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Darkness -under the tree-  作者: 一倉弓乃
12/26

12 向こう側へ

 白い炎は近付くと熱く、手を差し入れることさえ躊躇した。

 しかし春季の目には、ここに目木が放りこまれたようにみえていたし、兄達もここに消えて行ったようにしか見えなかった。…そうだ。御丁寧に春季の口真似をしてからかっていたっけ。

「…しかし…たしかにこれは…色は変だが、ちゃんとした炎だな。熱い。」

 陽介もそう言った。

「…そう…みたいですね。」

 春季もそう答えるしかなかった。

 しかも香木が燃える匂いはかなり強く、そばに来ると頭痛がするほどだった。 

 春季はふと思い立って、祭壇から燭台をとった。

 燃えている蝋燭をふきけし、台からとりはずした。

 そして炎の中に投げ込んだ。

「あっ…」

 陽介が思わず声をたてた。…燭台はすいこまれるように消えた。

「…なるほど、お前の言ったとおりだ。」

「…行くしかないみたいですね。…僕、行きます。…先輩はここに残ってくれませんか。」

「どうして。」

「…兄達は先輩を探してました。危害を加えて口止めする気だとおもいます。…いや、下手したらもっとひどいことになるかも…。」

「…。そうか。事情を少し見ちまったからか。」

「…目木さんのこと、僕がみてきますよ。」

 春季は心にもないことを言った。

 陽介は少し考えてから、うなづいた。

「…わかった。たのむ。…そうだ、役にたつがどうかわからないが…これ、持って行け。…お前はつかえなくても、目木なら使えるし。」

 陽介はそういって、コートの内側から何かを引っぱり出して、春季に渡した。

 …短刀、だった。日本刀だ。

「…先輩…これ…」

「向こうへ行ったら、入り口付近にかくしておくといいかもしれない。目木には隠し場所を伝えれば十分だから。…なんにせよ、お前はつかわないほうがいいかもしれんな。親兄弟と刃傷沙汰はよくない。…まあ、扱いはまかせる。」

「…これ…とても大切なものなんじゃ…」

「…だな。オヤジが寄越したものだしな。だが気にしなくていい。…必要ならためらわずに使え。オヤジからそう言われてる。…でもちゃんとあとで返せよ。」

「もちろんです。」

 目木の件で適当なことを言ってしまったのを、申し訳なく思った。

 …きちんと、目木を見て来よう。

 春季は短刀を受け取った。服の下にかくし、うなづいた。

「…危なくなったら逃げてください。」

「ああ、分かってる。大丈夫だ、俺は逃げ足は体育んときの10倍くらい速いから。」

 春季は少し微笑むと、祭壇に上がった。

 白い炎は相変わらず少しも衰えず、ごうごうと燃え盛っている。近付くと、髪がちぢれてきそうに熱かった。

 不思議な心地がした。なんとなく、自分はこのまま死んでしまうのだ、というような気分になった。しかも、何故かとても静かにその気持ちを、自分は受け入れている。

 今まで生きて来て、そんな気持ちになったことは一度もなかった。死というものをとても恐れていたし、今このまま死んだりしたら、到底自分は浮かばれないと、いつでも思った。

 なのに今はとても静かな気持ちだ。…それになぜ死の確信があるのだろう。投げ込んだ燭台は消えたままだし、兄達はここを自在に出入りしているというのに。

 春季はもう一度だけ、陽介のほうを振り向いた。

「…じゃ、行きます。」

「…気をつけて、春季。…親も人間だ。油断するなよ。」

 春季はうなづいた。

(…これが死なら、このひとが僕を看取ってくれるってわけだ…。)

そう思うと、妙な満足感に満たされた。

(…なによろこんでるかなあ、僕も。馬鹿?)

