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乙女ゲーム転生、悪役令嬢カーラのお話

バル恋と季節イベント 12月

作者: ペトラ

あるかもしれない話としてお読みください。

本編とは関係ありません。

時期は「今度こそ何でもない日常を楽しみましょう!」の後

「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称「バル恋」は乙女ゲームである。つまり攻略対象との恋愛を楽しむゲームであり、その恋愛を発展させるにあたって、季節イベントというものは非常に重要な通過点となりうる。

何が言いたいのかというと、このバル恋には「クリスマス」が存在するということである。


「リア充爆ぜろ」


本来のクリスマスは家族と祝うものだが、恋愛シミュレーションゲームであるこの世界においては、当然のように恋人たちのイベントなのだ。

クリスマス当日の昼食後、王都の自室の窓から、緑と赤のクリスマスカラーに飾り付けられた庭を見下ろして、カーラは呟いた。視線の先には木々の影でいちゃっつく使用人たち。とはいえ、自分のすべきことをやり終え、暇を見つけて睦言を囁き合う恋人たちに、言葉の意味そのまま程の過激な恨みはない。


『それは・・・確か、恋人たちに対する呪いの言葉か?』


カーラの足元にいたオニキスが、やれやれといった様に見上げてくる。ゆらゆらと存在を主張するように揺れる、黒いオオカミ犬の尾を視界の端に感じながら、カーラは庭に視線を向けたまま薄く笑った。


「そんな感じですね」


そう答えて、カーラは前世に思いを馳せた。

この「バル恋」の世界に悪役令嬢として転生する前の自分。非リアであった自分は、クリスマスといえども特別な予定もなく、普段通りに仕事をして・・・。

その後にあった出来事を思い出して、カーラは再び笑った。今度はおかしくて仕方がないというように。


『む。男と食事をしたのか?!』


勝手に記憶を読んだオニキスが、悋気を露にしてカーラに迫る。しかし前世の記憶を探るカーラが、それに気付いた様子はない。


契約によって互いの思考、記憶が閲覧できるようになっているのだが、カーラは自分の精霊であるオニキスの記憶を読んだことはない。他者の記憶など読むものではないと思うし、聞けば答えてくれるだろう事を、わざわざ罪悪感を抱きつつ覗く事もないと思っているからだ。

だがオニキスにその考えは当てはまらないらしい。度々、こうして勝手に読まれる。しかし言葉が上手く使えなかった幼少期の意志疎通に重宝したのもあって、自分の思考や記憶を読まれても嫌悪感はない。深層部分はさすがに読めないようなので、まぁいいかと許している。


悔し気に足を踏み鳴らすオニキスにも気づかず、カーラは首を傾げつつ視線を虚空に向けた。


「院長先生は男性でしたね」

『す、好きだったのか?!』

「え? ええ。いろいろ、お世話になりました」


―ガタガタッ―


昼食に使用した食器を食堂に運んでいる侍女のチェリに代わって、お茶の用意をしていたクラウド。明らかに高価であろう華奢で繊細な絵柄のティーカップを、落としそうになり慌てていた。幸いまだ中身は入っておらず、落として割ることもなかった。


「大丈夫ですか?」

「・・・はい。失礼いたしました」


心配そうにクラウドを見るカーラに、右手を胸に当てて礼をし、お茶の用意を再開する。

従者が主の会話に聞き耳を立てるなど、あってはならないことだ。しかし気になる。気になって仕方がない。クラウドは己の煩悩と戦いながら、意識を無理やり紅茶に向けた。


「とても博識で、優しくて、茶目っ気のある方でしたね」


ぎりぎりと歯噛みするオニキスを置いて、カーラがソファに腰かける。なんとか間に合ったクラウドが、かすかに震える手でテーブルに紅茶を置いた。


主とその精霊が時々、よくわからない会話をするのには慣れている。しかしまさか主に思い人がいたとは、気付かなかった。一体、どこのどいつだろう。主と過ごした7年間を振り返る。だがどんなに記憶を探っても、主が心を寄せるような「先生」と呼ばれる存在はいなかった。では主から離れた時に会った人物なのだろうか。だとしても、あの嫉妬深い精霊が邪魔をしないはずはない。


「ありがとう、クラウド」


そう礼を言ったものの、カーラは紅茶を口にする気はなかった。今、口にすれば、たちまちに吹いてしまいそうだからだ。


今のカーラの頭の中は、クリスマスの診療後にパートナーのいない独り身のみが誘われた、院長先生主催の飲み会の光景が広がっている。

個室の居酒屋で、無礼講で、院長先生のおごり。帰りのタクシー代までくれた。奥様を早くに亡くした院長先生と、万年非リアの自分は毎年参加で、他のメンバーはだいたい3、4人で入れ替わりだった。

