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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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ビグ村情勢4



 事前に調べた所、この村はアインウェイク子爵家から派遣された駐在の兵士が少ない。


 白書を読む限りでも、防衛費がかなり縮小されていたのが解っている。この村は残滓から身を守る事を念頭に置いていない。領主たるアインウェイク家は如何に考えているのだろうか。まさか知らん顔はしていないだろうが、現状対策が無いのでは同じだ。


「流石森の民、足はええ」

「山一つぐらいなら一駆けで登れますよ」

「にしても、アンタ戦えるのか」


「従軍経験があるので……あ、そこなお方、この弓と矢、借りますね。シュプリーア様の御加護がありますよに。あとで返します」


「あ、お、おい!」

「お前弓矢持ってるじゃん?」

「戦場で弦が切れたらどうするんですか、狩りじゃあるまいに」

「ああ、本当に軍人なんだ」


 女子供が逆方向へと逃げて行く中、ヨージとグリジアヌがその合間を縫って行く。


『柵を超えるぞー!』

『何型だ? 目に見える奴か? 火出す奴じゃあるまいな?』

『ありゃ古木だ。古木の残滓だ!』


「ハッ。そりゃ楽な奴だな」

「比較的、ですけどね」


 残滓は神の成り損ない。神のような所謂『対物理』防御は薄い。しかし大半が大きなものを依代にしているので、訓練していないニンゲンが近づけば押しつぶされるのがオチである。また、神程ではないが特殊な力を持っている可能性もある。


 目標が見えた。大樹教標準計測で言えば、体長六大バーム。

 胴回り四大バーム。

 成人男性で一大バーム六小バーム程度であるから、その体躯は家程と言えよう。


 かなり朽ちていて、泥のような樹液をあちこちから垂れ流している。胴体部に顔のような形が出来ており、一見ユニークなのだが、その眼も口も奥が見えず黒く、大変不気味だ。


「神グリジアヌ。攻撃方法は」

「殴る」


 グリジアヌが一瞬でその手に具現化させたのは、身長を超える程大きな木剣だ。


 整えられたものではなく、刃にあたる部分がギザギザとしていて、刀身がやたら分厚く、柄が細い。真っ当な理屈ではありえない形状であるからして、まさに『神器』だろう。


 一定以上長い期間を生きている神は、その奇跡をカタチとして表し、取り回し易いよう携帯するものが多い。


「では一端下がって。戦力を測ります」


 距離は麦畑四つ分。ヨージは矢を番え、さして狙いを定めるでもなく放つ。それは放物線を描くでなく、真っ直ぐと飛んで残滓の胴体上部に突き刺さった。


「ふむ。柔らかい」

「じゃあ殴っても良いよな、殴るぞ?」

「待ってください、ほら」


 眼を凝らす。これでもエルフの端くれ、目は良い方だ。胴体に突き刺さった矢が樹液に飲まれて溶かされている。腐食性の樹液とは面倒だ。それに気が付いたグリジアヌが顔を顰める。


「直接殴ったらアタシ、べっとり張りついちまうな。注意すりゃいいか」

「暴れられなければ痛恨の一打をお見舞い出来ますよね、樹液に注意して」

「そりゃまあ」

「なんとかします。けどヒト掃いが先ですかね――皆さん!!」


 残滓の襲来に慣れておらず、右往左往する村民達に対して大声を張り上げる。屈強そうな農夫、木こり、火消し衆、そしてアインウェイク家派遣駐在兵がヨージに視線を向けたのが分かった。皆一様にして訝しげだ。


「一端下がって、篝火を! 『木族』は確実に火を嫌います、一番頑丈な蔵へ女性と子供を匿って、火を焚いてください!」


『なんだ、お前?』

『宗教屋の出張る所じゃねーぞ!』


 ごもっとも。全くその通り。しかし残滓相手にあたふたしている人々よりはずっとマシだ。

 あまり己の身分を細かく説明したくはないので、無理でも納得していただく。


「出しゃばって大変申し訳ない! しかし私は森の民、そしてここに居られるは戦神グリジアヌ様です! 常日頃から彼等と渡り合ってきました私と彼女ならば、残滓も退けられましょう! もし! もしあたな方が寛大な心を持ち、私のような他所者の言葉を、ほんの少しでも! たった少しでも! 信じる気持ちがあるのであれば! 是非、是非に聞いて頂きたい!!」


