだが、ビグ村の時よりも、各段に魔力が扱いやすい。全盛に近い……というよりも、成長を感じる。自分にはまだまだ伸びしろがあるようだ。


「ユグドラーシルの御前だ、殺し合いは出来ねえ」

「大樹教非加盟ですが、それには同意しましょう」


「上が、アンタに話があるそうだ」


「ちゃんとお役所のヒトを連れて来て、お話を伺いたいのですが、と聞かれれば、こっちだってこんな手段取りませんよ」


「どんなニンゲンか見たかったんだろうさ。失礼した、ヨージ・衣笠神官長」

「いいえ。相手方も、相当警戒したのでしょうから。それで、上とはどちら様で」

「竜精公がお呼びだ。ついて来てくれるか」


 眉間が寄る。また奴等だ。


「……僕だけならば構わないのですが。その子は遠慮したいですね」

「ああ。アンタさえ連れてくりゃ、竜精公も満足だろうさ。おい、宿にお送りしろ」

「はっ」

「エオ、宿で大人しくしていてください」

「ほんとにー、どこいっても、誰かに目を付けられるんですねー! あっ! 愛してますー!」

「はいはい……」


 エオは狼狽える節も無く、騎士ナイトに連れられて宿へと戻って行く。あの肝の据わり具合は流石としか言いようがない。この男達に彼女を預けて良いのか、といえば、良くは無いが、現状彼等とこちらでは戦力差が開きすぎている為、何か起こったとしても、問題にならない。


「いや、悪いな、逢引中によ」

「竜精公じゃ仕方ない。で、どれです?」

「どれって、口にするほど逢ってんのか、アンタ」

「四名程」

「ああ、知りたくねえ世界だな、アンタの世界……」

「どこの街に行っても、不思議なヒトに絡まれてばかりで」


 お話がしたい、というのならば否定する気は無い。しかし相手が竜精となると、その後に待ち受けているものが想像するに面倒臭いのだ。今度は一体何だというのだ。いったいどこの誰だ。


 少佐及び数名に囲まれてユグドラーシルの南へと向かう。歩いて向かう距離じゃないだろう、と思ったのだが、流石ツィーリナ、一般用に固定ポータルが設置してある。短距離を結ぶもので、これを利用すれば、ツィーリナの観光地近くに転送される仕組みだ。


「ツィーリナ凄いな」

「防犯上設置したくねえんだがよ」

「宗教都市ですからね、広すぎますし、教徒達の足は必要でしょう」


 ポータルを踏むと、全身を一瞬だけむず痒い感覚が突き抜ける。気が付いた頃には、既に宗教の大本山、総合統括庁の入口に辿り着いた。総合統括という事は、呼び出したのは竜精でも大樹教の政治を動かしている者となるだろう。


 絶対碌な奴ではない。


 裏口から入り、廊下を進む。赤絨毯に大理石の床に壁に柱。周囲には様々な意匠を凝らした巨大彫刻達が立ち並ぶ。その中に幾つか、見覚えのある像があった。ここに並んでいる彫刻は全て、竜精だ。


「こっちはフィアレス竜精公。こっちはミーティム竜精公。間にあるのは、次女ですか」


「ドラグニール三姉妹の次女、エレイン・ドラグニール・カルフィニス公だ。もう数万年引きこもってて、姉妹すら顔を覚えてねえって話だぜ」


「竜精にもヒキコモリがいるんですねえ……」

「東部の古代遺跡のどこかで眠ってるって話だったな……ああ、そこのポータルだ」

「ああ、こちらで。これを踏むとどちらへ」

「……ユーヴィル・ラグナルタ・マナシス竜精公の執務室だ。聖域だから、俺は進めない」


「ラグナルタ・マナシス……じょ、序列一位の『大神殺し』!? 『国砕き』!? 『終末竜』!?」


「そりゃそうだ。統括庁長官様だぞ」

「あの。もし何かあれば、友の会の面々に宜しくとお伝えください」

「な、何もねえとは思うが、承った」


 少佐が右握り拳を作り、兜へと当てる。帝国式敬礼だ。そんなもので見送られると、余計不安になるのだが、生憎ご立派な造りのポータルは、踏んだ瞬間タイムラグ無しで件の竜精の部屋へと、ヨージを招き入れた。


「うお、派手だな」


 直ぐ目に飛び込んできたのは、大樹創世記の一節を抜き出して象ったであろう、荘厳なステンドグラスだ。モチーフは……『悪神討伐』だろう。


 竜国ヨトゥンに押し入った雷神を、竜精等が討伐する姿である。中央に一際大きく描かれているのが、ユーヴィルか。そのガラスは青白い月の光を受けて燦然と輝き、訪れる者に信仰と畏怖を強要する。


 その周囲を取り巻いているのは……恐らくパイプオルガンなのだが……数が多すぎる。たった一つの席ですらすさまじい数の操作数を要求するパイプオルガンが、壁を埋め尽くすように存在するのだ。


 ステンドグラスと、天井へと伸びあがる金管の城の真中に、ポツンと一つ執務机がある。

 そこに座っている女こそが、件の竜精『ユーヴィル・ラグナルタ・マナシス』であろう。


 最初の竜精。竜と大樹の守護者筆頭。創世神話に語られる、竜国最大戦力。世界を三度滅ぼした女。


『神薙』ユーヴィルだ。


「良く来た、人類」

「お招きに与りました、治癒神友の会第二神官長、ヨージ・衣笠です」


 女が椅子から立ち上がる。竜精としての気配は抑えているのか、威圧感は無い。白銀の王冠に、金糸の入った白の最上位祭祀服、引きずる程も長い紫色の髪は、当然ながら地面には触れていない。