いつも皆がぐでんぐでんになるまで飲んで、泣き出すもの、服を脱ぐもの、歌いだすもの、かつらを投げる院長先生でカオスと化す。自分は非リアを嘆きつつ、院長先生に人生相談をするのが常だった。


『なんだ。二人きりではないのか』

「二人きりなんて・・・人間的には好きでしたが、お互いに恋愛の対象にはなりえませんでしたよ」


またもや勝手に記憶を読む、オニキス。いつものようにカーラの横に陣取り、当たり前のように彼女の膝の上に頭を乗せた。こうするとカーラが優しく撫でてくれるのだ。愛する者に触れられるのは、とても心が安らぐ。本当はこちらが彼女を撫でまわしたいところだが、人外の姿では難しい。

オニキスが悶々とし始めた所に、金茶の気配を感じて、頭を上げる。若草もいるようだ。


『王子が来たぞ』

「来るとは聞いていましたが、本当にいらしたのですね」


カーラはため息をつきつつ、出迎えるために重い腰を上げた。

攻略対象である彼らを遠ざけたいのに、何故かなつかれ、頻繁に会いに来るようになってしまった。いや、あの悪魔にはなつかれたというより、利用されているの方が正しいか。

オニキスが来訪を告げるのは、ゆっくり歩いて向かうとちょうどいいくらいのタイミングなので、慌てることなく玄関に向かう。クラウドが開けた玄関の扉から外へ出ると、殿下の馬車が速度を緩めて向かってくるところだった。


「いらっしゃいませ、殿下。アレクシス様」

「やあ、カーラ嬢」

「本日もお招きありがとうございます」


ドレスをつまんで礼をし、顔を上げたカーラは、ヘンリー王子の頭にクリスマスカラーのリボンが乗っているのを発見した。怪訝な顔になった彼女は、まさかと思いながらこれから王子が発するであろうセリフを口にする。


「贈り物は私とかおっしゃったら、出入り禁止にしますよ」

「えっ! なんでわかったの?」


残念そうに頬を膨らませる、ヘンリー王子。その後ろでアレクシスが目を細めた。笑ったようである。


アレクシスは初めこそ黒髪のカーラを怖れていたが、最近は彼女のもとをこうして訪れることが楽しみになっていた。

ヘンリー王子とは、自分の姉が王子の兄である王太子の婚約者であるために、小さなころから付き合いがあり、親しくしている。そのヘンリー王子が無邪気な第三王子を装っているのは、自分と王子の侍従くらいしか知らないことだった。

カーラはその王子が心を許し、素の姿を見せている相手なのだが、おそらくあっさりと自分たちを消してしまえるだろう強大な力を持っている。しかしそれをひけらかすことはなく、逆にひっそりと暮らすことを望んでいるようなのだ。

そして彼女は自分たちを遠ざけようとしつつも助けてくれて、面倒くさそうにしながらも、気遣ってくれる。押しつけがましくない、打算もない距離感が心地よかった。

 

「だいたい今日は恋人同士や夫婦が互いに贈り物をしあう日であって、私たちには関係のない事でしょう?」

「つれないねぇ。カーラ嬢」


頭のリボンを外したヘンリー王子を、カーラが客間へ案内する。それにアレクシスが続いた。

クリスマスの装飾がされた客間で、これまたクリスマスっぽく型抜きされたクッキーを三人で囲んで、ソファに座る。くつろいでいるヘンリー王子と、いつも通りツンとした様子のアレクシスを見ながら、カーラが訊ねた。