 春季はそう思って一つため息をつき…それから。

 ふわりと白い炎に飛び込んだ。


+++

   

 なまあたたかい。

 斎は顔をしかめっぱなしだった。

 あたりはまっくらで、何も見えない。

 人の気配もなく、静かだった。

 連中は一体どこへ消えたのだろう。

(呪文のおさらいたまにゃしないといざってときに出て来ないって…そういや言ってたよ、おかーちゃんが。)

 まったくおっしゃる通りの事態になってしまった。

(ちえ。あのまち出りゃわからずやの婆どもや、得体のしれないかみさまと縁切れるとおもってたのにな。くそ。逆襲だ、逆襲。「逆襲の婆」ってどうかな。…アハハ。馬鹿、タイトル作ってわらってる場合じゃないよ、どうしよう。)

 体は縄でぐるぐるまきにされている。どうやら大理石らしい冷たい台の上に置かれて、すでに長い時間が過ぎた。

(しかも、なんか、生臭い、ここ。)

 斎は首をあっちこっち向けてみたが、まったくもって深い闇にすべては覆い隠されている。

(いやだなー。どうなるんだろ。また木、生やされるのかな。痛かったなあ。ここ数年ああいう痛さ、なかった。昔訓練中に崖からおちたときだって、あんなに痛くなかったもん…。…ヤバイよ、絶対。もう様子見てる場合じゃないや。とにかく逃げよう。)

 と、まとまらない思考を無理矢理まとめあげた斎は、もそもそと体をよじって、縄の緩みを探した。

「…やっと動く気になったのね。」

 ものすごく近くで突然そんな女の声がして、斎は芋虫状態のまま飛び上がった。

(ギャ-!!怖い!!)

「…まず明りでしょう、まったく愚かな。」

 神聖言語だった。斎が生まれ育った神殿の言葉だ。

 暗闇にぼうっ、と火が浮かんだ。

 まるで…

(ミ…ミモリ-が言ってた「ひとだま」みたいだ…)

「…こんにちは、神聖樹都神殿の禁忌の子リドラ。…わたしは谷の神殿に昔いたリリヤという教母です。」

 その声とともに、人魂の照らす明りの輪の中に、一人の婦人が現れた。

 美しい金色の髪をほどいて肩にたらした、青い目の女だった。年は40過ぎだろうけれども、とても美しい。ふっくらとした女らしい体つきはどこか小夜を思わせた。

「…あたしの名はこんな闇でよばないほうがいいよ、リリヤ。…斎と呼びな。みなそうしているから。」

 斎はとりあえずハッタリをかました。

 リリヤは少し黙った。

 …あたりだ。今も昔も教母たちは信心深い。

 昔から斎はよくそれを利用して「穢れをうつしてやる~!」と同年代の女の子を追いかけ回して泣かせたものだった。…逆虐めだ。そうでもしないとやってられない生まれだったので。

 おかげさまで戦闘能力だけは高くなった。

「…で?あたしを縛りあげて、アブナイ遊び?」

 斎が尋ねると、リリヤは言った。

「…危ないけれど、遊びじゃないわ。…夫と息子たちに会ったでしょう?」

「…よくあんなに産んだもんだよ。」

「まあ、ありがとう。…褒め言葉よね?」

「…その上あんなにでかくして、しかも変な育てかたして。」

「…あなたを最初に囲んだ魔法は、単なる正方形の魔法なのよ。…ただし、すこしの狂いもない『真の正方形』ですけどね。…あの図形を描くためには、毎日呼吸を合わせる訓練ができる家族でないと無理なの。」

「…そういうことのためにあんなに増やしたのか。」

「…そうね、それに、私もあきらも他に派閥をもっていないから、こうでもして増やさないと、とても教団で発言権を得ることなんてできないのよ。」

「あきらって…だんなさん?」

「…ええ。夫よ。」

「…かけおち相手の。」

「…そうよ。」

「ヒューヒュー。」

「…」

 リリヤは気分を害したようだった。

「…まあ、いいわ。」

 気を取り直すためにそう言って、リリヤは咳払いした。

「…夫の話をしようかと思ったけれど、やめるわね。どうせあなた、もう二度と向こうへいくこともないのだし、かまわないでしょ。」

「人の人生勝手にきめるなよ。…てゆーか、夢見、なんだって?末の息子がそう言っていたけど。」

 斎が何気なしにそう言うと、リリヤは途端にうってかわった自己陶酔たっぷりの高慢な態度で喋り出した。

「…ええそう。彼は非常に強力な夢見なの。しかも『真秘』の夢見なのよ。まず男で夢見だというのがとても珍しいでしょう?」

 斎はいささか驚いた。突然ダンナ自慢が始まるとは思わなかった。とりあえず、冷静に内容だけ訂正した。

「…ウチの総長が言ってたけど、それって偏見らしいよ。」

「でも実際に他に男の夢見なんて、みたことなかったわ。」

「そりゃあ、あんた、そもそもダンナ以外の男知らなかったでしょうに。神殿にいたんだもの。あたしは男の夢見に会ったことあるよ。何人も。みんな隠してたし、それに能力のばそうともしてなかったけどね。」

