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Darkness -under the tree-  作者: 一倉弓乃
18/26

18 帰宅-久鹿家-

「…あら、おかえりなさい。御飯残ってますよ。」

 帰って来て大丈夫なの?とか今日は泊りじゃなかったの?とか本当は言いたいはずなのだが、おかあさんは、ただ短くそう言って2人と大猫を出迎えた。そしてばたばたと客間…というか猫間…に駆け込んだ2人のもとに、古新聞と古毛布、それとボウルに水、レトルトにゃんこ御飯パックと煮干しとお皿…等々をだまって運び入れてくれた。斎はよほど融通の効かない家庭で育ったのか、そんなおかあさんにぺこぺこ詫びた。しまいに陽介をなぐりつけて「あんたも謝りなさい!」と言い出したので、陽介は言った。

「…いいんだよ。あのひとだってよく病気のタミーの面倒俺に押し付けて一泊旅行行ったりしてるし。それに自分が拾った猫のこと、俺が拾ってきたから仕方なくってオヤジに言うんだぜ。だからいいの。」

「…その一泊旅行はおかあさんのお仕事なんじゃないのかなあ。」

「どこが。御馳走くって温泉入ってるだけだ。」

「…たぶんどっかのひひジジイの接待とかだと思うよ。まさかあんたには言わないだろうけど。」

 …陽介は聞かなかったふりをした。…陽介だってひひジジイやクソオヤジやタコヤンキーの接待ならさせられている。…まさか斎に言うわけにはいかなかったが。

 ショウヤはあいかわらず眠りこんだままだった。陽介はショウヤに寝床をつくってやり、頭の上がわに、水や餌をおいてやった。それから少し毛並みを整えるように撫でた。

 少ししてからまたお母さんがやってきて、座卓の向こうとこちらに座布団を置き、夕食を並べてくれた。

 なんとなく現実味のないままに、せかせかと食べる陽介と対照的に、斎はいつもと同じようにニコニコ美味しそうに食べている。…神経の太さが違うな、と陽介は思った。どこからともなくそうせきくんがやってきて、そんな陽介の膝に、あたりまえの顔をして座った。

「…陽介、ここにいるのは危ないかもしれない。」

「…親父んとこ行く気だったが、ショウヤを連れて行くわけにゃいかんからな。」

「…申し訳ないけどここはショウヤの件はお母さんに頼むしかないよ。あんたはあいつらに始末されかねないし、あんたがここにいたらお母さんもヤバい。家もヤバい。」

「おまえじゃあるまいし、家ふっとばしたりはしねえだろ。」

「…チューブラインステーションの前であれだけのことしてる相手だよ?」

「…それはさておき、尾藤家、誰かもどってきてるかなそろそろ。」

「…電話してみよっか。」

「ものすごく当り前な手だが妙案かもしれない。…俺がやろう。」

 食事を終えたあと、陽介は携帯電話を出して尾藤家の電話を鳴らした。

 数回呼び出し音が鳴ったあと、誰かが出た。

 陽介はじっと黙ったまま、待った。

 斎がまばたきもせずに見つめている。

 受話器から、声が戻って来た。

「…ビトウです。」

 陽介は反射的に電話を切った。

「…尾藤の親父がもどってきてる。」

「…やばいね。やっぱ陽介は避難決定。…なに、あんたと一緒にいないほうが、ショウヤもお母さんも安全だよ。」

「…それはともかく、逃げ回ってばかりもいられまい?お前はこのあとどうする気なんだ?」

「そだねえ…。」

 斎は「うーん」と考えた。

 廊下の襖の隙間から、タミコが顔をつっこんでじっとみている。

「…なんにせよ、尾藤家と話し合いしないわけにはいかないが、あたしが一人で行っても多分何も進展しなさそうなんだ。…とくにあっこんちのおかーちゃんとは、話が通じない。それにあっこんち人数揃うと、不必要に高飛車なんだよねえ。もう、全然話し合いって感じじゃないし。どうしたらいいと思う?」

