ジェニー、オーマイガール
――カリフォルニア州、アンダーソン宅。
「ねぇパパ。これ家で飼ってもいいでしょ?」
そう言いながらジェニーが彼女の父、ウィルに差し出したのは、世にも奇妙な生物だった。
デフォルメされており、体長は巨大なハンバーガー程度の大きさではあるものの、頭に生える湾曲した邪悪な角といい、小さいながらも禍々しい威厳を放つ風貌といい、それは明らかにウィルの手に負えるレベルの物体ではなかった。彼はただのセールスマンなのである。
「オー、ジェニー!? どこで拾ってきたんだい、そんなもの!」
「小学校から帰る途中に見つけたの。捨てられていたのよ。こんな寒い季節だもの、放っておいたら天に召されてしまうわ!」
その答えを聞いたウィルは、娘が心優しく育ってくれたことを感謝すると共に、どうしてこんな厄介な代物を自分のもとに寄越したのか、神に対して問うた。――オーマイゴッド。どうして私にこのような試練を与えるのですか。
「ジェニー、ともかくそんなものはうちでは飼えないんだ! なんだい、その生物は。名称すら分からないじゃないか!」
「分かるわよ、パパ。首に名札が付いてるもの」
「ホワット? 名札だと?」
ウィルはその生物の首元を凝視する。すると、そこには彼の母国語ではない文字で、『魔王』と書かれた名札がぶら下がっていた。確か、極東で使われている『カンジ』という文字ではなかったかとウィルはあたりをつける。
「ねぇパパ。この子の名前はなんて言うの? パパなら読めるわよね?」
娘に無邪気に詰め寄られ、アイドントノウとは言えなかったウィルは、
「……これは、ミニチュアダックスと読むんだ」
と、頭に浮かび上がった犬名を適当に挙げた。
「と、とにかく駄目なんだジェニー! こんな悪魔のような生物、元の場所に戻してくるんだ!」
「パパの分からず屋! いつもは『慈悲の心を大切にしなさい』って言ってるくせに!」
「それとこれとは話が別だ! 神様だって悪魔に与える慈悲はないさ!」
「どうしても駄目って言うのなら、パパが向かいのランドリーのジェニファーさんとこっそりキスしていたの、ママに言いつけてやるから!」
「ノ―――ゥ!? ジェニー、きみはまるで魔王だ! 言わないってパパと約束したじゃないか!」
「それとこれとは話が別よ!」
マズイ。ウィルは焦った。いいとこを見せようと昨年出場した早食いコンテストで、残り時間一分を切ったのにホットドックが山のごとく残っていた時を優に上回る焦りようだ。ウィルは再三に渡り浮気を繰り返しており、次にやったら離婚とまで妻のキャシーに言い渡されているのである。
彼はタバスコを一瓶あおったようなしかめっ面で、仕方なく首を縦に振る。
「ジェニー、その代わり、きみが責任を持って面倒を見るんだ! それと、何かあったらすぐに捨てるからな!」
「分かっているわ、パパ。最後までわたしが面倒をみるんだから!」
翌日。
「シ―――――ット! ジェニー、なんだいそいつらは! 禍々しさが四十奏を奏でているじゃないか! とんだブラックジョークだ!」
「だってパパ、この子達も路肩に捨てられていたのよ! こんな雨の降る日だもの、放っておいたら風邪を引いてしまうわ!」
ジェニーがまたもや拾ってきたのは、それぞれが異なった雰囲気を放つ、四種類の物体だった。
各々が先日の魔王にも劣らぬ邪気を発しており、四匹の首にかかっている名札には、やはり異国の文字で『四天王』と書かれていた。
「ジェニー! 昨日あのダックスを飼うことを約束したばかりじゃないか! もううちではペットはたくさんだ!」
「ならパパは捨てろって言うの!?」
「大丈夫だ、パパが愛護団体に連絡を取ってやるさ!」
「イヤよ! わたしがこの子達を飼いたいの! それに、ダックスちゃんとも仲がいいのよ?」
そう言われてウィルがダックスの方を見ると、彼は既に魔方陣から四つの椅子を召喚している最中である。
「オーマイガ―――ッド! 明らかに邪法を使っているじゃないか!」
「ただの手品よ!」
「オー、ジェニー! 手品でも充分なサプライズだ!」
スウィート・マイ・ホームがこれ以上邪気で染まることを、ウィルは何としてでも阻止したかった。昨夜既に、『魔王』がウィルの部屋を小粋な魔界風にアレンジメントしてしまったのである。朝起きたら瘴気の中に身を置いていたウィルは、それが現実だと気付くまでに小一時間を要した。
