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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
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キシミア会区4

二章終了です。お付き合い有難うございます。




 幾つになっても、別れというのは寂しいものだ。


 今回は永遠の別れでない事など知っているし、都合が付けば戻って来る場所でもある。だがやはり、これは染みついたものだろう、過去、永遠の別れとなった事例が多い為だ。


 エルフの血が入っているモノは処世術として、これに慣れねばならない。人間族や獣人族に知り合いが居る場合は特にだ。生きる年数が違い過ぎる。自分が少し離れただけだと思っていても、戻った頃には皆ヨボヨボか、帰らぬ人になっている。


「このイィル。まだまだ力は及びませんが、留守の間をお任せください。聖地に辿り着いた暁には、ここキシミアへ依代のひとかけらを、是非に」


「ええ。恐らく神シュプリーアの依代は大木です。枝や樹石結晶などがあれば、それを。構いませんよね、我が神」


「ん。木ーだと、思うんだけどねえ」

「ま、この通り、本人も主依代を知りませんから、ですが。形になるものを」


 キシミア東部地区の一区画に建立された神社シュラインの前には、イィルを中心として、今後ここで布教活動に勤しむ信徒達、また仮拠点でお世話になった人々が並んでいた。


 神シュプリーアの奇跡、または神グリジアヌの献身。これを受けたと名乗るヒト達もまた、多く集まっている。完全に公道を塞いでしまっているので、早いところ出なければ軍警察に怒られそうだ。


「皆さんのお陰で、立派な神社シュラインも拵える事が出来ました。キシミアは難しい土地です、何があるかも分からない。しかし決して何があろうとめげない人々だという事も、ここで暮らして実感する事が出来ました。ここに戻る日がいつになるのか、それは分かりませんが、必ず、我々は戻ってきます。その間、どうかご健康に」


 聖地を目指そう、という話題を切り出すと、皆は直ぐに同意した。リーア自身も起源は知りたいであろうし、リーアの身は既に一人のものではない。彼女が何者で、どこから来たのかを解き明かす事は、多数の信徒の為にもなる。


 道中不安も有る。大帝国の中枢を通るであろうし、アスト・ダールの事もある。そしてリーアの出自が、神エーヴの語るような規模の話であった場合……最終的にリーアは、自分は、どう判断を下すだろうか。


 ただ、やはり止まれないのだろう。シュプリーアという存在の何も知らないまま、ただ日々を過ごした結果に訪れる事態は、良いものではない、という確証だけはある。


「んー」


 信徒達が立礼する中、リーアが前に出て小さく念じる。彼等の持つお守り(シンボル)が淡い光を放ち、やがて収まった。


「日々に祈りを。今日に健康を。明日に夢と希望を。神シュプリーアは常に、貴方達信じる者達を見守っています――では、行きますか」


 馬車に乗り込む。随分と、関わるヒトが増えたものだと、皆に手を振りながら思う。

 大帝国の東の森で野たれ死んだあの日を思い出す。


 本当に、何もかもに絶望していたのだ。自分は誰も救えないニンゲンなのだと、そう思って逃げ出した。最愛の妹は、もう遥か彼方。新しい生を受けて尚、過去の残滓は追いかけて来るが……こうして今日も生きていると思うと、捨てたものでも無い。


「キシミアに留まる、という選択肢はなかったのか、師よ」


「ありました。が、やはり我が神の主依代探索ですからね、主神を置いて行く訳にはいきませんし、そうなると僕等もついて行かねばならない。まさか、シロウトを向かわせるなんて判断はありませんし」


「その神の奇跡は治癒と聞いたぞ。随分稀な力だ。イナンナーにも居らん。大樹教は抱えているらしいが、施して貰う為の金額は法外と聞く」


「ま、それが普通なのですよ。ウチは格安設定しちゃったので、そのうち大樹教から喧嘩を売られるかもしれませんが……その時はその時ですね」


「殴り倒すのか?」

「いえ、大樹教傘下に収まって金儲けの方が良いでしょう」

「気概の無い奴だな。余の師として恥ずかしいぞ」

「お姫様にお金の価値が分からないから……」


「あー! そうやってすぐ一般人との乖離を指摘して罵る! 王女が地元民に人気のカフェのコーヒーの値段を知らなかったからとなんなのだ! 宿一泊の相場を知らないからとなんなのだ! 金持ちは湯水のように金を使って垂れ流すのが正しいに決まっておろうが!! アー!!」


