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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
聖モリアッド修道学院編
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竜都ツィーリナ4



 宿に戻ると、外の水場でナナリが洗濯を始めていた。何でも進んでやってくれるのは有難いのだが、まだまだ粗が目立つ。特に料理は任せられたものではない。他の皆も得意という訳ではないが、取り分けてナナリは凄い。鍋から死霊のうめき声が聞こえた時は、流石のヨージもどうしようかと思った。街で買った食材から地獄を産まないで欲しい。


「ナナリ」

「師か。どうした」


「汚れているところを、もう少しピンポイントで洗ってくれますか。そんな全体を洗濯板でガリガリやると、折角の着物がメッタメタになります」


「……腋とか、襟首?」

「そうです。ではお願いします」

「ふふっ。下女の仕事だと侮っていたが、陽気の良い日は洗濯もなかなか乙ではないか」

「冬もお願いします」

「冬は……辛そうだな……」


『ユグドラーシル様のお恵み』と触れ回っている水だが、この街全体からしてどう考えてもあの大樹の恵みそのものであるし、蛇口なのであまり感動が無い。ちなみに、湧き水は一口飲めば三日寿命が延びるなどと言われている。


「失礼します」


 宿に上がり、我が神達が泊まる部屋へとお邪魔する。二柱は窓際で、早速酒瓶を開けて何やら談笑していた。グリジアヌは分かるのだが、リーアも最近呑み方を覚えて来たらしく随分と寛いでいる。キシミアで買った兎の木細工を弄りながら……兎の干物をアテにしていた。


「よーちゃんお帰り。どだった?」


「はい、審査に三日程かかる様子なので、滞在期間は今日含め四日というところでしょう。ただ、最速で、という事ですから、もう少しココにいる事になりそうですがね」


「んー。新しいもの一杯あるから、暫くは飽きないかも」

「それは良かった。ああそれで、治癒の神についてなのですが」


 治癒の神。原始自然神オリジンイルミンスル。

 大樹の分身とまで称される高等神である。我が神に何かしらの関わりがあってもおかしくは無い。何とか会えないかと、イルミンスルを祀る大教会にまで赴いてみたのだが、当然のように門前払いである。


 建前上竜精よりもエライ身分だ、一般宗教者如きが会える訳がなかった。


「南方じゃあ、原始自然神オリジンっつっても、穴倉で仙人みたいに暮らしてる奴とか、人前に顔出すのも嫌だって奴ばっかで、大して役に立たないんだよなあ」


「扱われ方が違いますからねえ。扶桑は……まあ御殿は大きいです」


 原始自然神オリジンと分類される神は、宗教の数に比例して沢山いる。が、大体の場合隠れてしまっていて、居るのか居ないのかも分からない。そういう意味で、ちゃんと存在して力を誇示している大樹教の原始自然神オリジンは特異だ。


「そうだ、神グリジアヌ。少しお話があります」

「なんだ? リーアに聞かせられない話か?」

「大人の話ですので」

「えー。よーちゃん、神様は年齢関係ないのにー」

「神シュプリーアはそこでお酒呑んでてください」

「ぶー」

「ま、ちょいと行ってくるか。へへ、呼び出しとあっちゃあ期待するな?」

「はいはい。裏庭が綺麗に整備されていました。そちらへ」


 ぶーたれるリーアを宥め、グリジアヌと共に裏庭へと出る。小さいながら東屋ガゼボもあり、白い壁と色とりどりの花に囲まれた、小庭園だ。


「……ここでは紅茶では?」

「そんなシャレたもんがあるか。酒だ酒。なお、近くに売ってた。安くて質が良い!」

「水が美味しいからでしょう……それで、グリジアヌ」

「うん?」

「僕に隠している事がありますよね?」

「ほ。ははあん? 一体どれの事だったかなあ。まああるぞ、隠し事ぐらい。神様だからな」

「一番隠しちゃいけない事、隠していますよね」


「え? あ、うーん……あ、アタシこれでも、お、女だからさ? そりゃ、好きな奴にその……見せたくない部分ぐらい、あるだろ?」


「うぐ……」

「だはは。嘘嘘。無いこたあ無いが、んなに重要な事なんてあったかな……」

「『海の真理』」

「――……ぶぶッッ」


 笑いながら口に含んだ酒を、思いっきりぶちまける。ヨージの顔面がアルコール臭くなった。

 ヒトによっては嬉しいのかもしれないが、ヨージにそのようなシュミはない。

 いや、正確には気分ではない。


「貴女を治癒神友の会の一柱として迎えるにあたって、貴女の履歴を見る事になりました」


「あーあー……そういや……ビグ村で村神にならなきゃならん、って時に、大樹教管轄だもんだから、一応登録したんだった。誰も見ないだろうと思って、はは、洗いざらい書いたな」