 リリヤは不機嫌そうに黙った。そして少ししてから言った。

「とにかく、夫と…それから4番目の息子は夢見なの。」

 リリヤはまるで自分の自慢のブランドをまがい物呼ばわりされたかのような不機嫌な態度に変わった。

「…」

 ちょっと悪かったかなと斎は思ったが、いつまでも間違ったことを覚えているよりいいだろうと思いなおし、とりあえず黙って聞いてやった。

「…夫は日本の生まれだけれど、子供のころから魔法樹の夢をみていたのよ。どれくらい強い力かわかるでしょ。こんなに離れたところで見るなんて。素晴らしい能力だわ。」

 斎は少しイライラしはじめた。…なんなんだこのオバサンは。夢見がそんなに珍しいのだろうか。巫女さんなら頻度はべつとしても、必ず「夢」を見ているはずだ。斎もときどきぶっ倒れて爆睡して不思議に楽しい夢でいろんな人に会ったりするが、連邦の医者には「ナルコレプシー」と病名をかかれた。でもまた正してやるのもめんどくさかったのでほっといた。

「ああすごいね。それで?」

「御方に近付こうとして、夫はヨーロッパに、そしてアフリカに来たの。そして自力で神殿を探し当てたのよ。」

「あーそう。いい根性だね。でも入り口で八つ裂きでしょ?男子禁制の結界があるもの。」

「…黙ってきけないの?躾の悪い子ね。やっぱり血が汚いとだめなのかしら。」

「…」

 しかたがないので斎は黙った。

「…そこで私と知り合って、…私はとても『真秘』には興味があったの。夫の話をきいてすぐに『この人は真秘の夢見だ』とわかったの。夫と一緒にいるほうが、神殿の年功序列に従うより早く『真秘』にたどり着けると思ったの。それで神殿を出たのよ。」

 このオバサンはどうやら神殿でいうところの『真秘』に大変な執着をもっているらしかった。

 夢見にもいろいろあって、『真秘』の夢見はようするに「かみさま」の思考や記憶を夢に見ると言われていて、それを記録する義務をもつ。この神様の思考や記憶、そしてそれを記録した文書や絵画は一括してレコードとよばれた。斎の母親のイヴは『真秘の夢見』で、樹の神殿のレコードの管理者だった。だが斎に輪をかけたような性格だったイヴは神聖文字のカリグラフィーが大の苦手で、教母の仕事の中でもこのレコード関係のことが一番嫌いだった。そのとばっちりで斎が神聖文字のカリグラフィーの仕事をおしつけられていたのだ。何一ついい思い出がない。

 …どうせなら『伴侶』の夢見がよかったねえ。おかーちゃんの友達で『伴侶の夢見』がいてさ、うらやましかったねえ。まあ、おかーちゃんにはおとーちゃんがいるから、今はいいけどね別に。

 いつもそんなことを抜かしてたふざけた母親だった。ちなみに伴侶の夢見は神様とデートする夢をみるのだそうだ。

「あー…いるよね、たまに。勉強好きのイッチャッテル教母さん。」

 血がどうこう言われたので、斎はわざとそういう嫌味を言ってやった。案の定、リリヤはむっとした顔になった。 

「…おまえのせいで魔法樹が枯れたのですよ、斎。…少し自分の存在を自覚しなさい。」

 低い声でリリヤはそう諭した。

 斎はハナでフンと言った。

「…知ったことじゃないね。」

「傲慢な娘だこと。」

 リリヤも嫌味たらたらの口調で言った。

「…そんなこと言っていられるのも今のうちですよ。イヴの娘よ。…3年前ごろから、夢が消えました。突然でした。…知っているでしょう?」

「…さっきあんたの末息子から聞いたよ。それまで知らなかった。」

「…我々は調査隊を出したけれど…聖地は消失していました。」

「…」

「…さる筋から衛星写真も撮ってもらいましたが、無駄でした。」

「…」

「…我々は樹都の生き残りを探して探してさがしつくしました。そして…あなたと、数人の痕跡をみつけたのです。3年前の6月にX-DAYがあった…そこまではわかりました。問題は、そのX-DAYが何だったのか、です。…あなたは連邦に重傷を負って担ぎ込まれている。渦中の人であったことはわかっています。」

