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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
聖モリアッド修道学院編
119/329

『神薙』ユーヴィル1



 初めての出会いは、出会いと分類するのもおこがましい最悪のものであったのを思い出す。


 いつの間にかスッカリ弟子面をしているこのナナリ・クォム・サイテッスラは、そもそもヨージを無実の罪で捕らえた上で、自分の婿にするつもりでいたのだ。まず想像するに最低な人格である、と当初は思ったが、数か月の間面倒を見ていると、本当に単なる世間知らずであった事を思い知らされる。


 ただその世間知らずのレベルがエオとは比べ物にならなかった、というぐらいか。


「なっはっは。小さい劇団とはいえなかなかではないか。このような劇を催す場所が沢山あるのだろう、ここは。どうしてそのような文化が形成されたのか疑問だ。余も好きで好きでしょうがない事憚らぬが、どうにもイナンナーはこういった享楽に疎い」


「貴女の母国を罵るようで申し訳ないのですが」

「構わん、構わん」


「男性の人権、ほぼ無いじゃありませんか、あの国。そもそも、世の中の演劇で武勇物や英雄譚となると、どうしたって男が主役になりますでしょう。貴女の国では……まず難しいでしょう。というか、あの国に演劇とか、有るのですか?」


「あるに決まっておろうが。が、師の言う通り男が主役として立つものは少ない。それでも演目に合わせる訳だから、主役が女体化する」


「おおう……」

「ヒロインも男になる」

「ですよねえ」

「男が主役のものもあるが……」

「ああ、あるのですね」

「大体、恋愛劇だ。男達が一人の女を巡ってドロドロの愛憎劇を繰り広げるぞ」

「良くあるものではありますが……イナンナー式だと、余計ドロドロしていそうですね」


「慧眼だ。まさに。余、ああいうのはちょっと……も少し、明るくならないものかと提言してみたのだが、部族の子女共がお好みらしくてな。劇団も慈善事業ではない。金が入る方を演じるだろう」


 お姫様なりに色々考えているのだろう。正直、イナンナーの文化が形成されて一体何千年経つかは知らないが、もはや文化常識として成り立っている男性軽視を一人のお姫様が諫めた所で、何言ってんだお前、で終わるのが目に見える。


 そもそも、ナナリ自身が最初はそうだったのだ。


 男というのは即ち女達の第三の手だ。一個体ではないのである。常に傍にあり、必要な仕事をこなし、女の気が向いたら伽を共とする、便利に動く労働力だ。そこに自由意志は無く、産まれた時から『どこの家の女性の下で働くか』が決められている。


 一般はもう少し緩いだろうが、貴族社会では外に出る時服を着るのと同じくらい当然だ。


 ナナリもヨージを師と仰ぎながらも、どこか軽視した節が多かった。ただ、今まで見た事も無い、聞いた事も無いものに多く触れた故に、考えが変わって来たのだろう。最初よりもずっと柔らかくなっている。


 ただ。


「あ、余、アレ食べたい」

「ご自分でどうぞ」

「男が何を言っている。すぐだ、ほら」

「ナナリ」

「……あ、うん。そうだな。自分で買って来る」


 長い間積み重ねて来たものが、簡単に抜けたりはしないのだ。女の身の回りの事の全てをやるのが、イナンナーにおける男である。その当たり前が、ちょっと出ただけだ。ヨージは大して叱ったりはしない。このぐらいなら、どこにでも居るレベルの傲慢さだ。


「すまん、楽しくて素が出た」

「それは何よりです」

「……これ、どう食べるんだ?」

「紙包みのまま、手にもってガブッとでしょう」

「あ、熱くないか? 中からブシュッ、と油とか肉汁が出たりしないだろうか」

「出るでしょう」

「口の周りが汚れるのでは?」

「手拭いぐらい持っているでしょう」

「それを洗うの……あ、余かあ」

「僕は貴女の彼氏でも何でもないですから、何もしませんけど」

「あん?」

「そういうヒトになら要求しても良いんじゃないでしょうか」

「そうなのか。イナンナーの外は良く分からんなあ……あむ。あ、あつ、あちち」


 皿に並べられた料理しか食べた事が無かったであろう彼女が、こうして外で買い食いしているのだから、この短期間で随分と成長したのだろう。それらすべて、イナンナーの女王となって必要な事かと言われると大変疑問だが、王となるぐらいなのだから、何でも知っていて損はあるまい。


