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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
12/317

エオの憂鬱1

前話までのあらすじ


村は調べれば調べる程、信仰が薄い。元から神は現世利益の具現であるが、それにしたって神を道具か何かと勘違いしているのでは、という程に、何もかもがニンゲン主体の村である。

ライバルたる神グリジアヌに目を付けられたり、マスコミを利用出来ないかと動いてみたりと、考えて動いてみるがうまくは行かない。

そんな中、この世における化物に分類されるもの――『森の残滓』が村を襲撃する。

ヨージとグリジアヌによって殲滅されるが、どうにも違和感が拭えなかった。



 ※ エオ・シャティオンの憂鬱



 いつも穿いていた替えのパンツが無い事に気が付いたのは、この村に到着して随分と経った後の事だった。その事について、洗濯をお願いしていたヨージに聞いてみると、『買い替えておきました』と言われてしまった。


 別段とこだわりを持っていなかったエオは納得した。


「あ、そうなんですかー。穴でも空いてました?」

「失礼。洗っている最中に空いてしまいまして。して、新しい下着の穿き心地は」

「気が付かなかったくらいには」

「そうですか。それは良かった」


 ヨージがうんうんと満足げに頷く。


 男性なのに、女性の下着を洗わされて怒ったりしないのだろうか、というのが一番の懸念だったので、彼が気を悪くしていないのならば、エオとしては何でも良かった。


 ヨージは相変わらず、ミネアに持ってこさせた資料と睨めっこを続けている。


 エオは、折角こんな所まで足を運んだのだから、早く布教活動をしたい所なのだが、教団の活動方針はヨージが握っているので、彼が動かない限りエオにする事は無い。


「ヨージさん。もう三週間になりますよ? 村に出て布教とかしないんですか?」


「活動するにも、無計画ではいけません。弱い我々が如何に目立ち、如何に票を得るかを考えて前に進まねば、他の神に負けるでしょう。今は下準備中です」


「他っていうと、神グリジアヌと、豊穣神!」


「そうです。特にその豊穣神は不味い。前任神の雨秤アメノハカリも豊穣神でしたからね。ニンゲン、やはり安定に走る。以前も豊穣神だったんだから~と。ミネアさんの話でも、この『豊御霊』が今の所人気と聞きます。この前の残滓襲来事件で、神グリジアヌが少し盛り返しましたが、未だ揺るがず」


 暇を持て余したエオは、村の中を散策した事が何度かある。その折、農家を訪ねて歩いている豊御霊を発見した。東国(島か大陸かは不明)から来た神である為、西国ではその容姿がとても目立つ。


 長い黒髪に、ほっそりした目。白い民族衣装に、様々な刺繍の施された薄布を纏っていた。しかし東国の神は人種の特徴が表れないのか、胸はでっかかった。そう。リーアよりもでかかった。


 まさに豊穣神。まさに圧巻。あんなもので押し迫られたら、リーアが潰れてしまうのではないかと懸念する。


「ほら、見てください。これはビグ村の農業白書です」


 ヨージが本を差し出す。真っ白い紙に活版印刷された、それは大層な書物だ。こんな立派な本が、大樹教宗教教義でもなく、神話歴史書でもなく、小さい村の記録用として使われている事が驚きである。


「雨秤が去った年と、農作物の収穫量減少が合致します。それ以前は、むしろ増えている。どちらも微増、微減ですけど、確実な影響が見て取れます。これに気が付いている人がどのくらい居るか知りませんが、村議等は気にするでしょう」


「はー。ほんとです。こういうの、良く気が付きますね?」


「まあ、小さい村じゃ、こんなもの記録として残しませんからね。僕の場合は、こういうのが気になる性質なのです」


 エオはヨージがどこから来た人物なのかは聞いたものの、何をしていたのかは知らない。ただ、なかなかに気品あふれる顔だとは思っていた。もしかすれば、東国エルフ族の中でも、上位に居たのではないか。それに、残滓を退治したあの魔法は、エオが今まで見て来た中で、最も強力なものであった事も、そのような予測を立てる理由となっている。


