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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
聖モリアッド修道学院編
120/329

『神薙』ユーヴィル2



 最初の出会い、というのならば、エオもなかなかである。ほぼ死に体であったであろうヨージを指さし『死体と寝るシュミはないです』などと言い放ったのはこの女だ。


 気持ちは分かるのだが、怯えるでもなく、怖がるでもなく、淡々と『この物質の横には居たくない』といった響きの声が、未だヨージは忘れられない。


 蓋を開けてみれば快活で可愛らしい少女であったが、あの言葉は間違いなく真実であり、本音なのだろう。修道女をしていたニンゲンにしては、人間味の薄い発言だ。弔おうという気すらなかったであろうから、一体あのねじれたような反応がどこから来たのか、疑問である。


「エオは何歳までここに居たのですか」

「十までです。以降は修道院に五年居ました。あ、修道院といっても、学校なんですよ」

「修道学院でしたね。では、学年ごとに生徒が分かれていたりするのですか」


「入って来る生徒がバラバラなので、年齢はあまり考慮されないんです。大体は大樹教について試験があって、そこで初級、中級、上級部に上がります。お金を出すと免除ですから、受けるヒトもいませんけど。上級部に二年間いると、国家公認三等神官の資格を得られるので、そこからの進路は個人によりますね」


「つまり、そのまま修道学院で奉仕を続けるとか、資格を持って外部の教会に赴いたり、という事ですか」


「そうです! ただまー、聖モリアッドの生徒は七割直ぐ結婚してしまうので」

「でしょうねえ。では、完全に残るのは一割程度ですか」

「はい。エオもその予定でした」


 ツィーリナ西部区画。西部守護聖堂付近。ツィーリナの四方を護る聖堂の一角は森林公園としての機能を備えていた。ユグドラーシルの末端たる樹木が立ち並び、あちらこちらから清水が湧いて池と川を形成している。


 街の中だというのに、ここは喧騒とは無縁だ。エオは守護聖堂の荘厳な造りを見上げながら、少し寂しそうに言う。


「エオは、どこにも行く所がありませんでしたから。でも、そういう子も少なくなかったので、そういう子を選んで付き合っていましたよ。婚約している子なんかは、妙に偉そうなんです。まあ確かに? 大樹教的にはそれが正しいのでしょうけど。繁殖に寄与しますから」


「どこの世界も貴族は面倒ですね。とはいえ、見栄を張ってこそ維持される立場ですから、親も娘もそのあたり必死でしょう。良い家と結びついて、血と地位を繋いで行く訳ですから」


「ヨージさんのお家は?」


「僕も似たようなものです。特にエルフの純血が酷く重要視されていましたから。家柄も当然ですが、特に血です。魔法の強さこそがすべてです。だから、笑っちゃいましたよ」


「笑う?」


「ええ。人間族と交わった筈なのに、一族どころか、他の誰よりも魔力が強かったのですから。国家公認の検査結果が出た時、本家分家の当主共が顔真っ青にしていたの、未だに忘れられません。あんまり異常だったので、正式記録として登録される事すらありませんでしたが」


「やっかみとかは?」


「有りましたけど、桁違いでしたので、怖がって近寄ろうという奴があまりいませんでした。そんな中で、僕をちゃんと、僕として扱ってくれたのが……従弟の時鷹でした。最初は、何だコイツと、思いましたけれど」


「お互い、面倒くさいお家に産まれると、大変ですね」


「その分、良い暮らしはしました。高等民の不自由なんて、下層民の不自由に比べたら、屁でもありませんよ。所詮、造られた戒めの中に身を置いて不自由だと喚いているに過ぎない。ただ」


「……縛るものが大きすぎる場合は違いますね」

「どうにかならないものかと、散々工夫したのですがね。彼女は諦めるつもりなど毛頭無い様子です……ねえ、十全皇」


 エオの見ていた視線を、その横に移す。彼女はいつの間にか、さも当然のように、エオの隣に座っていた。エオが驚き、ぎょっと身体を仰け反らせる。


「ひょわっっ!」

「まあ、可愛らしい反応」


 今日の姿は、妙齢の西国エルフだ。長い金髪に、民族衣装だろうか、様々な文様の刺繍が施されたワンピースを身に着けている。青い瞳、垂れ目に泣き黒子。ふくよかな身体は、当然のようにヨージ好みに設えられていた。


