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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
道中編
113/329

最上位最強種なのにどうして中間管理職なんですか5



 教会周辺には、リズマン伯爵領の警察機構である警行務団けいぎょうむだんと、リズマン伯の所有する騎士団が並び、暴徒鎮圧の跡片付けをしていた。二名死亡と聞いたが、血の量が多い。皆、武器を手にして殴り合ったのだという。


「イスカ様、エスカ様。そちらの方は」

「警視。こちらは」「竜精公。頭が高い」

「なっ――……し、失礼おば致しました……警行のキースです」


「フィアレスよ。避難勧告を発令します。半径三〇〇〇大バームに居住のニンゲンは、全員避難。避難区画に魔導行人サーチャーを集結、防御魔法を発動。イスカ、エスカ。手伝ってあげなさい」


「了」「解」

「ひ、避難ですか。件の神であるちゃおは、教会内におりますが」

「ニンゲンが何故わたくしに質問しているのかしら」

「あ、あ、は、た、ただいま、取り掛かります」

「早くして。死んでも責任は取りませんわよ」

「はっ、はい!!」


 イスカとエスカによって現在隔離されているらしいが、いつまで持つか。細いとはいえ、根幹魔力帯パルスラインを奪い取るような力量を持つ神が本気を出せば、二柱の結界は一撃で弾け飛ぶだろう。今大人しくしているのは……もしかすれば、フィアレスを待っているのかもしれない。


「緊急! 緊急! 避難勧告発令! なりふり構うな! 財産も置いていけ! 走れ、走れ走れぇぇぇぇッッ!!」


 警鐘を大音量で流しながら、騎士団と警行が全力で走り出す。竜精が離れろと口にしたのだ、これから先、街がどうなるか分からないという事。つまるところ、大雨で山が崩れて鉄砲水が街に押し寄せる、火山が噴火して街に流れ込む、大火事で街が焼ける、と同等という意味だ。


 フィアレスは仮装を解き、竜精の姿へと戻る。自身の魔力量を確認してから、教会の大扉を押し開いた。静まり返った教会の礼拝堂に足音だけが響く。目的はその正面。


 大樹と竜のレリーフが大きく飾られたその下、説教台の上に、その女は傲岸にも不遜にも、偉そうに腰掛けている。相変わらず、姿は視認しきれない。


「はぁい、どちら様かなー?」

「お初にお目にかかりますわ。たぶん、ご存じかと」

「分かるけどぉ、個体名が分からないじゃない。あ、こちらから挨拶しないと駄目?」


 竜精を見てこの態度。まともではない。たった一瞬の隙があるだけで、即座に死を齎す竜精を目の前に、どうしてそんな態度がとれるのだろうか。馬鹿なのか、余程自信があるのか、理解不能だ。


「アタシはちゃお! みんなからは、ちゃおちゃんって呼ばれているの!」

「ええ、存じ上げてます。わたくしはフィアレス。お分かり?」

「あ、六番個体かぁ。強烈だね!」


 個体呼ばわり。とても聞きなれない呼称だ。確かに、竜が生んだ子の六番目で間違いない。ラグナルタ五姉妹の後に製造されたのが、自分達ドラグニール三姉妹だ。以下はあらゆる手法で編まれた竜精である為、それぞれ異なるとされる竜精でも、更に違う者が多い。


「貴女は、何が目的なのかしら。予想では、何も考えていないというのが第一候補なのだけれど」


「まあ、まずまず当たりってところぉ? アタシはぁ、みんなにチヤホヤされて、可愛いって、綺麗って言われて、楽しくなってぇ、信者からの捧げものを沢山貰って、アタシの声で狂って貰って! もっと楽しくなって貰う事が目的だから、竜精的には、何もかも意味がない、って事になるかなぁ?」


「非生産的で邪悪ですわ。いったいどうしたら、このような神が産まれるのか、理解に苦しむところです。もし悪魔だとするならば、高等すぎる。高等の悪魔なんてものは、うん十万年前に地獄の底に落とされているでしょう。あの結界は絶対に破れませんし」


