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蕾が花開くとき

掲載日:2013/11/02

 前書き


 これから紹介するのは心理学者の故・高梨 麻奈の遺品から発見されたものである。

 わたしはさまざまな成り行きから親友の遺品の整理を任されたのだが、その作業の中で特に目を引いたのは新等井(にいなどい) 友彦(ともひこ)なる人物に関するファイルである。

 そのファイルは十数冊にも及ぶ新等井が書き残したノートをまとめたもので、内容から見て患者の治療の一環として書かせたことに間違いはなかった。実際そのファイルには高梨の手書きによる覚え書きがびっしりとあり、またそれらとは別に―今のところ確認できたものでは―七冊にの考察ノートも見つかった。

 高梨の分析を読むかぎりその患者は重度の妄想に囚われており、わたしがそのうちのひとつの公表に踏み切った理由もその症例が引き起こすことになるかもしれないことを防ぐためである。不幸な偶然により高梨のカルテの大部分は喪失しており、現在把握している段階では新等井なる人物の情報はまったく皆無に等しく、なおかつこれまでに発見されたファイルから患者は危険な状況であると推定されている。

 そしてその危険な状況というのは患者自身ではなく、周りの人物にたいするものである。

 わたしが願うのは、ただ最悪な事態を避けたいということだけである。もしこの新等井 友彦なる人物に関する情報をお持ちの方は直ちにわたしの元に連絡をいただきたい。


 追記


 なおこれから公表する手記は、一番最初に書かれたものと推定されるもので原文のまま転載しており、わたしは内容に関して一切の手を加えていない。また高梨による分析もすべてカットしている。


医学博士 金村 誠一郎


 ※


 1


 なぜ自分なのか、それは今もよくわからない。ただ確信して言えることは、人間にはどうにもしようがない事態があるということと、その結末はたいていにおいて破滅だということだけだ。 


 一番最初の体験は僕が高校二年生のときのことだった。そのときはまだ自分は世の中の怪奇現象といったものを娯楽としてみることができたし、それがまさか自分の身に起きるとは思ってもいなかった。そしてそれをきっかけとしてなのか幾度も異常現象とめぐり合うことになるのだけれども、そのときはまだそんなことを知る由もなかった。

 それがいつ始まったのかわからない…ある日気がついたときにはもう、何十人もの失踪事件が小さな町である牧野瀬で起きていた…そしてその中には同級生も含まれていた。けれどもそれは自分には関係のないことだと思っていたし、失踪した同級生にしてもそんなに親しい間柄ではなかった。それにそのうちの一人は、はっきりいって嫌いだったので言葉は悪いけれども、内心ではいなくなったことを喜んでいた。

 様々な事件に遭遇した今では、そう思ったことを後悔することがある。僕が災厄に巻き込まれるのは人の不幸を喜んだ罰なのではないかと、本気で考えるのだ…

 だけど同時に”自分はそういう星の下に生れたのだ”とも思ってしまうこともある…


 2


 それはある日の昼休みのことだった。

 いつものように、のんびりと休み時間を満喫していると、後ろから友人の誰かが声を掛けてきた。それが誰だったのか、そして何人と話していたのか今ではもうおぼろげにしか思い出せない…それこそ会話自体はなんとなく思い出せるのだけれども、いざ自分が何を言ったのかとなるともう…正直その会話自体があったのかどうかすら怪しくなってきているくらいである。

 ただその噂話にたどりついたのは、他愛もない会話の果てだった記憶がある。

 その一言はとてもシンプルだった。

「最近失踪事件が多いよね」

今思うにそれが自分にとってもきっかけだったと思うことがある。

「本当にそうだな」

「それにしても不思議な事件だよな、失踪者に何一つ共通点がないっていうのも」

「でもさ、すべての事件がつながっているとは言えないんじゃないの?なかにはそれに便上して失踪したというのもあるんじゃないのかな。べつに置手紙だとか脅迫状だとかもないんだし」