「…うん…まあ、そうだね。」

「樹都は何故消えたのですか。魔法樹はどうして枯れたのですか。」

「…樹都が消えたって話は、実はそれもさっきあんたんとこの息子に聞いたんだよ。それまで知らなかった。…それから、魔法樹は枯れてないとおもうよ。」

「…ふん、そう言うだろうと思いました。…自分のせいだと認めるのが嫌だから、とぼける気なのですね。…あなたの穢れた血が聖地に流れたから、魔法樹は枯れたのです!」

 斎はむっとした。…そしてまず溜息をつき、それからゆっくり、はっきり、言った。

「魔法樹は枯れてないさ。枯れてたら魔法が使えるわけないじゃんか。おまえらの正方形がつかまえた力は何の力だとおもっているんだ?それに、夢だって途絶えてない! あたしは相変わらず見てたし! それに連邦にきてから夢見に会って、その人も見てた! …あんたのダンナ、トシでアンテナ鈍ってンのと違うの?!」

「夫だけではありません! 息子もです!」

 リリヤはひどい侮辱をうけたかのように金切り声をあげた。

「慎みなさい!それ以上の侮辱は許しません!」

「まず!自分が!わたしを!侮辱していないかどうか、そこんとこを考えろ!! おまえらは何かって言えばすぐ私の血のせいにする! 神殿の常識から言って、突然夢を見なくなる現象なんか珍しくもなんともないはずだ! 『恩寵を失う』って言葉、聞いたことがないわけじゃないだろ!しかもそれはむしろ祝福されるべきできごとだったはずだ! みんなあの睡眠衝動に苦しんでいるんだからな!」

 一語一語区切って、叩き付けるように斎が怒鳴ると、何故かリリヤは胸を押さえて「くうう…」と苦しんだ。

(しまった!やりすぎ?)

 斎はまずリリヤから目をそらし、それから短く息を吐いた。するとリリヤは楽になったようすだった。

(…くそ、力の抑制がまるっきりきいてない…ダメだ、やっぱ少しは訓練しないと…)

 話をかえなければ、このお嬢様がそのままお母さんになったような女を呪い殺してしまいそうだった。斎の「血」ならばそのくらいの呪いは朝飯前にこなしてしまう。

 斎は静かに溜息をつき、話を変えた。

「…とりあえず、じゃあ、あたしが知っていることを話すよ。」

 斎は肩を竦めようとしたが、縄でぐるぐるまきだったので、少し身動きしたにとどまった。

「…あの日、目が覚めたら、屋根がなかった。」

 リリヤは一瞬何を言われたのかわからなかったようだった。

「…ど、どう言う意味?」

「まんまさ。…戦争だよ。屋根が吹っ飛んでて、わたしは瓦礫の中に仰向けになって寝転がってた。2階建ての家で私の寝室は2階だったけど、1階も2階もない状態だったね。…実は前日にお母ちゃんと大げんかして神殿飛び出しててさ、ちょうどお父ちゃんが非番の日だったから、家に戻ってみたんだ。でもお父ちゃんはかえってきてなかった。忙しい人だからね。…あたしはその日一人で実家にいたんだ。朝方寝てるあいだに『夢』が始まって、そのまま昏睡していたらしい。」

「…戦争?」

「…幸いケガはしていなかった。私は瓦礫をかきわけて、もと家だったところを出ようとした。…でもどこが家でどこが道なのかよくわかんなかった。家を出たら家のまえになんか犬くらいのおおきさの真っ黒い炭が前衛芸術みたいに転がってて…よく見たら、隣のウチの坊やのネックレスがぶらさがってた。…核かビームだなって思った。あたし、軍人の訓練受けてて、そういうの聞いたことがあったから。」

 リリヤは思わず口を覆った。

 斎は続けた。

「…どっちに行こうか悩んだ。おかーちゃんのいる神殿か、おとーちゃんたちのいる総長宮か。…見上げたら、まだ空はドームを被ってた。だから総長宮にいくことにした、神殿はドームのそとだから。…そのとき、まだ魔法樹は健在だったよ。これはまちがいなし。」

「…」

「町は滅茶苦茶だった。私の自宅の近辺は最も被害の大きかった地区のひとつで…うちは爆風か振動でぶっつぶれた感じだったけど、他は燃え尽きてて…妙に広くなってた。ウチはお母ちゃんが『水の守り』をかけていたんだ。まあ火災保険みたいなもんかな。だから燃えなかったんだよ。住宅密集地で火事をだすと弁償しなきゃならないだろ、御近所。でも耐火魔法しかかけていなかったから、ばらばらにこわれちまったってわけ。