「(なんか嫌な事あったのかな)もう……マジで付いて着ちゃうんだもんなあこのヒト……」


 ぷりぷり怒る姫様を宥める。これから少なくとも一年半は彼女と一緒に居る事になるのだ。彼女の過剰反応にいちいち返していたら疲れてしまう。


「ところでサイテッスラは何故我が物顔でヨージさんの隣に座っているんですか?」


「なんだ、エオ。随分好戦的だな? 余は弟子だ。常日頃から近くで、その所作の全てを学ぶ必要がある。故に隣におる。当然の事であろう?」


「はーあーあーあー? なぁんですかぉそれぇえ?」


 問題が有るといえば、エオである。相当にナナリが気に入らないらしく、それはもう旅について来る事は勿論、息をする事にすら怒っている節がある。誰に対しても明るく元気な彼女だったが、苦手なニンゲンも居るのだろう。


「ほら、喧嘩しないの。エオ嬢暴れないでください、馬が驚きますから」

「だってえ!」

「そうだぞ。子供とはいえ、もう少しで成人だろう。大人になれ、エオ」

「くぅぅぅぅぅ!」


 ナナリの方は完全に子ども扱いというか、笑顔で対処している。家族が多く、長姉として妹達の面倒も見ていたのであろう、慣れが感じられた。ニンゲン関係何が有るか分からない、もしかしたら、案外仲良くなるかもしれないのだ、ヨージは見守るばかりである。


「馭者殿。隣町まではどれほどでしょう」


「丸二日ってところですかね。ウチの馬は体力がある、大体予定通りになるでしょう。もし寄る場所があるなら、言ってください」


「宜しくお願いします」


 これからキシミアを出て、北西へと進む。整備された道が多いので、障害はないだろう。多少の事なら、直ぐ解決出来るようなメンツしかいないので、これも安心だ。


 ヨージは鞄から一枚の紙を取り出し、二人の言い争いに耳を傾けながら目を通す。


『お前に預けられた魔導項玉、解体してみたぞ』

『え、バラしちゃったのですか?』


『あーしは誰だ? 魔化鉱物学の権威だぞ? 博士だぞ? 魔導項玉なんぞ、解体してからまた封じ込めるなんてえのは、造作も無さ過ぎて居眠りしちまう』


 キシミアにやって来て直ぐにヒナへと預けていた、神ミュアニスから頂いた魔導項玉。これがなんであるかを調べるには、バラすしかなかったらしい。


 魔導書の一行や一項目、ものによっては一頁を魔力で結晶化させたもので、魔力が扱えないニンゲンでも魔法を行使出来る。ただしこの赤い琥珀はそれが出来ず、正体不明であったが故に専門家であるヒナに預けた訳だ。


 結果、出て来たのが、ヨージの手元にある紙。魔導書の一頁だ。恐らく。


『と、思いはしたんだが、いやあ、戻せないわ、これ』

『ええ……まあ、仕方ないですね。処分予定でしたし。で、これは何です? 読めませんね、文字』


『あーしも読めない。現在使われている言語じゃねえ。古代語っつっても数があるしな。あーし等に一切関わりの無い文明の文字で書かれている可能性が高い。という事は、現代の魔法じゃあねえ。故にここに書かれている魔法も発現出来ない。つまり問題は解決だな。これは使えない』


『へえ……魔導書では……な……い……』

『あ、永い間直視するな。頭がぼやっとするから』

『っっぶな! やっぱり魔導書じゃないですか!!』

『魔導書じゃないなんて一言も言って無いだろ。そこ見て見ろ。見覚えのあるシンボルだ』

『これは、ニーズヘグ章。げ、ニーズヘグ章? かの竜の書物は皆焼き払われたと聞きますが』


『ご禁制品だな。竜精による火の神性粛正を免れる為に、こうして火の神や竜を讃える書物を、魔導項玉化して隠したんだろう。大樹教に見つかるなよ? ハハハッ』


 こうして、また厄介なものが一つ増えてしまった。ただし、こんなものを読める者は限られるであろうし、ヨージを殺さない限り奪えもしないので、安全と言えばそうだ。折り畳み、手帳に挟んでカバンの奥底に仕舞い込む。


「よーちゃん。これから、どういう道で行くの?」


「大帝国本土はあまり通りたくないので、エウロマナを経由します。三か国を跨いで、大帝国首都ツィーリナを横切り、皇帝直轄森林地を目指しますから、一か月半ぐらいの旅になりますかね」


