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双子として生まれた者の運命(さだめ)

 時は宝暦十三年(一七六三年)の春。


「そうか、そなたが一緒にのう」

 奥向きの老女(侍女たちの長である女性)、白波が綾のことを値踏みしているように見ていた。どこまで役に立つのか考えている言い方だった。

 しかし、綾にはそんなことを不満に思う猶予はなかった。丁寧に頭を下げた。

「はい、是非、よろしくお願い申し上げます」


 綾は昨日まで、近江水口藩主、加藤明隆の正室、理子まさこの侍女だった。昨夜遅く、一目をはばかるようにして、ここへきた。

 ここは甲斐大泉藩、桐野家の中屋敷だった。


「そうか。双子であったか。それは難儀なことじゃ。正重様からはただ、近々赤子をもらい受けるから、その支度をしておくようにとのことだけじゃった。その事情は明かされてはおらなかったのじゃ。そうか、そうか。それはそれは。よいな、このことは他言無用じゃ」

 白波は一人で納得し、感心していた。



 江戸時代、双子は公家や武家では忌み嫌われていた。

 犬のように複数の子を産むことから、「畜生腹」とも言われた。その家名を守るために、生まれてすぐに片方を里子に出したり、或は抹殺したこともあったという。

 それはその当時、人は一度のお産で、一人だけを生むという考えが常識だったからだ。


 いずれにしても多胎で生まれてくると母体にも負担がかかり、お産も危険度を増したから、困難を意味することで縁起が悪いとされたのかもしれない。

 武家などでは家督争いの元にもなり、嫌われるようになったのだろう。


 綾はもう一度平伏していた。この白波に認めてもらわなければならなかった。

 そんな綾の心とは裏腹に、白波はのんびりとした口調で言った。

「ここの若様、正重様は上屋敷に出向かれていて留守じゃ。しかし、ようわかった。赤子のことはこの白波が一任されておる。この白波が、そなたを赤子、龍之介様の世話役として奥向きで雇うことにする」

 緊張が抜けた瞬間だった。

「訊けばそなたはお正室の侍女だったとのこと。他家の奥向きとは多少事情が違っているかもしれぬが、うまくやってもらいたい。龍之介様のことをよろしく頼むぞ」

「はい、かしこまりました」

 龍之介、その名が綾の連れてきた赤子につけられた名前だと理解するまで、一呼吸の間があった。もう名がつけられていた。それだけここでの受け入れが整っていたのだとわかる。


「今日の昼前には乳母として雇った者もくることになっている。その者と健やかに育ててもらいたい。よいな」

「はい」

「ああ、そなたには二人、部屋子をつけるから、一日も早くここの奥向きに慣れるようにな」

「はい、何から何までありがとう存じます」


「ああ、ここにはな・・・・・・」

 白波の説明は続いていた。

 ここの中奥には桐野家の嫡男、正重がのんびりと暮らしているそうだ。そして、藩主の側室も奥向きにいるらしい。正室とは折り合いが悪く、逃げるようにしてここに留まっているらしい。ここにいても殿はこないから、最近気がたっていて困るといったことなど、特に綾にはあまり関係のないことまでを語っていた。奥向きだけでもかなり広いから、その側室とは滅多に顔を合せることもないだろうが、知っておいた方がいい。


 そうして、綾は桐野家の使用人の一員となった。綾は理子の代りに、龍之介に愛情を注ぐつもりでいた。ここから綾の新たなる人生が始まる。




 それからひと月がたった。

 天気のいい日だった。新緑が美しく、たまに心地よい風も吹く。

 赤子を外に連れ出すには最適な日だと考えた綾は、赤子をおくるみに包む。


 龍之介と名付けられたその赤子は、桐野家に来てひと月を過ぎ、だいぶしっかりしてきた。首はまだ座らないが、乳母の乳もたくさん飲むし、日に日に重くなっていく。綾にはそれがなによりの楽しみであり、誇りでもあった。


