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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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頼りなき者達1

比較的長い話になると思われますが、お付き合いください。

ブックマーク、評価のほどよろしくお願いします。



 雨に降られたのは予想外だった。本来ならば直ぐに雨宿りすべきところだが、悠長にしていられる身ではない。温かくなって来たとはいえ、この地域の雨はまだ冷たい。羽織っている外套も水を吸ってしまいまるで機能していない。


 あても無く、ただ西を目指し続けてもう幾日が経ったのか。森の中を駆けるのが幾ら得意だからといって、限界はある。


 扶桑国大陸部西部飛び地「西真夜移民区にしまや」から更に西へ逃れに逃れて、今ここに至るまでに、自分がどうやって生きて来たのかすら、酷く曖昧だった。


 別に、裕福な暮らしを望んだ訳ではない。

 別に、絶対的な自由を欲した訳ではない。


 ただしそれでも、生きて行くには、ある程度の金が必要であったし、何かを救おうと思えば、また余計に金がかかるものだ。


 まったく嫌な時代だ、嫌な人生だ。

 自身の身の上を顧みながら、外套男……ヨージ・衣笠は近くの大樹に寄り添った。

 この木はとても良く葉を蓄えており、木の根がうねり洞穴のようになっている。一応ご先祖は森の民である自分にとっては見慣れた、そして安心出来る空間であった。


 苔に草に倒木。一面の緑。うっそうと木の茂る森は、はてさてどこの領土か。


 勘だけを頼るならば、西真夜から地続きのノードワルト大帝国東部、辺りだろうが……この世界は森が多すぎる。具体的な場所は地元民ぐらいしか分からないだろう。特定する為の道具も地図も無い。


 ハーフとはいえ森の民である自分が逃げ切れたのも、この世界に生い茂るだけ生い茂っている木々のお陰か。いや、追手が間抜けであった事もあろう。


 担いでいた弓と矢筒を下し、懐に入れていた枯れ葉と枯れ枝を積んで、ポケットから綿毛を出し、火打石を打つ。が、力が入らないので、仕方無く簡易燃焼魔法を唱える。内在魔力オドと精神力がゴッソリと持っていかれ、頭がくらくらとした。普段ならどうという事もない動作が、今は全て苦痛だ。


 外套と小さい樹石結晶灯器ランタンを枝に引っ掛けてから、包帯の巻かれた腕を見る。


「うっ――こりゃダメか」


 逃走時に受けた傷は、すっかりと化膿していた。木の節に溜まった水で洗い流すと、赤黒い肉が良く見える。腕の真中にザックリと、反し付き鏃の痕が生々しく存在した。恐らく糞尿か毒を塗っていたのだろう、殺意がありありと窺える。破傷風は確定だ。これならまだ魔撃銃マギアライフルで打たれた方がマシである。


 純粋な人間族ヒューマン獣人族ライカンに比べれば治癒力が高いとはいえ、所詮自分も世の理から外れる事の無い、肉で出来た生物だ。薬が無ければ治るまい。


 身体を乾かしたら、まず寝よう。食料は、あと二日は持つか。森の民ならば森で調達すれば良いのだが、生憎この腕にかかって死ぬような間抜けな生物は居ない。今は木の実すら見分けがつきそうにない。


 小銭は多少持っているものの、交換する者が居ないのでは単なる荷物だ。

 両替したのがアダか。重いのだ、帝国の貨幣は。


「身体が重たいわけだ……」


 額に手を宛がうと、明らかな高温を感じる。さて、明日まで持ち堪える事が出来るか否か。

 木の根に背を寄せ、雨降りしきる空を見上げる。


 つまらない人生であった。


 折角エルフとして生を受けたというのに、数十年程度で終わるとは。実際ならあと一〇倍程生きる筈であるのに。


 ただ、こんな人生ならば、仕方の無い事だろう。

 ヒトは生まれを、そして迫り来る運命を選べない。ましてや自分の行いを考えれば、因果応報だ。

 そして自分には、抗うだけの力が、なかったのだから。


「済みません……不甲斐ない兄を許してください……すみません……本当に……申し訳ない」


 頭が働かない。うわ言のように、ただ謝罪を述べる。きっと次の朝は迎えられない。


「済まない……不甲斐ない兄を許してくれ……すまない……僕にはこれが、精一杯だ……」


 歪む視界には、自分の後悔と咎が流れて行く。その隙間に、何かしらの異物が映ったとて、既に意識出来るものではなかった。


「神様。エオは死体の隣で寝る趣味は無いですよ」


 雑音が聞こえる。


「……まだ、生きてるよ、この定命じょうみょう


 もし、もしも、この死の際に現れたものが、己を救うだけの力があったならば。

 きっと自分はその者の力になるだろう、いや、そうしなければいけない。


「たぶん死んでますよ?」

「エオちゃん、腕捲ってあげて」

「はあ。あー、黒髪で、耳長。東国のエルフ族でしょうか? なんでこんなところに。あ、ここだと、西真夜かな」


 ぼんやりと、あかるい光を感じる。

 今までに感じた事の無い……いや、もしかすれば、見た事もない母の腕の中に抱かれるような心地というのは、このようなものを言うのかもしれない。


 家族。そうだ。

 多くの幸はいらない。ただ、漠然とした、温かい家族というものを、自分は欲していたのかもしれない。


「――僕を」

「あ、本当です。しゃべりましたね。生きていたなんて信じられません」

「定命。大丈夫?」

「……――僕を、役立ててください」


 一度は終わった命、もし、救われるのならば……何もかもを擲ったとしても、自分は尽くそうと、ただ夢の中で誓いを立てた。


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