 そも、彼女の在り方というのは、彼女の国家において当然なのだ。他文明のニンゲンが、内に居る者達を罵る権利はない。故に何を教えるにしても『外ではこうした方が良い』というニュアンスが強いだろう。


「……しまった。師の分が必要かどうか、聞くのを忘れた」

「別に良いですよ」

「ではこの一口分……」

「……え、何故顔が赤いのですか」


 棒状に揚げたミートパイらしきものを、ずいっとヨージの口元に突き出す。嫌ならやめれば良いものを、何故顔を赤くしてまで差し出すのか。


 ヨージの頭が良く回転する。状況から推察する。イナンナーの文化を交えて考える。

 導き出される答えは。


「はっ。まさか、自分の口にしたものを相手に与える事に、何かしらの強制契約魔術ギアスが掛かっているのでは?」


「ぬ。敏いな師匠」

「弟子よ。師を嵌めようとは良い度胸ですね」


「じょ、冗談だ。ただ、自分のものを男に与えるなど、それではまるで、婦夫ふうふのようであったから、めっちゃ緊張しただけだぞ」


「どちらにせよ他人同士でするものじゃないじゃありませんか、貴女の国的に」

「ぐぬぬ……」


 そうであった。彼女は最終的にヨージを手前の婿にして、女王選定の儀式の折、闘技大会に出場させるつもりでいたのだ。なんとなーくでいなしていた為忘れガチだが、きっと諦めていないのだろう。


 ナナリは狼耳をペタンとしてしょぼくれ、そっぽを向く。一応大人なのだから、そういう情けない真似は……と思うが、まあ可愛いので良しとした。ご先祖様である神エーヴ(御存命)譲りの美しい容姿はやはり武器であろう。


 ……それにしても、そう。彼女は神エーヴの子孫だ。あの、見た目の年齢が一桁っぽい神様の、である。つまりは、あの神様も、どちら様かと交接なすって、あの小さいお腹を大きくした訳だ。

 何てことだろうか。今までどうして気が付かなかったのだろうか。


 いや、気が付いてどう、という事もないが、それにしたって凄い。


「師よ、なんだその、何とも言えない顔は」

「神エーヴに似て美しいのは間違いないのですがねえ」

「ええい、含むな、含むな。しかし美しいという言は受け取ろう。当然よな、なははは」


 基本、彼女はポジティブである。大体前向きに捉えようとするし、逆境にも負けたりはしない。単純といえばそうだが、才能もあるので、教える側としては楽だ。


 長い時間でなくとも、ヨージの覚えている事を助言しながら伝えるだけで、彼女は成長する。それは良い。良いのだが、彼女の最終目標に近づいているかどうかは不明だ。


「ところで、貴女の国で姫君達が女王になる為に必要とされている事とは、主に何でしょうね」

「どうした藪から棒に」


「一応神エーヴとキーリッタ女王陛下から貴女を預かっている身ですからね。前に聞かされた『闘技』以外に、女王選定の儀式にはどのようなものがあるのでしょう。限定して対処するだけなら、訓練自体は単純でしょう」


「それか。『闘技』は基本的に『どれほどの力を持つ男を虜に出来たか』という事実を見る試練だな。顔が良くて腕っぷしが強い男なら何でも良い、と言えばそうだが、貴殿を知ってしまうと、他が何とも物足りんな」


「種族などは問わないので?」


「獣人ならば第二種別以上が好ましい、というぐらいか。とはいえ余も第一種別だからな、別段と気にした事はない。そうだ、まだ見せていないが、隔世変化する場合、余は第三種別の見た目になるぞ」


 ボーグマンなどもそうであったか。イナンナー獣人は隔世変化という特性を持つ者がいる。獣に近い形になればなるほど尊いとされている為、隔世変化でも第三種別になれるならば、それはかなり稀な事である。しかも元が狼となると、本当に限られたニンゲンだけだ。


「して、他の試練は」


「狩人としての腕を見る為の『山行』と、人格容姿ともに整っているかを競う『観覧』だな。狩りは三日間山に籠る事になる。お姫様ばかりだからな、ここで音を上げる奴は多い。観覧については、ハッキリ言って不明だ」


「不明。その時にならないと内容が明かされない、という事ですか」


「ああ。どうやら候補者が一つの館に集められて、四日間、一日一度人民の前に出て、まあ、ファッションショー的なものと、演説が一回行われる。問題は館の中で何をしているか、なのだが、これだけ近い立場にありながら、全く明かされないので、とても対策出来ん」


