最上位最強種なのにどうして中間管理職なんですか5
教会周辺には、リズマン伯爵領の警察機構である警行務団と、リズマン伯の所有する騎士団が並び、暴徒鎮圧の跡片付けをしていた。二名死亡と聞いたが、血の量が多い。皆、武器を手にして殴り合ったのだという。
「イスカ様、エスカ様。そちらの方は」
「警視。こちらは」「竜精公。頭が高い」
「なっ――……し、失礼おば致しました……警行のキースです」
「フィアレスよ。避難勧告を発令します。半径三〇〇〇大バームに居住のニンゲンは、全員避難。避難区画に魔導行人を集結、防御魔法を発動。イスカ、エスカ。手伝ってあげなさい」
「了」「解」
「ひ、避難ですか。件の神であるちゃおは、教会内におりますが」
「ニンゲンが何故わたくしに質問しているのかしら」
「あ、あ、は、た、ただいま、取り掛かります」
「早くして。死んでも責任は取りませんわよ」
「はっ、はい!!」
イスカとエスカによって現在隔離されているらしいが、いつまで持つか。細いとはいえ、根幹魔力帯を奪い取るような力量を持つ神が本気を出せば、二柱の結界は一撃で弾け飛ぶだろう。今大人しくしているのは……もしかすれば、フィアレスを待っているのかもしれない。
「緊急! 緊急! 避難勧告発令! なりふり構うな! 財産も置いていけ! 走れ、走れ走れぇぇぇぇッッ!!」
警鐘を大音量で流しながら、騎士団と警行が全力で走り出す。竜精が離れろと口にしたのだ、これから先、街がどうなるか分からないという事。つまるところ、大雨で山が崩れて鉄砲水が街に押し寄せる、火山が噴火して街に流れ込む、大火事で街が焼ける、と同等という意味だ。
フィアレスは仮装を解き、竜精の姿へと戻る。自身の魔力量を確認してから、教会の大扉を押し開いた。静まり返った教会の礼拝堂に足音だけが響く。目的はその正面。
大樹と竜のレリーフが大きく飾られたその下、説教台の上に、その女は傲岸にも不遜にも、偉そうに腰掛けている。相変わらず、姿は視認しきれない。
「はぁい、どちら様かなー?」
「お初にお目にかかりますわ。たぶん、ご存じかと」
「分かるけどぉ、個体名が分からないじゃない。あ、こちらから挨拶しないと駄目?」
竜精を見てこの態度。まともではない。たった一瞬の隙があるだけで、即座に死を齎す竜精を目の前に、どうしてそんな態度がとれるのだろうか。馬鹿なのか、余程自信があるのか、理解不能だ。
「アタシはちゃお! みんなからは、ちゃおちゃんって呼ばれているの!」
「ええ、存じ上げてます。わたくしはフィアレス。お分かり?」
「あ、六番個体かぁ。強烈だね!」
個体呼ばわり。とても聞きなれない呼称だ。確かに、竜が生んだ子の六番目で間違いない。ラグナルタ五姉妹の後に製造されたのが、自分達ドラグニール三姉妹だ。以下はあらゆる手法で編まれた竜精である為、それぞれ異なるとされる竜精でも、更に違う者が多い。
「貴女は、何が目的なのかしら。予想では、何も考えていないというのが第一候補なのだけれど」
「まあ、まずまず当たりってところぉ? アタシはぁ、みんなにチヤホヤされて、可愛いって、綺麗って言われて、楽しくなってぇ、信者からの捧げものを沢山貰って、アタシの声で狂って貰って! もっと楽しくなって貰う事が目的だから、竜精的には、何もかも意味がない、って事になるかなぁ?」
「非生産的で邪悪ですわ。いったいどうしたら、このような神が産まれるのか、理解に苦しむところです。もし悪魔だとするならば、高等すぎる。高等の悪魔なんてものは、うん十万年前に地獄の底に落とされているでしょう。あの結界は絶対に破れませんし」
「自由意志だよ! アタシは神として産まれて、神として生を謳歌してるの!」
