竜都ツィーリナ2
それから馬車で三日間、滞りなく行程は消化された。
「ようこそ、ツィーリナへ。任意ですが、身分を確認出来るものはありますか」
「に、任意?」
「ええ」
「任意なのですね……では、こちらで」
ツィーリナ最西端に設けられた関所で止められたが、どうにも緩い。大帝国の首都であるというからには、主要道にガッチガチの関所や砦があるとばかり思っていたが、治癒神友の会を迎えたのは一応武装した一応の軍人、それと門付随の建造物であったのだから、拍子抜けである。
そもそも首都が他国に近すぎる。隣国も大樹教国ではあるが、それでいいのだろうか。
こういった地政学的なものは、内部の者でなければ分かり難い。
「サウザ名誉市民証。アインウェイク子爵領無制限布教許可証。キシミア上級人民証。キシミア公認宗教……あいやこれはこれは、観光ですか? それとも統括庁へ?」
「統括庁へ、です。ツィーリナでは入場許可証を貰うだけで、通り過ぎる予定です」
「そう言わずに何日でも居てください。アインウェイク家の窓口は国内領地監督庁にあります。キシミアへの連絡でしたら、海外友好国家窓口から可能かと思われます」
「ご丁寧にどうも」
「いいえ。どうぞゆっくりしていってください」
門兵に敬礼され、そのまま馬車ごと通される。荷物の確認もされないというのは、随分不用心だ。他国に入り込んで、ここまで友好的に扱われたのは初めてである。ヨージがエルフである、という事も関係しているかもしれない。
ハーフではあるが、ハーフであるなど見た目では分かる筈もない事だ。
大樹教の階級で行けば、人類種において最上位に位置するのがエルフである。何もしていないのに敬われる、という事すらあり得るだろう。
「なんだ、門兵好みの顔だったのか、アンタ」
「あのですねえグリジアヌ……」
「ぬはは。ま、足止め食わないならいいか。にしても、どこまで行っても、建物だらけだな」
大帝国を東西に貫く大街道に入ってからというもの、中心地に近づくたびに人工物が増えて行く。建物は皆白く、洗練されており、脇道すらも整備されていて、馬車が跳ね返って荷台がぐちゃぐちゃになる事はない。
そこかしこに建つ街灯と、そこに吊り下げられた国旗と大樹教シンボルが、この地こそが大樹教の聖地である、と言わんばかりだ。いよいよ勢力圏にはいると、巡回する騎士達の鎧は傷一つなく磨かれており、赤いマントが翻る度に、道行く子供たちが尊敬の眼差しを送る。
建物がデカイ。ゴミが落ちていない。
住人達の衣服が汚れなく解れなく、疲れた顔を浮かべた者すら見当たらない。
関所で貰った地図を開く。街は区画整理されており、大樹ユグドラーシルを中心として、放射状に街が広がっている。馬車が目抜き通りに入ると、ヒトの数は更に多くなる。人種――特にエルフをよく見かけるのは、他ではあり得ない特徴だろう。
視界が開けると、よりその先進的で巨大な街の構造が目に飛び込んで来る。
「――……う、噂には聞いていましたが……」
「師、師よ。なんだここは……」
「うへえ。これが大樹教総本山かい……」
「皆さん、何か変でしたか?」
「え、エオ嬢はココ出身でしたね。い、いやあ……」
「この都心だけで七〇万人、近郊の街を含めると、ざっと一二〇万人の、世界最大都市ですー」
思わず言葉を失うのだ。街の景観、秩序、民度、どこをとっても、気持ちが悪いくらいに完璧だ。街なんていうのは、基本的に有象無象が集まっているものである。大きな街ならばそれ相応に、荒くれ者や浮浪者が跋扈しているものだが、ここにはまず見当たらない。
異常なまでの潔癖。裏にどれだけ排除されたニンゲンがいるのか、想像もつかない。
「教会が、多いですね。しかも、全部大きいな……」
「大きな教会は、原始自然神様をお祀りしているところですね」
「はあー……ご当人もいらっしゃるので」
「何柱かはお隠れになっていますけど、基本的には居るはずです!」
「ツィーリナすごいな……」
原始自然神。大樹創世神話において、最初期に産まれた神々を言う。太陽、月、星々、空、海、陸、山、森、などといった、基本的な自然の、最初の神だ。一般的な自然神とは、格を比べるべくもない存在であり、大樹教国家においては文化構成要素の一つとなっている為、信心云々、という問題ですらない。