「それはそうだろうけれど…だけど失踪現場には争った形跡と大量の血が残されていたって話だぜ」

「それってただの噂話だろ、そんなこと新聞やテレビでも言っていなかったし」

「そんなこと公共の場で流すものか」

「今時それくらい珍しくないだろ」

「それは都会での話、ここは小さくて目立たない牧野瀬だぜ」

「ミス・ジェーン・マープルいわく、人間は誰もが似たり寄ったりだってさ、どちらかといいうと田舎町のほうが邪悪だってさ」

「誰だよ、そのマープルって奴」

「たしか小説の主人公じゃなかったっけ」

「そう、正解…とにかくさ、牧野瀬だからってさ凶悪犯罪が起きないってことにはならないってことさ」

「それってただの屁理屈だろ」

「とても説得力がある屁理屈だと思うけれどね」

 それからしばらくの間は話がどこともしれない方向に脱線し、いつの間にか本筋へと戻っていった。

 「そういえばさ、誘拐犯の正体は怪獣だって噂もあるよな」

「何だよ、怪獣って…俺のことをからかっているのか?そんなものを信じるように見えるか?」

「うん、残念ながら」

「僕も彼に同意」

「同じく」

「俺はどういうキャラなんだよ…お前だけはさ…」

「目を逸らしちゃダメだよ。本気で落ち込んじゃったじゃないか」

「誰のせいだと思っているんだよ」

「面倒くさい人だな、君って奴は。いいから話が進まないよ」

「お前…本当に冷たい奴だよな。まあ前から知っているけれど…ともかく話のつづきをしようぜ」

 僕の耳に、誰かの呟き声が聞こえた。

「やっと進んだ」

それは僕も同感だった。

 「俺が聞いた話じゃ、失踪者はあの幽霊研究所に閉じ込められているってものだったぜ」

幽霊研究所というのは町のはずれにあるかつて何かの研究所として使われていた施設のことである。自分が生れる前にはもう閉鎖されてしまったので、実際にはどういった研究がされていたのか知らないし、僕自身特に興味はなかった。もちろんそれにまつわる噂話だとかは好きだったけれども。

「えらく自信満々だけれどさ、その目的は一体何?」

「幽霊研究所の話は知っているだろう」

「色々とありすぎてわからないよ…表向きは所長が病死したから閉鎖されたけれども、実は死んでいなくて今も研究をつづけているだとか、幽霊として研究をつづけているだとか色々あるし」

「俺は論理的な人間なの、幽霊だとかそんな目に見えないことは信じないし、それこそ怪獣なんて…さ。小学生じゃあるまいし。とにかく、俺が聞いた話じゃ、実は死んでいなかった所長が次々と町の人間をさらってきては、人体実験に使っているんだとさ」

「悪いけれどもそれだって小学生レベルだよ。そもそも何だって今までその所長は大人しくいたのかって話しだし…何より普通人体実験に適したものって、若くて健康なものだろ?さっきも言っていたけれどさ、失踪者は老若男女、年齢関係なしだぜ。だいたいさ、これも噂にすぎないけれども、現場に残されていた血の量は致死量っていう話しだし、死んだ人間で人体実験だとか無意味なんじゃないのかね」

「それはその…死体でしかできないことを…」

「たとえば?

「えーと…」

「それにしさ、何だってわざわざ損場で血を流すまねなんかしたんだろうな?テレビでいっていたんだけど、残された状況から見て、その血は争ったときのものじゃないって」

「べつにどうだっていいんじゃないか、そんな些細なこと」

「君はヘイスティングスとしても最低だね」

「誰だよ、そのヘステングって」

今度は誰も突っ込みをいれなかった。

「だったらさ、今度みんなで行こうぜ」

「怖がりのお前が行けるもんか!それに結局何も見つからないさ」

「行ってみないと何が起きるかわからないだろ!」


 そのバカ話から数日後、彼らは失踪した。

 

 3


 二年間も高校に通っていると、登校という行動にも習慣というものができるものだ。もちろん人間なのだから完全に同じ行動というわけにはいかないし、習慣から外れたりそもそも変わったりすることもある。けれども基本的には似たようなものの繰り返しなのだ。

 彼女とはいつも同じ角で出会う…隣のクラスの子で、特別にきれいだとか美人というわけではないし、どちらかというと地味で目立たない子で特にいじめられているということはなかったようだけれども、暗い雰囲気のせいであまり友達もいないようだった。

