ブラックボックス
「色々情報ありがとうな、もう帰っていいよ」
「ちょ、ちょっと待って!
私本当はカントリーに帰りたくないの!
あんなに命令ばかりだとは思わなかったし……
だからスパイに志願したのよ!逃げられるかもしれないし!」
命令が絶対とか、カントリーの学園は割りと厳しいらしいし、逃げ出したくなるのもしょうがなさそうだ。
だが、そういう嘘をついてこっち側に付き、情報を流そうとしているのかもしれない。
「しかし……最初は口割らなかっただろ」
「それはどっちに付くか迷ってたから……
私のシッディ教えるからお願い!」
ヴィジュニャーナがそう言うと、またあの黒い箱が現れた。
「これは関数なのよ!」
関数……また数学か。
「どういう意味だ?
関数ってy = 2xとかの奴だろ?」
「関数っていうのは、まあ写像みたいなもん
関数と写像の違いは人によって解釈が変わるんだけど、少なくとも私のシッディは関数と言った方が正確かな」
「……つまり?」
「関数はよくブラックボックスで例えられる、だから逆に私のブラックボックスは関数で解釈できるってわけ!
例えば……」
ヴィジュニャーナがキョロキョロしたかと思うと、いきなり近くに落ちていた俺の寝間着を拾い、ブラックボックスの中に入れた。
「お、おい!」
「大丈夫よ、ほらね!」
ブラックボックスの箱を閉じ、また開くと寝間着が二つに増えている。
「え……?」
「今この箱はy = 2xなのよ」
「さっきから何言ってるか……」
「寝間着は"1"個だったでしょ?
x = 1としてy = 2xに入れるとy = 2
だから1個の寝間着を入れたら2個の寝間着が返ってきたってわけ」
この箱が関数ってそういうことか。
要するに箱の中に入れた物の、数を操作できる力なのな。
俺を箱の中に入れようとしたのは、y = 0に俺を1個入れたら0個返ってくる。
つまるところ俺を消そうとしたんだろう。
「ようやく分かった」
「べ、別にあんたのために解説したんじゃないんだからね!
私が助かるために解説したんだから!」
うーん、正直シッディの解説をされても俺の気づかない応用の仕方があるかもしれないし、本当にネーションに寝返りたいのか微妙なところだな。
プラーナも通信手段を持ち合わせてるしいつ仕掛けてくるか分からない。
ここは……しょうがない、人に頼るか……。
「ちょっと来てくれ」
「え?な、何よ」
ヴィジュニャーナを誘導しながら学園内を歩き、着いたのはなんでも屋部。
不本意だが今頼れるのは奴等だけだ。
もしアナンダ先生にスパイの話をしても俺だけじゃ信用してもらえないかもしれないしな。
「お邪魔します」
「空、どうしたんだ?」
「ちょっとこいつを見てくれ」
そう言い俺が後ろにいたヴィジュニャーナを前に出す。
「……」
「どうしたの?」
アンナがヴィジュニャーナに寄って声をかけるも、うつむいて答えない。
自分が受け入れられるか不安なのだろう。
代わりに俺が説明する。
「実は、ヴィジュニャーナはカントリーから来たスパイなんだ」
三人は鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしているが、気にせず続ける。
「ヴィジュニャーナによると、カントリーはネーションに戦争を仕掛けようとしているらしい
スパイはもう一人いて、プラーナって言う紫色の髪をした奴なんだが、そいつに俺がスパイについて知ったことがバレてるんだ
プラーナは通信手段を持ち合わせてるらしいからすぐに連絡が行く」
「それで俺達なんでも屋部に?」
「ああ、一刻を争うかもしれない
……助けてほしい」
屈辱だが仕方ない。
この世界はどんなことがあるか分からない。
「ヴィジュニャーナはカントリーが嫌でネーションに亡命するためにスパイをやったらしい
本当か嘘か知らないけどな
だからとりあえず匿ってもらえると助かるんだが……」
「分かった、なんでも屋部に入部を歓迎するよ、ヴィジュニャーナ!」
「よ、よろしくお願いしますなんて言わないんだからねっ!」
おいおい、そこは素直になれよ。
その後、俺達はアナンダ先生の元へ行き、スパイのことを話した。
最初は半信半疑だったものの、俺達の真剣な態度を見て信じてくれたらしい。
当のプラーナは既に学園を出ていたようで、見つかることはなかった。
これが、後に第三戦争と呼ばれるものの火蓋が切って落とされた瞬間だった。