ヒトの信仰や承認によって神が力を得るとするならば、文化に交じりありとあらゆる伝説や書物に存在し、口伝され研究され、常に感謝され続ける大樹教の原始自然神というものは、神というものの最上位に当たるだろう。
「エオ嬢、あの四角い建物は」
「あ、あれは確か、大樹竜聖魔法術連合組合本部です。ノードワルトの魔法使いの元締めですね。あの四角い建物の後ろは全て、学校や寄宿舎や研究棟です。学生達が暮らしています。学園都市ですねー」
「エオ、エオよ。この地図の、大樹の南側の施設はなんだ?」
「あー。宮城区画です。皇帝一族の住居から、政治施設などの関連施設が並んでいます。手前の公園までは出入り自由ですよ。ユグドラーシルの枝がそのまま丘になった場所ですね、たしか」
「エオー、あっちは何?」
「あっちは軍事施設です。大樹を中心に八方向、防御陣地のように敷かれてます。通常の軍隊なので、騎士はいないですねー」
扶桑首都『実京』も本当に馬鹿デカイ上に、中央部は近代的な施設の立ち並ぶ街であったが、ここはその数倍整理されており、技術的にも二つほど上を行っているように感じる。
上水道、下水道は勿論、一般魔力供給管がある。外在魔力、というのはこの世界のどこにでも溢れているものだが、場所に偏りは出来る。個人、集団などで儀式や礼拝を執り行う際、外在魔力が不足する場所を無くすよう設置されているものだ。
このインフラを成り立たせるには、莫大な予算と人手と、前提となる技術が必要だ。しかも、この魔力供給管は地面に埋められているらしく、景観を崩さない造りである。
「当然ですけど、火はご法度ですよー。指定時間外の煮炊きやお風呂に使うもの以外で用いると、逮捕されるので、皆さん気を付けてくださいね?」
「焚火もですか」
「焚火なんてしたら、真上から水魔法が降ってますよ、ほら」
そういってエオが上空を指さす。そこに見えるのは魔法陣だ。複数の魔法陣が、上空を飛び交っているのである。
「じ、自動消火システムが、街そのものに敷かれているのですか、ここは」
「むしろ、他の土地でこれを見なかったので、エオは外に出て驚きましたよ?」
「とんでもないところだなあ……」
馬車以外にも、魔動力車が見受けられた。個人所有はまだないだろうが、自治体が使用していると見える。荷物は何かと目を凝らすと……どうやら、ゴミ収集である。個人での処理が一切認められていないのならば、それは民間業者か地方自治体の仕事となるのだから当然だが、あんなものが軍事ではなくインフラの為に用いられている、というのが、ヨージには驚きだ。
「軍事兵器を戦争でなく、まず一般に投入する辺りが、大帝国っぽいですね」
「あ、やっぱり軍事兵器なんですよねえアレ。エオ、一度乗った事ありますよ!」
大帝国の戦争というのは、魔法第一である。鉄機(車両や艦船、戦術傀儡)をあまり用いないのが特徴的だ。技術革新が進むにつれて、扶桑やイナンナーは積極的に鉄機を戦場投入しているが、大帝国からすればきっとそんなものは『魔法の力が劣るからそんなものに頼るのだ』という事なのだろう。
「凄まじいな……あ、なんです、あれは、エオ嬢、あれなんです?」
「やだあ、ヨージさんったら観光に来た子供みたい! 可愛い!」
「いやだってここなんかもう、おかしいですし……で、あれは?」
宮城上空が、七色の光を放ち始める。中心にあるものがなんだかは分からないが、魔力集積結晶と似た輝きがある。
「一万年前からある、なんて言われている、正午のお知らせです。時計も施設ごとにありますけれど、アレ、綺麗ですよね?」
「そうですね?」
「綺麗なので、存続しています」
「じょ、情緒的な国だなあ……」
「それはあるかもですね。あ、あっちは大劇場ですよ、大劇場!」
「劇場? 師よ、師よ、劇場、劇場だそうだぞ?」
「か、観光じゃありませんって。見ている時間などありませんよ」
「そ、そうか……そうか……」
「にしても、なんだ。エオ。ここ、下層民とか、いないのか?」
と、今までヨージが黙っていた事をグリジアヌが口にする。救済者たる彼女としては気になる所であろう。勿論、救う必要がないのならば、それに越した事は無いが。
「下層民。ここ、スラムとかありませんしね。あ、生活困窮者には自立支援制度があります」
