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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
聖モリアッド修道学院編
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竜都ツィーリナ3




 大樹教総合統括庁。帝国庇護教団省下にある、大樹教の総元締めだ。通常のニンゲンや神はまず内部に用事の無い所でもある。ここにあるものは、巨大組織大樹教を動かす面々の薄暗い計算と、権謀術数。教団に都合の悪いものを闇から闇へと葬る権力の坩堝である。


 ……である、などと言ったが、本当のところは誰も知らない。何せ一般人も一般神も一切かかわりが無いものであるから、中で何が動いているかなど、知る由も無い。


 大樹教を構成する大本たる大宗派十個の宗祖が議会を開き、教団の方針を決めているとされる。また序列一位の竜精がトップを務めており、その人物が竜を代弁するという。


 皇帝陛下はそれらの決定事項に判を押すのが仕事だ。組織的な事を言ってしまえば、どことも大して変わらない作りだろう。


 ヨージ達にとって重要なのは、ここが各種申し込みの窓口である、という事ぐらいである。


「案外空いていますね。簡単な手続きなら他に窓口があるようですから、そちらは混んでいるかも」

「……――」

「エオ嬢?」

「あ、はい。そですねー」

「気のない返事ですね……知り合いでも居ましたか」

「し、知り合い……いないと、いいなあ?」

「空いてはいますが、神様がごねてるみたいですね、椅子で待ちましょう」


 窓口で神様が何やら職員相手に激論を始めたので、受付カードを貰って待機する。エオは先ほどからキョロキョロと落ち着かない様子だ。


「まあ、今更ですけれど。エオ嬢、貴女、恐らく貴族の子ですよね」

「……」

「こんな所、来たくないのならば言ってくれれば良かったのに」

「い、いえ! わ、我が神の事ですから!」


「僕は想像だけを述べます」

「……」

「答えなくて良い。貴女は、大貴族の不貞の子だった」


 何も証拠は無い。無いが、エオという女性がどうして、今に至ってしまったのかという事については、想像出来る程度の状況証拠がある。


「一族でどのような扱いをされたかは、分かりませんけれど、表に出しておくには困るぐらいの、大貴族の子なのでしょう。聖モリアッド修道院に押し込められて、世間から隔絶された」


「……」


「しかしそれでも、貴女を隠しきれなかった何かが、あったに違いない。結果、貴女は暗殺されかける……いいや、実際、死んだはずです。我が神は、そう言った。貴女も、僕も、もう死んでいたのだと。そんな死体が二人、神様と一緒に、ここまで来た訳です」


「……――」


「個人登録籍などは?」

「……ありません。元から、居ない子です」


「そうですか。では……遠くなく、どこかの国に、籍を作ってしまいましょう。もう、ここまで来て、家に戻れなどとは言いません。正式にキシミア市民でも良いでしょう。神エーヴが取り計らってくれます」


「あの、それはどういう?」


「これから、一宗教団体の大幹部としているなら、個人登録籍も無いと、手続きが不便ですしね。別に貴女は、昔の貴女を語る必要なんか、無い。新しい自分として、生きれば良いでしょう」


「よ、ヨージさん」


「エオ嬢。ああ、いえ。もう嬢は止めましょうか。そろそろ誕生日ですものね。エオは、どうしたいですか。少なくとも、僕が居る間には、貴女の希望くらい叶えたいものです」


「あ、じゃあ結婚してください?」

「駄目です」

「ふにゃー! ええ? ここでダメ?」

「いい流れでしたか、今の……?」


「悪くないと思ったのに! うー、エオはですね、大きな野望とかは、無いです。というか、今が、一番楽しいんだと、思います。酷い事も有るけれど、神様達と、サイテッスラのあん畜生と、貴方が居て、笑ったり泣いたりする、日々が」


「……」


「ずっと続けば良いと、そう願ってます。あと、ヨージさん好きです」

「僕、居なくなりますよ」

「……女皇陛下は、そんなに、ヨージさんの事、好きなんでしょうか」


 例えどれだけ今が続く事を願おうと、例えどれだけ強大な庇護下に有ろうと、現状維持は不可能に近い。あの女が一度動き出せば、ヨージなどという男は一溜りも無いのだ。


 だから故に。


 自分をあの女の人身御供として捧げ、治癒神友の会の、安寧を願う他無いだろう。その後一切彼女達に逢う事は出来ないだろうが、ヨージたっての願いだ、十全皇は聞いてくれる。それによって、結果この世のあらゆるものよりも優れた、安定が手に入る事になる。


