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乙女ゲーム転生

恋の魔法

作者: 蛇目傘

流行に乗りつつ……

彼を、好きでした。

底抜けに明るくて、どこまでも自由である彼に、恋をしました。



……ただ、えっと、その、なんです?


――いいじゃないですか、格好よかったんですから。ゲームの中の人に恋したって。





そのゲームの名前は『マジカル・アブラプト・リバーサル』。略して『マジリバ』。この略し方が嫌いだった私は長ったらしく『アブラプト・リバーサル』と呼んでいました。マジカルのみカット。

いわゆる乙女ゲームです。


そういう類のものを大した理由もなく忌避していた私に、友人が「ゲームの中でくらい愛されたいじゃないか」と言ってやらせたのが初めです。


楽しかったです。かわいくて、真っ直ぐで、優しくて、誰からも愛される私。

所詮ゲーム、所詮妄想、そう言い聞かせながらも、楽しくて、どっぷりはまりました。


『アブラプト・リバーサル』はたくさんやったそれらの中のひとつです。


たくさんの中のひとつで、コンプしなかったたったひとつです。


私はキャラの好き嫌いがそれなりに激しくて、ゲームは楽しむためにやるもの、という信条を持っていましたから、やり始めた最初のころは嫌いな相手がいるとCGが揃わないことが度々でした。……一応一度は攻略していたのですが。


ですがあるとき、友人と共通してやっていたゲームで、私がとある俺様キャラを攻略していないことを知った彼女が「ぜひに!あの夕方の屋上シーンは神だから」と強く主張したのでしぶしぶ奴のイベントを回収し……はい。最高でした。ちきしょう、俺様キャラにきゅんとする日が来るなんて。


以降嫌いなキャラがいてもCGのコンプはするようになりました。それまでにお蔵入りさせていたゲームも引っ張り出したりして。

食わず嫌いはよくないと知りましたね。萌えシーンがあるはあるは。


ちなみに現実でもししゃもが食べられるようになりましたよ。あの粒々、案外おいしいんですね。見た目で拒否していたんですが。あと数の子も。


閑話休題。


『マジカル・アブラプト・リバーサル』、神秘的な不意の反転。ファンタジー要素込みの学園ものです。


とある私立高校に通う主人公は、ひょんなことから学園の裏側、メルヘンチック(大半はグロテスク)な生物のうようよする森に迷い込みます。レベル1のスライムにやられそうになった瞬間、颯爽と現れるイケメン。無理やり知らされる魔法学科の存在……。


乙女ゲームに「はい」と言うまで進まない不自然な会話ってどうかと思います。


結構好きでしたよ。ファンタジー要素多めで。ごく当たり前な現代日本の町を歩くときと、裏森を探検するときのキャラのギャップに萌えたり。


その中で、特に好きなキャラがいたんです。勝手気まま、刹那的、享楽主義。……現実の恋人には要りませんが。

とにかくその彼の自由さに惚れ込んだんです。


でも、です。彼を攻略していくうちに、彼が主人公に惹かれていくうちに、彼はどんどん主人公にのめり込み、主人公の忠犬の様になっていったんです。誰得ですか。


いえ、確かにぶらぶらしている男より、堅実な人生設計でも持っている男のほうが恋人にしたいというのはわかるんですよ?それに軟派なチャラ男が自分だけを見るというのに萌えるというのも、わからなくはないです。


でも、彼にはそうなって欲しくなかったんです!