「最低限の生活が保障されると……?」
「はい。確か」
「しかしそうなると、他からヒトが押し寄せそうですが」
「ええ。ですから、流れてきますけど、それも賄っていた筈ですね?」
「ええ……? 流れ者に税金を使って、市民は怒らないのですか?」
「大樹教の聖地ですよ? 『正しくあれ』『仲良くあれ』『恋をせよ』『子を儲けよ』って、もう大樹教の理念そのものですからねえ」
そうであった。大樹教というのは、繁殖と繁栄の宗教である。
ヒトとの繋がりを密とし、愛と恋を謳い、人類の恒久的な栄華を目指している。大樹教が規定している人類種……エルフ、ヒューマン、ドワーフ、ライカンである限りは、この場所において否定という言葉がないのだろう。
「それに、首都が来るもの拒まずなのは、脅しでもありますね」
「脅し?」
「『この難民、誰の領地から流れ込んできたの? あ、君のとこ? 養うけど、評価落とすね。あー、難民沢山きたら、首都潰れちゃうなあ。そうなったら君も困るよね、ねえ?』ってカンジです」
「わー……街そのものが、まさに怪物だな……」
人民、魔法、宗教が、この国では一体化している。
この地に住む者に分け隔てなく行政の恩恵を与える事に、心血を注いでいるのだ。大樹を拝み、竜を尊び、法を守っているならば、余す事なくそれらのニンゲンは『大樹の子』なのだろう。
しかし増え続けるヒトと、貧富の格差は絶対に抑えきれるものではない。誰かが勝てば誰かが負ける。どうあっても世の理である。それを覆すだけの政治力と資金が、大樹教にはあるのだろうか。
内情を全く知らないニンゲンからすれば、想像する事しか出来ない。
「ん」
「我が神、お目覚めですか」
「んー。なんか、あんまり、覚えていないけど」
「ここ数日どちらかと交信されていた様子で」
「うん。誰か分からないけど。それで、今どこ?」
「ノードワルド大帝国首都、ツィーリナです」
「――あれがユグドラーシル」
建物の切れ目から、とうとうその姿を現した。
遠く遠くに見えるものだが、あまりにも大きすぎて、今までそれが樹木だと認識出来なかった、と言える。全景が見えたからこそ、あれは根を張り、幹を持ち、枝を伸ばし、葉を蓄える樹木であると分かる。意識しなければ、恐らく『山脈』としか思えないだろう。
伐採されたと聞くが、ここから見る限りでは、しっかりと生えている。幹は天高く、雲を突き抜け空へと聳えているので、どこまでが樹木なのか想像もつかない。根はうねり、地を這い、まさに大地と一体化していた。根の洞の中にも、ヒトが居住可能であろう建物も見える。恐らく教会だ。
これだけ整えられた街は、しかしそれでも巨大な街の一区画でしかない。ユグドラーシルへと近づくにつれて高度が増して行き、目に見える植物も大きい。
そして、何より、退化竜種であるワイバーンの姿が見える。通常ヒトを襲うものなのだが、ここでは『飼われて』いるのだろう。
「でかい……」
「『扶桑雅悦』と比べると、どうですか?」
「『扶桑雅悦』は、土地一つを丸ごと浸食しているというか、土地そのものなのです。幹は幾百にも分かれ、それぞれが巨大で、それぞれで祭祀が行われます。が、ユグドラーシルは、まさに『大木』ですね」
「『九頭樹』を見た時もでっけえなとは思ったけど、こいつは……」
「『イナンナ』よりも高いか。イナンナは、どちらかといえば幅広で、扶桑雅悦に似るが」
各人が知る『大樹』との対比だ。
大樹とは世界創世の礎、星を作り編み上げるモノ。今でこそ都合八本とされる大樹であるが、昔はこのような樹木が大量に生えていたという。
生命を圧倒するその存在感の前に、ニンゲンは己の小ささを知るだろう。
「通り抜けるとはいっても、三日間も乗り継ぎで馬車に居る訳ですから、休憩ぐらいは必要でしょう。エオ嬢、宿などについては、詳しいですか?」
「うーん。大樹教徒なら、宗教宿泊施設を使えますけどー」
「宗教宿泊施設? あ、聖地巡礼する教徒向けの施設ですか」
「はい! 毎日三回お祈りするだけで、寝床と二食のご飯とオヤツが出ます」
「ははあ。竜の天端みたいな所ですねえ」
天端。つまるところ天の国だ。地獄と対比されるこちらは、大樹の梢……ヒトが死後至り、大樹の葉となり、落葉し、また産まれ来るという、永久輪廻の大樹教思想で使われる。