「竜精に見つかって、裁かれる事を恐れませんの?」
「あはっ。生憎、もう三万年程、捕まっちゃいないのよ! 過去何度か竜精にはあってるよ? 貴女にもね!」
「……」
「うわ、怖っ。その視線だけで、ニンゲンは死んじゃうよぉ!」
「……――別に今すぐ殺しても構いませんけれど、どうやって竜精に見つかって逃げ果せたのか、理由は知りたいところですわね」
「普通普通! 楽しんで、暴れて、暴れさせて、見つかったら、ヒトに紛れて逃げるだけ。アタシ、化けるの得意だから! その様子だと……アタシの顔、認識出来てないでしょ。そゆこと!」
ケタケタと腹を抱えて笑い、説教台から転げ落ちる。
こいつは、狂っているのか。
「じゃあ改めまして! アタシは『無貌』! あ、初めて名乗るかも!」
「道化師如きが、偉そうに」
「大樹『九頭樹』の子、陀混が娘!」
「……まさか」
「そ! 大樹教的には、竜精相当! ま、貴女達よりも若いけどねえ!」
それがどういう意味なのか、この女は理解しているのだろうか。
他教の、他大樹の、他竜の子同士が、今こうして、面と向かっているのだ。
そこに起こる事はたった一つだけである。
「そう。理解しましたわ。では、死になさい、無貌。惨たらしく」
「おお怖っ! やっぱ竜精の殺気はやばぁい! ま、死なないけどねッ」
超圧縮、無属性魔力の純粋塊。
フィアレスが突き出した手から放たれた、ニンゲンに不可視の球体は、一撃で教会の礼拝堂を崩壊させ、更に留まる事を知らず、数百大バームに渡り一筋の線を成した。最新鋭戦艦の魔砲でもそうはなるまい、という衝撃が周囲を突き抜けて行く。
「避けた?」
「あたったら死ぬし?」
崩れて来た破片を全て弾き飛ばし、逃げた無貌を追う。
存在については理解するが、何故今ここで名乗り、フィアレスと敵対したのか、その理由が不明だ。叩き潰してしまっては聞き出せない為、加減が必要になる。死ねとは威勢よくいったが、組織的にそれは不味い。
「ほいじゃ、力比べでもしてみよっか?」
「はあ?」
縦横無尽、空中で物理的に不可能な軌道を描き、無貌がフィアレスの前に立つ。舐めたような調子で手を掲げた。フィアレスは、それに付き合う。
「ふんっ」
「ぐお、力ぁつよぉッ!」
無貌とフィアレスの掌が合わさった瞬間、周囲に衝撃波が発生、隣十軒までの建物を跡形もなく吹き飛ばしてしまう。無貌というくらいだ、そもそもこの形が定型であるとは思えない。
だが、取り敢えず人体のように取り繕っている腕は折り曲げてしまおう、としてフィアレスが息むも――やはり、そのままスルリ、と抜けて行ってしまう。
「っぶなあ。本当にぺしゃんこにされちゃうじゃない! こんなに可愛いアタシを!」
「貌が認識出来ないのだから、可愛いかどうかも分かりませんわよ、馬鹿らしい」
捉えどころがなさ過ぎる。水と戦っているようだ。
こういった手合いは、もう何も考えずに吹き飛ばすしかないのだが……目的は吐かせたい。
「本当に、享楽的に、この地を支配しようとしたのかしら」
「おっと?」
「貴女、誰の命令で動いているの? まさか『九頭樹』でも陀混でもないでしょう。あれ等は既に大樹達の覇権争いには関わっていないもの」
「さあて、どうかなあ? アタシは楽しいからやってるってのは、間違いないよ」
「仕事を楽しむヒトもいますでしょう」
「あははっ、ごもっとも! 適材適所、適当適宜! 素晴らしきかな労働!」
「吐きなさい、そうすれば、殺すだけで許してあげますわ」
「え、殺すのが最上級じゃない?」
「魔法で拘束した上で、数万年苦しんでいただく事も出来ますわよ」
「おっかない! 大樹教は本当に邪悪!」