「本日は庭での鍛錬を休む予定ですが、よろしいですか?」

「いいよ。そう聞いていたし、私もそのつもりで来た」

「私もかまいません」


庭で鍛錬をしたのでは、その片隅で逢引きをする使用人たちの邪魔をしてしまうだろうからという、カーラの配慮である。


「では、何の御用ですか?」

「用がないと、来たらいけないのかい?」

「・・・殿下は私の本音と建て前の、どちらの言葉をお望みですか?」


ヘンリー王子が背もたれに体を投げ出し、不機嫌そうに足を組んだ。

カーラはそれを無視して、すました顔でクッキーを口に運ぶ。どちらを望んでも、答える気はないようだ。


「で、ではチェスでもしませんか?」


重い空気に耐えれれなくなった、アレクシスが提案する。しかしカーラが首を横に振った。


「それでは1人が暇を持て余すことになります」

「3人でできる室内の遊びかぁ」


あっさり通常モードになったヘンリー王子が、腕を組んで考え込む。正面に座るカーラの顔が「用がないなら帰れ」という表情なのは無視だ。


「ではカードなんてどうでしょうか?」


この世界にはトランプが存在する。印刷技術は木版印刷程度で、紙も高価なので、庶民が気安く手にできるほど流通してはいない。


「いいですよ。やる以上は何か賭けますか?」

「いいね! じゃあ私はこのリボン!」


馬車から降りたとき頭の上にあった、クリスマスカラーのリボンを差し出すヘンリー王子。カーラは心底嫌そうな顔をした。


「いりませんよ。やる気が削がれます」

「えー。じゃあ、カーラ嬢は何を賭けるの?」


カーラは少し考えて、ポケットからハンカチをとりだした。


「では、私はこれを」


テーブルに置かれたハンカチを、ヘンリー王子が手に取りひろげる。その四隅のひとつに、子供の拳大の躍動感溢れる若草色の鷲の、それは見事な刺繍が施されていた。


「すごいね!これはアレクの精霊かな?」

「はい。殿下の精霊を模したものもありますよ」


誉められて嬉しそうなカーラを、意外そうに見つめるヘンリー王子と、アレクシス。


「カーラ嬢が刺繍したの?」

「失礼な。私は侯爵家の娘ですよ。刺繍くらいできます」


とても便利なことに、悪役令嬢カーラとして持っているべき技能は習得しやすい。

それに可愛いものが好きなカーラは、前世でも裁縫を得意としていた。学生の頃はその技能を生かして人形の服を縫ったり、レイヤー友達のコスプレ衣装を作ったりして、小遣い稼ぎをしていた程だ。美的感覚的に自分が可愛い服を着るのを許せなかったので、そうして鬱憤を晴らしていたのもある。


「意外に本職並みの出来ばえだけど・・・令嬢が持つには少しいかつくない?」

「・・・」


自分でもそう思っていたので、押し黙るカーラ。つい気合いが入って、スカジャンの刺繍のようになってしまったのである。


「これではご不満ですか?」

「ううん! これがいい! でも私が勝ったら、カーリーの刺繍の方にしてね」

「わかりました。アレクシス様もよろしいですか?」

「かまいません。私もハンカチをかけます」

「じゃあ、私も!」


賭けの対象が決まったところで、3人はポーカーを始めた。ちなみにクッキーがチップ代わりで、最終的に勝利回数が多かった者がハンカチを手にするルールだ。

さて腹黒ヘンリー王子と、基本無表情のアレクシス、考えなしの上に思考が顔に出るカーラでは、敗者は始めから決まっているようなものである。


ヘンリー王子は自らの手札を見て、内心でほくそ笑む。悪くない手だ。もちろん手持ちのカードが不満だという演技も忘れない。

盗み見た隣のアレクシスの表情からは、手札が読めなかった。長い付き合いなので平生へいぜいならわかるが、意識して隠されるとさすがにわからない。

対してカーラはわかりやすい。まんざらでもない表情から、まずまずの手札だと予想された。

アレクシスのハンカチはともかく、カーラのハンカチは欲しい。彼女が刺繍したハンカチがあれば、きっといつか役に立つだろうと思われるからだ。とりあえず親密度の宣伝にはなるだろう。上手く使えば、彼女の意に沿わぬことをさせる手札になるかもしれない。


「ベット」


ヘンリー王子がチップがわりのクッキーを2枚置く。クッキーはひとり10枚ずつだ。


「コール」

「私もコールです」


アレクシスとカーラも、それぞれクッキーを2枚置く。ヘンリー王子が2枚、アレクシスが1枚ドローした。そして3人とも2枚ずつクッキーを置く。


「スリーカード!」


ニヤニヤしながら手札を見せる、ヘンリー王子。


「ストレート」


澄ました顔で告げる、アレクシス。ヘンリー王子がぷくっと頬を膨らませた。


「・・・フルハウス」

「は?」

「え?」


にんまり悪役風に微笑むカーラに、二人の視線が集まった。


「フルハウスです。私の勝ち!」


言いながら、カーラは賭けたクッキーが乗った皿を手前に引き寄せる。


「えぇっ?! てかカーラ嬢、カードをドローしてないよね? 始めの手札からって、どんな強運なの」

「そんなこと言われても、知りませんよ」


機嫌良さげに、カーラは手に入れたクッキーを1枚口にする。モグモグしているカーラを見ながら、明らかな闘志を燃やす、ヘンリー王子。静かに闘志を燃やす、アレクシス。

その後、計5回行ったポーカーは、カーラのひとり勝ちだった。


「ところで、御二人のハンカチはどなたが刺繍されたのですか?」


戦利品を手に取ったカーラが、向かいに座る二人に尋ねた。


「母が刺繍したものだよ」


と、ヘンリー王子。


「これは姉上の刺繍です」


と、アレクシス。

カーラの顔が見る間に青ざめた。今は亡き王妃様と、未来の王妃様が刺繍されたハンカチを賭けるなど、正気とは思えない。

 