天端に昇ったヒトは、七七万年の間そこで過ごし、日々頂く食事により、その魂を大樹の葉へと変えて行く。やがて完全に葉となったヒトは大樹に抱かれ眠り、次の繁栄と繁殖を待つ事になる。
大樹教において、生も死も終わりはない。この星が終わるその日まで生き続けるのだ。
なお、皮肉で言ったのだが、エオはニコニコ顔だったので、自身の邪悪さを恥じるだけにする。
「素直に宿をとりましょうか。馭者殿、宿場街へ」
「へい」
安く上がるに越した事はないのだが、大樹教加盟宗教でもない治癒神友の会では図々しく泊まる事も望めないであろう。地図にある宿場街へと馬車を進める。
主要道の交通量はかなりのものだが、思ったよりもスムーズだ。よく見れば、馬車用路とニンゲン、その他運搬動物用で路が分けてある。こういったインフラを分けて整備出来るのは大国の強みだ。
「ではこの辺りで。お世話様でした」
「ええ、どうも。今後とも御贔屓に」
宿場街に降り、馭者と別れる。結構な金額になったが、帰りを考えると気は楽だ。
大樹を中心として、その西南部中央部分が西側の宿屋の密集地帯だ。目抜き通り同様整備された街並みに手抜かりはない。
サウザなどと同様に、街の警備を担う警察機構のニンゲンが巡回しており、女子供でも安心して夜も歩けるだろう。
「エオ嬢。物価などは」
「あ、あんまり詳しくないです」
「ですよね、お嬢様が、街の物価など気にしませんか」
「最近のー、です! 元修道女ですので! 五年もあの修道院にいたんですから!」
「それは失礼。こういう時はやはり、街の売り物を見て……」
首都というのは、どうしても物価が高いものだ。同じ国内でも地方格差はあるであろうし、何せ各地の貴族領は貴族の采配で決められている事が多いので、他方の物価とは照らし合わせられない。
「中規模商店……ここが良いかな。ちゃんと値札があるし」
「首都なんだ、国の両替所があるだろ」
「あいや、その。国の両替所でも、僕達の顔を見て水増ししないとも限りませんし」
「まー、そうだな」
「それで、どうです、ヨージさん?」
「ん。サウザと同程度ぐらいでしょう。新通貨も使えますね」
中流層が利用するであろう商店の値段を指標に物価を計る。ナマモノは変動が大きいので、量産品が良い。サウザのラインナップと見比べて、そう大差が無い事に気が付く。
いくら善良なニンゲンの集う場所でも、ヨソモノから大枚を巻き上げようなんていう連中が居ないとも限らないのだ、警戒して然るべきだろう。
なお、キシミアではそれを怠ってヒナに吹っ掛けられたが。
「師よ。宿、といっても、地図を見る限り沢山あるが」
「明らかに高級でない限り、価格はどこも大差ないでしょう。問題はサービス内容ですかね」
「私は、雨露凌げれば、納屋でも良い」
「我が神。もう我が神は、納屋に泊まるような神様じゃないんですよぉー?」
「そうなの、エオちゃん」
「勿論です! あと、この街で納屋となると、少し遠いのでむしろ無いです」
「あ、そうなんだぁ」
あまりえり好みしても時間を食うだけだ。目に留まって、分かり易く清潔そうな宿にする。
所謂『ホテル』のような場所も見えるが、この貧乏宗教団体では近づくだけで苦い顔をされそうなのでやめる。
「失礼、部屋は空いていますか」
「はい、いらっしゃい。商売? 宗教? 観光?」
「宗教です」
「大樹教加盟宗教?」
「加盟外です」
「あら、そうなの。じゃあえーと、この部屋かしら?」
といって宿の店主がコースを指さす。
短期宿泊、加盟外宗教者向。現在サービス中! である。
「や、安いですね?」
「ええ! 数日は居るのでしょう? 是非大樹教の施設も訪問してみて頂戴!」
「その予定です。皆さん、こちらで良いですか」
全員が頷く。
なるほど、大樹教加盟宗教獲得の為にも、加盟外の宗教に対するサービスなども用意されているらしい。外では随分と加盟内と加盟外で格差があったものだが、ここではむしろ取り込み策を重視している様子である。行政も強かなものだ。
「……あれ、二人部屋ですか、これ」
「ええ。いまそれしか空いていなくて」
「大部屋も空いていない」
「大部屋も空いていません」