「ふうむ。そうなると、僕がお手伝い出来そうなのは山行ぐらいですかね」

「闘技も参加して構わぬぞ?」


「遠慮します。良い男見つけてください。というか居るでしょう、幾らでも。女王候補としてのアドバンテージは随一でしょうし、少なくとも僕が見る限り貴女は美しい。号令掛けたら集まるでしょう」


「よ、余が美しいのは当然であるが、師にそう言われると物凄く自信が付くので最高。まあしかし、その」


「何かありましたか」

「……余、余はその。あの……」


 ナナリが顔を赤くして言い淀む。男には言い難い事か。そういえば……と神エーヴの言葉を思い出す。『イナンナーの女は男性経験人数がステータス』という話をしていた。なるほど。


「……お、奥手なのですね」

「どーにもこーにも、ガッと行けんのだ、ガッと。この慎ましさ、まるで扶桑の女ではないか」


「そりゃ無いです。無いです」

「ええ? これより奥ゆかしい? 扶桑人、どう繁殖してるのだ? 疑問で脳がやられそうだ」


「色々あるのです。で、男性経験が無いので、イナンナーの女として恥ずかしいと」

「ぐぬぬ。男に言われるとイラッとする」


「女に言われてもしてるでしょう、たぶん」

「確かに。間違いなく殴る」


「しかしそれは、僕ではどうする事も出来ませんねえ」

「そんな事は無いだろう」


「はて」

「貴殿が余を一晩、蝶よ華よと愛でてくれれば済む話ではないか」


「え、嫌ですけど」

「そんな!! こんなにも美しい余が伽を共にして構わぬ、と言ってるのに!」


「食べ物を分け与えるのはあんなに恥ずかしがるのに、そういう事は臆面も無く言うのですね」

「文化的差異だ、受け入れよ」


「お断りです。というかソレを他の男に言えば良いのですよ、ソレを」

「えー。余、面食いだしぃ。それに余より弱い男とか有り得ない」


 ナナリがむー、と難しい顔をする。しかし確かに、ナナリ程の武芸と魔法を扱える者となると、随分選択肢が減ってしまう。女王という体面を気にする者が、まさかヘロッヘロの男を連れて来る訳にも行くまい。


「ま、ある程度妥協は必要になるでしょう。本国に帰ってから考えてください」

「ふふん。今に見ていろ。遠くなく、師は余が篭絡してやるからな」


「頑張ってみてください。それも訓練になるかもしれませんし」

「ほ。確かに。師は賢いなあ」


 彼女の希望に応えてあげられそうにはないが、一先ず彼女へ教えるべき事が分かったのは僥倖だ。特に山行に関しては、他の女王候補をぶっちぎりで突き放す事が出来る程の技術を授けてやれるだろう。


「そろそろ戻りましょうか」

「ああ。あ、そうだ、すっかり忘れていた」

「なんです」

「何故この国であのような劇団が沢山生まれたのか、その経緯を聞いていない」

「そうでした。まあ、単純な話ですよ」

「というと?」


「この国は何が有ろうと、大樹教が根幹です。劇においても、大樹教の話はいくつも散りばめられていたでしょう。英雄譚などはまさに、大樹への信仰を表すものですし」


「成程。ではプロパガンダとして発達したのだな」


「最初はそうでしょう。今は娯楽色が強いですよね。何にせよ、国民が楽しくならないと、流行りませんから」


「ふうむ。やはりイナンナーでは望めそうにない話だな。男が主役の英雄譚は」

「西国趣味ですねえ、本当に」

「浪漫だフィクションだ。近場に無いからこそ憧れるものはあろう?」

「ごもっとも」

「ところで師よ」

「ええ」

「手を拭くものはないか」

「……」


 パイから溢れた油で手をテカテカさせながら、ナナリが言う。お姫様が自分で何でも卒なくこなす未来は、まだまだ先のようだ。そも、最初は下着すら自分で穿かなかったが。


「あちらに水場が有りますから」

「おお、それは良い。この街はあっちにもこっちにも上水道だらけで水に全く困らんな」

「何せアレのお膝元ですからねえ」


 遠くを見上げる。大樹ユグドラーシルは今日も人々を見下ろしていた。何度見ても大きい。例えば、あれの葉や枝などが落ちてきた場合……この街は壊滅するのではないのだろうか。今までどうして無事だったのか。何かしら理由があるのだろう。