 彼女とは高校に入ってから出会った。一度も同じクラスになったことがないし、かなり存在感が薄い印象で、しゃべったこともなかった…にも関わらず僕は彼女に恋をしていた。その理由も、いつそう思うようになったのかはわからない。気がついたときにはもう僕は彼女に夢中だった。

 

 その日の朝も、いつもと同じ時間に家を出た。最近では習慣破りが流行なのか、それとも別の理由なのか、その時間帯の顔なじみがだんだんと少なくなっていた。何の前触れもなく、彼女に告白をしようと突然思ったのは、その習慣破りに毒されたからに違いない。

 不思議なもので、心の中は興奮と不安でいっぱいなのに、僕の歩くスピードはいつもと変わらない早さだった。

 一つ目、二つ目…と曲がる角の数をなぜか数えながら、とうとう問題の過度にたどりついた。

 僕はひとつ深呼吸をして、思い切って歩を進めた。


 そこには毎朝出会うはずの彼女はいなかった。


 4


 次の日の朝、僕はいつもの時間帯に家を出た。そして両親に気づかれないように学校に病欠の連絡を入れた。自分は今も…特にべつの事件の影響もあって未だに携帯電話は持っていない…だから学校に連絡を入れるためには家の電話を使うしかなかったのだけれども、これが大変だった…公衆電話を使うにしても場所的にかなり遠いところにしかなかった。

 そして無事にすべてを終わらせて家を抜け出すと、昨夜家族に気づかれないように準備したものを手にして歩き出した、町の片隅に放置された幽霊研究所に向かって。

 そこにたどり着いたのは、午前十時を少し越えたくらいだった。空はその季節にはその季節には珍しく、重く暗い雲が隙間なく浮かんでいて、何だか一雨きそうなだった。

 その小さな研究所のデザインは味も素っ気もないもので、ただ長方形に窓とドアをとりつけただけのようだった。閉鎖されたのが僕が生れる前だったから、当然のことのように外観は荒れ果てていたし、それは中も同じだった。

 カバンから強力な光のペンライトを取り出すと、それが作り出した光の円を頼りに慎重に歩を進めた。あちらこちらに硝子やコンクリートなどの破片が散らばり、どう歩こうが足元から何種類もの音が響いてしまう。

 研究所の中央部分にはすぐにたどり着いた。

 そこは今までと空気そのものが違っていた。なぜかそれまで感じなかった土と何かの甘いにおい、それに鉄サビのかすかなにおいが漂っていた。

 ペンライトで注意深く周りを照らすとそこには見覚えのある、それこそ自分が身に着けているカバンや靴がいくつも無造作に転がっていた。そしてなぜ今までそれに気づかなかったのか、部屋は濃い赤で染まっていた。僕は無意識のうちにペンライトを口にくわえると、カバンをしっかりと抱きしめてその中に片手を入れた。

 それはすぐに訪れた。

 何かが這うかすかな音と辛うじて感じる振動がしたかと思うと、何かが床を突き破ったと思った…だけどそれは間違いで、そこはもともと跳ね上げ式の扉になっていて、”それ”が単純に戸を開けただけだった。だけどそのときはそれに気づく余裕はなかった。何かが襲い掛かってくるのを感じた僕は、昨夜せっせと作った簡易式の火炎瓶|(父親の自動車からくすねてきたガソリンを小さな瓶に詰め、乾いた布で口をきつく閉めただけのものだった)にライターで着荷して向かい来る何かに投げつけた。

 瓶はそのやわらかい何かに跳ね返されて地面に落ち、割れた。そして中身のガソリンをあたりに撒き散らしたかと思うとたちまちその一帯は炎に包まれた。運よくその中に”それ”は含まれていた。

 ”それ”が一瞬ひるんだ瞬間、跳ね上げた戸にギリギリ通り抜けられそうな隙間ができた。ほとんど直感的にその暗い闇の中に火炎瓶を二本放り投げた。

 瓶が割れる音がした瞬間、部屋は今まで聞いたことのない轟音と体験したことのない振動とともに崩壊した。

 避ける間もなく僕は落下し、やがて背中にものすごい衝撃を感じ、くわえていたペンライトはどこかへと吹っ飛んでいってしまった。皮肉的なことにその痛みのおかげで気絶することはなかった…そしてそれは同時に運命の分かれ目だった。”それ”は休む余裕を与える気はまったくなかった。自分でも感心するくらいの素早い判断で体を横に回転させた。今まで居た場所に”それ”の一部が放たれた矢のように突き刺さっていた。