「まさか海の真理の主神とは。扶桑で貴女は『信義女王』と呼ばれていました。扶桑という大国と一時でも渡り合い、講和を結んだ貴女は、本国で異国の英雄として持て囃されていましたから……創作小説から、演劇までありますよ?」


「ああ、うん。アタシ、扶桑にも行ってるよ。高官達に散々接待させてやった」

「何故です」

「何故、とは」

「海の真理は妹君に預けたそうですが、どうして旅になど?」


「それは説明したぞ。南方で一生を終えるつもりは無かった。神にして神を降ろす者。本来はニンゲンの巫女の仕事だが、神でこの力を持つ奴ぁ、少ない。この力を有意義に使えるならば、そうするべきだ。だから、アタシはあの海岸を飛び出して、死した神を降ろして、信徒達を慰め歩いてきた」


「使命感ですか」

「それもある」

「では、何故治癒神友の会の一柱になろうと。客神ではダメだったのでしょうか」

「そら、アンタに神様として扱って欲しかったから」

「……僕ですよ。『アオバコレタカ』ですよ」


「……――まあ、本名聞いた時から、知ってたさ、そりゃ。南方の地に轟く、アオバコレタカって『現象』だもんな。災害と同じだ」


「貴女の信徒も殺している」

「知ってるってば。じゃあ聞くが、アンタはヒトゴロシが楽しくて楽しくて仕方が無い馬鹿か?」

「まさか」


「だろう。一兵士として戦って、殺した。アタシだって、こっちが消耗する事なんぞ分かって向かわせるんだ。死んだ奴等だって、死にたくて戦った訳じゃないが、それでも覚悟を持って挑んだ。挑んだ相手が、とんでもなかったってだけ」


「……」


「気負い過ぎだ。戦は起こる。ヒトは死ぬ。悲しむヒトも出る。それを増やさない為に、アタシは兵を率いたし、扶桑と殴り合った。結果まあ、多少分は悪いが、講和を結んで殺し合いは無くなったし、信徒達は今日も生きてる。それ以上でもそれ以下でもない。外交の終点に無事辿り着いただけだ」


「……すみません、いえ。有難うございます」

「はっ。久々に神様らしい事しちまった。労働の後のお酒おいしい」

「あれ、主題が……そうです、何故ウチの神に?」


「あっ。そうだった。いや、だからな。そんな『現象』たるアンタが、ちゃんとニンゲンだったってのは驚きだし、一言じゃ言い表せないような、ひっでえ人生送って来たのかと思うと、凄い興味あるだろ」


「つまり、僕がいるから、ですか」

「ん。それは大きい。あとエオも」

「あの子は……」

「ま、何か曰く有り気だろう。そういうの、見てて楽しい。あとは当然、リーアだ」

「南方にも、あのような神はいませんよね」


「居るかよ。治癒だぞ。人類垂涎の治癒の力だ。一体どんな裏がある? あいつの主依代って本当にあるのか? 原始自然神オリジンの子じゃあるまいな? 想像すればするほど愉快だし、そんな曰くしかないアンタ等が、これから一体どんな道を歩むだろうかと思ったら、近くで見ていたいだろう。だからアタシは友の会の一柱になりたい」


「神様の宗教掛け持ちって、可能なんでしょうかね? 摂神せっしんとかでなく、正式な一柱として登録って」


「お互い大樹教非加盟だしな、問題無いんじゃないか?」

「そう、ですか。ああちなみに」

「うん?」

「僕が治癒神友の会を離れるとなったら、どうしますか?」


 そのように問う。グリジアヌは、少しキョトンとした顔をした後……ニヤリと笑った。


「リーアが死ぬ程喚くだろう。暴れるだろう。エオもとんでもない事になりそうだな。ナナリはどうする。アタシも置いてけぼりか?」


「整理はつけて行きます」

「リーアもエオも絶対に納得しない。行くなら殺してから行け、まであるぞ」


「……しかし。僕はどうあっても、十全皇からは逃げられません。どれだけココに居たいと願おうと、あのヒトが決断すれば、それまでです。その時我が神とエオがゴネたら、どうなるか。あのヒトは、自分に敵対するヒトに、容赦はしません。そうなる前に、出て行くのが最善でしょう」


「女皇に聞く耳は」


「無いに等しい。ただ、僕を引換えにすれば、この世で最も保護された宗教となり得るでしょう。治癒神友の会は。結局、あのヒトが提示した条件そのまま、というのは、悔しいですがね」