「なんてものを賭けるんですか?! 重い! 重すぎます!! そんなものいりませんよ!!」


カーラは慌ててハンカチを二人に突っ返す。返された二人はなんでもないような顔で言った。


「たくさんあるのに・・・」

「これは姉上が王太子殿下に差し上げたハンカチの失敗作ですよ」


それでも受け取らないと言い張るカーラに、結局ポーカーの戦利品はなかったことになった。




「お姉さま、ヘンリー王子たちは何をしにみえたのですか?」

「さあ? あの方が考えることは私にはわかりません。今日は結局、3人でポーカーをしただけでしたね」


テトラディル侯爵夫妻が観劇デートで不在のため、夕食はカーラと弟のルーカスの二人きりだ。首をひねるカーラに、食事の手を止めてルーカスが訊ねる。


「・・・何か賭けたのですか?」

「それぞれのハンカチを。私は自分で刺繍した、出来は良くても絵柄がいまいちなハンカチです」


食事に集中しているカーラは、ルーカスの目が不機嫌そうに細められたことに気が付いていない。


「お姉さまのハンカチは誰が手に入れたのですか?」


ルーカスの手が止まっていることに気付いたカーラが、顔を上げる。目が合うと可愛らしく小首を傾げて見せたルーカスに、カーラがほわーっと微笑んだ。


「残念ながらまだ手元にありますよ。私はなにせ無敗でしたからね」


誇らしげに胸を張る、カーラ。ルーカスは手をたたいて姉を褒め称えた。そしてその手を胸の前で組んで、やや上目遣いで姉を見つめる。


「お姉さまが刺繍したハンカチ、欲しいな」

「いいですよ。今あるものは使用済みですから、新しく刺繍しますね」

「はい!」


笑い合って食事を再開する姉弟。その後は絵柄の希望を相談しながら、いつもより少し豪華な食事を続けた。




『カーラ、金茶が呼んでいる』


特に変わったこともない夕食を終え、自室でくつろいでいたところに、オニキスが告げた。首を傾げるカーラ。


「昼にお会いしたばかりですよ? それに王城に呼びつけられるなんて初めてですが」

『呼んでいるのは王子ではなく、精霊の方だ。風に声を乗せるとは器用な真似をするな。ところどころ途切れてはいるが・・・どうやら王子が毒を盛られたらしい』

「はっ?!」


カーラは立ち上がって、ソファの上に伏せているオニキスを見下ろした。オニキスは体を伏せたまま、目だけをカーラに向けて彼女にどうするか問うている。


「行きましょう。死にはしないと思いますが、知ってしまった以上、このままでは気になって眠れません」

『今なら侍従が扉の外近くに控えているが、侍女は席を外している。王子が寝ている寝室には誰もいないようだ。強めの認識阻害をかけ、短時間で済ませるのなら問題ないだろう』

「お願いします。オニキス」


一瞬の浮遊感の後、カーラとオニキスはヘンリー王子の寝室に転移した。扉の外に人の気配がするが、入って来る様子はない。


『お呼びだてして申し訳ございません。カーラ様』

「いいえ。かまいません。ですが私が来たことは、殿下に知られないようお願いします」

『はい。心得ております』


宿主と契約した精霊が、宿主の危機にできうる限りの手を尽くそうとするのは当然であろう。宿主が死ねば自らも死んでしまうのだから。

カーラは事情を知っているだけに、ヘンリー王子の精霊が自分を呼んだことを責める気はない。ただヘンリー王子に転移できることや解毒ができることが知られると、碌なことはないと思うのだ。

万が一、知られてしまったらその時対応を考えることにする。まだ起こっていないことを心配して考えるのは面倒だ。それに精霊は主第一だが意外と義理堅いので、ヘンリー王子に害がない限り秘密は守られるだろう。


「状態は?」

『植物由来の麻痺毒のようです。手足のしびれ、ろれつが回らない症状から始まり、先ほどまで何度も嘔吐を繰り返して、ようやく落ち着かれました。鉱物由来のものなら私でもなんとかできるのですが・・・。本日は安息日のため、治癒術師は光教会から出てきませんし、若草には主のもとを離れたくないと突っぱねられました。もう私には黒を従えたカーラ様しか思い浮かばず・・・申し訳ございません』