「…代表者を一人だしてもらって話すか、おまえもタカノ氏か菊氏あたり連れて行くことだな。…口が達奢でネゴが上手いひと。」

「だってラウール援軍ださないって言うんでしょ?」

「でもそれは保護者の義務だ。無理矢理何人か回してもらっていいと思う。」

「…義務とかなんとかより、無理なんだよ、多分物理的に。」

「…んなこといったって…。じゃどおすんだよ。」

「…最悪、皆殺し、かな。」

「待てよ!」

「だって。話きいてくれないし。向こうはあたしを宗教的な罪人だと思ってて、あたしを罰しついでに利用しようとしているんだよ?!」

「…どういうことなんだ?」

 斎は面倒くさそうに頭をばりばり掻いた。ぼさぼさのポニーテイルが一段とみっともなく崩れてしまったので、一旦髪をほどき、もういちどゆわえなおした。…あまりましにならなかったが。

 タミコが頭をひっこめた隙間から、今度はおめんちゃんが覗いた。

「…なんだかよくわかんないけど、あたしは『かけあわせ』が悪いらしい。」

「かけ合わせ?」

「つまりおとーちゃんとおかーちゃんのカップリングが宗教的ミステイクらしい。」

「…宗教上どういう組み合わせなんだ?」

「神様におつかえする巫女さんと、神様に呪われて、戦い続ける鉄の靴をはかされている戦士っていう、ばちあたりな組み合わせ。」

「鉄の靴ねえ…。例のゲイの親父さんが神様の恨みかってる階級っつーわけか…。」

「そゆこと。…ただ、戦士の血筋そのものは、結局戦場では役にたつでしょ?だからわりと社会的地位も低くはないんだけどさ~…それを連邦でわかれっつったってね…。あまりに世界が違い過ぎってーか…。」

「…一時期ドームに危険なほど勢力の強い軍事政権があったのかもしれんな。それで軍を牽制するために、そういう伝承風の風評をつくって流して、事実上のシビリアンコントロールシステムにしていたのかもしれない。」

 陽介がそう言うと、斎は目を見開いて、ぱちくりと瞬きした。

「…へええ、陽介…あったまいい~」

「結局その伝承みたいな民間寓話みたいなもんがあったおかげで、お前の親みたいなカップルは少なかったわけだな?」

「自分ちのほかにきいたことないよ。」

「…おそらく、神殿と軍事政権がむすびつくのが最も憂慮されていたんだろう。」

 斎は目をしばしばさせた。

「あ、そーなの。」

「…確証はないが。」

「…いや、そゆ考え方初めて聞いた。面白いっつーか…すごく興味深い。…ああ、総長におしえてやりたかった。」

「…だが、外部の人間はおろか、内部の当事者でも、そんな都合はよく見えない。みえないからこそ動くシステムでもある…ってわけだ。もちろん尾藤家が知るよしもなし。」

「うん、それ。そこポイント。…尾藤家は、鉄の靴の呪いの持ってる正しいバランスをしらずに、信じ込んでる。鉄の靴が…呪術的なケガレ…?みたいなものだと思ってる。」

「…ケガレとかバチアタリとか、変な言葉知ってるな、お前。…物凄く日本的な概念だぞ、それ。」

「ああ、ミモリ-にきいたんだ。」

「ミモリ-?…そいつのこと、お前この間も言ってたな?だれなんだ、そいつ。」

「去年同じクラスだったんだ。確か小夜の友達だよ?」

「…」

 2人はなんとなくイヤ~な予感をおぼえ、…意図的に無視して話を戻した。

「…とにかく、つまり、向こうの差別感情みたいなものが話し合いを妨害してるわけだ。」

「うん。…あいつらは、魔法樹の中継する夢が届かなくなったのが、あたしが魔法樹を穢したからだと言っていた。…なんの根拠もない。そもそもあいつらは魔法樹をみたことさえないんだから。」

「…魔法樹を見たこともないやつらが、なんでお前のことを知ってるんだ?」

「しらべてしらべてしらべまくったらしい。あたしの他に、何人かあのドームの生き残りおさえてるっていうようなこと言ってた。」

「…尾藤家にとっては、おまえのオヤ夫婦が宗教的罪人であるということが、お前を『使い捨てのアンテナ』だかとして利用する格好の大義名分になっちまったってことか。」

「陽介、なかなか聡明。」

「…くそ、宗教家っていうのは滅茶苦茶だな。」

 陽介もさすがに考え込んだ。

 するといつのまにかおめんちゃんの消えていた襖の隙間から、でかいものがのぞきこみ、それから「みえない。」と言いたげに爪の出た手で襖をすすすと押し開けた。

「しゃー」

 2人が思わず目をやると、どんぐりがでかい図体で入って来たところだった。

「しゃー。」

 いつきがすかさず返事をすると、どんぐりはまた「しゃー」と鳴いた。

 そしてのしのしと歩み寄ると、じっとショウヤをのぞきこみ、そのあと引き返して来て、斎のはるかうしろの方にごろりと横になった。斎が少しふりかえると、わずらわしそうに「しゃー」と威嚇した。斎は前を向いて目をそらした。どんぐりは足を投げ出して、普通の猫より一回りも二回りも大きな手を、ぺろぺろと猫らしい仕種で舐めた。

