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掌からこぼれる  作者: 瀬海
怪奇の掌
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相愛の魔法

「よーちゃん、朝だよっ」


 その声に、というか体に突如かかった重力によって目を覚ますと、思った通り、年齢の割には小柄な未映子の体躯がぼくの上に乗っかっていた。

「おはよう。よく眠れた?」

「……いい加減、人の上に乗って起こすのは止めてくんないかな」

 ぼくは苦笑しながらも未映子の頭に手を伸ばし、わしわしと撫でた。毎日繰り返す習慣だが、同年代と比べると幼い彼女の顔が猫のように気持ちよさそうな表情を作るのを見ると、なんだかぼくまで良い気分になってしまう。

 未映子は毎朝のように、部屋に勝手に入ってくる。

 本当に小さな頃から一緒にいたので、今更部屋に入られることに抵抗はない。むしろ起こしに来てくれることには感謝もしているし、素直に嬉しいと思う。どこかの小説で見る、典型的な幼馴染みたいな間柄。まるで夢のように親しい関係。

「早く着替えないと、遅れるよっ」

 そう未映子が急かす声を背中で聞きながら、ぼくは今日も幸せを噛み締めつつ、学校へ行く準備をする。

 それもこれも全部、魔法のおかげだ。


 この力を得てから、灰色のぼくの日常は薔薇色に変化した。

 今までは一方的だった想いが互いに通じ合うものとなり、ぼくらは相思相愛になったのだ。毎朝のように未映子はぼくを起こしに来てくれ、学校の帰りも待っていてくれる。未映子には用事があるため、一緒に学校へ行くことができないのが惜しいけれど、彼女にもそれなりの理由があるのだし、ぼくにしてもそれを妨げるのは本意ではない。困るのはぼくだ。

 その代わりに、それ以外のできる限りの時間は未映子と一緒にいる。

 さすがに学校にいるときはそうもいかないけれど、基本的に朝夕の食事は一緒に摂るし、出かけるのだって大体一緒だ。数年前、交通事故で突然他界してしまった父の不在――その分の寂しさを埋めるために一緒にいたいのかもしれないが、実際のところはよくわからない。

 たまに違和感が頭を掠めることがあるけども、ぼくはこれで幸せだし、未映子もきっと幸せだろう。

 たとえ魔法の力だとしても、幸せは幸せに変わりない。


 未映子のことを思いながら退屈な授業時間を終え、校舎を出て正門付近へと歩いていくと、彼女が待ちくたびれたように立っていた。

「遅いよ、よーちゃん。早く帰ろう」

 無邪気な表情でそう言う未映子は、まるで子供のようだ。並び歩く僕らに同級生たちが訝しげな視線を向けてくるが、慣れたもので、もうほとんど気にならない。見せておいて構わない。

 未映子は嬉しそうに、今日一日の出来事をぼくに話し、ぼくはそれに相槌を打つ。夢のような時間。

 だけど、そんな帰り道――ふと、未映子はたまに真顔になることがある。まるで、自分が何をしているかを冷やかに悟ったような表情に。そんな時ぼくは決まってぎくっとする。

 今日もそうだった。

 未映子の顔が唐突に色をなくす。

 徐々に恐怖で塗りつぶされていく。

「よーちゃん? よーちゃん、だよね?」

 何かが崩れ落ちてしまいそうな表情で訊ねる彼女の頭を撫でながら、ぼくは答える。

「そうだよ……未映子の好きな、よーちゃんだ」

 それを聞くと、安堵したような表情を見せ、次の瞬間にはいつもの彼女に戻っていた。ぼくを大好きな未映子に。


「よーちゃん、朝だよっ」

 その声に、というか体に突如かかった重力によって目を覚ますと、思った通り、年齢の割には小柄な未映子の体躯がぼくの上に乗っかっていた。

「おはよう。よく眠れた?」

「……いい加減、人の上に乗って起こすのは止めてくんないかな」

 いつものように、ぼくは未映子の頭をわしわしと撫でる。彼女が急かすのに任せて学校へ行く準備をする。

 未映子はその様子を見届けると、一足先に家を出ていく。

「じゃあ、行ってくるね、よーちゃん」

「あぁ、行ってらっしゃい」

 彼女を送り届けると、しばし、ぼくはぼーっとその場に立ち尽くす。ふと、頭の中を掠める違和感。

 考えるな。ぼくは幸せに違いない。

 そうやって、ぼくは自分を納得させる。いいんだ。これで幸せなんだ、と。

 よーちゃん。

 その名前が、頭の中に反響する。

 いけない、魔法が解けてしまう前に、こまめに掛け直さないと。仕事へ行った未映子の背中を見つめながら、ぼくはいつものように魔法を――自分に、掛ける。

 さぁ、彼女のことを好きになれ。この生活を薔薇色だと思い込め。それでなくては、ぼくはこの状況に耐えられない。父が死んで以来、未映子を辛うじて歪に繋ぎ止めている、この状況に。よーちゃん。よーちゃん。かつて、父が母から呼ばれていたその名前が、ぐるぐると何度も頭の中を回る。さぁ、魔法を掛けろ。たとえ未映子が、死んだ父の代わりをぼくに求めているのだとしても。さぁ、好きになるんだ――たとえそれが、自分の母親なのだとしても。

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