 外は思ったより寒くない。いつもなら龍之介の部屋から見える中庭を歩くだけだが、今日は思い切って中奥の方まで足を伸ばしてみようと思う。確か、その先に躑躅つつじの庭園があったはずだ。


 その庭園はちょうど今、色鮮やかな花をつけ始めていた。まだ、蕾も多くあるが、その彩の見事さに思わず足を止めてしまうほどだ。綾は龍之介を抱きながら、躑躅の花の間を歩いた。

「なんと見事な躑躅でしょうか。これほど見事に手入れをされた庭は見たことがございません」


 まだ、幼い赤子に理解できるはずもなかったが、綾はそう龍之介に語り掛けていた。腕の中の赤子は、わかっているのかどうかわからないが、時々チラリと花の方に目を向けた。しかし、眩しいのかすぐに目を閉じた。眠いのかもしれない。


 綾は久しぶりに外へ出てウキウキしていた。周りにも他の奥女中がいない。誰の目も気にすることはないのだ。一時の解放感に浸っていた。

 躑躅の庭を気ままに歩いていると、そのずっと先の隅に建物を見つけた。その外装から考えると、侍たちの剣術の稽古場のようだ。その隣に平屋も建っている。

 興味津々で近づいて行くと、どちらからも子供たちの甲高い声が聞こえた。


「子供がいるようです。龍之介様、少し中を覗いて参りましょうか」

 綾は眠っている赤子にそう声をかけた。

 あと四、五年もすると、龍之介もこの稽古場へ通うようになるかもしれない。龍之介のためというよりも、綾が見ておきたかった。


 その時、道場の建物の陰から数人の少年剣士たちがこっそりと出て来る様子が見えた。渡り廊下から平屋へ入る。何やら企んでいるかのようにクスクスと笑っている。


 綾はそれほど気にもとめずに平屋へ向かった。こちらは学問所のようだ。こちらからも楽しそうな声が聞こえている。

 戸口は開け放たれていた。学習中ならば入って行くことに気がとがめられるが、休憩中ならば顔を出してもいいかと思った。


 綾が一歩、中へ入った。小さな草履がきちんと揃えて並んでいる。

 それと同時に女の子たちのキャーという悲鳴が聞こえた。そして、我先にと、少女たちが綾が立っている戸口めがけて走ってきた。

 綾は咄嗟に身を翻して、道をあける。

 キャーキャーという悲鳴と共に、少女たちは裸足のまま外へ飛び出して行った。そしてすぐさま「やめろっ」という叫び声がした。


 いきなりの騒ぎで何が起ったのかわからなかった。龍之介はそんな騒ぎにも動じず、寝ている。

 綾が声のした方を見ようとしたとき、目の前に若侍の胸が迫っていた。

「たわけっ」

と言われ、その若侍に赤子ごと綾は抱きすくめられた。


 そして、その直後、その侍の背に何かが投げつけられる。その背の向こうに剣術の稽古着を着た男の子たちが見えた。わあ~と叫んでいた。

 すべてが急速に起っていた。綾には一体何が、どうしたのか訳もわからず、若侍に抱きしめられていた。


 ふと気がつくと侍の背中から何がかポトリポトリと落ちていく。足元に落ちた茶色のその小さなものは、床でもうごめいていた。


 毛虫だった。


 それも一匹や二匹ではない。ポトポトと音を立てて落ちていく、その夥しい数に目をむいた。綾は声を上げようにも強張り、侍の腕の中でそのまま固まっていた。


 若侍がやっと綾と赤子を放した。そして少年たちに向かって怒鳴る。

「悪戯にもほどがあるっ。この毛虫を拾い、反省せよっ。全員、素振り二百」

 中には、え~という声も出す者がいたが、「はっ」とはじけるような返事にかき消された。そして少年たちは道場へ戻っていった。


 今度、侍は、綾を見た。

「よりによってこんな時に赤子を連れて入ってくるとはっ」

と一喝された。

「そなたはもう少しで、あの毛虫の塊を赤子共々、かぶるところだったのだぞっ」

 

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