「貴女、なんだか、ウチの妹を更に邪悪にしたカンジがして、イライラしますわね」
「だから"貴女にはそう見える"んだってば」
「くっ……」
「こんな妹いたら、大変だねえ……同情するよフィアレス。あ、フィアレスとフェイスレス、名前も似てるじゃない! 運命感じちゃうなあ?」
「もう良いですわね。死んでくださいまし」
「うわ、怒ったッ」
全力の一歩。生物では捉えようのない俊足で近づき、無貌の腕を引っ掴まえ、上空高く放り投げる。
「"我は万物万象の礎を敷く者なり。世の基底にして根幹なり。謳わば聞け、嗤わば嘆け、一縷の望み無き其の命運を心に抱き知れ――」
「うわ、やば! 大統一呪文!」
「――竜の言の葉は天を地を人を統べ、神を統べる遍く世の秩序也。その真意は大樹と共にあらん――」
「うおうおうお!! やばぁ! 間に合え間に合え間に合えッッ!! 収束収束!!」
「――是を紡ぐ者の名は、フィアレス・ドラグニール・マークファス。滅びえぬ竜の宝物」
「何糞ッッ! "祖なる九頭の獣よ、今こそ我に力を齎さん、古の森よ、我が故郷よ、顕現せよ"」
「『粛正魔法極限執行』"」
「『無断迷宮林』ッッッ!!」
フィアレスが放つ大統一呪文は、おおよそこの世に存在する、ありとあらゆる魔法の祖であり、またこの世に二つとない、超破壊力を秘める、無属性における究極魔法である。極限にまで絞ったそれは巨大な光の矢となり、上空に放り出された無貌に向かって一直線に向かって行く。
魔力が空間を歪め、光を歪める。こんなものを受けて存在し得るものは、大樹だけだろう。
膨大な情報量の魔法円が周囲を光と包み、とても自然に再現出来ない、死と隣り合わせの絶景を織りなす。矢は間違いなく放たれた。そしてそれを――無貌が受ける。
あの女が唱えた魔法の形態が一切不明だ。フィアレスの記憶にすらない。九頭樹系列で間違いは無いのだろうが、噂すら聞かない。
そもそも――陀混に娘がいたなどという話も、聞いた事が無い。
「うらっしゃああッッ!!」
「――マジですの……?」
奴は極大の純粋魔力塊を、神話の一撃を、『月を削った一撃』を、空の彼方へと、弾き飛ばしたのだ。
物理的、魔術的に防ぐのは、理論上不可能。
それでも防ぐとなると『そもそも当たっていない』としか考えられない。
『あの女を取り巻いている空間がズレている』とするのが妥当だ。
奴は、『自身の存在そのもの』を世界から欺き防ぎ切った――……フィアレスの洞察眼でも、この辺りまでの考察が限界だ。
弾き返された極死の矢は遠く遠くと、雲を貫いて昇って行く。
恐らく、星から脱出し、宙へと消えただろう。
信じられないものを、今味あわされている。真向から殴り合って、それを返されるなど、生まれて初めてだ。幾ら何でも、アオバコレタカにだって、これは出来ない。
「無理。疲れたぁ。退散、退散」
「逃がすとでも?」
「逃げられるのよねえ、これが――魔法陣発動」
「なっ」
ツメが甘かった。いや、こうなる事など、誰が予想出来ただろうか。
用意周到にも、無貌は自身を逃がす為に策を講じていたのだろう。無貌の放つ固有の魔力を、次第に感じる事が出来なくなってしまう。
「どうして、わたくしは術式を感知出来なかったのかしら……?」
「アタシの歌を聴いたでしょう?」
「……おのれ」
奴に地の利が無ければ無理だったろうが……この地の根幹魔力帯は奴が支配権を得ていた。更に、この女の歌が、フィアレスの魔力感知を鈍らせたのだろう。
魔法陣は容易く発動し、そしてあの女自身の色を帯びた魔力を消して行く。
まさに無貌。顔の無い異形。
音も色も香りも、もう何もない。
『今回はご挨拶! そこそこ良かった! またね、フィアレスッ』
「やられた」