「自由意志だよ! アタシは神として産まれて、神として生を謳歌してるの!」

「竜精に見つかって、裁かれる事を恐れませんの?」


「あはっ。生憎、もう三万年程、捕まっちゃいないのよ! 過去何度か竜精にはあってるよ? 貴女にもね!」


「……」

「うわ、怖っ。その視線だけで、ニンゲンは死んじゃうよぉ!」


「……――別に今すぐ殺しても構いませんけれど、どうやって竜精に見つかって逃げ果せたのか、理由は知りたいところですわね」


「普通普通! 楽しんで、暴れて、暴れさせて、見つかったら、ヒトに紛れて逃げるだけ。アタシ、化けるの得意だから! その様子だと……アタシの顔、認識出来てないでしょ。そゆこと!」


 ケタケタと腹を抱えて笑い、説教台から転げ落ちる。

 こいつは、狂っているのか。


「じゃあ改めまして! アタシは『無貌フェイスレス』! あ、初めて名乗るかも!」

「道化師如きが、偉そうに」

「大樹『九頭樹グルジュ』の子、陀混ダゴンが娘!」

「……まさか」

「そ! 大樹教的には、竜精相当! ま、貴女達よりも若いけどねえ!」


 それがどういう意味なのか、この女は理解しているのだろうか。


 他教の、他大樹の、他竜の子同士が、今こうして、面と向かっているのだ。

 そこに起こる事はたった一つだけである。


「そう。理解しましたわ。では、死になさい、無貌。惨たらしく」

「おお怖っ! やっぱ竜精の殺気はやばぁい! ま、死なないけどねッ」


 超圧縮、無属性魔力の純粋塊。


 フィアレスが突き出した手から放たれた、ニンゲンに不可視の球体は、一撃で教会の礼拝堂を崩壊させ、更に留まる事を知らず、数百大バームに渡り一筋の線を成した。最新鋭戦艦の魔砲マギアカノンでもそうはなるまい、という衝撃が周囲を突き抜けて行く。


「避けた?」

「あたったら死ぬし?」


 崩れて来た破片を全て弾き飛ばし、逃げた無貌を追う。


 存在については理解するが、何故今ここで名乗り、フィアレスと敵対したのか、その理由が不明だ。叩き潰してしまっては聞き出せない為、加減が必要になる。死ねとは威勢よくいったが、組織的にそれは不味い。


「ほいじゃ、力比べでもしてみよっか?」

「はあ?」


 縦横無尽、空中で物理的に不可能な軌道を描き、無貌がフィアレスの前に立つ。舐めたような調子で手を掲げた。フィアレスは、それに付き合う。


「ふんっ」

「ぐお、力ぁつよぉッ!」


 無貌とフィアレスの掌が合わさった瞬間、周囲に衝撃波が発生、隣十軒までの建物を跡形もなく吹き飛ばしてしまう。無貌というくらいだ、そもそもこの形が定型であるとは思えない。