「じゅ、十全皇?」

「ええ。こうしてお話するのは、初めてでしたかしら、神官長様」

「え、エオ。です。ど、どうも、コンニチワ」

「はい。御機嫌よう。皇の分身ですの。お邪魔致しますわね?」

「実はデート中なのですけどー大御神陛下」

「はい、存じ上げております。なのでお邪魔を」

「はー……ヨージさん。こんなカンジですか」

「はい、ずっとこんなカンジです。基本的にコチラの話は通じないと思って良い」

「いえ、いえ。聞いていますわ。従わないだけです」

「タチわるーい!」

「あははっ。皇の分身と解ってそう口に出来るのですから、根性が座っていらっしゃいますのねえ、エオ」


 本当に、彼女は空気など読んではくれない。ただ、エオと話している彼女が、なんだか妙に楽しそうなのは、気のせいであろうか。


「偉いヒトに気を遣うのは疲れましたから。それで、ヨージさんにご用事ですか」

「はい。惟鷹様。ご感想は?」

「……その容姿は凄まじく好みでちょっと困るぐらいです」

「それは良かった。ではしばらくコレで参りましょう」

「……カルミエ、参考にしましたね」


「怨敵とはいえ好みそうでしたので。ああ、ちなみにアレは生きております。虎視眈々と、貴方様を狙っているご様子でしたわ。監視も付いているかと」


「か、カルミエって、キシミアを滅ぼそうとしたあの大魔女ですか?」


「そうです。どうやら惟鷹様を痛く気に入ったご様子で。ま、当然と言えば当然かと。高貴な女はどうしても、貴方様に惹かれてしまいますもの」 


「陛下。つくづく疑問なのですが、僕に原因があるのでしょうか、その、妙な魔性」


「ええ。原因の根源については、わたくしの口からは申し上げられませんけれど。諦めて受け入れた方が、何かと生き易いと思いますわよ、貴方様」


 多少顔が顰む。あんな破滅的な女にまで好かれるなど、不本意極まる。ただ、十全皇の言う通り、こればかりは昔からだ。十全皇は何もかも知っているのだろう。しかし聞いた所で答えてはくれない。いつもの事だ。


「はい、はーい。大御神陛下。質問です」

「ふふふ、どうぞ」

「ヨージさんはつまるところ、女性から迫られる事実について諦めてしまった方が良いと」

「ええ」

「その結果出来た女性関係について、陛下はどうお考えですか?」


「何も? わたくしが正妻である事に一切の変わりは有りませんもの。将来の執政侍王しっせいじおうに、お妾が何人居ようと、わたくしが関知する事ではありませんのよ」


「あ、じゃあエオがお妾さんでも構いませんか?」


「にぎやかになりますわね?」

「がっ! っつ! ヨージさん! ご公認、ご公認でました!」

「いやいやいやいやいや……」


「ですから、貴方様。ビグ村でも申し上げましたでしょう。治癒神友の会は扶桑で公認致します。首都の蕃邸は現在建造中ですし、領地整理も程無く終わりますの」


「……、え? 僕、扶桑の地行蕃主じぎょうばんしゅに? いつのまに? あの?」

「? 以前お話しましたけれど」

「否定したでしょう」

「ヨージさん、じぎょーばんしゅって何です?」


「ええと……大体の場合武家上がりの貴族階級で、二万石以上の領地を持つ場合を言います。まあアインウェイクみたいなもんです。ちなみに十全皇、な、なん万石で?」


「十を想定していましたけれど」

「大名格じゃないですかぁ……」


「過去の実績と照らし、わたくしとのこねくしょんを合わせると、そのぐらいかと。何事も早め早めに取り掛かった方が良いと思いましたの。お戻りになられるならば、いつでもどうぞ。蕃邸が完成するまでは、御神楽宮にでもお住まいになって」


「お断りです。やる事があるので」

「ええ、そうでしょう、そうでしょう。あの神の出自は、これからお調べになられるのですね」


「今更、僕の願いを聞いてくれなどとは、言いませんが。少なくとも、治癒神友の会が安定するまでは、どうにかなりませんか」


 十全皇は、顎に指をあてて、うーん、と唸る。珍しい。悩んでいる。


(な、悩んでいる? この女が? 雷光の如き決断をする、この女が?)