 陽介は言った。

「…そういえば、春季が暴力ふるって自分の家族半殺しにしたようなことを、おまえはさっき言ってたが…尾藤家の現状はどうなってるんだ?」

「お父ちゃんが頭部から上半身を激打でしょ、長男血反吐でしょ、次男全身打撲でまっすぐ歩けなくて、三男は仲間割れ寸前。四男はチューブライン駅のときのケガで、痛み止め無しでは意識保てない状態。」

「!!!!お前!いくらなんでもやりすぎだ!!」

「あたしはかかってきたコナはらっただけさね!三番目なんか無傷だもん!ちょっと髪きれたり顔蹴ったりはしたけどさ。みんな生きてるし! …それに長男次男とお父ちゃんやったのは、あたしじゃなくて春季ちゃんだかんね。」

「あの次男をどうやったら春季なんかの体重で叩きのめせるんだ?!」

「…うーん、うまく説明できないよ。でもあっちでは春季ちゃんは余程目のあるヒトでないとそれと見抜けない姿をしていたからね。」

「姿が違った…?」

「うん…おっきな青ーい目だったよ。」

「…」

「…ドキドキしないでほしいんだけど。」

「…す…すまん。」

 陽介は少し赤くなると、コホンと咳払いして気をとりなおした。

「…どうして春季はそこまでやったんだ?お前のために。」

「あたしのためじゃないよ。小夜のためさ。たまたまあたしとは利害が一致したんだよ。言ったろ、小夜は手後れでアンテナにされたって。…あたしが夕方ここにきたときの血おぼえてる?」

「…ああ。」

「…あんた、自分のおかあちゃんがもしあの血をみぞおちからながして、断末魔の悲鳴あげてたとして…声の限りあんたを呼んでいたとして…普通でいられる?」

「…」

「小夜を守るために突っ込んでった、それだけさ。…たまたま相手がホンモノの親兄弟だったってだけ。…春季ちゃんの『家族』のシンボルは、おかあちゃんでもおとうちゃんでもなくて…小夜だったんだよ。あの子、まだ事情がよくわかっていないかもしれないし、それどころか、ひょっとしたら、自分がけちらしたのが自分の家族だってよくわかってない可能性もある。」

 陽介は溜息をつき、首を左右に振った。

 …自分で思う程、キャパシティが広いわけではないらしい。…なんだか逃げたくなってきた。

「…どうして、自分の家族だとわからなかったと…?」

「…あの種類のきれいな目は…現世がよく見えないから。」

「…なんだそれ。言い伝えか?」

「…そうね。そういうことにしとこ。…あたしの経験っていうより、飲み込みやすいっしょ?」

 陽介は頭を掻いた。

「…まあ、とにかく。そこまで尾藤家こてんぱんにのして出て来たなら、当分動けないだろうと思うが、どうだ?」

「…あっこんちはお母ちゃんさえ無事で、号令かける気力があれば、ゾンビになってもかかってくるよ。」

「…おかーちゃんは、どうだ?」

「…さすがに巫女さん修行しただけあるね。なかなか隙みせないし、打たれ強い。ほぼ無傷のままだね。…でも、だいぶおちこませちゃったみたい。あたし。」

「…無傷だが、気力はなし、と。」

「…ないかな?」

「…なんかガンガン言ったんだろ。どうせ。…おまえ、普通の奴じゃおまえにガンガンやられたら立ち直れないぜ?」

「…でも本当のこと言っただけだもん。」

「本当のことなんて滅多に言うなっつーの。…何言ったんだよ。」

「…14年も神殿にいて基本的なことも知らないのかって。」

「…再起不能だな、そりゃ。」

「…駄目か。」

「…いや、このさい『勝った』とも言えるけどな。」

「…まあ、そうとも言うね。」

 2人は一気に早口でやりとりしてから、少し黙り…そしてどちらともなくにまーっと笑った。

 斎のはるか後ろのほうでどんぐりがでかい口をいっぱいに開けて全身で欠伸した。

 陽介は首をコキコキと左右にまげのばしした。

「…そうか。それなら俺の避難はとりあえず明日以降に延期。ショウヤの面倒みないとな。…で、おまえどうする?ドミに帰るか?学芸ドームに入っちまった方が格段に安全な筈だが。一人がイヤならショウヤの隣に布団敷いてやっから泊ってってもいいぞ。明日親父につかまるかもしれないが。」