「好きでしょう。どうしてそこまで好かれるのか、理由は未だ知りませんが。一体どこの誰が、一人の男を世界中に渡って探し続けますか。監視し続けますか。ほら、あそこ」


 ヨージが指さす。指さされた先の女が、ニコリと笑った。


「あれ、十全皇の、分身わけみですね。まったく、どこにでもいる」

「え、ええ……?」

「この通り、僕に逃げ場はない。そして彼女に、誰も抵抗など出来ない」

「ずっと……監視されているんですか?」


「ええ。姿など見せずとも、魔力を探知して僕を追いますからね。ああちなみに……取り敢えず僕が分かる限りで、およそ七つ程の組織か個人が、僕達を監視しているようです」


「……はい?」


「使い魔だったり、隠形術であったり、形は様々ですが、こちらに指向する力を感じます。キシミアであれだけやらかしたのですから、むしろ無い方が可笑しい」


「エオ達、もしかして、ヤバヤバ組織として睨まれてます?」


「手を出して来ない所を見るに、動向を見守る、程度でしょうがね……ともかく、僕等はもう普通の組織では有りませんし、僕自身も、まともではない。特に僕は、長く居れば居る程、貴女達に迷惑をかけるでしょう」


「そんな事ないです。別に問題起きたって良いです」

「……エオ」

「……はい」

「我が神の主依代を見つけてキシミアに戻り次第、僕は友の会を離れます」

「そんな――」

「我が神を……シュプリーアを宜しくお願いします」

「七五番でお待ちの方ー」


 これは厳然たる事実だ。こんな話はしたく無いが、一応治癒神友の会第一神官長としての彼女には話しておかねばならない。まだまだ子供である、何もかもを背負えなどとは当然言わない。だからこそ、キシミア支部では有能な人材を募ったし、もし何か大きな事があっても神エーヴと三三寺ヒナがいる。


 負ぶって貰える先は用意して来たつもりだ。出逢った当初から考えれば、エオはずっと成長しているし、常識も弁えている。知識に関しては、ヨージがアレコレいっても無駄な程ある。


 あと五年、いいや、あと三年もあれば、彼女は立派な神官として独り立ち出来るだろう。


「失礼。治癒神友の会という宗教団体です」


「治癒神友の会、友の会……治癒治癒……あ、有りました。主神はシュプリーア様ですね。情報更新ですか?」


「はい。新しい神を迎えましたので、その神の登録を。お守り(シンボル)はこちらに」

「承りました。大樹教圏内活動用の神籍登録済みの神様でしょうか。お名前は」

「はい。神グリジアヌです」


「グリジアヌ……グググ……ありました。南方大陸、イスマス海岸出身……。こちらのお守りは、本当に親しい方にしか差し上げていないもののようですね。一等神官級だけですから……だいぶ信頼されているのですねえ」


「(一等神官?)そ、そうですか」

「あら?」

「どうかされましたか」


「ええと。神グリジアヌ個神の宗教団体『海の真理』はどうなすったのでしょう。信徒数が五万人程いらっしゃいますが」


「……」


 よし、折角こんな野暮ったい所まで来たのだから、色々情報を更新してしまおう、と考えたのだ。グリジアヌを迎えて数か月が経つ。いつまでも、彼女の立場を宙ぶらりんにしておく訳にもいかないな、と、そう考えただけなのだ。


 ……そして、登録の段階で、これは、一体。


「ごま、五万……五万人!? 海の真理!?」

「ご、ご存じ有りませんでしたか」

「し、資料の開示を求めます」

「一等神官扱いであれば、問題ありませんが……」


 受付のお姉さんに資料を見せて貰う。大樹教勢力下で活動するのに必要な情報だけしか載っていないものだろうが、そこに立て並べられた彼女の履歴は、ヨージにして首が物凄い角度に曲がるものだった。


