極限
この世界のシッディは数学で考えられることが多い……。
小学、中学と数学で習ったことを走馬灯のように振り返ってみる。
足し算引き算、三角形、面積、方程式、不等式、……。
不等式……?
俺より速い……これは俺の速度<女の速度ってことだ。
そして今、俺の速度≒女の速度の時は俺に追い付けない……
そうか!
「分かったぞ……お前のシッディが」
背を向けたまま話すと、女の足音が止まる。
ネタバレしたかもしれないと驚いたのであろう。
「聞かせてもらう」
「お前のシッディは不等号を変える力」
「……」
「まず、最初に俺が逃げたとき、お前は俺より速かった
つまり俺の速度<お前の速度だったわけだ
俺は引きこもっていたせいでお前より遅いんだと錯覚していたが、素のスペックは俺>お前だったんだよ
それをシッディで俺<お前に変えた」
「……」
「だから、脳震盪で足元がふらつき、速度が出ず俺≒お前だったさっきは、不等号を変えても殆ど変わらなかった」
「学園に入ってまだ二週間も経っていないと聞いたが、そこそこ知識はあるようだ
だが、どうする?」
確かに敵の種を明かしてはやったものの、まだどうするべきかは分からない……。
だが、ニアリーイコールであれば奴も俺を出し抜けないはず。
奴から何か仕掛けてくるか……。
「私の役目はガルバ様をお守りすること
このまま時間を稼がせてもらおう」
ダメか、やっぱり俺から打開していかなきゃ行けないみたいだな……。
このシッディで最初、奴は俺の能力を無効化していた。
ん、……?
何で不等号を変えると俺の∞にする力が使えないんだ?
俺と敵将の距離を∞に小さくするということは、こういうことだ。
俺と目標地点の距離を|a|とベクトルの長さという形で表して、|a|=xと名前をすげ替える。
|a|が∞に小さくなるということはxが∞に小さくなるということで、lim[x→0] xだな。
lim[x→0]とは、後に来た関数の中にxがあったら、そのxを0に極限まで近づけるという意味だ。
しかし俺は∞にする力、ここでx = 1/yと更に置き換えると、x→0はy→∞になる。
結局、俺は無意識のうちにlim[y→∞] 1/yを行ってたわけだ。
そして、lim[y→∞]1/yの定義は
"任意の正の数εに対してある正の数Mが存在して、任意の実数yに対してM<yが成り立つならば|1/y - 0|<εが成り立つ"。
だから奴は"|1/y - 0|<ε"を"|1/y - 0|>ε"と操作して俺の力を否定した!
しかし、極限の定義は上のε-δ論法(正確にはδではなくMを使ってるからε-M論法)が一般的だが、超実数*Rを使った超準解析という奴があったはず。
これなら不等号の介在の余地なく∞を扱える!
出来るだけ超準解析をイメージしながらシッディを使い、敵の背後に回って、一撃!
「ぐはっ!」
よし、パンチが通った!
「なぜ……お前の力は不等号を操作すれば……使えないはず……」
「お前も能力教えてくれなかったしな」
「それは……」
「それじゃ、お休み」
気絶するギリギリのパンチを瞬時に繰り出して敵を倒し、門を目指す。
相手に考える余地を与えたらまたシッディで逆転されるかもしれないししょうがない。
悪い気はするけど、殺さなかっただけマシだ。