 だが、取り敢えず人体のように取り繕っている腕は折り曲げてしまおう、としてフィアレスが息むも――やはり、そのままスルリ、と抜けて行ってしまう。


「っぶなあ。本当にぺしゃんこにされちゃうじゃない! こんなに可愛いアタシを!」

「貌が認識出来ないのだから、可愛いかどうかも分かりませんわよ、馬鹿らしい」


 捉えどころがなさ過ぎる。水と戦っているようだ。

 こういった手合いは、もう何も考えずに吹き飛ばすしかないのだが……目的は吐かせたい。


「本当に、享楽的に、この地を支配しようとしたのかしら」

「おっと?」


「貴女、誰の命令で動いているの? まさか『九頭樹グルジュ』でも陀混ダゴンでもないでしょう。あれ等は既に大樹達の覇権争いには関わっていないもの」


「さあて、どうかなあ? アタシは楽しいからやってるってのは、間違いないよ」

「仕事を楽しむヒトもいますでしょう」

「あははっ、ごもっとも! 適材適所、適当適宜! 素晴らしきかな労働!」

「吐きなさい、そうすれば、殺すだけで許してあげますわ」

「え、殺すのが最上級じゃない?」

「魔法で拘束した上で、数万年苦しんでいただく事も出来ますわよ」

「おっかない! 大樹教は本当に邪悪!」

「貴女、なんだか、ウチの妹を更に邪悪にしたカンジがして、イライラしますわね」

「だから"貴女にはそう見える"んだってば」

「くっ……」


「こんな妹いたら、大変だねえ……同情するよフィアレス。あ、フィアレスとフェイスレス、名前も似てるじゃない! 運命感じちゃうなあ?」


「もう良いですわね。死んでくださいまし」

「うわ、怒ったッ」


 全力の一歩。生物では捉えようのない俊足で近づき、無貌の腕を引っ掴まえ、上空高く放り投げる。


「"我は万物万象の礎を敷く者なり。世の基底にして根幹なり。謳わば聞け、嗤わば嘆け、一縷の望み無き其の命運を心に抱き知れ――」


「うわ、やば! 大統一呪文ラグナロック・スペルエンド!」


「――竜の言の葉は天を地を人を統べ、神を統べる遍く世の秩序也。その真意は大樹と共にあらん――」


「うおうおうお!! やばぁ! 間に合え間に合え間に合えッッ!! 収束収束!!」


「――是を紡ぐ者の名は、フィアレス・ドラグニール・マークファス。滅びえぬ竜の宝物」


「何糞ッッ! "祖なる九頭の獣よ、今こそ我に力を齎さん、古の森よ、我が故郷よ、顕現せよ"」


「『粛正魔法極限執行ドラゴマギクス・ネメシス』"」

「『無断迷宮林ン・ガイ』ッッッ!!」


 フィアレスが放つ大統一呪文は、おおよそこの世に存在する、ありとあらゆる魔法の祖であり、またこの世に二つとない、超破壊力を秘める、無属性における究極魔法である。極限にまで絞ったそれは巨大な光の矢となり、上空に放り出された無貌に向かって一直線に向かって行く。