「じー」

「な、なんですかエオ嬢」


 この世界には階級がある。それは基本的に大樹教の創世神話に基づいたものだ。


 一位を大樹根幹神ユグドラーシル、二位を原種竜族ドラゴン、三位を原始自然神オリジン、四位を竜精ドラゴンメイド、五位を高等森林族エルフ、六位以降は全て人類種……つまり二足歩行で歩き、知性のある生命体全てを言う。


 大樹根幹神は、大樹教及び大樹教に連なる宗教が崇める樹木を言うが、この名前で呼ぶ場合はユグドラーシルのみを指す。


 大樹自体は各種あり、折れた大樹、斬られた大樹含めると、おおよそ八本だが、厳密ではない。大きな島国や大陸に生えており、これは便宜上の階級だ。


 原種竜族は大樹教においては三柱が存命だが、ノードワルト大帝国内の『大樹根幹地』に住まい、決して動く事はない為、これも便宜上の階級となる。


 三位の原始自然神は、神話の中で生まれた自然の神(海や月や土地や太陽など)を言うので、その辺りをほっつき歩いている神とは大別される。


 四位の竜精は竜と原始自然神の子であり、こちらは数十名存在して、世界各国の大樹教支部統括などの役職についている。場合によっては住まう国の国王より偉い。


 結局、大樹教の教えに基づく階級上、一番位が高い人類種は高等森林族となる。


 ヨージも高等エルフに含まれる。高等と呼ばれるのは三代前までにエルフが居る場合だ。高等だからと良い暮らしをしているとは限らないのが今の世の中だが、それでも貴族然とした暮らしをしている者も多い。


 特に東国、しかも扶桑国……『大扶桑女皇国』となると、エルフは重役の大半を占めていると聞く。


「エオ嬢、エオ嬢。どうされましたか」

「有難うございます」

「はい?」


「ううん。あの、まだお礼を言っていなかったなって。助けたのは確かにエオ達かもですけど、あのまま当ても無く歩いていたら、今頃身売りしてたかもしれませんし」


 果たして身を売る事がどのような事なのか、エオにはピンと来ないのだが、世間一般的にお金のない女性が行き着く場所、という認識だ。


(たぶんおっぱいとか揉まれるんだろうなあ……)


 ヨージは眉を顰めてから、咳払いをした。


「ん、ンン。懸念はしました。貴女達のような危なっかしい女子が、二人旅だなんて。神様が居る以上死なないとは思いますが……ま、何、これも我等が神のお導きです。僕達は出会うべくして出会った。心から、そう思うのです」


「つまり、エオとヨージさんの出会いは運命であったと」

「僕と神です」

「またまたー!」


 思わず笑顔になる。こんな話をしていると、エオは非常に心が温かくなった。ワケアリそうなエルフで、弁ばかり立つ男であったから、エオなりに警戒はしていた。だが今は彼の言葉が信用に値すると知っているし、グリジアヌからも『アイツ、リーアが村神になれなくても、アンタ達は絶対養うと豪語してたよ』などと聞いているので、疑う余地も無い。


「それで、なんで死にかけていたんですか?」


 では。では。もう少し、彼が知りたい。まだ出会って間もないとはいえ、自分達は運命共同体なのだ。何故あのような馴れ初め(死体だと思っていたが)に至った理由が気になる。


