ベクトルを 訳すとしたら 矢印か
俺の名前はアストラル、23歳。
幼い頃から父の経営する飲食店を手伝い、色々と学びながら育ったような人間だ。
22歳の時、大人になったし一人で生きていけるスキルを身に付けろという父の意向で、シッディを貰い寮から学園に通うこととなった。
学園にはそれなりに興味があったので、特に反対もしなかった。
学園では、マノとアンナという友達も出来、一緒に部活を作った。
しかし、6月に行われたテスト結果がランキング形式で公式に公表され、殆どの教科が出来ないことをバラされる。
更に5月、6月の戦闘訓練でクラスメートにボコボコにされたのもあって、イディオットという蔑称で呼ばれることとなる。
俺自身、自分は無能だと思うし、言われても仕方ないと思っていた。
7月、学園に新入生がやってきた。
その新入生こと空は人付き合いが苦手で、クラスでも孤立していった。
その月の戦闘訓練、マノとアンナには仲良くしてほしかったし、俺は二人とは組まず、空と組むことにした。
シッディの解説とかでアプローチをかけてみると、意外と話せるやつで退屈はしなかった。
そして、実戦の時。
俺は空に大敗した。
空のシッディは俺と似たようなもの、いや、使いこなせさえすれば俺の方が上位互換とすら言えるものだ。
独りぼっちで、コミュニケーションも下手で、学園に入ったばかりの奴に、負けたことがとても悔しかった。
今までは負けてもしょうがないと思っていたのに、空に負けることで、負け組の更に下だと痛感させられた。
そんなことは押し隠し、俺は空と普通に接するようにした。
別に嫌いなわけじゃない。
しかし、友達にはならない。
友達のいない、クラス内ヒエラルキー下位の空を負かしてこそ、復讐に意味があるからだ。
そして今、カントリーの国が攻めてくるらしい。
空への復讐は、学内トーナメントで晴らす。
その為にも侵略されて中止になんてさせない!
「あんた大丈夫?」
ふと声をかけられ、我に帰る。
話しかけてきたのはヴィジュニャーナだ。
俺たちは先生の指示で4人グループとなり、カントリーへと向かっていた。
攻められる前に攻める役割ということだ。
ヴィジュニャーナは元々スパイだったし、部員にした俺達が責任をもって連れていくこととなった。
空は……何してるか分からない。
「ごめん、ちょっと考え事してたんだ」
直後、アンナが悲痛の叫びを上げる。
「ちくしょー!カントリーの奴ら、絶対許さないんだから!」
そんなアンナをマノがなだめる。
「今から気合い入れてもしょうがない
敵に会う前にエネルギーを消費するべきじゃない
バカなのか?」
「何よそれ!
あんたの方がバカよバカ!」
やれやれ、どうしてこの二人は仲良くできないんだ。
そんなやり取りを繰り返しながら寂れた町中を進んでいると、目の前に30代ぐらいの女性が立っていた。
「あらあら~、坊やたち、ネーションの子でしょう?」
こんなことを聞いてくるということは、カントリーの生徒か?
「プラーナっていう人はそんなに俺達の情報を流していたのか?」
「その通り~、ネーションの学園の生徒は大体顔もシッディも割れてるわよぉ」
「そうと分かれば先手必勝!」
アンナが、向こうに敵意があると分かった途端、写像を三本出し敵へ放つ。
「痛覚を刺激するシッディねぇ
効かない効かない」
敵がそう言うと、矢が突然アンナの方に向きを変え、刺さる。
「痛ーい!手加減しといて良かった……」
「ちょっと不安だったけど、私のシッディも通じたみたいねぇ」
これが敵のシッディ……。
やっぱり、こちらだけシッディが知られているのは不利か。
「ヴィジュニャーナ、敵のシッディが何か予想つく?」
しかし、向こうにスパイがいるなら、こっちには寝返ったスパイがいる。
「多分だけど……、ベクトル操作のシッディがあるって聞いたことがあるわ」
よし、知っていたか。
「ベクトル?何それ」
アンナの質問に、マノが答える。
「授業でやったのに……
関数のグラフを書いたような平面を思い浮かべてみて」
「横軸がx、縦軸がyの奴ね!」
「ここでお勉強?させるわけないでしょ!」
敵がこちらに向かって手頃な石を投げると、マノのバリアが俺達の辺りを覆う。
なるほど、孤立系の中なら安全だ。
「話を戻そう
そのグラフの中で二点A=(0,0)とB=(1,1)を思い浮かべてみて
そんな感じの二点を矢印で繋いだのがAB(ABベクトル)=(1,1)
要するに向きと長さを矢印で表したもの」
「なるほど、つまりベクトルは矢印ってことね!」
「まあ間違いじゃない
ベクトルは点を繋ぐだけじゃなくて、物の速度とか運動量、力も表せる
あの人がやったのは、あなたの矢をベクトルと見て、操作して向きを変えたってわけね」
「ご名答~、そろそろ出てきてくれない?」
しかし、気になる点がある。
もし本当にベクトルの操作が出来るのなら、石を投げたときの石の速度ベクトルの大きさを増やし、高速でぶつけに来るはずだ。
「もしかして、ベクトルの向きしか変えられないんじゃ……」
「何よそれ、どういうこと?」
意味が分かっていないアンナの為に、説明しよう。
「速度はベクトル、つまり矢印で表せるよね
その速さはベクトルの大きさで表現できる
ベクトルの大きさというのは、ベクトルを斜辺と見れば三平方の定理から求まる
例えばAB = √(1^2 + 1^2) = √2みたいにね
これが大きいほど速いってことになるんだけど、ベクトルのあらゆる値を操作できるなら、大きさも操作できるはず
にもかかわらずしないってことは……」
「つまり、向きは変えられても速さは変えられないってことだね!」
「ふぅん、察しが良いわねぇ
こんな町中でネーションの生徒に会うとは思わなかったけど、カントリーの学園は一部の護衛以外ネーションの学園に向かってるから、今攻められると困るのよ
悪いけど時間を稼がせてもらうわぁ」
ネーションと同じでカントリーも一部の護衛以外出払ってる……、これはチャンスだ。
敵のボスさえ落とせば、戦争は終わる。
その為にも、こいつを突破しないと……。
向きを変えるのなら、向きのない力を使えば良い!
「マノ!」
「何?」
「お前のシッディなら、向きは関係ないはずだ!」
「うん、やってみる!」
マノの任意の空間を孤立系にする力が発動し、女の口元を覆う。
「甘いわねえ」
「えっ、そんな!」
女が一言放つと、孤立系を表すバリアが移動し、マノの方へと向かった。
驚いたマノが慌ててバリアを消す。
「失念してたみたいだから教えてあげるわ
座標はベクトルによって構成されているのよぉ
平面なら横軸の方を向くベクトルと縦軸の方を向くベクトル
三次元空間なら横軸と縦軸と高さ軸
孤立系となってる空間を成すベクトルを操作すれば孤立系すら操作できるってことねぇ」
これも効かないのか!?
俺の+1する力、アンナの痛い矢を飛ばす力、マノの孤立系にする力、ヴィジュニャーナの箱に入れた物の数を関数で変える力、どれが通用するんだ……?
こんなとき、空ならどうする……∞の速度で相手に操作する暇すら与えない?
ダメだ、空に出来ても俺には出来ない……。
そうか、そうだ。
俺に∞が扱えないのなら、相手だって∞は扱えないはず……!
「みんな、聞いてくれ 俺に作戦があるんだ」