 カバンを抱きしめていた格好がよかったのか、奇跡的にもカバンの中の瓶はほとんど無事だった。そしてすぐに立ち上がると駆け出した…どこに向かって?そのときはもうただ本能に従って走るしかなかった。そして同時に次々と迫り来る”それ”に火炎瓶を投げつけた…後ろを振り返らなかったので実際のところはそのときはわからなかったのだけれども、かなりのダメージを与えた感触はあった。

 そこは信じられないほど広大だった。自然なのか人工なのか、壁はすべて土で覆われていたもののそれはしっかりとしていて、崩れる心配はなさそうだった。禍々しいことにその表面のあちらこちらに”それ”はうごめき重なり合っていた。けれこどもこれまた皮肉的なことに”それ”が放つ、薄白い明りが光源となっていた。

 ”それ”の中には何人もの人間が絡め取られていた。考えるまでもなく彼らは失踪者だった。そして…彼らはわずかながらも呼吸をしていた。

 だけど僕の目的は彼らではない…可哀想だけれども、彼らは”それ”が僕に襲い掛かってくるせいで、次々と炎に包まれていった。


 5


 彼女を見つけたとき、完全に時間の感覚は失われていた。そしてカバンの中の瓶も確実に減っていた。

 彼女も”それ”に絡みとられていた。その顔は危険なほど青白かったけれども、かすかながらもたしかに呼吸をしていた。とっさに脈をとった。それは目に見るものと反比例するかのようにしっかりと打っていた僕はカバンからナイフを取り出すと、”それ”を少しのためらいもなく切り裂いた…冷静に考えてみるとそこから滲み出すものが無害である保障はどこにもなかったのに。切り口からは粘ついた薄く白濁した液体と、気分の悪くなる甘ったるいにおいがあふれ出てきた。

 ”それ”はやわらかいくせに妙な反発力を持っていて、ひとつ切り取るのにも苦労した。そのうえその間も猛攻の手を休めることはなかった。人間切羽詰ると何でも出来るものだ…ナイフで”それ”を切ると同時に襲い掛かってくるいくつもの”それ”に向かって火炎瓶を投げつけていたのだから。  

 やがて努力が実を結ぶ瞬間が訪れた。

 ナイフに加わる反発力が急に軽くなったと思ったら、僕の体に彼女は倒れこんできた。慌てて彼女を抱いた。体は何と支えることができたけれども、支えのない頭はカクン、と後ろに落ちた。その軽い衝撃で彼女の意識が呼び覚まされたのか、薄くまぶたを開けた。そのきれいなこげ茶色の瞳に浮かぶ光に、知性のきらめきはなかった。多分、急なショックのせいで心が混乱していたのだと思う。

 僕は彼女の腕を取ると引っ張って走り出そうとした。

 その瞬間、目の前に緑色の巨大なものが落ちてきた。その姿は言葉に出来ないほどグロテスクだった。その緑色のものの表面はカサカサに乾燥し、そして丈夫そうだった。それはまるで成長の遅い木が何億年もの時間を掛けた結果、見た目は弱々しくとも内部はしっかりとしているようだった。

 どういう直感なのか、目の前にいるものが危険な”それ”の本体だとわかった。

 実際そのグロテスクなもののあちらこちらから何十もの”それ”が飛び出していてすべて太く、丈夫で一つの例外もなく土の中にあり先端を見せているものはなかった。

 そのグロテスクな緑の頂点に白に近い緑で縁取りされたふっくらとしたものがついていることに気づくのに多少の時間が掛かってしまった。異常なものに目を取られてしまい、全体をみる力を失っていたのだ。