 半ば戦慄する。

 即断即決で何もかも決めてしまう彼女にしては、随分と悠長な行動だ。何か、思う所があるのだろうか。それとも、また何か企んでるのか。後者の方が可能性としては大きいだろう。


「貴方様がお持ちになっていらっしゃるカード。それは貴方様が思っている以上に、大きいモノですの。お分かり?」


「彼女達の事ですか」

「よくもまあ集めましたわね? どれもこれも、政治転用可能ですもの」

「……」

「くふふっ、怖いお顔。ああ、言い含めるだけでそのお顔。なんて愛らしいのかしら」

「それで、答えは」


「世界は動き始めました。わたくしはまだまだ貴方様が苦しむお顔がみたい。苦しんで、泣き叫んで、邪魔者を殺し殺し殺し、絶望して、わたくしに頼って下さる未来を、希望しておりますわ。貴方様が全力で駆け抜ける限りは、ちょっかいを掛ける程度に致しましょう?」


「全力?」


「旅を続けるにしても、留まるにしても。少しでも手を抜こうものなら、すぐにでも、お迎えに上がります。貴方様は、ダラダラと走っていて良いお方では、ありませんもの?」


「まだ猶予があるのですね」

「はい。ただその……」

「何です?」

「たまには、分身で構いませんから、抱いてくださいまし?」

「ぐぬっ……」


 最後に彼女の相手をしたのはいつだったか。それまでは当然のようにしていたが、少なくとももう五年以上無い。夫婦と名乗るならば倦怠である。


 扶桑女とは慎ましく、心静かに、求められれば情熱的に。


 こんな話を臣民に強要するこの女が自ら申し出るとなると、相当だ。女の化身としてある事に情熱を注ぐ彼女であるから、体面は保ちたいのか。いずれにせよ恐ろしい話だ。抱くか抱かないかは別として、遠くなく、ご機嫌ぐらいは取っておかないと、ガブリとされそうである。


「こ、今度……我が身を一日献上致します……」

「まあ! うふふっ! ほんとう? 言ってみるものですわねえ! ふふふっ!」

「そ、それ以上はないですからね。酷い事したら、逃げますからね」

「ええ、ええ! 鬼ごっこはいったん休憩と致しましょう!」


 十全皇は……顔をぱぁっと明るくし、嬉しそうに微笑む。含みのある、怪し気な笑顔ではない。初めてデートを取り付けた生娘のように笑うのだ。まったく、顔や身体が変わっていても、この辺りは変わらない。


 どこまで本気か分からない。

 分からないが、少なくとも過去、こんな純真な笑顔を見せる十全皇を、可愛く思った時期もあるのだ。


「はあ、嬉しい。思い切ってよかった。ああ、そうでした、エオ」

「はー! わー! はい、なんです、奥方様」

「その呼称、とても気に入りましたので、今後もそう呼ぶように」

「はーい!」


「貴女には名誉扶桑臣民権と千石を与えます。個人登録も済ませますから、扶桑臣民を名乗ってくだすって構いませんことよ。扶桑にお出での際は、良くお国に尽くしますように」


「わー、なんだか良く分かりませんが、有難うございます奥方様!」


「あ、それ本当に良い。最高。エオはお上手ね。お気に入り登録ですわ。惟鷹様にしてはなかなかの女性センスです。貴方様の選ぶ女というのは、いつもいつも、お顔ばかり良いもので、魂の色に乏しい」


 十全皇、相当ご機嫌である。というかつまりその言が本当であるならば、エオは今しがたの会話だけで、大国の恩恵を与る身となった訳だが、エオ自身はそんな事どうとも考えていなさそうだ。


「ああそれと、惟鷹様」

「はい、何ですか」

「お気をつけになられますよう。わたくしのモノではない策謀が動いておりますから」

「……貴女に与えられる試練以外なら、大体蹴散らしてみせますので、ご安心を」

「辛辣な皮肉に、わたくしも大変興奮しております。では、お暇します。あっ」

「はい?」

「で、でぇとの時期は、惟鷹様のご都合で宜しいですからね?」

「は、はあ。ご配慮どうも……」

「ではでは、失礼致します」


 そういって会釈すると、いつものようにその場で消えてなくなる。どうやら彼女の分身術(といってもほぼ本人だが)は他国の首都でも通じるらしい。魔力帯を利用しているのならば制限ぐらいかかるのでは、と考えたのだが、やはり龍にそんな障害はないようだ。


 溜息を一つ吐く。幾らアレが酷くても、主依代探索の邪魔まではしないようだ。それに何かしら考えがある様子だった。碌な事ではなかろうが、それでも、つかの間の自由を手に入れた事に違いは無い。


