君に花を
厚は手桶を下げて、真新しい墓へと向かっていた。
そこは2年前に他界した、妹の墓だ。
草をむしり、墓石に手桶の水をたっぷりかける。
明子は白血病だった。
医療ミスによるものだ。
元気だった明子は入院を余儀なくされ、それでも見舞う家族には笑顔を見せていた。
そんな彼女が亡くなって2年。
厚は複雑な思いで線香を点けた。
ゆらゆらと煙るが昇ってゆく。
両親が事故で亡くなってから、明子を訪れるのは厚だけになってしまったが、それでも彼女は明るく笑っていた。
本当は治療で大変だったのに。
弱音を吐かない強さに、厚は驚愕したものだ。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん、なんだ?」
「私、絶対病気を治すからね。そしたら、花火を見たいなぁ」
季節柄あちこちで打ち上げ花火が行われている。
病室からは見えないのだが、花火の音は聞こえるらしい。
「それからね、屋台でとうもろこしや焼きそばを食べるの」
「そうだな、早く元気にならないとな」
「うん!」
嬉しそうな笑顔はもうこの世にない。
厚は持ってきた百合の花を花立てに活けた。
香りの強いそれは、線香の匂いと混じって厚をむせ返す。
明子が好きだった花。
天国から見えているだろうか。
今年も花火がまた始まる季節だ。
百合の花を持って、たまには見に行こうか。
男が一人で花を持って花火を見るのも恥ずかしい物があるが。
*******
どーんどーんと打ち上げ花火の音がする。
厚は百合の花を買って、ぶらりと街頭を歩く。
向こうから浴衣姿の女子がやってきた。
その一人が厚の百合の花に気づく。
「プレゼントですかー?」
お祭り気分で気さくに声をかけてきた少女に厚が苦笑する。
「綺麗ですよね。白い花火みたい」
そう言ったメンバーの一人と目があった。
明子だった。違うのかもしれないけれど、厚には明子に見えた。
「百合、好きですか?」
「はい……」
厚の問に控えめに答えた少女に、厚は百合の花束を差し出す。
「よかったらどうぞ」
「え、でもプレゼントなんじゃ……?」
戸惑う彼女に厚が笑う。
「きっと貴女にお似合いですよ」
「でも、なんだか悪いわ」
「貰って欲しいです、君に」
厚が花束を渡すと彼女が笑顔になる。
「ありがとうございます。また会えたらお礼をしますので……」
もう会うことはないと分かっていても、厚にはその言葉が嬉しかった。
「花火、楽しんでくださいね」
「貴方も」
こうして厚は神の百合で、明子と再会したのだった。
その後、彼女と偶然会うことがあり、今は恋人同士になっている。
百合の花が繋ぐ不思議な縁だった。