「そうかい。ま、その時が来てみないと、何ともだな。じゃあ、保留にしておいてくれ」

「分かりました。あと、あまりこの話は」

「しないしない。アンタに嫌われるような事、アタシがした事あるかい?」

「ありませんね。失礼しました、我が神」


 一定の納得を得て席を立つ。グリジアヌは元から自由だ、個人的にも、どこにも所属せずいて貰った方が『らしい』と思える。


「あ、そうだ」

「何でしょう」

「アンタの選択肢にさ、女皇に抗うってのは、ないの」

「……抗い続けた結果がこれ、とだけ」

「そうかねえ。ああそうだ、もう一つだけ」

「ええ」

「『アスト・ダール』を殺した時、アンタはどうやって殺した」


 少し嫌な顔をしそうになったが、問われて、どうだったかと思い出す。いったいその質問にどれだけの意味があるのか、良くは分からない。


 だが、自分はあのバケモノをどうやって殺したのか。


「質問が悪いな。『女皇龍脈エンプレスコード』を使って殺したのか?」


「どう……だったでしょうか。あの時僕は、弟を……殺された事に我を忘れて、自分の持てる全てを使って、奴を殺した筈です。魔法という魔法、剣技という剣技、奥義という奥義の、その全てを出し尽くして――粉微塵にした。欠片も残さなかった。あの当時既に『女皇龍脈エンプレスコード』は授かっていましたから……使ったかも、しれません」


「そうかい。嫌な事思い出させて、悪かったな」

「いいえ。質問は以上ですか」

「ああ」


 グリジアヌに背を向ける。


 アスト・ダールをどう殺したか。それについて、ヨージは濁した。確かに自分の手で葬った事には違いないが、当時『女皇龍脈エンプレスコード』は授かったばかりであり、扱いがいまいち分かっていなかったのだ。


 勿論、その理論や術式、応用法まで全て十全皇から授かっていたが、ヨージには躊躇いが大きかった。何せこれを使えば使う程、自分はニンゲンから離れて行く事になる。否定感が大きければ大きい程、肉体を痛めつける事になる。


 ただ、あの時は必死だった。何が有ろうとあの男を殺すという決意の下、女皇龍脈エンプレスコードから超純粋魔力を汲み上げて、使用したのかもしれない。


(グリジアヌは何故あのような質問を……)


 女皇に抗う選択肢は無いのか。あった、あっただろう。しかし、万策尽きたのだ。


 この星と繋がる者。生命の起源にして人類の祖。大樹を伐採する者。


扶桑雅悦ふそうがえつ』の出力端末、その完成形だ。あんなものは、人類がどうにか出来るものではない。彼女に抗おうと思うならば、それこそ自身が龍種でもなければ無理だ。


「どうした、浮かない顔だな、師よ」

「ナナリ。洗濯は終わったのですか」

「ああ! 余、王族なのに男の下着まで洗ったのだぞ。凄かろう?」

「イナンナーでは自慢出来そうにないですが、僕は助かります」

「なら良かろう。しばらく諸国を見て歩いた訳だが、漸く余も一般人なんたるかが分かり始めた」

「まだ数か月でしょうに。とはいえ、王宮でのんべんだらりとしているよりは、有意義です」

「そこは同意しよう。うむ、王宮の女どもも少し外に出た方が良いな。で、だ」

「はい?」

「先ほどシュプリーアが言っていたぞ。ここを出るのに三日以上かかると」

「ええ、伝えるつもりでした」

「では余裕がある。どうだ、余と街を見て回らぬか」


 ふん、とでっかい胸を張って偉そうに言う。実際偉いのだが、どうにも威厳が無い。こんな事で本当に彼女は女王になれるのだろうか……そのあたり、少し話した方が良いかもしれない。


「分かりました。あ、観劇は無理ですよ。チケットキャンセル待ちです。ダフ屋から買うと、値段の五倍吹っ掛けられます」


「ええー!!」

「こらこら、王女様がはしたない、大声上げない」

「ん、んんッ。ままま、まあしし、仕方が無いな……」


「……国家公認劇団の演技は見られないでしょうが、小さい劇場は幾つも有ります、そちらに行きましょうか」


「おお! そういうのもあるのだな。ううむ、師は分かっている。気が利く」

「どうせ貴女が騒ぐと思ったので下見しただけです」

「それでも気遣いしているではないか。なんだ、師は弟子大好きだな?」

「はいはい、ほら、行きますよ。エオが買い物から帰ってくる前にいかないと、泣かれますから」

「エオなら一緒に付き合わせても良いのだが」

「いや、あの子が怒るでしょ……」

「思春期故やむなし。恨むなエオ。では行くか」

「切り替え早いな」


 うっきうきのナナリに腕を引っ張られ、市街に出る。審議が終わるまで、治癒神友の会としてする事はない。たまにはこのお姫様の機嫌を取るのも悪くないだろう。


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