「はぁぁぁぁぁ~~~~~……」


 水場近くのベンチに腰掛け、ナナリを待っていると、隣から凄まじい大きさの溜息が聴こえて来た。なんだって公共の場で、そんなに不機嫌そうな溜息をぶっこく奴がいたものかと、ヨージはチラリと視線を向ける。


「ヨージさんどうするんでしょ……」


 身内だった。

 どうやら、買い物を終えてここで休憩していたらしい。


 こちらには気が付いていない……のか。顔は伏せたままだ。それにしたって大きなため息だし独り言である。果てしなくわざとらしい。


 ただ、こんな場所でそんな事を云う美少女が居たら、さてどうだろうか。


「お嬢さん、何かお困りでしょうか」


 ほらみろ、男が放っておくものか。


 ただし、ここは世界に名高い首都ツィーリナだ。寄って来るのはナンパ男はナンパ男でも、宗教系ナンパ男という、最高に面倒臭いタイプだ。


「はい? あ、別に困ってないです」

「い、いまだいぶ困っていそうでしたけど」

「個人的なものです。見知らぬ方には全く関係が無いので、お気遣いだけどうもです」

「そ、そうでしたか。本当に困っているのでしたら、是非最寄の大樹教教会へお越しください」

「間に合ってます」


 宗教男はそそくさと退散する。強い。何かと一緒に居る事が多かったので、彼女が他のヒトにどう接しているのか、見る機会はあまりなかった。ここまでサッパリと素気無く断られては、誘う側もやる気をなくすというものである。


 エオは顔を覆ったままだ。あえて声をかけてみる。


「男にでも逃げられましたか」


「あー。逃げられたっていうか、やむにやまれぬ事情があるみたいで……。エオも分かってはいるんです。龍なんていうモノに歯向かったらどうなってしまうか何てこと。ニンゲンは自然災害には敵いません」


「ご大層なお悩みのようで」


「うー。ヨージさんなあ。たぶんエオの事好きだと思うんだけどなあ。そりゃそうです。こんなに若くて可愛くておっぱいが大きいんですから、気にならない訳ないです。むー。もういっそ、お妾で良いのでは? ぐらいには考えてるんですけど。そのあたり十全皇とご相談ですかねえ」


 ……妾の子故に実家から修道院に詰められたのでは、という疑惑がある彼女にそれを言わせてしまうのは、大変にしんどい。とはいえ、こちらは別段とエオとお付き合いしている訳でも、肉体関係を持った訳でもないので、大変クリーンだ。流石にそこまで悩まれてしまうと手に負えない。


「え、エオ?」

「というわけで!!」

「!?」


「デートしてください。なんかアッチでサイテッスラが水辺ちゃぱちゃぱしてますけど、なんです? 連れ添いですか? まさかデートでは?」


「ご、ご機嫌取りです。不満爆発されたら大変ですし」

「合理的ー。という訳でお付き合いしてください。少なくとも今日は」


 ガバッと顔を上げたエオが、それはもう輝く笑顔で言う。これを否定した結果に訪れる致命的な人間関係損傷度を考えると、とても無下に出来ない。


「おう。なんだ、エオではないか。買い物は終えたのか?」

「サイテッスラ。ヨージさんを独占しようとした事についての罪は不問とします」

「お、なんだなんだ。査問官ごっこか? 高尚なシュミだな。余もやったぞ」

「これ、買い物した荷物です。宿まで持って行ってください」

「それは構わんが。師の顔がなんだかだいぶ、窶れてるぞ」

「エオとデート出来るのが嬉しくて青ざめただけでしょう。さ、お早く」


 といって、ナナリに荷物をぐいっと押し付ける。それを受け取り、ヨージの顔を見てから、目を瞑ってウンウンと頷いた。どうも、ナナリはエオを妹か何かだと思っているらしく、嫌にエオのワガママには寛容だった。きっとそういう家庭で育ったからだろう。


「構わん。楽しんで来ると良い。余は下女が如くこの荷物を宿へと持ち帰ろう」

「あ、中に入っているお菓子はサイテッスラ用なので食べて良いです」

「そうなのか。気が利くなあ」

「じゃ、ヨージさん! 行きましょう!」

「は、はい」


 という訳で、ナナリを終えた次はエオに捕まり、連れ去られた。



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