 それが何なのかグロテスクで、巨大であるためすぐにはわからなかった。

 そしてやっとそれが、もうすぐ花開く巨大な蕾であることに気づいたときにはもう、花びらは開き始めていた。


 薄い何かをはがすようなかすかな音がしたかと思うと、それはゆっくりと蕾を広げ始めた。花びらが少しずつ、少しずつ開いていきその中身が薄い光にさらされてきた。そこはまだ暗闇に包まれていた。けれどもその中には目覚めさせてはいけない悪魔が潜んでいることだけは感じ取れた。

 彼女を支えながら火炎瓶を投げるという行動は楽ではなかったものの、その蕾があまりに巨大なことが幸いした。

 それは今も忘れることの出来ない光景だった。やわらかな蕾が音を吸収したのか、瓶が割れる音はせず、急に蕾から炎が吹き出たようだった。

 炎が何かの期間を刺激したのか、一気に蕾は花開いた。

 その姿は普通の花だった…それなのにどういったわけか、それが老人の顔に見えた。べつに模様が顔に見えたわけでも、ましてや顔があるわけでもなかった。

 もう少し観察していればその理由がわかったかもしれない、だけどそんな余裕はなかった。炎に包まれたそれはめちゃくちゃに暴れだし、それとともに”それ”も狂ったように壁を叩き出した。もともと微妙なバランスで成り立っていたのか、先ほどとは一転して壁はもろくも崩れ始めた。近くに大量の地下水が流れていたのか、一部から泥を含んだ大量の水が噴き出してきた。最悪なことは重なるものでどこかしら、多分”それ”から引火性のガスでも噴出しているのかあちらこちらから爆発が起きていた。

 次々とあふれ出てきている泥水のせいで足元はぬかるみ、彼女をひっぱりながらどこにあるともしれない出口に向かって走るのには苦労した。それでも歩みを止めることは出来なかった…むちゃくちゃな”それ”の一撃は命にかかわる威力があるし、水しぶきはだんだんと激しくなり、爆発も小さなものだったのがだんだんと大きなものになり始めていた。

 どこをとっても命の危険があるのだ。

 むちゃくちゃに暴れまわるせいで”それ”は何本もに引き千切れ、切り口からあふれる甘ったるいにおいは”それ”が燃えることによって吐き気を催すものになっていた。それでも僕はそれを抑えて、必死に走りつづけた。ふっと、彼女の方を見ると、彼女はまったく平気なようだった。気が狂いそうなにおいが充満しているというのに、彼女に変化は見られなかった。それだけショックが大きかったのだろう。僕は心の中で、彼女を守らなければ、という思いがますます強くなり、それだけが希望への原動力になっていた。


 6


 希望はあっけなく訪れた。近くの壁が爆発したかと思うと、そこには大きな穴が開いた。

そこから見えたのは暗い空だった、それでも充分に救いの色だった。

 僕たちは急いでそこに向かった。穴は地面から1メートルほどのところにあった。

 素早くそこに這い上がると、彼女を引き上げるため上半身を穴から出して、彼女の両手を握りしめた。

 それは前触れもなく起きた。

 それまで絶えていた土の壁はとうとう水圧に耐え切れずに崩壊した。そして大量の泥水が彼女の体に襲い掛かった。

 僕から見えるのは、つかんだ両腕だけだった。あまりの水圧に彼女を持っていかれそうになるのを必死にkらえて、そこから引きずり出すためにありったけの力を腕に込めた。

 僕の腕の神経が引き千切れる、湿った音がしたような気がした。

 僕の腕が折れるような、硬い音がしたような気がした。

 それでも僕は構わない…ただ彼女を助け出せるのならば。


 そして急に抵抗がなくなった。

 僕の指はしっかりと彼女の腕をつかんでいた。ただそれから先がないだけのことだった。

 ただ単に、その切れ目から”それ”が顔を出しているだけだった。



2013年11月2日第二稿

本作はかつて某SF短編賞に応募したものを大幅に改稿したもんです。

当時古典的な怪奇小説を読んでいて、ふっとこれを現代的もしくはライトノベルとして書き直したらどうなるのだろう?という発想から出発したものの、見事にその融合に失敗…

基本的に自分はライトノベルという意識を持っているのだけれども、これを読むかぎりまだまだその技術が未熟である。

果たしてこれからどれだけ上達するのか…


最後につたない本作をお読みいただき本当にありがとうございました!

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