 魔力が空間を歪め、光を歪める。こんなものを受けて存在し得るものは、大樹だけだろう。


 膨大な情報量の魔法円が周囲を光と包み、とても自然に再現出来ない、死と隣り合わせの絶景を織りなす。矢は間違いなく放たれた。そしてそれを――無貌が受ける。


 あの女が唱えた魔法の形態が一切不明だ。フィアレスの記憶にすらない。九頭樹系列で間違いは無いのだろうが、噂すら聞かない。


 そもそも――陀混ダゴンに娘がいたなどという話も、聞いた事が無い。


「うらっしゃああッッ!!」

「――マジですの……?」


 奴は極大の純粋魔力塊を、神話の一撃を、『月を削った一撃』を、空の彼方へと、弾き飛ばしたのだ。


 物理的、魔術的に防ぐのは、理論上不可能。


 それでも防ぐとなると『そもそも当たっていない』としか考えられない。

『あの女を取り巻いている空間がズレている』とするのが妥当だ。


 奴は、『自身の存在そのもの』を世界から欺き防ぎ切った――……フィアレスの洞察眼でも、この辺りまでの考察が限界だ。


 弾き返された極死の矢は遠く遠くと、雲を貫いて昇って行く。

 恐らく、星から脱出し、宙へと消えただろう。


 信じられないものを、今味あわされている。真向から殴り合って、それを返されるなど、生まれて初めてだ。幾ら何でも、アオバコレタカにだって、これは出来ない。


「無理。疲れたぁ。退散、退散」

「逃がすとでも?」

「逃げられるのよねえ、これが――魔法陣サークル発動」

「なっ」


 ツメが甘かった。いや、こうなる事など、誰が予想出来ただろうか。

 用意周到にも、無貌は自身を逃がす為に策を講じていたのだろう。無貌の放つ固有の魔力を、次第に感じる事が出来なくなってしまう。


「どうして、わたくしは術式を感知出来なかったのかしら……?」

「アタシの歌を聴いたでしょう?」

「……おのれ」


 奴に地の利が無ければ無理だったろうが……この地の根幹魔力帯パルスラインは奴が支配権を得ていた。更に、この女の歌が、フィアレスの魔力感知を鈍らせたのだろう。


 魔法陣は容易く発動し、そしてあの女自身の色を帯びた魔力を消して行く。


 まさに無貌。顔の無い異形。

 音も色も香りも、もう何もない。


『今回はご挨拶! そこそこ良かった! またね、フィアレスッ』

「やられた」


 これは、ユーヴィルに怒られる案件だろうか。考えると憂鬱だが、まさかこの事態を報告しない訳にもいかない。


「ご無事」「ですか」


「……イスカ、エスカ。住民の避難勧告を一時解除。家財一切合財をまとめて、三日後にこの街を出るよう指示して頂戴」

 

「この土地は」「もうダメですか」


「駄目。汚染地滅却令発令。フィアレス・ドラグニール・マークファスの権限です。これは大樹教において最上位の命令であり、否定は不可能ですわ」


「お疲れ様」「です」


「はあ……」


 どこぞの、理解不能の異形に支配された土地など、とてもではないが大樹には返せない。それに、土地に染み込んだ無貌の神気を取り除くにも、儀式体系が違い過ぎて魔術的にはどうしようもないのだ。つまるところ、何もかもを全て吹っ飛ばすしかないのである。


「リズマン伯。随分近くに居ましたわね」

「りゅ、竜精公。その御姿ですと……」

「失礼。ニンゲンには厳しいものでしたわね」


 教会であった場所、から少し離れた場所に馬車が止まり、中からリズマンが出て来る。ニンゲンの精神に異常を来すのも本意ではない為、直ぐに仮装する。


「何故ここに」

「はい。我が領地の一大事とあらば、椅子に座っている訳にもいきますまい、と」

「そう。残念ながら、この地は消し飛ばします」

「……余程の悪神であったご様子で」

「形式不明。本人は陀混の子だと宣っていましたわ」

「……猶予は」

「三日。取り敢えず、一時避難キャンプを設けてくださいまし」

「この地は、更地に」

「ええ。残念ながら。ある程度の補填はしますわ。ああそうだ、聖堂の件」

「はい」


「ここに建ててくださいまし。アレの神気を抑えるにも、わたくしの偶像アイドルを置くのが妥当かと思われますから。わたくしの偶像アイドルを祀る為の神についても、手配します。あと、あのクソバケモノの信徒を名乗っていたものは、熱心に拝ませますように。否定する者は殺害して構いません……リズマン伯?」


 リズマンは目をキョロキョロとさせ、一部廃墟と化した市街地を見て回している。これから自分の領地が吹き飛ぶというのに、どうにも悲壮感が無い。


「……度し難いですわ、リズマン伯」

「あいや! し、失礼」


「いいえ。領地整備オタクもここまでくると病気ですわね……まあ、整備が進むなら構いませんけれど……では、陣頭指揮を宜しくお願いしますわ」


「はっ。畏まりました。必ずやフィアレス竜精公の聖堂が映える、立派な街に造り直して御覧にいれましょう!」


「はいはい……」


 今、彼の頭の中は、被害総額などよりも街をどうやって美しくするか、という事で一杯だ。有能であるし、有益な欲望であるから止めはしないが、ニンゲンとは本当に度し難いなと、ため息が出る。


「イスカ、エスカ」

「はい」「はい」

「立て続けで申し訳ないのだけれど、リズマン伯の補佐をお願いしますわ」

「勿論」「大丈夫」

「ひと段落ついたら、首都に連れて行ってあげます。お洋服なども見たいでしょう?」

「我が竜精」「最高」

「では励んで」

「了」「解」


 二柱がお互い見つめ合って手を合わせ、ぴょんぴょんと跳ねている。余程嬉しいのか、顔を赤らめてほんのり笑顔を浮かべているのは、竜精から見ても可愛らしいものだ。特注の衣装ぐらい、労をねぎらう為にも買ってやって構わないだろう。


(肉体的に疲れる、何てことはないけれど、精神的には疲弊しますわね)


