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お花畑の中心

どうも。

トリを務めさせていただきます狂風師です。

ファンタジーよりも恋愛要素の方が強い気がしなくもない。


人外要素がありますので、ご注意ください。

インキュバス「(わたくし)の子を身籠ってもらいたいのです」


 そんな突拍子もない事を言われたのが、つい1週間前。


 あの時は一瞬だけ承諾しようと思ってしまったが、そんなに軽くはない。


 拒否したら帰ってくれるかもと思ったけど、今も西洋執事みたいな感じで私の隣に座っている。


 私の家の中なのに、プライバシーもクソもあったものじゃない。


 トイレに行くだけなのに、なぜ私がここまで緊張しなければならないのか。


 2人きりになった無言の空間は、私が苦手なもののトップ5には入る。


インキュバス「レナさん、お昼ですが始めますか?」


怜那(れいな)「始めない! そんな事ばっかりなの、インキュバスって!」


インキュバス「まだ『何を』とは言っておりませんが。何を考えているのでしょう?」


 発言だけじゃなくて性格までいやらしい。


 馴れ馴れしく「レナ」なんて呼んでくるし。


 …ただ、最もいやらしいのは、こいつがインキュバスであるってこと。





 出会ったあの日、私は友人と一緒に遊びに出かけていた。


 買い物したり、カラオケに行ったりしていた。


 その帰り道。


 一人で歩くには少し怖い薄暗い道。


 誰もいないその道を一人っきりで、やや早歩きをしつつ家に向かった。


 一歩進む度に、後ろから誰かついて来ているような音が聞こえているようだった。


 古ぼけた街灯が、今にも切れそうな感じで点滅していた。


 周りの家の窓から漏れだした光がコンクリートに色を加え、私の恐怖感を煽った。


 見通しの悪いT字路。


 ここを曲がれば、家まではもう少し。


 カーブミラーに何か動く物が見えた気がして、一瞬だけ怯んだ。



 結局それはただの見間違いかノラ猫だったのだろう。


 誰一人としてすれ違う事もなく、自宅まで到着した。


 すぐに玄関の鍵をかけると、安心感と疲労感が一度に押し寄せた。


 シャワーを浴びる事すら面倒になって、そのままベッドに倒れ込んだ。


 今思い返したら、酷い恰好で眠っていたのかもしれない。


 自分の意思ではない何かの違和感に目が覚めた。


 真っ暗の中に、真っ黒い姿をした誰かが立っていた。


インキュバス「風邪を引いてしまいますよ」


 全く知らない男性の声まで聞こえて、眠気はあっという間に去ってしまった。


 声にならない叫び声をあげ、座った体勢のままそいつから遠ざかった。


 と、とりあえず、まず、警察!