「何も無いと良いね?」

「な、何も無いといいなあ……」

「でも、何かあっても、大丈夫」

「そうですか?」

「うん。私はよーちゃんを信じてる。よーちゃんは私を信じてる?」

「ええ、でなきゃ、神官してないですからね」

「ちーがーうー」

「……信じています」

「うん。うふふ。なら大丈夫」


 真っ直ぐ行けば一か月半、というだけの話であって、道中何も無いか……と言われると、そうは問屋が卸さないような気がしてならない。


 ただ……何事かがあっても、帰る場所が出来た、というのは、とても心強かった。


 治癒神友の会は、やっと宗教団体として歩み出したのだ。ヒトを増やし、地盤を固め、リーアとエオに生活力をつける。そうすれば、もう自分が関わる事も無いだろう。


 他の信徒達の為にも、まずは神シュプリーアが何者であるのかを、確定させねばなるまい。


「そういえば、近くで竜精が戦闘した、という報告が上がっておったぞ。知り合いか、ヨージ師」

「それもっと早く言ってくれません?」

「一応軍事機密なのだぞ。師だから話したのだ、師だから」

「……顔見知りです」


 どうやら、ミーティム・ドラグニール・フィルスフィアは約束を果たしたらしい。南部統括を押し留める……などと話していたが、まさか物理的とは思わなかったが。


 避けるべき標的が多い。こういった手合いに出会わずに済むならそれが一番だ。


『まあ居るんだけどね、僕』

「――……うわあああああッッ!!」

「うわ、ヨージさん!?」

「よーちゃんがおかしくなった」

「いや、いや! なんでもッ!」


 突然頭の中に声が響く。竜精からの直接的な遠距離会話など、脳に悪すぎる。


『勘弁してください、ミーティム竜精公』

『すげ、竜精が直接魔力流してるのに、耐えるんだ!!』

『常人なら死んでますよ、マジで、マジで』


『ま、取り敢えずご報告。予想通り現れた南部統括は押し留めたよ。怪我したから暫く出て来ないんじゃないかな』


『怪我させた、のでは?』

『弱いのが悪い。弱い竜精に生きる価値なんて無い。そうでしょう?』

『いや、貴女達の価値観は理解出来ないので頷けません』


『そりゃそうか。いやしかし、お見事、お見事。お疲れ様。僕の仕事も減ったし、馬鹿も一人病院送りにしたし、満足だよ。君は凄いねえ。君は動けば動くほど、世界がかき回される』


『……』


『怖い顔、可愛いなあ。ああ、あの女が好きなのは、この顔か。くっ、ふふ。君は一体どんな力を隠し持っているのだろうねえ――……このうちの誰かを殺せば、君は本気を見せてくれるかい?』


『冗談でも止めてくださいね』

『時と場合によるかな。ま、今は仕事があるからしないけどさ』

『二度と現れないで貰えると嬉しいのですが?』

『そりゃ無理だよ! 僕は君が好きになってしまったんだ』

『わあ、吐き気がする』

『ぶははっ! 竜精に、は、吐き気とか、言う? フツウ? あーやば、おもしろ』

『お話は終わりですか』

『うん。お疲れ様。また弄りに来るよ。いや、弄られに来るよ。元気でいてよね、ヨージ』


 会話がぶっつりと切られる。大変脳に負荷がかかるので、二度と連絡しないで欲しい。


「どうして僕は……こんな変なのばっかり……」

「なんだか師が深刻な顔になったぞ。グリジアヌよ、慰めてやれ」

「あー? なんだぁアンタ。姫様だか何だか知らないがここじゃアンタが一番下だぞ?」

「え、そうなのか、師よ」

「そうです」

「はは、こいつは、驚きだ……このナナリ・クォム・サイテッスラが……最下位とは!」

「サイテッスラ五月蠅い黙れ呼吸しないでください?」

「実に歓迎されていない。まあ仕方あるまい。師でも慰めるか、おーヨシヨシ」

「ええい触るな小娘」

「この宗教……さては……邪教だな?」


 彼女は自身が否定される事に慣れていないのかもしれない。否定の連続に、笑顔のまま涙をだらっだら流して泣いている。心と身体のバランスが取れていないらしい。


「ナナリ」

「なななな、なんだ、師よ。余は泣いてなどおらんぞ」

「精神鍛錬です。このぐらいで弱っていては、女王など務まりませんよ」

「……――!! なるほど!」


(この子ー……おバカかもー)

(サイテッスラだもんなあ)

(しかし見た目はすげえ良いな……というか好みだな)

(御しやすいのだけは、大変に助かりますけど……)


 未来は不透明であるし、なんかアブナイ奴に目はつけられるし、安定は遠そうだし、前途は多難であるが……取り敢えず、ヨージの持てる力の全てを出して、全力で突っ走る他、無さそうであった。




 キシミア編 了



三章執筆中です。エオについて踏み込む内容なので、力を入れて行きたい。

その間は完成済みの『道中編』として短編を幾つか。

評価や感想など、頂ければ幸いかと思います。宜しくお願いします。

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