 真名   グリジアヌ

 主依代  イスマス海岸一帯

 奇跡   怪力、巫覡

 特定供物 海産物、酒類、信徒からのキス


 略歴


 帝国人類歴一二六五五年

 イスマス海岸に顕現。海岸そのものを依代とする。妹も同時に顕現。

 帝国人類歴一二六五七年

 地元を支配していた大海魔を討伐。漁民からの信仰が始まる。

 帝国人類歴一二六六〇年

 大神殿建立。宗教団体『海の真理』を発足。大樹教非加盟。

 帝国人類歴一二六六六年

 信徒数一万人を突破。巨人族ティタンの酋長と一騎打ち。

 帝国人類歴一二六七〇年

 信徒数三万人を突破。周辺部族の全てが海の真理傘下へ。

 帝国人類歴一二六七五年

 信徒数四万五千人を突破。扶桑植民地軍と交渉。

 帝国人類歴一二六八一年

 信徒数五万人。教団をグリジアナに預け世界行脚の旅へ。


 ……。

 ……。


「ヨージさん、どうしました? あ、神グリジアヌの履歴書? うわ、え? うわ」

「じょ、冗談でしょう……」


 今まで彼女が何者であるのか、具体的な詮索はしてこなかった。神の過去をほじくり返すなど不敬であるし、女性という立場に対しても宜しくないと考えたからだ。しかし一度ひっくり返して現れたこれは、ヨージの想像の斜め上を行った真実であった。


『海の真理』だ。南方大陸に植民地を置く扶桑人が、この名前を知らない訳が無い。纏まりの悪かった各種部族を取りまとめ、散発的なゲリラ戦を辞めさせ軍隊を統一。扶桑植民地軍と数度の衝突を繰り返し、講和に持ち込んだ宗教団体である。


 信徒達は自分達の神を『王の力を宿しし者』『真なりし双子神』『信義を知る者』などと呼称していた上に、神の名前は尊いものであり、口にしてはならないという教義があったので、まるで聞き覚えが無かった。


「――……」

「ええ……地方の主神クラスじゃないですかこれ」

「主神も主神。扶桑軍と殴り合った上で講和にまで持ち込む政治力持ってるのですよ?」

「うわあ」

「あの……如何なさいましょう」

「ほ、保留で。保留。本人に確認させます……」

「さ、左様ですか。ご用事は以上ですか?」

「あ、いえ。我が神シュプリーアの主依代探索の為、皇帝直轄森林地への入場許可を頂きたい」

「はい。ではこちらにサインを。審査が必要となる案件なので、三日ほど頂きます」

「三日。分かりました。では宜しくお願いします……申請費用はいか程で」

「はい。旧貨幣で一二小真鍮銭、新貨幣で四八小銅貨です」

「では新貨幣大銅貨四枚と小銅貨八枚で」

「はい、確かに。ご利用有難うございました」


 支払いを済ませ、統括庁受付口を去る。

 もしかしたら、ここを出る頃には少しシンミリした空気になっているのではないか、などと考えていたのだが、後から来た情報が大きすぎてそれどころではない。


 まさか『海の真理』の主神だったとは、想像だにしなかった。大樹教的には大した信徒数ではないのかもしれないが、扶桑で言えば地方を治めるレベルであるし、南方なんていうヒトが疎らな地域で五万人といえば、それこそ王である。


 しかも、大樹教が定義する『人類』で五万だ。それ以外の人種、巨人族ティタン小人族ノックスを含めれば、一体どれほどになるだろうか。


 南方大陸東部の雄。海の真理は国家を名乗らなかったが、各種部族を取りまとめた存在として、扶桑はこれを国家級と扱い、幾度となく交渉を進めた。幸い互いの協力関係が見いだせた為、以降十数年殺し合いなどは起こっていないが……ヨージは、海の真理の信徒を殺している。


 扶桑出身の軍人と聞いた時点で、グリジアヌも知っていた筈だ。


「……僕、彼女の信徒、指では数えられないくらい、殺してます」

「せ、戦争ですし。ヨージさん個人の責任じゃありませんよ」

「まあ、そうですけど。あのヒトはそれでいいのかなあ……知らない訳ないですよね」

「あの調子ですしねえ。神グリジアヌ的な死生観などがあるんじゃないでしょーか」


 過去の話だ。今更戦時中の生き死にについて言及される謂われはないが、それでも罪悪感ぐらいはある。これについては一応話を通さなければなるまい。でないと、治癒神友の会の神として登録する訳にもいかない。


(しかし、僕が友の会を抜けると言ったら、彼女は居たがらないだろうなあ)


 友の会の行く末を見守る、という彼女の事だ。

 ここは一度、しっかり向き合った方が良いだろう。



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