インキュバス「お暗いですね。部屋の電気を点けて差し上げましょう」


 慌てている私を無視するかのように、独自のペースで物事を進められた。


 私の部屋の電気のスイッチも、さも知っているかのようだった。






インキュバス「身籠ってさえいただければ、私はすぐにでも消えますよ?」


怜那「だーかーらー、しないって!」


インキュバス「おかしいですねぇ。私はお嫌いですか?」


 インキュバスというのは、相手の理想のタイプで出てくるものらしい。


 なので正直、見た目のカッコ良さは百点満点。


 私が最初に一瞬だけ躊躇った理由はここにあった。


インキュバス「それでは、気分が少しでも盛り上がるよう、お花見でもしましょう」


怜那「お花見って、桜なんてまだ咲いてないし」


 インキュバスがパチンと指を鳴らすと…特に何も変わったことはなさそう。


 部屋の中に桜の木が生えるわけでもなく、桜吹雪が部屋を満たす訳でもなく。


怜那「何したの?」


 無言でカーテンを開けると、そこから見えた風景は普段のものとは全く違っていた。


 コンクリート造りの建物と古めかしい建物が並ぶ現実世界ではなかった。


 今まで見たこともない、レンガ造りのような奇妙な建物などが並んでいた。


 聞こえてくる言葉は日本語みたいだけど、行きかう人も現実のそれとは違っていた。


怜那「な、なにこれ」


インキュバス「さぁ、外に出て私と散歩でもいかがでしょう?」


 混乱する私の手を引いて、窓から飛び出していく。


 ふわりとする感覚がして、ゆっくりと地面に降りていった。


 しかし完全に地面に着くわけではなく、一センチほど浮いている状態で止まった。


怜那「え、ちょっと、説明してよ! なんなのこれ!? 夢?」


インキュバス「夢でも現でもありません。強いて言うならば、空想の中」


怜那「空想? ちゃんと分かるように説明してよ」


インキュバス「すぐにお花見が出来ますよ」


 答えずに、そのまま真っ直ぐ連れて行かれる。


 浮いているはずなのに、不思議と前に進める。


 きっと、指を鳴らされて私は眠らされているのだろう。


 その中で見ている夢なんだ。


 しばらく手を繋いだまま歩いていくこと五分ほど。


 辺り一面はすっかり様変わりし、赤色や黄色、見たこともない青色など、様々な色のチューリップが咲き誇っていた。


 それが地平線の彼方にまで続いている。


 たった五分ほどしか歩いていないというのに、さっきまでの建物は全く見えなくなっている。


 見渡す限り全てがチューリップ。


 私たちが歩く真ん中の道を除いて、全てに咲き乱れてる。


怜那「…綺麗。だけど、お花見って桜じゃないの?」


インキュバス「お気に召しませんでしたか?」


怜那「そういうわけじゃないけど…」


 近くに咲いていた白いチューリップを二つほど、私にくれた。


 それを左手に持ち、再び手を引かれて先へと進んでいった。


 先に進めば進むほど、何か引き返せない気がしていた。




インキュバス「お弁当など、いかがでしょう」


怜那「持って来てないじゃん」


 またも指を鳴らすと、よくありそうな木製のかわいい箱が現れた。


 開けてみると、彩りに富んだサンドイッチが入っていた。


怜那「あんた、魔法使い?」


インキュバス「ここは夢でも現でもない場所。望めば、レナさんだって出来ますよ」


 指を鳴らすことが出来ないなんて、ここで言えない…。


 恥ずかしくなって、サンドイッチを一口かじった。


怜那「わ、私は出来なくてもいいの」


インキュバス「誰でも指を鳴らせますよ、ここでなら。現実ではないのですから」


 見透かされてる…。


 もう一口で食べ終え、それっぽいやり方で指を鳴らしてみた。


 すると、自分でも驚くほど綺麗な軽やかな音が鳴り、目の前にペットボトルの炭酸飲料が現れた。


インキュバス「紅茶をお出ししなければなりませんでしたね」


 確かに喉は渇いていたけど…。


 なんだか私の思考を見られているようで嫌だ。




 一しきりサンドイッチを食べ終えたところで、気が付くとインキュバスは私の顔を眺めていた。


怜那「何? もしかして、マヨネーズとかが口の周りについてるってこと?」


インキュバス「いいえ。そんなことはありませんよ」


怜那「じゃあ何? ジロジロと人の顔見て」


インキュバス「かわいいですね」


 急に顔が近づいてきて、唇に触れた。


 不思議と嫌な気分ではなかった。






 目が覚めると、よく見知った天井が私を迎えた。


 ベッドの上で、丁寧に布団を掛けられていた。


 起き上がると、長い夢を見た後のような気怠さに包み込まれた。


 しつこく私に付き纏っていたインキュバスの姿は見えなかった。


 窓辺には見たことない花瓶に、白いチューリップが二本だけ飾ってあった。

チューリップ(白)の花言葉は「新しい恋」そして「長く待ちました」。

インキュバスの本音がチラリ。

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