単なる我侭です。たかだかゲームです。わかってます。でも、私だって乙女ですもん。

……今ちょっと引きました、自分に。


まあそんなわけで、私は彼を攻略するのを放棄しました。ほかのキャラは彼がああならない範囲においてイベントも回収したんですが。だって好きなんです、あのゲーム。

別ルートから見る奔放な彼には変わらずきゅんきゅんしてましたよ。




それで、です。


「はなしてください」


「いいよー。なに話そっか?スライムのうまい潰し方?人食い草の対処法?そうそう今度ドラゴンでも倒しに行かない?」


「放してください、乙女の柔肌に気安く触れないで下さい、どこ触ってんですかこら」


「ああ、あんたも女の子なんだっけ。じゃあきれいな景色とかの方が興味ある?取って置きの場所に案内するけど」


何だって私、男子なんか頭に乗っけて会話してるんでしょう?会話は成立しているとはいいがたいですが。


降りてください。ほっぺむにむにしないでください。せっかくのかわいい顔が台無しになる。


とはいえ高校生の男子と女子、力の差が大きすぎてどけることはできません。あきらめて机の上に突っ伏します。……失敗した、触れる面積が大きくなる。


接触については頭の脇にはき捨てましょうそうしましょう。それよりも、これはイベントでしょうか?でぇとのお誘いに聞こえます。


……んなわけないですよね。はい。彼についてちゃんとプレイしていなかったとはいえ、彼が主人公に恋をするまではやっていたんです。


私がプレイした範囲においてこのようなお誘いはありませんでしたし、恋した彼はスキンシップ過剰気味ではありましたけど、主人公が嫌がるようなことはすぐに止めるキャラでした。


つまりイベントでこのようなことにはなりえない。


とはいえここは彼女のための箱庭です。


「そういうことは優香にでも言ってあげてください。私はいきまふぇ」


言っていて、ちりりとどこかが疼きました。

――だから引っ張るんじゃありません。変に切れて了承したみたいじゃないですか。



優香。如月優香は『アブラプト・リバーサル』の主人公。

即ちこの学園において、最も愛されるべき、また、愛されている少女です。


きれいな子です。容姿はもちろんいいんですよ?かわいい系の顔立ちで、くりっと目が大きくて、華があって。


まあそんなのはたいしたことじゃありません。

前世はともかく今世の私も容姿には恵まれていますし。あっ、私については優香の後で。


優香について特記すべきはその性質、精神、魂。つまり中身です。

純真無垢で、混じりけのない善の塊。天真爛漫でどこまでもまっすぐな一本の線。


誰をも惹きつける、魅力的な彼女。見つめずにはいられない、眩しい生き様。


まあ、私なぞはその生き様が眩しすぎて遠くから眺めることを希望しているのですけどね。


そんな彼女はこの学園中のカラフル頭どもの心を次々に射止めていきます。

まだ完全に射抜かれた人間はいないようですが、確実にその色とりどりの頭の隅に彼女の存在を留めています。


恋愛ごとに疎い彼女はそんなこと気づいてもいないのでしょうが。気づかないよう画策する人間がいることも要因になりえますけどね。え、私がやっているなんて誰も言っていませんよ?



さて、私のことですね。はぁ……。素晴らしいものの後にみすぼらしいものを紹介するって悲しくなりますね。落ち込みはしませんが。


せめてぱっとしそうなところから。


私には前世の記憶が、多分あります。自信がないのはそれがかなり虫食いだからです。

名前さえも覚えていません。まあ格性は変わっていないと断言してやりますが。


前世を証明するものとして、例えば今現在私には弟しかいないのに妹を呼んでしまったり、友達とゲームの話をしていてこの世界に存在しないタイトルを持ち出してしまったりと、ふとした瞬間に記憶のかけらがこぼれ出てきます。ああ、これはこうだったな、と。


不孝なことに両親の記憶なんかはどっちがどっちとの記憶かあいまいになってしまってたりします。家族と会話がかみ合わなくて……。

授業中なんかは便利なんですけどねぇ。復習の感覚で、ざーっと。大学受験までどうにかこのチートで乗り切りたいものです。


それで、です。この世界にその前世でやった乙女ゲームと同名の学校があると知った私は必死こいて勉強して返済不要の奨学金を取ったりして、この春からここ『音里衣とりい学園』に通っています。いえ、正しくは住んでいます。全寮制なんですよ、ここ。


