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掌からこぼれる  作者: 瀬海
娯楽の掌
6/15

吾輩は猫であるニャ

「吾輩は猫である」


 いきなりそう言いだしたのは、幼馴染の美羽だった。もちろん猫などではなく、人間だと思う。俺のこれまでの人生が間違っていなければ。

「名前はまだない」

「いや、美羽だろ?」

「名前はまだない」

「ていうか、いきなり何を、」

「名前はまだないんだってばっ!」

「…………」

 怒られた。理不尽だが、譲らないようだ。

 全く意味が分かっていない俺を尻目に、美羽は勝手に独演を続ける。

「どこで生まれたかとんと見当がつかぬ」

「多分病院だよな」

「薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している」

「保育器の中だろ。薄暗いとかじめじめしてるとかは知らないけどさ」

「……吾輩は今、初めて人間に殺意というものを覚えた」

「…………」

 目が怖い。しかもちょっと真剣味を帯びた眼光なので、口を挟むのは止めにする。

「しかも後できくと、それは修司という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ」

 獰悪……。

 人畜無害に生きてきた俺、里山修司。そんな形容詞頂戴したのは初めてだった。

「この修司というのは、時々女性を捕まえて煮たり焼いたり好きにするという話である」

「人聞きの悪いこと言わないでくれる!?」

 さすがに聞き流すわけにはいかなかった。変質者と思われる!

「しかし吾輩には男性経験はなかったから別段恐ろしいとも思わなかった」

「俺がお前にそういうことしたみたいに聞こえるじゃねぇか!」

「ただ彼の掌で引き寄せられてフッと抱きしめられたとき、何だかふあふあした感じがあったばかりである」

「抱きしめたことなんて一度もないよ!?」

「その腕の中で落ち着いて修司の顔を見たのが、所謂、こ、恋の始まりであろう」

 うわぁ、架空の俺が恋されちゃった! 何これ複雑!

「このとき奇妙なものだと思った感じが――今でも、その、胸を離れてくれない……」

「もう恋愛小説じゃねぇかよ……」

 それだったら漱石は千円札にはなれなかっただろうに。

 ていうか、純文学はどこへ行った?

「第一、第一、わ、わたしは……うにゃあぁ……」

「…………」

 あ、駄目だ。可愛い。本当に抱きしめたい。

 いやいやいや、それをしたら本当に変質者じゃないか。

「うにゃ、にゃ、にゃ、」

「……ってか、本当にお前は何がしたいん――ぶへっ!?」

「うにゃぁああああああああああん! 鈍感男!」

 俺の顔面に猫パンチをくれた美羽は、そのまま走り去っていく。脱兎の如く、というか、脱猫の如く。

 最後まで猫語だった……。

「痛ってぇ……」

 俺は殴られたところをさすりながらぽつりと呟く。

「第一って、何が第一だったんだ……」



 ――翌日。


「わたしはその人を常に修司と呼んでいた」

「こんどはこゝろ!?」



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