「おとうさん来んの?」

「明日特に用がなけりゃ俺を探しに来るだろうな。…俺は学校いっちまうけど。」

「あたしもがっこいくよ。新学期なんでしょ。クラスたしかめなくちゃ。」

「…制服は?」

「…ドミ。」

「…んじゃ帰らんと。」

「ちょっと陽介のお父さんに挨拶したいけどな~…。うん、でも、ま、帰るか。…でも、春季ちゃん心配なんだよねえ。ショウヤ連れて来た件も伝えないと…。それに、あの件。」

「ふあーあ…、どの件だよ。」

 陽介は急に押し寄せて来た眠気に大欠伸をしながら尋ねた。…ひいひいいいながらやっとの思いで、つっ走る斎についてきたのだ、全身へとへとだった。

 斎はまったく疲れなど見せずに言った。

「…集団自殺の件。」

「…それこそ保護者にまかせちまえよ。おまえ少しは学校にいかんと。」

「…あのさ、…あ、陽介、眠い?限界?」

「…いや、大丈夫だけど。」

 陽介は嘘を言った。斎は言った。

「…あのさ、実は…あたし、最初は、春季ちゃんのお母さん、あんな力のある巫女さんだとは思っていなかったんだ。だって若いうちに神殿でちゃってるしね…。でもきっとお父さんも修行経験者で、2人でがんばってきたんだと思う。あんなに強い力を獲得しているなんて、正直言ってびっくりした。」

「…うん。」

 陽介は曖昧にうなづいた。

 斎は言った。

「…白き炎をともせるだけの力があれば、ほとんどあらゆる神事をとり行えると思う。…だから多分…あれは集団自殺じゃないよ。」

「…カンだけで言うなよ。尾藤家を人殺しよばわりする気なのか?」

「…春季ちゃんにはまだだまっててよ。おこるから。」

「俺だって怒ってる。」

「…あのね…あの一家、生け贄の儀式を日常的に行なってるんだ。春季ちゃんに聞いてみなよ。多分たいしたこだわりもなく肯定するはずだ。」

 陽介はぼんやりと斎を見た。

 何の話だろう、と思った。

「…あそこのうちの長男、一撃で人間の首落とせるくらい…屠殺の腕がいい。」

「おまえはまったく…何を根拠にそんなことを…」

 斎は、寒気がしたように震えて、自分の首をさすった。

 …陽介は不意にぞっとして悟った。…尋ねた。

「…おまえ…斬られたのか?首。」

 斎は返事をしなかった。

 陽介は一気に目がさめた。尾藤家は…本気、だ。本気で血迷ってる。寝ている場合ではない。

「…春季…どこに流れ着いてるんだ?」

「…わからない。…あんたは少し仮眠とったほうがいい。春季ちゃん、あたしが探して、ショウヤがここにいること伝えるよ。…あとのことは、彼が自分でなんとかする以外にない。とりあえず、青い目のこと隠しとおすなら隠しとおす、家族にぶつかるならぶつかるで…。そのことも話してみる。聞いてくれるかどうかわかんないけど。」

「…斎、刀、もう一度持って行け。春季が危ないときは…頼めるか?」

「…そういう事態にならないことを祈るよ。こっちの世界では体が死んだらそれでお終いだ。例外はない。…借りるね。」

「使えば法律にもひっかかるぞ。気をつけろよ。」

「わかった。…一眠りして、事態に備えてて。何も無ければ、明日学校で。昼休みにあんたんとこの部室にいくよ。…言うまでもないと思うけど、ヤバくなったらとっとと逃げてよ?」

「ああ。…あ、ちょっとまて。春季に会えたら、何時でもいい、夜中の3時だろうが明け方5時だろうがかまわん、電話いれてくれ。今の番号を渡す。」

 陽介はそうせきくんを床におろして急いで紙切れを探し、素早く番号を書くと、斎に渡した。

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