「見ていたぞ」

「これは失礼。だいぶ、強権的に来られたもので、つい反抗を」

「殺し合いをしなかったのは褒めてやろう。大樹と竜の御前であるからな」

「恐縮です。して、どのようなご用件でしょうか」

「面を上げろ」

「はい」

「――……」

「どうされましたか、竜精公」


「……だいぶイケメンでは?」

「ほ?」


 ヨージに近づいたユーヴィルが、その顔を舐めるように見回したあと、そのような事をいい腐る。全くなんだってこいつ等はこんなのばかりなのか。


「はれー? 噂に聞く所、とんでもないバケモノで、どんなゴリラかと思ったのにー?」

「ユーヴィル竜精公?」


「あ、ごめんごめん。こうね、初対面には、ガッといって、おら、崇めろ人類、的な空気醸し出した方が、お話早く進むからさ、こんなカンジなんだけどもね、なんだーやだー結構好みーというかかなり好み!」


「……」

「エルフ? ううん、別なの入ってる。しかも……、あ、なんか龍くさい!」

「うっ……その、彼女、だいぶ身近でして」


「あ、そういうー。だよねえ。扶桑人だもんね。コレでアレが見逃さないか。フィアレスも、こういうカンジの男子だったなら、ちゃんとそう言って欲しかったなあ」


「これ、ミーティム竜精公にもお聞きしたのですが……フィアレス竜精公は、喋りました?」

「いいえ。全く。ただ調べたら突き当たったの。もう知らぬは本人ばかり? みたいな」

「隠すの、得意そうじゃありませんものね、彼女」

「いつもバレバレ。ま、可愛らしいから良いのだけど」


 うふふっ、と笑って可愛いポーズを取る。

 竜精は、変なのばかりだが……この序列一位様は、飛びっきり頭がおかしそうだ。こんなものに大樹教の権威が握られていると思うと、大樹教の未来が心配になる。


 いや、もうずっと彼女がトップだ。つまり今の大樹教なるものは、全て彼女が采配したもの、となる。性格はともかく、死ぬ程有能なのだろう。


「ご用件は」

「あ、そうそう! ビグ村では火の神を、キシミアでも疑似竜を叩き斬ったとか!」

「(ビグ村で叩き斬ったのはフィアレスだが)そうですね」

「ユーヴィル的には、貴方は第七階位ぐらいの実力があると見ました」

「済みません、その階級は聞き覚えがありませんね」

「暴れる神様を抑える為に派遣される神様が第五階位くらいよ。数が多い程強いカンジ」

「それは、高評価。有難うございます。して」

「うん。ウチで働いて貰いたいなって」

「お断りしたいですね」

「えー! 何故?」

「大樹教非加盟の宗教団体の神官ですし、やる事が沢山有りますし」

「じゃあ加盟して?」

「嫌です」


「何故! 加盟すると、サービス一杯受けられるし、補助金も出しちゃうし! 貴方がユーヴィルの個人的なお仕事を引き受けてくれるのならば、当然お手当沢山出しますよ?」


「それほどお金には困っていませんし……」


 スカウトのお話であった。しかも個人的な戦力になって欲しい、というのだから随分な高評価である。それそのもの自体は悪くない気分なのだが、ヨージはもう、本当に――それどころではなかったのである。


「あら、どうして顔を下げるの?」

「いえ」


 直視出来ないのだ。その声も、聴いているだけで辛いものがある。


「ユーヴィル、何か悪い事言ったかな……ううん、そんな事ないね。ないない」


 その声で、一人称が名前であると、余計意識してしまう。

 顔も、声質も、会話の調子も……あまりにも、聞き覚えがある。


「どうか、お断りさせて頂く事を、お許し願いたい、竜精公。僕には、使命があります。やらなければいけない事が沢山ある。それから解放された後も……恐らく僕には、自由がない。先ほど察していただいた通り、龍の気がありますので」


「あーうー。そっかあ。欲しかったなあ、貴方。貴方は貴方自身をどれほど知っているのかは分からないけれど、一人で抱えるには大きすぎる個人だよ?」


「散々と」

「だよねー。ねえ貴方」

「はい」

「月は好きかしら」

「どちらかと言えば、はい。それが何か」

「自覚ない? ……――ん。まあ良いでしょう! これからも健康で有りたいならば、良く月を見なさい」

「は、はあ」

「顔を上げて」

「……」

「――あの子、やっぱり生きていたんだ」


 ぞわりと、背筋を悪寒が駆け抜けて行く。深い、黒い瞳に、金色の瞳孔が覗く。竜の目。黄金の眼。睨みつけるだけで英雄すら殺したと言われる、本物の魔の目だ。


 あの子。あの子と言ったか。


 言わずもがななのだろう。そうだ、ユーヴィルは、ずっとこちらを監視していたのだ。では、少なくとも首都に入った瞬間から、『彼女』が居る事を、知っていたに違いない。


「やはり……」

「お話があるの。隣に休憩室があるから、そちらで良い?」

「分かりました」

「うう~ん。本当に魔性ね。声すら心地良い。あの子がやられる訳だ」

「……」


 ユーヴィルが指を動かす。空中に何かしらの文字を描くと、外からの音が一切聞こえなくなる。

 それもそうだ。これから話す会話の内容は……帝国という国家を揺るがしかねない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