「ぶはは、なんだそれ、政治家か、アンタ」


「神グリジアヌ、ちゃちゃ入れないでください……村民の皆さま! 屈強なあなた方!! そう、そうですあなた方です!! 女子供を守る為には、防備の無いこの村ではあなた方こそが頼りです! 村中に火を焚きながら練り歩いてください!!」


『だ、大丈夫なのかよ?』

『んでもエルフだろ? 山ん中で暮らしてる訳だし……』

『アイツってグリジアヌ様の神官だっけ?』


「心外な……いや、さあお早く!! 残滓はお任せあれ!!」


 森の民だからと毎度残滓とやりあっていたら、エルフはとっくの昔に滅びている。エルフの里とて神は居るので、そうそう襲撃はされない。そもそもヨージは都会生まれだ。


 が、だからと言って残滓に遅れを取る程弱くはない。


「重ねてお願い申し上げます! 是非に!」


『あんまり火ぃ焚くと怒られるんだけど……』

『死んだら焚けもしねぇぞ、ほら』


 男達が顔を見合わせ、渋々と篝火から薪を拾って行く。


 物わかりの良い村民性で助かった。そもそも、彼等では残滓に対処のしようがない。何人集まっても潰されて終わりだ。残滓用の罠ぐらいは扱えるだろうが……この距離まで寄られては遅い。


 これからこの村の村神として収まらねばならない我が神にも、傷だらけの村など差し上げられないのである。


「で、どうすんだ、ヨージ。ヒト掃いしたからには何かするんだろ」

「弱らせます。トドメはお願いします。格好良くすれば、信心が集まるやも知れませんね?」

「はー、お膳立て有り難い限りだね、全く。思ってたよりずっとクセが強そうだな、アンタ」

「流れのエルフなんて、まともな奴は居やしません。まあ兎も角、今回のお手柄は貴女様に」


 松明を持った男達がこの場を離れ、商店街へと消えて行く。ヨージは篝火を背に残滓と向き合った。


『ボォ、ボボォォ』


 だいぶ気性が荒く、またヒトを狙う類の残滓だ。ヒトらしき影はみな街中に消えている。つまり標的はこちらしかない。残滓は低いうなり声を上げ、地面を殴りながら獣のように直進して来る。


 矢筒にあるのは五本。何とかなるだろう。


「タイミングを合わせます。聞いてくれますか?」

「構わんさ。相性良かったら本格的にアタシの信者になって貰うからな」

「お断りします――ではいざ」


 腕の形をした太い枝が、足の形をした太い枝が、地面に叩きつけられ、土を抉り畑をかき毟る。


『――ボォォ、オォォォォ、オォォォッッ』


 奴の口と思しき部分から声が響いた。呪詛に近い。遠くを練り歩いていた村民が耳を塞ぎ、蹲る者も居る。神の成り損ないとはいえ神。神というのは、理性的だからこそ人に害を成さない。