 エオを見る。彼女は――顔を真っ赤にして、嬉しそうに微笑んでいる。


「エオ?」

「なあにアナタ?」

「……ほ、本気にしない方が良いですよ。ええ」

「え? 嘘だったんでしょうか。リップサービス?」

「……いえ。あのヒトは嘘を吐きません。本当の事を言って、本当に酷い事をするだけで」

「じゃあやっぱりご公認じゃありませんか! やったー!!」

「……あれ……?」


 なんだかたった数分で、ヨージは突如として追い詰められてしまったような……気が……しないでもない。正直、エオが好意を寄せてくれる事実に対して否定感はないというか、とても可愛らしく思っているし、出来る事なら将来幸せになって欲しいと願う立場である。


 そう考えた場合、今を否定すると、彼女は確実に手痛い心の傷を負うのではないか。

 いやいやいや。オジサンと少女だ。これから未来ある彼女の可能性を摘む訳にはいかない。


「エオ。でもほら、オジサンですし、僕。女のヒトにもだらしないですし。女性の目の前で別の女性とのデートの約束をする男ですよ。端的に言ってクズでしょう、ほら、すごいクズ」


「今のは仕方ないかと。あと、昔の話ですよね? あ、それにエオは別に他の女性が居たとしても構いませんよ? そういう家でしたし、今更気にならないというか。権威のあるヒトって女性沢山囲ってるの当たり前では? 女性領主だって男性沢山囲ってますよね。サイテッスラの家なんてまさにそれですし」


 そうだ。彼女は曲りなりにも貴族の子だ。そういう常識で暮らして来たのである。

 どう説得したものか……。


「ぼ、僕なんていつ死ぬか分からない程トラブルに巻き込まれますし……」

「それこそ我が神の出番では?」

「あ、貴女が傷つくところは、み、見たくないなあ?」

「エオが選んだんですから、今更傷の一つや二つなんです! 共に乗り越えてこそでしょう!」

「意志強いなぁ!」

「え、ヨージさんもしかして……」

「はい?」

「本当は、エオが大して可愛くないから……嫌いとか……」


「違っ! それはさすがにありえません。その容姿で嫌いという奴がいるなら、そいつはちょっと特殊な性癖でしょう」


「じゃあ何も問題ありませんよね?」

「あっれぇ……?」

「ああ! なんだか世界が輝いて見えます! 憂鬱な過去にサヨウナラ!」


 エオのテンションが酷い事になっている。全くもって何もない、暮れなずむ空に向かい、希望の輝きを讃えて手を振っている。……十全皇は、もしかして良かれと思って言ったのかもしれないが、そう、大体いつも彼女の『良かれ』でこんな事になる。


「それでね、ヨージ」

「あ、呼び捨てなんですね、もう」

「女の子二人、男の子一人が良いです」

「将来設計早くないです?」

「スポンっと産んで見せますよ?」

「畑から大根を抜くみたいに言わないでください……はあ、そろそろ戻りますよ」


 ナナリに続いてエオにも振り回され、挙句十全皇のアシストが決まった為、ヨージの精神的疲労はピークである。長い間馬車に揺られて来たワケであるし、そろそろベッドで休みたい。


「あ、でももう少し待ってください」

「はて」

「夕日が沈みます」


 そういってエオが手を差し出す。素直にそれを取ると、彼女は歩み出した。この公園の丘になっている部分……どうやらユグドラーシルの根で盛り上がっているらしいが、そこまで連れて来られる。エオは微笑んだまま空を見上げていた。


「お、おお」


 やがて夕日が沈むと、ユグドラーシルが淡く光り出す。幾重もの星を重ねたような煌めきが放たれ、それが明滅し、多種多様な色へと変化して行く。夜空を背景としたそれは、自分の見知らぬ宇宙を凝縮したような、途方も無い光景であった。


「綺麗ですねー!」

「一体どういう原理で」

「え、無粋です! でもヨージらしいです!」

「す、すみません。あまりにも非現実的な輝きに、ちょっと感動したので」


「あれは、大樹に召し上げられた魂達の輝きだと教えられました。私達人類は大樹より産まれ、大樹へと帰って行く。そこに死は無く、永久の輪廻を繰り返す。世は全て大樹と共に。大樹の輝きとあらんことを」


 無辜の民は死後、梢の鷲(フレースヴェルグ)に見定められ、命令を受けた鷲の鷹(ヴェズルフェルニル)により大樹へと召し上げられる。梢の鷲(フレースヴェルグ)はその死体を飲み込み消化し、糞をする。それが大樹の血肉になるのだ。