 現場に背を向け、自分が泊まっていた宿へと赴く。

 無貌。奴の真意は一体何だったのだろうか。

 明らかに、不審な点が多すぎる。こういう場合は大体アチラに意図があり、それ故にコチラから見れば不要な部分が多い、という事だ。


 何かしら、集団で動いている。組織に属している可能性が高い。

 ともすると、奴は威力偵察か。東部統括……フィアレスの出方を見る為の存在かもしれない。


 しかし、奴の親であるとされる『九頭樹グルジュ』及びその竜である『九裏獲クリトル』と『陀混ダゴン』は、明確な宗教組織を持たない。南方の地は、数多の種族がそれぞれの信仰を持っているだけで、統一した宗教が無いのだ。当然組織力も低く、団結する事も少ない。


 今は『海の真理』という宗教団体が南方大陸東部を統べており、扶桑と国家級の交渉をしているが……大きな動きをすれば、南方に進出している扶桑が黙ってはいないだろう。


(他の組織との結託。もしくは、あの女だけが特殊か)


 情報が少なすぎる。憶測で判断するのは危険だ。


「ミーティム、ミーティム?」

『んごっ。あ、姉さん? 寝てた。何?』

「戻ります。報告書を書き終え次第、局長代理をお願いしますわ」

『早かったねえ。てか疲れた声してるなあ』

「未曾有の敵でしたわ」

『殺したの?』

「逃げられました」

『竜精から逃げるとか、バケモノかな?』

「一応共有しておきたい事ですから、あとでお話します。お茶でも淹れておいてくださいな」

『ああ、いいよ。じゃあ待ってる』


 宿に戻って荷物をまとめ、魔法でそのまま転送する。衣服は脱ぎ去り、宿の屋上まで出て、フィアレスは凄まじい速度で飛び立った。踏み込んだ瞬間、宿の屋上が消し飛んだが、これから無くなる場所である、気にする必要は無い。


 竜精の全速力ならば、リズマン伯領からフィアレスの大聖殿までまばたきの間である。





「はい、ただいま」

「お帰り。急いだ?」

「距離と時間なんて、もう数万年考慮した事がありませんわねえ」

「そりゃそうか」


 大きく溜息を吐き、自身の聖殿の奥にある、質素な椅子に腰かける。ミーティムは茶器のセットを器用に頭に乗せ、両手で自分用のテーブルと椅子を持ち寄る。


「ご苦労様、姉さん。じゃあ、報告と、引き継ぎについて伺うよ」

「ええ、まず、イスカとエスカ、それとリズマン伯ですけれど……」


 あらゆるものを見て、知り、全知全能に近い力を有した竜精であるが、どうにもここ最近と、真新しいものを目にする機会が多い。あの男もそうであるし、あの神もそうだ。


 こういった場合、長年の経験から、世界が大きく動いている事を示していると解る。竜精間での情報共有は必須だろう。例えどのような事が起ころうとも、大樹と竜を護らねばならないのだ、変化には敏感でなくてはいけない。


「で、そのバケモンだけど」

「報告後、南方に調査員を送り付けますわ。ともなると、扶桑の龍にも声をかけておかないと」

「その辺の調整はユーヴィルがやるっしょ」

「わたくしが取り逃したものですもの。ユーヴィルも『お前がやれ』というでしょ」

「うえーい。懲罰部隊、見繕っておく」


 面倒臭い、と思う反面、心のどこかで未知の事柄に対する興味がわいている。これを好奇心というのならば、恐らく間違いないだろう。


「どうしたの、姉さん。顔、緩いけど」

「いいえ、何も」


「ま、楽しそうなら何よりさ。姉さんは硬すぎる。これから彼の監視に着くんだろう。竜精が、一個人に。すっごい面白い。これを機会に、もう少し柔軟になったら良いんじゃないかな」


「それは竜精として必要かしら」

「必要かどうかは分からない。けど、ユーヴィルなんて見てみなよ。アレが竜精かい?」

「……確かに」


「竜精は変わり難い。けど、変わらない事が全てじゃない。大樹と竜さえ尊ぶならば、僕は姉さんがどんな考えを抱いていたって良いと思うよ。その結果敵対したとしても」


「物騒ね」


「考えの違いから争うなんていうのは、世界創生以来、あらゆる種族が繰り広げて来た事さ。自然の営みなんだ。僕はそう思う――それじゃ、引き継ぎは以上で。さっさと報告書まとめて行きなよ」