 アレにそんな配慮はない。己の持つ力を、どこかに覚えた起源のままに振るう、力の権化なのである。


 この村は信心が少ない。神を敬う気持ちが足りない。

 では少しでも感じ取ると良い。

 理性無き神がもし居たとするならば、どれほど恐ろしいかという事を。

 そしてその護りが、どれほど大事かという事をだ。


「"我が器は空の大風""我より湧き、我が放つは御山の息吹――"『風詞纏エンチャント・ウィンド』」


「なんだその詠唱。外在魔力マナ動いてねえぞ」

「ご静粛に」

「あ、内在魔力オドで撃つのか? 威力期待出来ねえな」


 ヨージの詠唱を聴いたグリジアヌが呆れた表情を浮かべている。


 しかし今はそれに反応してやる暇がない。ヨージの詠唱に呼応した内在魔力オドが身体を駆け巡り、腕へ、腕から矢へと流れる。


 腕には血管が浮き出ており、弓矢を支える手が微動している。


「宿れ、穿て」


 限界まで引き絞った弓が弾け、矢が放たれる。


「――なっ……お前――ッッ!!」


 グリジアヌの呆れた顔が、驚愕に変わる。


 それは風の力を纏ったモノであり、戦闘系術者ならば一般的な内在型武器付与魔法オドエンチャントマギクスだ。


 問題は、それが通常よりも強く、また矢が三本である事だ。グリジアヌは目を剥いていた。


『ボッ、ゴボッ、ボボッ』


 放たれた矢は中って当然であるかのように、残滓の右腕、左腕、左足に刺さる――でなく、丸ごと削り飛ばす。


 駆けながらにして四肢を欠損した残滓は、勢いのまま止まれず、思い切り畑に頭を突っ込んだ形で停止した。


「さてどうか」

「なんだその威力。アタシは狐に化かされてんのか。いや、お前は狸だな。狐はむしろお豊だ」

「まあまあ、ほら、ダメでしたね。はは」

「笑いごとかよッ!」


 残滓は畑の土の中を暴れまわった後、起き上がった。

 吹き飛ばした筈の腕と足は、樹液を固めた代用品に変わっている。随分と賢い。


「神グリジアヌ」

「あンだよ」

「飛びますよ」

「んぬぉおわッ」


『ぼば、ぼば――ボッッ』


 大きな口らしきものが開かれ、こちらに対して遠距離攻撃を仕掛けてきた。移動も攻撃も防御も樹液であり、とても単調なのだが、如何せん質量が大きすぎる上、あんなものを被ったら溶けるであろうし、死なずとも呪われそうだ。


 大質量の樹液は飛び上がったヨージとグリジアヌの真下を抜け、石造りの蔵に直撃、建物を一撃で崩壊させる。


『うああああッッッ』


 避難していた村民の大声がこちらにまで響いて来た。残滓はまるでそれを目掛けるかのように、再度突進を始める。


「おっとっと……オドじゃ浮遊は長く出来ないな……しかしまずい。村をひき潰されてしまいますね」

「なあ、お前の神様、神の怪我は治せんのか」


 などとグリジアヌが言い始める。確かに、治せない事は無いだろうが、前例も無い。


「まあまあ。もう少し落ち着きましょう」

「あのまま突進続けたら、村が無くなっちまうぞ。それにもう少し焦った方がいい」

「はて、何故。こんな村の端ですし、ヒトは皆内側に逃げましたから、なんとかなるでしょう」

「お前の事情は知らないけど、ほら、あれ、お前の神様と、第一神官長様じゃねえのか」


「ほわっ!! 神グリジアヌ、何ボサッとしているのですか、早く行きますよッ!」


 それは不味い。

 神は当然残滓には負けないだろうが、もしかすれば、万が一、傷が付くかもしれない。


 あの見目麗しくふっくら柔らかいお肌に傷の一つでも付こうものならヨージは発狂しそうだ。

 それに神は死なずとも巻き込まれたのならばエオは即死である。


(人目は……くそ、今の衝撃で何人か外に出てきてる……ああ、ああ嫌だ……)


「おい! あいつ、お前の神様に突っ込んでくぞ!? アタシの足じゃ追いつかんッッ!!」


(しかし緊急時……あれを止めるとなれば――ええい!)


「神グリジアヌ」

「ああ!?」

「ご内密に」

「は――?」


 オドを下半身に集める。詠唱も省く。


 詠唱は有っても無くても魔法は発動する。代わりに、強いフィードバックを受けるのだ。肉体強化魔法などそもそも専門外なので二重苦であるが、今はやらない訳にもいかない。


「我が神! エオ嬢! お退きをッッ」


 肉食獣神を祖とする獣人族の三倍の速さで走るグリジアヌを追い抜き、空気抵抗をかき分けて進む。ヨージの存在を認めたリーアが、避けるでなく、エオを庇う態勢になる。


 仕方ない。速度的にも避けるのは無謀だ。

 怪我はしようと無事が保証される神が盾になるのは、大変合理的だ。


「さ、せる、かぁッッ」


 衝突は避けようがない。

 周囲にいた村民数人、そしてグリジアヌも目を背けたくような状況であっただろう。

 だがそうはならなかった。


『!?』


 超加速からの跳躍、側宙するような形から弓を構え、我が神に害を成そうとする残滓に対して、横合いから全力で矢を放つ。


『ゴボッ、ゴ、ボゴッ!』


 ヨージの矢をまともに食らった残滓は、その衝撃からキリモミ回転し蔵の残骸に直撃し、行動を停止する。


「グリジアヌ!!」

「あいよッッ!!」


 更に背後から遅れて現れたグリジアヌが一息で飛び上がり、残滓の胴体に容赦無く、その巨大な木剣を叩きつける。


「んじゃま、オサラバ」


 ドッ、という衝撃。

 風圧。石畳の地面が抉れ、周囲に土と石、建材をまき散らす。


 残滓が暴れまわった時よりも、数段大きな音が村中に響き渡った。

 木っ端微塵とは良く言ったものである。




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