これは、ユーヴィルに怒られる案件だろうか。考えると憂鬱だが、まさかこの事態を報告しない訳にもいかない。
「ご無事」「ですか」
「……イスカ、エスカ。住民の避難勧告を一時解除。家財一切合財をまとめて、三日後にこの街を出るよう指示して頂戴」
「この土地は」「もうダメですか」
「駄目。汚染地滅却令発令。フィアレス・ドラグニール・マークファスの権限です。これは大樹教において最上位の命令であり、否定は不可能ですわ」
「お疲れ様」「です」
「はあ……」
どこぞの、理解不能の異形に支配された土地など、とてもではないが大樹には返せない。それに、土地に染み込んだ無貌の神気を取り除くにも、儀式体系が違い過ぎて魔術的にはどうしようもないのだ。つまるところ、何もかもを全て吹っ飛ばすしかないのである。
「リズマン伯。随分近くに居ましたわね」
「りゅ、竜精公。その御姿ですと……」
「失礼。ニンゲンには厳しいものでしたわね」
教会であった場所、から少し離れた場所に馬車が止まり、中からリズマンが出て来る。ニンゲンの精神に異常を来すのも本意ではない為、直ぐに仮装する。
「何故ここに」
「はい。我が領地の一大事とあらば、椅子に座っている訳にもいきますまい、と」
「そう。残念ながら、この地は消し飛ばします」
「……余程の悪神であったご様子で」
「形式不明。本人は陀混の子だと宣っていましたわ」
「……猶予は」
「三日。取り敢えず、一時避難キャンプを設けてくださいまし」
「この地は、更地に」
「ええ。残念ながら。ある程度の補填はしますわ。ああそうだ、聖堂の件」
「はい」
「ここに建ててくださいまし。アレの神気を抑えるにも、わたくしの偶像を置くのが妥当かと思われますから。わたくしの偶像を祀る為の神についても、手配します。あと、あのクソバケモノの信徒を名乗っていたものは、熱心に拝ませますように。否定する者は殺害して構いません……リズマン伯?」
リズマンは目をキョロキョロとさせ、一部廃墟と化した市街地を見て回している。これから自分の領地が吹き飛ぶというのに、どうにも悲壮感が無い。
「……度し難いですわ、リズマン伯」
「あいや! し、失礼」
「いいえ。領地整備オタクもここまでくると病気ですわね……まあ、整備が進むなら構いませんけれど……では、陣頭指揮を宜しくお願いしますわ」
「はっ。畏まりました。必ずやフィアレス竜精公の聖堂が映える、立派な街に造り直して御覧にいれましょう!」
「はいはい……」
今、彼の頭の中は、被害総額などよりも街をどうやって美しくするか、という事で一杯だ。有能であるし、有益な欲望であるから止めはしないが、ニンゲンとは本当に度し難いなと、ため息が出る。
「イスカ、エスカ」
「はい」「はい」
「立て続けで申し訳ないのだけれど、リズマン伯の補佐をお願いしますわ」
「勿論」「大丈夫」
「ひと段落ついたら、首都に連れて行ってあげます。お洋服なども見たいでしょう?」
「我が竜精」「最高」
「では励んで」
「了」「解」
二柱がお互い見つめ合って手を合わせ、ぴょんぴょんと跳ねている。余程嬉しいのか、顔を赤らめてほんのり笑顔を浮かべているのは、竜精から見ても可愛らしいものだ。特注の衣装ぐらい、労をねぎらう為にも買ってやって構わないだろう。
(肉体的に疲れる、何てことはないけれど、精神的には疲弊しますわね)
現場に背を向け、自分が泊まっていた宿へと赴く。
無貌。奴の真意は一体何だったのだろうか。
明らかに、不審な点が多すぎる。こういう場合は大体アチラに意図があり、それ故にコチラから見れば不要な部分が多い、という事だ。
何かしら、集団で動いている。組織に属している可能性が高い。