価格的にも、別に二人部屋で構わないのだが、当PTは二柱と三人である。男女別として考えた方が良いだろう。
皆の意思を尊重しようと振り向くと、二柱と二人が拳とにらめっこしていた。
「皆さん?」
「二人部屋二つに、三名と二名ずつ、で分かれれば良いですよねヨージさん。節約になりますし!」
「安い方がそりゃいいですが、何故ジャンケンの構えを。別に僕が別の場所に泊って、あとは二人部屋で良いのでは」
「師よ、そうもいかん。師は長旅で疲れている。何もこんな華やかな場所で、一人寂しい夜を超える事はあるまい?」
「何言ってるのでしょう、このお姫様」
「あまり同意はしたくありませんけど、サイテッスラのいう事はもっともですヨージさん。これから本格的に森林地帯を行くとなれば、養生も必要です。エオがお世話しますから安心してください」
「はい?」
「そうだぞ、ヨージ。考えてみれば小汚い部屋ばかり選んで泊ってたアンタだ、たまには悠々と疲れを癒したって、お前の主神様は怒らないし、アタシも怒らないぞ?」
「確かに、そうですけど」
「よーちゃんとおんなじ部屋が良い」
「我が神?」
なんだかちょっとみんなの目がギラついていて、宿の主人も困り顔である。いつの間にかヨージの二人部屋は決定しており、そこに入るもう一人決定戦と相成っていた。
しかし、確かに言われてみると、行商達が泊るような安宿で、更に安い部屋を選んで泊ったり、夜には顔の上を虫が這いまわったり、寝ていると声を掛けてくる謎の思念体がいたり、ワケアリそうな女が飛び込んできたりするような部屋ばかり泊って来たので、ここまで綺麗な宿は初めてだ。
あとはもう終わりに走るばかりだ、と考えれば、たまには気兼ねなく泊まれる部屋に居るのも良いかもしれない。とは思うが。思うが――彼女達がそうさせてくれるだろうか。
「ジャンケン、帝国式で良いですよね」
「イナンナー式にしろ」
「南方式でいいだろ」
「分かんないー」
勝負形式からまずグダグダである。なんだかんだとやりあった結果、三種類で決着が付く帝国式になった。南方式は手の形の種類が七つもあってややこしいので却下、イナンナー式は何故かデコピンもセットになっているので却下となった。
「勝利! エオちゃん大勝利ですよヨージさん!」
エオが勝利した。宗教団体として、神様を敬うべき信徒が二人とも別の部屋というのは、アリなのだろうか。そのあたりを追求しようとしたが、二柱は負けを噛みしめており、一人は茫然としているので、触らない事とした。部屋が違うからと世話が出来ない訳でもない、どうせ二日三日である、ここは、たまには寛大にあろう、と納得する。
「お、お部屋、決まりましたか」
「済みません……では二人部屋二つで。一つは三名入るので、敷布団だけくだされば。ナナリ、貴女は床です」
「なん……だと……?」
「用意しておきます、どうぞごゆっくり」
鍵を渡され、各々の部屋へと向かう。
鍵。なんて文明的なものがあるのか。なんだか久々に使うような気がしてならない。
格調高い、という程でもないが、掃除が行き届いており、シーツも白く真新しい。そもそもちゃんとベッドがベッドしているという事に無駄な感動を覚える。地面に寝そべるか、馬車の中で寝そべるかばかりであったので、これは良い夢が見れそうだ。
問題はダブルベッドである事、だが。
「済みません、ベッドが一つしかないのですが」
「あ、ご夫婦ではなかった……?」
「違いま「大丈夫です! もう嫌だわアナタったら!」
「そうですか、ではごゆっくり」
エオが差し込んで来る。ジッと視線を向けると、彼女は舌をペロリと出して誤魔化した。成年未成年の区別が死ぬ程曖昧な大樹教である、倫理的には問題無いのかもしれないが、彼女と同衾したら、寝かせては貰えないであろう事請け合いだ。
「まったく。ほら、荷物置いて準備してください」
「あ、お出かけですか?」
「やることはやっておいた方が良いでしょう。何か起きても直ぐ逃げられるように」
「ヨージさんがいうと、説得力ありますねー!」
「不本意すぎる」
兎も角、手続きは一通り終わらせてからゆっくりすべきだ。何せここは皇帝陛下のお膝元。顔見知りの竜精なんぞに出会ってしまったら、本格的に逃げ場が無い。奴等もまさか首都で大暴れはしないだろうが、見つからないに越した事はない。