「それ、貴女も口に出来ますか?」

「うぐ」


 が、カウンターが入る。

 ヨージはどうやら、エオがリーアと出逢った時の事を、聞いている様子だった。気分の良いものではないので、エオも口を噤む。


「ま、だからこそ運命的と言えます。瀕死の二人が治癒の神に出会い、そしてこれから生きて行くのです。ところでエオ嬢」


 そして流されてしまった。追及して空気が悪くなるのは避けたい。

 というか、嫌われたくない。


「はあ……あ、はい!」


「エオ嬢は学がありますよね。紙の束を用意して貰ったので、お暇な時にでも、我々の道筋を記して欲しいのですが」


「……あっ! そうですよね!」


 そういってヨージが紙束を寄越す。悪くない質のものだ。


 宗教に造詣が深いエオは、何を言われているのか直ぐに分かった。一聖人の道筋を記録する事によって、それ自体が聖典と成り得るのだ。これからの歩みを克明に記録して行けば、日記になる、ヒントにもなる。


「お願いします。あと、我々宗教組織の明文化もお願いしたいのですが」


「えーと、つまり、組織としての形とか、役職の呼称とか教団内用語をまとめたりとか、ですか?」

「はい。最初は大樹教を真似ても構いません。出来たモノを、あとで二人と一柱で精査して行きましょう」

「解りました! 得意です! というか、それぐらいしか出来ません!」

「そんな事はありませんよ。エオ嬢はまだ若いから、知らない事が多いだけです」

「そうでしょーか?」

「そうですよ。貴女は頭が良い」

「そうですか? えへへ」

「では宜しくお願いします。僕は少し、商会まで」

「はい! いってらっしゃーい!」


 ヨージは弓と矢筒、そして工具などが一式入ったカバンを持って外に出て行く。大方、商会でお手伝いの仕事を貰って、その帰りに日々の食事の足しでも仕入れてくるつもりなのだろう。


 良く働く人だ。彼が大人しくしている姿を見た覚えがない。


『治癒神友の会共同財産箱』と名付けられた、納屋の奥にある箱は、ここ最近重くなり、エオでは持ち上げられなくなっている。


(……口はちょっと忙しないけど、良く働くし頼りになるし魔法も使えて強いし、顔も良い。あら、もしかしてほぼ完璧なのではー?)


「えっへっへ」


 男女のロマンスなど、身に覚えはない。しかしあのような人物が身近に居ると思うと、期待してしまうのも、これは仕方がないものである。己も女なのだなあと考えずにはいられなかった。


「ではでは」


 机替わりの木箱の上に積んだ紙束を前にし、さて、と意気込む。

 まず何から決めるべきか。大樹教の教えなどを頭に浮かべながら、現状を鑑みる。


「神様、神様ー?」

「ふあい」


 声をかけると、ベッドの上で惰眠を貪っていたリーアが起き上がり、ふわりと浮く。

 逆さまだ。寝ぼけている。


「神様って、ほかに能力とか、ありませんよね?」

「ないよ」

「解りましたー」


 まずは自分達の立場の明文化だろう。

 この宗教を唯一性とするか、多神性とするかは決まっていない為、一先ず最上位神としてシュプリーアの名前を先頭に持ってくる。


「我等遍く人類に済度の手を差し伸べるべく降臨された女神こそが、シュプリーア様です。シュプリーア様は慈悲深く、知性の富み、ヒトの機微を察するに長け、また大きな愛を持っています」


「……盛りすぎ?」


「神話なんてそんなものですよ! 七割ぐらい合ってますし大丈夫です……ええと、そして何より、女神シュプリーアは治癒の力でヒトを癒し、人類の健やかなる生を何よりの喜びとしています……で、良いですね」


 リーアがふわふわとやって来てエオの脇腹に抱き着く。どうやらこの神様はヒトに抱き着いていないと不安を覚えるらしく、ヨージにも良く縋っている。ただし、ヨージはすぐ恥ずかしがるので、神は少しお怒りだ。


「聖人録も必要ですよね。ともなると、シュプリーア様に出会ったエオが一番の信徒で聖人になりますね? きゃあはずかしぃー!」


「嬉しそう」


 多神教である大樹教において、聖人もまた神の一柱に数えられる。聖人達の残した足跡、書物などは様々と残っており、その内でも最初期の『聖人録』三冊に関しては、大樹教徒にとって必修だ。