ともすると、奴は威力偵察か。東部統括……フィアレスの出方を見る為の存在かもしれない。
しかし、奴の親であるとされる『九頭樹』及びその竜である『九裏獲』と『陀混』は、明確な宗教組織を持たない。南方の地は、数多の種族がそれぞれの信仰を持っているだけで、統一した宗教が無いのだ。当然組織力も低く、団結する事も少ない。
今は『海の真理』という宗教団体が南方大陸東部を統べており、扶桑と国家級の交渉をしているが……大きな動きをすれば、南方に進出している扶桑が黙ってはいないだろう。
(他の組織との結託。もしくは、あの女だけが特殊か)
情報が少なすぎる。憶測で判断するのは危険だ。
「ミーティム、ミーティム?」
『んごっ。あ、姉さん? 寝てた。何?』
「戻ります。報告書を書き終え次第、局長代理をお願いしますわ」
『早かったねえ。てか疲れた声してるなあ』
「未曾有の敵でしたわ」
『殺したの?』
「逃げられました」
『竜精から逃げるとか、バケモノかな?』
「一応共有しておきたい事ですから、あとでお話します。お茶でも淹れておいてくださいな」
『ああ、いいよ。じゃあ待ってる』
宿に戻って荷物をまとめ、魔法でそのまま転送する。衣服は脱ぎ去り、宿の屋上まで出て、フィアレスは凄まじい速度で飛び立った。踏み込んだ瞬間、宿の屋上が消し飛んだが、これから無くなる場所である、気にする必要は無い。
竜精の全速力ならば、リズマン伯領からフィアレスの大聖殿までまばたきの間である。
「はい、ただいま」
「お帰り。急いだ?」
「距離と時間なんて、もう数万年考慮した事がありませんわねえ」
「そりゃそうか」
大きく溜息を吐き、自身の聖殿の奥にある、質素な椅子に腰かける。ミーティムは茶器のセットを器用に頭に乗せ、両手で自分用のテーブルと椅子を持ち寄る。
「ご苦労様、姉さん。じゃあ、報告と、引き継ぎについて伺うよ」
「ええ、まず、イスカとエスカ、それとリズマン伯ですけれど……」
あらゆるものを見て、知り、全知全能に近い力を有した竜精であるが、どうにもここ最近と、真新しいものを目にする機会が多い。あの男もそうであるし、あの神もそうだ。
こういった場合、長年の経験から、世界が大きく動いている事を示していると解る。竜精間での情報共有は必須だろう。例えどのような事が起ころうとも、大樹と竜を護らねばならないのだ、変化には敏感でなくてはいけない。
「で、そのバケモンだけど」
「報告後、南方に調査員を送り付けますわ。ともなると、扶桑の龍にも声をかけておかないと」
「その辺の調整はユーヴィルがやるっしょ」
「わたくしが取り逃したものですもの。ユーヴィルも『お前がやれ』というでしょ」
「うえーい。懲罰部隊、見繕っておく」
面倒臭い、と思う反面、心のどこかで未知の事柄に対する興味がわいている。これを好奇心というのならば、恐らく間違いないだろう。
「どうしたの、姉さん。顔、緩いけど」
「いいえ、何も」
「ま、楽しそうなら何よりさ。姉さんは硬すぎる。これから彼の監視に着くんだろう。竜精が、一個人に。すっごい面白い。これを機会に、もう少し柔軟になったら良いんじゃないかな」
「それは竜精として必要かしら」
「必要かどうかは分からない。けど、ユーヴィルなんて見てみなよ。アレが竜精かい?」
「……確かに」
「竜精は変わり難い。けど、変わらない事が全てじゃない。大樹と竜さえ尊ぶならば、僕は姉さんがどんな考えを抱いていたって良いと思うよ。その結果敵対したとしても」
「物騒ね」
「考えの違いから争うなんていうのは、世界創生以来、あらゆる種族が繰り広げて来た事さ。自然の営みなんだ。僕はそう思う――それじゃ、引き継ぎは以上で。さっさと報告書まとめて行きなよ」