そうして知った真実。即ちここが本当に『アブラプト・リバーサル』の世界、魔法の存在する世界だということ。


そうと知った私たちはカラフルな髪色をした攻略対象どもに見つからないようこそこそと裏森――学園の敷地にある森の裏の姿、だそうです――を探検していたんですが、三ヶ月ほど前、ついにばれました。具体的には森に出入りするようになって一週間くらいで。


そして魔法の素質がどうのとか戦闘のセンスがなんのとかで堂々と出入りを許されるように、基、魔法学科の生徒になるよう強要されたわけです。


そこで一足先に魔法科生となっていた主人公や、この、普通科に滅多に出てこない白髪の攻略対象、雪居隼人とも知り合う羽目になりました。



「もー、あんたが遅れるから時間ない。ほら、急いで」


何だってこんな時間にこの人と山道を歩いているんでしょうね?まああの後、結局断りきれなかったからでしかないのですけど。


「おくれて、なんか、なかったですよ。もうちょっと、ゆっくり」


時間ぴったりに着いて何で文句言われるんですか。それと歩くの早すぎます。森ったって山なんですからね。私は基本的にはいんどあ派なんですよ。基本的には。


「十分前行動を心がけろって言われてるでしょ。――もうあとちょっとで鳥居だから。そこから箒。あ、あんたは乗れないのか」


うるさいですね。まだ魔力とバランス感覚が足りないんですよ。練習すれば何とかなります、多分。


裏森に行くにはこの山の奥にある大鳥居をくぐらなければなりません。くぐらないと魔法が使えないとか言うことはないんですけど魔法科の校則は破ると恐ろしいですからね。


こういう風にがっちりぎっちり締め付けてるから、転生してからもこの学園に入学するまで魔法を見たことがなかったんでしょう。前世の世界にも魔法があったかもと思うのは夢見すぎでしょうか?


「仕方ないから乗せたげる。ほら、足とまってる。負ぶおうか?」


「い、いいです、いりません!ちゃんと歩きますから!」


そんなこんなでどうにか大鳥居までたどり着きましたよ。


いつ見ても圧巻ですねぇ。異世界へつながる真っ赤な入り口が、闇にぼうと浮かんで見えます。


「はーい。魔法科の一年生さんですねー。学生証の提示をお願いしまーす。はいはいっと。では二名様ご案なーい」


明るい声で赤毛の門番さんが私たちの通行許可を出しました。ちなみにこそこそやってたときは道は自分たちで作っていましたよ。ここにはいつも彼がいましたから。


ところでこの門番の彼、百四十七歳だそうです。中途半端ですよね。外見的には十二、三といったところなんですが。


「行くよ。ほら、さっさと乗る」


疲れた体を休めつつなんとなしに門番さんを見ていた私にかける言葉がこれです。

まったく。本当にマイペースですね。箒はお尻に食い込んで痛いんですよ?……言ったところで絨毯になるわけでもないですし、いやな予感もひしひしとするので言いませんが。


「痛いんなら俺の膝の上に来る?あんたなら大歓迎。軽いし、やわこいし」


「結構です大丈夫です。大人しく乗るのでいちいち触らないで下さい」


にーのーうーでー。セクハラですよ。訴えたら勝てますよ。肉ついてるとか言ったら張っ倒します。


ふよふよ浮かぶ彼の真っ黒な箒にまたがります。彼もすぐ後ろに……ってこら!そこまで引っ付かなくたって落ちやしませんよ!