 …大通のアスファルトは戦車でも通ったみたいにばりばりにめくれ上がっていた。転ばないように気をつけていたけど、走りにくかったな。

 …総長宮について…遅かったことを知った。城の中はとても静かで…死人とけが人ばかりだった。うめき声以外の音は何もしなかった。…襲撃を受けたあとだったんだ。私はおとーちゃんがいつもいた詰め所のほうへ行ってみた。…その途中で、弟に会った。

 弟はまるで魂が抜けたみたいになってて…あたしの顔を見てようやくまともにもどったみたいだった。…弟は、血筋の戦士で訓練も積んでいた。気丈な…戦いに関して言うならどちらかといえば凶暴なって言ってもいいような子だったけど…。やっと絞り出すような声で、おとーちゃんが死んでたって…わたしに言った。」

 リリヤは黙ったままだった。

「私は総長宮の中庭の噴水に、お母ちゃんが会話の魔法かけてたの知っていたから…ああ、お父ちゃんとのラブコール用だよ。…噴水に行っておかーちゃんを呼び出してみた。おかーちゃんはそのときまだ無事で…神殿が取り囲まれているから戻ってくるなとわたしに言った。どっかの軍隊で…生体脳を持っているばかでかい複合戦車がきているから、多分神殿が陥ちるのも時間の問題だって言ってた。…神殿のピンクどもがビビって結界がやばいって…。なんかそんなようなこと言ってた。」

「ピンク…?」

「ああ、結界張る能力者のグループ。うちんとこではピンク色の上着着せてたから、ピンクって呼んでたんだ。…あたしはおかーちゃんにおとーちゃんが死んだって言った。そしたらおかーちゃんは、弟や兄貴と合流しようなんて考えずに、とにかくしゃにむに一人で逃げろって言った。さばくに出て神殿と逆の方向へ行けって。…通信はとぎれとぎれで、お互いそれだけ。

 …あたしはしばらく弟と…今朝起きてからのことや、今何がおこってるのかってことを話した。そうしたら弟が…ああ、弟は総長宮で仕事してたから…どうやら連中の狙いは食料らしいっておしえてくれた。食料もっていかれたら、残ってても餓死だよ。結局弟と一緒に、町を出ようって結論になった。多分そのころには神殿も陥落してただろうね。日もかたむいてた。

 …ドームの出口に、軍隊がいて、警告なしに撃たれた。こっちはあたしと弟だけだったけど、やっぱ駄目だった。出してくれる気なかったらしい。あたしは腹に2発くらって…もう動けなくなった。…そのとき弟が、それでもそこを突破しようとして、戦闘になって…」

「…まちなさい、お前の弟はそのとき幾つだったのですか?」

「…トシなんて…血筋の戦士が本気だしたら普通の戦車なら一撃だし…一発重力握れば人間なんて骨片しかのこらないよ。…アハハ、あんた穢れた血とか禁忌の子とか言ってるけど、その本当の意味、全然わかってないんだ!アハハハハ!...あたしはわかってるよ。自分らのことだもん。…脊髄にさ、命令をプログラムするの。あとは、考えなくても、…人間の思考スピードを遥かに凌駕する速さで肉体が戦う。それが血筋の戦士ってものさ。…弟がそうして時間を稼いでくれたところへ、奴が来た。」

「…奴?」

「…ベルジュール家のラウール坊やさ。…選べ、といった。…弟は…問いかけに答えなかった。…もう死んでいた、んだ。」

「…」

「…死んだまま脊髄が命令を実行していたんだ。」

「…」

 リリヤは今にも吐きそうなほど眉をひそめて、口をきつくおさえていた。斎はリリヤを見て、凶悪な顔になった。

「ラウール坊やは弟の体を私の前にひきずってきて目の前に投げた。そして、君も馬鹿げた死ってやつのほうを選ぶのか?と私に言った。馬鹿げた死だって?!弟はわたしを助けようとしたのに!」

 斎はそう言って、少しの間口をつぐんだ。

「…でも、ラウール坊やも、私と弟を助けようとして来たんだ。あとで話をして…それは分かったけれど…彼が怒ってたのも…弟が彼の手を拒んだように思えたからだって。…でもそのときは…。