 残った魂は原始自然神オリジンノルン三女神の施しを得て、その魂を大樹の葉へと変化させて行く。高い位置にある程、生前の行いが良かった者とされている。また、選ばれた者は枝そのものになり、また選ばれた者は華となり、実をつける。


 やがて落葉、落果した者達はまたヒトとしての生を受け、永久輪廻を回すのだ。


 途中、不徳をしたものは牡鹿の餌となり、また業深いものは、ニーズヘグ・マレフィクスの治める中地獄ニブルヘイムへ落とされ、業火の餌食となるという。しかしそれらも、長い年月を経て、また地上へと舞い戻るとされる。


 大樹教に死は無い。人類は、一生休まる事のない世界を歩まされる。


「斬り倒されたとはいえ、生きていますし、途中まではあるのですね、やはり」


「そうですそうです。ただ、すっごく高いくて、怖いんですよー! フレくんとヴェズくんは口が悪いし、ラタトスクも口が悪いし、あんまりまともなヒトはいません」


「……の、昇った事があるのですか、ユグドラーシルに。不敬罪で殺されませんかそれ」

「別荘があって。エオはそこに住んでいたのですけど……――……――……ほああああッッッ!!」


 まさか、とは思っていたが。しかし、その発言は決定的である。もはや疑う余地も無い。


 エオという少女は……皇帝一族の子だ。


 でもなければ、ユグドラーシルへの登頂など許される筈が無い。しかも、その上に何かあるのか。それは流石に知らなかった。ただ、皇帝一族ならば、ユグドラーシル上で儀式を行うのも当然である。


 ……十全皇は、治癒神友の会の面々を『政治転用可能』などと言い放った。神を含めナナリまでかと思ったが、どうやら一番は、エオの事であろう。それも含めて、十全皇はエオを手厚く迎えたと考えると、随分すんなり話が通る。


「皇帝の子でしたか」

「……うー……舞い上がると、余計な事を直ぐ口にしてしまうから……」

「竜帝は、貴女をどうするつもりだったのでしょう」


「……父上は、最後まで反対してくれたって、聞いてます。ただ、あの通り……他の親族からやっかまれて、挙句……殺されて……そのまま宮殿に残っていても、結末は同じというか、むしろ、我が神が居ない分、死亡確定だったというか……」


 いかに皇帝が権力を有そうとも、他に権威のある者達が策謀を巡らせれば、末子の殺害も起こり得る。これでエオが凡人ならば、権力闘争にも絡まないだろうが……エオは非凡だ。それを恐れる者もいただろう。


 首都ツィーリナはこれだけ整備されて美しく出来ているのに、治める一族の内情は、他の貴族と変わらないものがあるのだろう。


「……良いか悪いか分かりませんけど、十全皇は、一度気に入ったと口にした人物を、害したりはしません。本当に、いっそ扶桑臣民になった方が、貴女は幸せでしょう」


「……そうでした! エオは新しい人生を歩むんでした!」

「そうです、そうです。ポジティブに生きましょう。貴女は今日も生きている」

「はー! じゃあ、戻りましょうっか! 初夜ですし!」

「……うん? あッ!!」


 思い出す。そうだ。

 よりにもよって、今日に限って……ヨージとエオは、相部屋なのである。ダブルベッドである。


「僕床で寝ますので」

「駄目でーす! きゃあ、恥ずかしい! 大好き!」

「ぐえええ」


 首に手を回され、思いっきり抱きしめられる。顔面に襲い来る柔らかな感覚と、全体重がかかった首へのダメージに、流石のヨージも色々限界であった。


 ……ヨージが友の会を離れるという事を聞いて、塞ぎ込んでしまうのではないか、と多少心配したのだが、杞憂に終わりそうだ。ただ、十全皇の全てを信じられる訳ではない。もしかすれば『惟鷹様が辛そうな顔をしてくれると思ったから』という理由だけで、エオを……まゆりのように、してしまうかもしれないのだ。


 一先ず出来た猶予の中で、友の会の面々に被害が及ばないよう努めて行く他あるまい。


「だってのになあ……」


 そう、内部の事情だけでいっぱいいっぱいなのだ。だから。外部から面倒ごとを持ち込まないで欲しいのである。


「治癒神友の会の信徒だな」

「むっ。騎士ナイトですよ、ヨージさん!」

「見れば分かります」


 エオをお姫様抱っこに持ち替えて、いつの間にか周囲を囲んでいた騎士ナイト達と向き合う。……十全皇が警告したのは、この事であったか。



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