ベッドに腰掛け、油汗をかきながら眠っているヘンリー王子の額に、カーラはそっと右手で触れた。そして夕食以後に摂取したものを異物とみなし、球体に凝集するようイメージする。何かを支えるように上へ向けられたカーラの左掌ひだりてのひらに、拳大こぶしだいの赤黒い球が現れた。この毒やら夕食やらの塊をそのあたりに捨てるのも怖いので、カーラは自分の影に放り込む。


「この感じですと、死にはしなかったでしょうが、2日は苦しんだでしょうね。殿下が慣らされている種類の毒でよかった」

『ありがとうございます。カーラ様』

「いいえ。後で水分を摂らせてくださいね。私のことはくれぐれも内密に!」


カーラが帰ろうとベッドから立ち上がりかけた時、ふいに後ろへ手を引かれた。ヘンリー王子の目が薄く開いている。


「・・・カーラ嬢?」

「おやすみなさい。殿下」


 カーラはヘンリー王子に握られている手から、彼に眠りの状態異常を付与した。途端に引き留めていた手の力が抜け、パタリと布団の上に落ちる。


「強制的な眠りは私の転移後、すぐに解けるようにしてあります」

『承知いたいました』


長居してもいいことは無いので、さっさと自分の部屋に転移するカーラ。何事もなかったかのようにソファに腰かけ、いつものように膝に頭を乗せてきたオニキスを撫でる。

チェリが新しく入れなおした紅茶を、カーラの前に置いた。


「ありがとう、チェリ」


紅茶を口にして、ほっと一息つく。

 

「それにしても、クリスマスなのに毒を盛るなんて」


眉間にしわを寄せてため息をついたカーラに、オニキスはふんすと息を吐いてから言った。


『皆が浮かれているからこそ、だ。隙が生じやすいからな』

「うちは何人ですか?」

『・・・3人だ』


今日一日で3名が殺意を持って、テトラディル侯爵邸に侵入しようとしたということだ。

邪な思考が読めるオニキスは、そういった人間を強制的に砂漠へ転移させている。常習犯は例の島流しにしようとしているようだが、今のところ実行した様子はない。

侵入しようとしたら、次の瞬間には砂漠のど真ん中でしたなんて屋敷に、砂漠からなんとか無事帰り着いたものが、もう一度トライする気になるとは思えない。


「ありがとう。オニキス」

『礼を言われる程のことではない』

「いいえ。こうして穏やかな時間を過ごせるのは、オニキスのおかげですよ。私にとっては最高の贈り物です」


カーラが膝の上のオニキスに、優しく微笑む。のっそりと起き上がったオニキスは、ソファの上にお座りの姿勢になった。


『では我にカーラから贈り物をくれないか?』

「かまいませんが・・・ごめんなさい。何も用意していません」

『物である必要はない。我が欲しいのは・・・』


言い淀んだオニキスは、殺気を向けてくるクラウドをねめつけた。


「・・・クラウドが欲しい?」

『違う!! そうではなくて・・・その・・・』


キョロキョロと定まらない視線と共に、ユラユラするオニキスの鼻。目の前のそれをじっと見ていたカーラは、ガシッとオニキスの頭を両手で固定すると、その鼻を口に含み、チュッと吸った。


『っ?!』


毛を逆立てて飛び上がり、ソファの向こうに着地した、オニキス。カーラは自分の唇を舐めてから、不満げに口を尖らせた。


「成る程。鼻水がないから、味がしないのですね」

「ぶっ・・・くくく・・・あははははは!」


余程ツボにはまったのか、クラウドが笑い声をあげた。即座に跳び蹴りし、倒れこんだクラウドの背に飛び乗る、オニキス。


『・・・笑ったな?』

『ぎゃあああああああ!!!』


クラウドの周りをうろうろしていたモリオンが、オニキスに捕獲された。

痙攣するように声を圧し殺して笑い続ける従者と、うなだれた様子のモリオンをくわえたまま、クラウドの背で跳び跳ねるオニキス。呆れた顔で兄を見るチェリを順に見て、平和だなと、カーラは思うのだった。




書き終わってから気付きましたが・・・

クリスマス関係ないかも?

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[良い点] かわいい。 [一言] 「失礼な。私は侯爵令嬢ですよ。刺繍くらいできます」 ▼ 「失礼な。私は侯爵家の娘ですよ。刺繍くらいできます」 他人の娘に対しての敬った呼び方なので。 自分で「令嬢」…
2017/04/30 13:16 退会済み
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