 …私は、結局助けてもらったさ。…だって弟が…助けてくれた命だしね。…生きなきゃと思ったんだよ。でも凄く嫌だったし、凄くなさけなかった。…悔しかった。」

 そう言うと、斎はゆっくり息を吸って、それから吐いた。そして気をとりなおし、話をつづけた。

「…それから私は3ヶ月ほど『夢』を見て暮らした。ああ、私は『旅』の夢見さ。戻って来て『地図』を描くのがわたしのつとめだった。もうつとめはなくなったけれど、私は…帰りたいと思わなかったので、それまでは恐れて、いくことのできなかった領域へどんどん飛んでいった。『旅』の話を素人にしても仕方がないけれど…私は『河原』の向こうまで行ったんだ。そのあとは『河』のあたりをうろうろしていたりした。

 ある日『河原』で、音楽を聞いたんだ。素朴な弦楽器で、和音が綺麗だった。近寄って行くと…大きな黒いドラゴンが横たわっていて…音楽はそいつの鼻歌だったんだ。ウロコがぴかぴか新品の鎧みたいに光っていて、とても綺麗な生き物だったよ。…私はそのドラゴンの頭にのっかってみた。そうしたらドラゴンがふわっととびあがって、随分こちらにちかいところまでつれられてきてしまった。そうしたら誰かが私を呼んでいて…それで私は帰ってきたんだ。

 …かえってきてみると私はラウールの養女ということになっていた。出て来た食べ物は…樹都のそれだった。うすうすそれで分かったよ。

 …友達が調べて確かめてくれたんだが、3年前、いや実際は3年半前だね、連邦の穀倉地帯で小麦に虫がついたんだよ。抵抗力のない改良種はあっというまに死に絶えた。半年たって飢饉のおそれが出始めた。…それで連邦都市の多くが、非連邦の小都市の食料を狙って侵攻してきたのさ。それが樹都に起こった日…あんたの言うX-DAYっていうのは、その日のことなんだろうね。

 わたしは初めよく理解できなかったんだけど、友達が教えてくれた。連邦では、連邦以外に都市はないってことになってるんだって?つまり都市として認めないって。むろん国家などでもない。だから連邦法の適用範囲外になって…つまり、そういう相手にならなにしてもオッケーってことなんだって?」

「…」

「…人間としてどうよ…とか言う気はないよ。ウチのドームなんか公然と口減らししてたし、平均寿命45くらいだったもの。そりゃ、こんなぬくぬくの連邦から見ればそっちこそ『それどうよ』だよね。…でも連邦の理屈が正しいとは思わない。思わないさ。あたりまえだよ。」

「…」

 リリヤは黙ったままだった。…彼女が政治談義に向いていないのは、斎でなくとも見ればわかる。けれども斎はどちらかというと物事を鳥瞰図で考えてしまうたちなので、こういう言い方になってしまうのだった。

「…私がしっているのはこれだけさ。あんたが教母さんだと思うから、『旅』の話をしてやったんだぜ。出血大サービスだ。そっちの広報によく伝えといてくれよな。樹のことなんかしらない!でも魔法樹は魔法の要なんだ、魔法が動く以上は魔法樹も無事だよ。…目に見えないなら結界がはってあるんだろ。それだけさ。」

 斎はそう言って話をしめくくった。

「…では…どうして夫と息子は夢を見なくなったの…?」

 リリヤは怯えたように言った。斎はむかーっとして怒鳴った。

「きいてなかったのかよ ! そういう現象のことを『恩寵を失う』っていうんだよ! 3年間一度も夢が訪れなかったら晴れて神殿卒業だ! 『尊母さま』って呼ばれて、希望するなら避妊手術をうけたあと神殿を出ていける! ふざけんな! このクソッタレ女! いくつまで神殿にいたんだ?!」

 リリヤは首を左右に振ってつぶやいた。

「…13よ。谷の平均寿命は30才だもの。結婚年令だったのよ。」

「13?!」

 斎はびっくりしておもわず口をあけた。

「13にもなってて知らなかったのかよ!『恩寵を失う』話はたいてい神殿にはいってすぐ聞かされるもんだ!」

「…お前のいた神殿が世界の全てだとおもわないで。…谷は…ちがう…尊母様なんて…きいたこともない。」

 リリヤはとぎれとぎれにそういうと、ふっと明りを消していなくなった。

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