「そうするわ。統括局を宜しくね」
「ああ。あの街は僕が吹き飛ばしておく。姉さん、何か壊すと罪悪感あるみたいだし」
「出来た妹だこと。ヒトまで殺さないでよ」
「勿論さ。僕は出来た妹だからね」
紅茶を飲み干し、資料を数枚テーブルに置いて、ミーティムは去って行く。
彼女に比べれば、確かにフィアレスは少し硬いだろう。本来ならば、もっと自由奔放に振舞っていても、誰にも批難されない立場だというのに、フィアレスは抑えている。
良い機会。久しぶりに役職の無い位置に着く訳だ。ユーヴィル程とは行かずとも、思った通り行動して見るのも、良いかもしれない。
「……さて。彼は今、どこかしら」
資料を広げ、彼の道程を探る。ミーティムにお願いしていた治癒神友の会についての報告書だ。そこには二か月前まではキシミアに居たという証言がある。その折、キシミア守護神エーヴの許可を得て、神殿を建立したとある。とうとう治癒神友の会も一端の宗教団体となった訳だ。
キシミアに留まっているのならば手間が無いのだが、どうもゆっくりしているようには見えない。キシミアを出て、北へ向かったとある。
大帝国領へ舞い戻ったのか。どこを目指しているのか。東側は、恐らく避けるだろう、何せフィアレスがいる。ともなると中央か西側だ。中央は大断層がある為、これを超えるのは苦労する。やはり西か。エウロマナ方面。だとすると、目的は不明だ。
「……治癒の神、か」
稀有な力。まずもって、一般的な神には齎されない奇跡。これを持つ神を、フィアレスは一柱知っている。
『大原始自然神イルミンスル』
大樹ユグドラーシルの分身とも言われる神だ。その神格は非常に高く、竜精ですら会う為には手続きが必要になる。
もし、ヨージ・衣笠が自身の神の持つ力を疑問に思い、それを追求したいと思ったならば、かの神の話を聞きたいと、そう思うかもしれない。木端宗教の神官如きが簡単に逢える相手ではないのだが……それがヨージ・衣笠だと思うと、そうとも限らない。
シュプリーアという神は、何かが可笑しい。出身を何処とする神なのか。
イルミンスルに子女がいたとは聞かない。
……主依代探索に出た可能性もあるか。
ともすると、エウロマナ辺境経由で、大帝国首都ツィーリナも有り得る。
「まだ彼が宗教者としてあるならば……自身の神の出所は、知りたいでしょうねえ」
地図に鉛筆を走らせる。彼がどのように思い悩み、何を考え、どう決断したのか――想像するだけで、フィアレスはなんだか、妙に楽しかった。鉛筆を走らせる音に、鼻歌が混じる程に、だ。
「速度を計算すると……そろそろヴィーラストリア辺りかしら」
結論が出る。彼が災難に巻き込まれる体質だったとしても、距離と時間を考えれば、このぐらいだろうという予測が付く。あとは彼等が辿ったであろう道で話を聞けば、答えは出る。何せ目立つ集団だ。
「さ、お仕事に戻りましょ」
資料を避け、白紙を持ち出し、羽ペンをインクにつける。報告書など本当に面倒で仕方が無いものだが、それでも、これから彼の下へと赴くと思えば、その筆も余計に軽かった。
彼は何を見ただろうか。彼は何を考えているだろうか。
彼は何に悩まされ続けて来たのだろうか。
自身の首に触れる。胸に触れる。
彼に傷つけられたこの二か所の瑕は、彼を思い出す度に、甘く疼くのであった。
了
本年最後の投稿です。
道中ヴィーラストリア編は……間に合わなかったので、三章の完成を急ぎたいと思います。
再投稿開始は一月中をめどに……。
いつも読んでくださって有難うございます。
来年も頑張って行きたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。