「この紙切れがこれからきっと凄い本扱いされるんですよー」


 また、大樹教を象徴とする大聖典とされるのは『大樹創世記』『黄龍書断片』『アズダハ書』『ニーズヘグ顛末記』の四つがあり、アズダハ書とニーズヘグ顛末記は門外不出とされている為、写本は存在しない。


 大樹創世記に関しては、世界数か国語に翻訳され、一般的な聖典として扱われており、神話の触りについては五歳児でも知っている。


「そうかなあ……」


「ヨージさんも言ってましたよ。運命なんだって。凄くそう思います。えーと、じゃあ続き。バイドリアーナイ公爵領東部に位置する大樹教の修道院、聖モリアッド修道院で過ごしていた少女エオは、全く善良で心清らかな乙女であった。大樹に寄り添い正しく生きるという大樹教の教えを体現するようなエオは、しかし悪い心を持つ者達によって迫害を受けていた、と」


「うん」


「とある日の事。教導神官の申しつけで修道院の裏手にある森へと入り、そこで薬草を摘んでいたエオは……ふ、不幸にも、あ、足を滑らせて、崖から落ちてしまう」


「うん」


「エオは傷つき、崖を這い上がる事も出来ず三日間、大樹根幹神に祈りを捧げ続けた。そして四日目の朝、朝日の眩さと共に女神シュプリーアが顕現なされたのだ……で、良いですね」


「……貴女がいいなら」


 リーアが小さく頷く。

 運動神経の良いエオが、そう簡単に崖から落ちる筈がない。

 そして自分の背中には、大きな大人の手で強く押された感覚が残っており、時折思い出すと吐き気がした。


「……うう」


 頭を打ち、頭蓋は割れた。

 手足は完全に折れている。

 脇腹から滲む血を手で掬い上げた時の非現実感は、生涯忘れ得ぬ異常体験であった。

 助けは誰も来ない。

 声を出す事も出来ない。


 全身打撲と頭蓋骨損傷、肋骨が叩き折れて尚、最悪な事に意識だけは保たれていた。意識を失えば、二度と目覚めぬと、解っていたのだろう。


 あまりにも、あまりにも長い三日間。野犬に怯え、残滓の気配に戦慄き、痛みと、寒さと、寂しさと、飢えに堪え、ひたすらに奇跡を待ち続けた。


 そして四日目の朝に、リーアは現れたのだ。


「うっ……うっ……ううぅ……」


 超常とは。本物の神とは。救済とは。最上の希望とは。絶対的な絶望を覆す、至上の力とは。

 正しく、目の前に何故か泣きじゃくりながら現れた、シュプリーアという女神そのものだったのだ。


「よしよし。大丈夫だよ。私がいるよ。よーちゃんもいるよ。エオちゃんはもう誰にもいじめられないよ」


 リーアが正面からエオを抱き留める。温かく、柔らかく、滅茶苦茶に散り散りになった心が、一つに固まって行くような感覚があった。あんな思いは、もう二度としたくない。しかし、いつまでもこの気持ちを引きずる訳にはいかない。


 自分とヨージは同じく、一度死んだ人間なのだ。

 寂しかった心には、今は神が住まう。今はダメだったとしても……一人と一柱に支えられたならば、きっと越えられる日が来る筈だと、エオは強く信じられた。


「うっぐ……ふっ。うう。よ、よし、よし! 大丈夫です! 神様パワーで元気になりました! 続き書きましょう、続き!」


 そうだ。自分には信じられるものがある。自分に出来る事を、するべきだ。

 リーアの力が広まれば、理不尽が減る。理不尽が減るならば、それだけ不幸で悲しむ人は減る。全世界の救済なんてものは当然無理にしても、目に見える範囲、出来る限りの距離で、命を救う事が出来るのだから。



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