「とにかく駄目なんだジェニー! そんな奴ら、とっとと捨てて……ア―――ウチ!?」
ウィルの発言を遮って、『四天王』のうちの一匹が、ごう、と火の玉を吐き出す。ミニチュアサイズではあるが、それは彼のお気に入りのタペストリーを燃やし尽くすには充分な熱量を持っていた。
彼が消し止める頃には、それは無残な消し炭へと変貌した後である。
「ほら! パパがそんなことを言うからこの子が怒ったじゃない!」
「ヘイ、ジェニー! 止めさせろ、止めさせるんだ!」
「パパが飼うことを許してくれるなら止めるって言ってるわ」
「ジェニー!? きみはいつの間に悪魔の言葉が分かるようになったんだ!?」
「昨日の晩にダックスちゃんが教えてくれたのよ!」
「ノ―――――ゥ!」
ウィルは神に訊ねた。――あぁ、神よ! どうしてわたしの娘が悪魔に魅入られなければならないのですか。
そうこうしているうちに彼のお気に入りのカーペットまで着火したので、ウィルは折れざるを得なかった。まだ家のローンが十何年と残っているのである。
「――つまり、アンダーソンさん。娘さんが悪魔に取り憑かれてしまったのですね?」
「そうです。ウチでは毎日悪魔がホームパーティーだ! 一日にクリスピーチキンを何十個と要求するんだ!」
その数日後。ウィルは雇った悪魔祓いを家まで案内していた。この頃、ジェニーが人外の言語を流暢に使いこなすようになってきたため、もう自分の手には負えないと判断したのである。
「……わたくしもこの仕事を長年やっていますが、そこまで悪魔が一同に会した場面は目にしたことがありませんよ」
「でも事実なんです! このままじゃウチは近い将来、悪魔城と化してしまう!」
少なくとも、ウィルの部屋は既に異空間と繋がってしまっている上、夜な夜な『魔王』が呪文を唱えるために、最近一睡も出来ていなかった。酷いクマである。
「まぁ、分かりました。それで、家はどちらで?」
「あぁ、もう少しで着きま――」
そして、彼の目は信じがたい光景を捉えた。
出てきたときにはまだ家の形状を成していたはずのマイホームが、悪魔城と化している。
というか周囲一体が完全に消えうせていた。見上げるばかりの高さの城の頂点で、『魔王』とジェニーが仲良く下界を見下ろしている。
ウィルは口をパクパクさせる。悪魔祓いも同様だ。
父親に気付いたジェニーは無邪気に手を振る。
「あ、パパ! 今からわたし、魔王になるわ! この子と一緒に勇者を倒しに行くの!」
「ジェニィ―――!? 一体全体、何を言ってるんだ! とんだブラックジョー、ア―――ウチ!?」
刹那、ウィルのすぐ脇を薙ぐように、悪魔城から繰り出された触手が悪魔祓いを逆に祓い飛ばした。彼は数十メートル吹き飛んで、公園の噴水にホール・イン・ワン。
呆然とする父親に、ジェニーは何事もなかったかのように話し掛ける。
「だってパパ。協力してくれれば世界の半分をくれるっていうのよ?」
「オーノ―――ゥ! ワールドクラスにまで発展しちまった! 駄目だジェニー、帰ってくるんだ!」
「そんなこと言わないで、パパも一緒に行こうよ! 今なら幹部の椅子も用意してくれるって!」
「行くわけないじゃないか! ジェニー、お願いだから、」
「そう、じゃあ仕方がないわね」
ジェニーは残念そうに呟くと、悪魔城をずしん、ずしん、と前進させ始めた。その巨大な質量が動くたびに、道路上の車や民家の手入れされた芝がスクラップブッキング! 幸い人的被害は出ていないようだ。
「じゃあパパ、行ってくるね。大丈夫、パパには手を出さないから!」
「そういう問題じゃないんだよ、ジェニー! ……ジェニー!? どこへ行くんだ、ジェ――!?」
轟音と異形の光が辺りを包む。
かつて玄関だった場所にある砲門から打ち出されたエネルギー波が、遠くに霞む山脈を跡形もなく消し飛ばした。
口をあんぐりと開けて呆然としていたウィルが我に返り、彼女を呼び止めようとしたときには、悪魔城はすで数百メートル先である。見る見るうちに遠ざかる。
「ジェニー! 待て、待つんだジェニー!」
ウィルの叫ぶ声はもはや届きはしない。世界に仇なす悪魔城は、地平線の彼方へと消えていく。ずんずんと、どんどんと。
小さな魔王と四天王とジェニーは、野望のままに前進していく。
「ジェニィ――――――――――――――!」
ウィルの声だけが、遠く木霊した。
彼が勇者パーティーに加わって娘と再会を果たすのは――また、別の、お話。