「そうするわ。統括局を宜しくね」

「ああ。あの街は僕が吹き飛ばしておく。姉さん、何か壊すと罪悪感あるみたいだし」

「出来た妹だこと。ヒトまで殺さないでよ」

「勿論さ。僕は出来た妹だからね」


 紅茶を飲み干し、資料を数枚テーブルに置いて、ミーティムは去って行く。


 彼女に比べれば、確かにフィアレスは少し硬いだろう。本来ならば、もっと自由奔放に振舞っていても、誰にも批難されない立場だというのに、フィアレスは抑えている。


 良い機会。久しぶりに役職の無い位置に着く訳だ。ユーヴィル程とは行かずとも、思った通り行動して見るのも、良いかもしれない。


「……さて。彼は今、どこかしら」


 資料を広げ、彼の道程を探る。ミーティムにお願いしていた治癒神友の会についての報告書だ。そこには二か月前まではキシミアに居たという証言がある。その折、キシミア守護神エーヴの許可を得て、神殿を建立したとある。とうとう治癒神友の会も一端の宗教団体となった訳だ。


 キシミアに留まっているのならば手間が無いのだが、どうもゆっくりしているようには見えない。キシミアを出て、北へ向かったとある。


 大帝国領へ舞い戻ったのか。どこを目指しているのか。東側は、恐らく避けるだろう、何せフィアレスがいる。ともなると中央か西側だ。中央は大断層ギンヌンガップがある為、これを超えるのは苦労する。やはり西か。エウロマナ方面。だとすると、目的は不明だ。


「……治癒の神、か」


 稀有な力。まずもって、一般的な神には齎されない奇跡。これを持つ神を、フィアレスは一柱知っている。


『大原始自然神イルミンスル』


 大樹ユグドラーシルの分身とも言われる神だ。その神格は非常に高く、竜精ですら会う為には手続きが必要になる。


 もし、ヨージ・衣笠が自身の神の持つ力を疑問に思い、それを追求したいと思ったならば、かの神の話を聞きたいと、そう思うかもしれない。木端宗教の神官如きが簡単に逢える相手ではないのだが……それがヨージ・衣笠だと思うと、そうとも限らない。


 シュプリーアという神は、何かが可笑しい。出身を何処とする神なのか。

 イルミンスルに子女がいたとは聞かない。

 ……主依代探索に出た可能性もあるか。


 ともすると、エウロマナ辺境経由で、大帝国首都ツィーリナも有り得る。


「まだ彼が宗教者としてあるならば……自身の神の出所は、知りたいでしょうねえ」


 地図に鉛筆を走らせる。彼がどのように思い悩み、何を考え、どう決断したのか――想像するだけで、フィアレスはなんだか、妙に楽しかった。鉛筆を走らせる音に、鼻歌が混じる程に、だ。


「速度を計算すると……そろそろヴィーラストリア辺りかしら」


 結論が出る。彼が災難に巻き込まれる体質だったとしても、距離と時間を考えれば、このぐらいだろうという予測が付く。あとは彼等が辿ったであろう道で話を聞けば、答えは出る。何せ目立つ集団だ。


「さ、お仕事に戻りましょ」


 資料を避け、白紙を持ち出し、羽ペンをインクにつける。報告書など本当に面倒で仕方が無いものだが、それでも、これから彼の下へと赴くと思えば、その筆も余計に軽かった。


 彼は何を見ただろうか。彼は何を考えているだろうか。

 彼は何に悩まされ続けて来たのだろうか。


 自身の首に触れる。胸に触れる。


 彼に傷つけられたこの二か所の瑕は、彼を思い出す度に、甘く疼くのであった。



 

 了

本年最後の投稿です。

道中ヴィーラストリア編は……間に合わなかったので、三章の完成を急ぎたいと思います。

再投稿開始は一月中をめどに……。


いつも読んでくださって有難うございます。

来年も頑張って行きたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

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