「大人しく、してて」


耳に息を吹きかけるようにして囁かれたその言葉は、私を動けなくさせるのに十分でした。……ちきしょう……それは反則です。


真っ赤になって固まった私をしっかりと支えつつ、彼は箒を一気に加速させます。


この危険運転にも大分慣れてきましたね。……今はこの腕が気になって仕方ないだけなんですけど。引き締まってて、力強くって、格好い……なんでもないです。


「ほら、顔上げないともったいないよ?あ、赤風船」


目に風が入ってつらいんですが……。


でも、耳慣れない単語を聞いて恐る恐る目を上げました。どうやらスピードも落としてくれたみたいですし。


「うわぁ……」


真っ赤で丸いものが、群れながらふよふよと、紺碧の空を漂って、昇っていきます。

あれ、よく見るとお魚でしょうか?ひれがついています。らんちゅうの、もっと赤みを強くして、もっとぷっくり膨らませたみたいな。


「きれい……」


「あんたは運がいいね。あれ、あんまり群れないんだよ。――今日はまだ、もっときれいなもの見せてあげるから」


もったいない。これ、優香に見せたら好感度がんあげですよ、がんあげ。がんって何でしょうね?



またスピードがくんと上がり、やがて大きな池のほとりに降り立ちました。この規模だと湖といってもいいですかね。


岸は純白の草に覆われ、湖面には満天の星空が映っています。周りにある樹木の葉っぱも全部真っ白。まるで雪原にぽっかりと開いた穴のよう。こちらにもある天の川がこちらとあちらとを渡しています。


きれいです。こちら側って本当に何でもきれいなんですよね。


昼間は極彩色、夜間は明暗のコントラスト、幻想的な生物がそれらをさらに美しく、魅惑的に仕立て上げます。


スライムだって木漏れ日できらきら光ってるときとかきれいなんですよ?――即効で潰しにかかりますが。もたもたしてたらやられます。


美しくも残酷な世界って言いたいんですが、私たちの存在がそれを妨げています。実際には、綺麗で殺伐とした世界、くらいでしょうか?なんか高級感が三段くらい落ちますね。


「間に合ったかな。そろそろだから、ふらふらしないでちゃんと見とくこと」


何でしょうね?このままでも十分きれいな気がしますが。



と、いくらもたたないうちに、彼の見せたかったであろうものがわかりました。


「ほわぁ……」


湖に、美しい、真っ白な翼を持った馬が音もなく降り立ちます。

額に、緋色の、雄々しい角。乳白色の体毛には、彼の動きにあわせて、青や緑、ときに桃色が、ゆるりと現れ、ゆるりと消えていきます。


「あ……、影が、ない……?」


影というか、湖面にその姿が映っていないのです。そういえば波紋も立ちませんでした。


湖に映った天の川の上に立つ彼はついと頭を湖面に浸します。


「え?」


星を、食べてる?


あわてて空を見上げましたが星が減ったりはしていません。彼の美しい馬が食べるのは水面に映ったものだけのようです。白い、もやのような橋の上を、すいと、水を波立たせることなく、鼻先を移動させた跡は、暗い空と同じ色に染まります。


「あれは、シフィス。雲のない、新月の夜にだけ、ここに、こうやって、星を食べにくるんだ」


いつもは軽い調子の彼の声が、重く、どこか幻想めいて聞こえました。ここ自体ファンタジーな世界なんですけれどね。


オパールみたいな毛を持った美しい馬は、しばらくの食事の後、やっぱり静かでしなやかな動きでどこかへ飛んでいきました。



「今夜はありがとうございました。とても、きれいでした」


赤風船も、シフィスも。

今まで、前世まで含めて、あれより綺麗なものってなかったんじゃないでしょうか。


こちらにばかり入り浸っている彼ですから、相当詳しいのは本当なんでしょうけど、でもあれだけのものってなかなか見つけられません。


「ハハッ、また誘うよ。あんたの呆けた顔って面白いし」


……今度があるならセロハンテープで顔を固定してからにしましょう、そうしましょう。




今世で、乙女ゲームなこの世界で、主人公に成り代わるつもりもなければ、誰かを攻略する気もないのに、魔法という力によって舞台に立たされてしまった私は、多分これからも彼の言葉に誘われてしまうのでしょう。


恋という、抗し難い魔法にかかってしまった私は。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 描写が分かりやすくて、瞼の裏に光景が浮かんでくるみたいでした [気になる点] ないです [一言] 彼視点で主人公を見てみたいです
2015/06/07 18:14 退会済み
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