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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
八月の鳴嶺女学院にて
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カミングアウトCard2

 とにかく、かいつまんだ様な話をしていたわけだが、結局のところ俺は、自分が該当する箇所は別の人の喩え話として話していたのである。話の内容は俺には直接関係ない話かのように香芝には伝えたのだ。

 ちょうど、恋愛相談で、実は友人から悩んでるって相談されてるんだけど、とか何とか言って、自分の話である事を隠して話すのと似ている。そういう時ってのは、大概相談相手には察しがついてしまうものだが。この場合は違う。

 そんな事ばかりしていてどうするんだ。一体、いつまで。回りくどいにもほどがある。

 そして、こいつが俺に対して抱いてくれている信頼のようなもの。それに対してあまりにも申し訳ない。いい加減にしたらどうだ。

 ――そう。

 いまだ香芝には、俺がイラストレーターの一面も持っている、と言う話は一切していないのだ。その殻を破る時はもうすぐそこまで来ている。

 今日はずっと、香芝の部屋のリビングのソファに腰掛けて話し合っている状況であるからだ。

「……香芝よ」

「はい」そう言って香芝は眼鏡の曇りをクロスで拭いている。

「眼鏡は良いから、服を脱げ」

「えっと……」香芝は手を止めて、焦点の定まらない瞳で俺を見返す。

「そうだね、一体何を言っているのかな、お兄ちゃん」横の広津も、語気とは裏腹に何か面白そうな笑顔を浮かべて聞いてくる。

「――さっきからずっと気になってたが、何だ、お前のその破れたガーゼみたいな服は。ナンノコッチャ・フーゴかお前は」

「ああ、これですか、ダメージ加工ですよ」そのダメージからは肌色が見えているのだ。何なんだその露出は。嬉しそうにヒラヒラさせるんじゃあない。シャツと言えば良いのか良く分からないが、肩も大きく開いているし、これで外に出たら絶対危ない。

「そしてもう一つ」

「はい」

「お前は何に繋がれているんだ」

「ああ、これですか。アクセサリーなんですけどね」そう言って、首にはまっているものを指す。

「アクセサリー、ね。いや、ネックレスとかペンダントならまだ解るんだが、……俺には首輪にしか見えないのだが、もしかして誰かに飼われてでもいるのか」

「お兄ちゃん、その表現はやらしいよ」

「だって、首輪だぞ。今日ずっと気になってるんだ、無駄に露出が多いダメージ加工の服に首輪、鎖まで付いてる。確かに今は夏だが、親しき仲とは言え人が家に来るのにその格好はどうかと思う。今日は冷房つけるほど暑くないからサーキュレーターで回してるだけで充分だが。――ああ、俺もそれ買おうかな」

 部屋の隅で、空気を循環させる機構を備えたハイカラな扇風機が縦横無尽に首を振っている。まあ、扇風機にお馴染みの首振り機能が進化しただけだとは思うが、サーキュレーターと呼ぶ方が塩梅が良いらしい。

「他にも色々ありますから、差し上げましょうか」

「首輪じゃねえよ、サーキュレーターだよ」

「でもね秋聞さん、親しき仲だから、こんな恰好も見せられるんじゃないですか」ちらり。

「おぉ、鬼夜先生大胆発言」

 広津は手を叩いてはしゃいでいるが、俺はちょっと別の意味で寒気が走った。勘弁してくれ。

 ――確かに以前見た時は、こいつの恰好は怪しいとしか思えなかった。しかし似合っているのは確かなのである。問題はそこではない。俺がこいつの服装についてとやかく言えるようになったのは、つまりその親しき仲に成れている事と言う事なのである。いつの間にやら。そんな事を考えてみると、感慨深いものがある。

「お前、出版社行くときもそんな恰好してるって確か前に言ってなかったか……………とにかく、できればそれを脱いで、アニメTシャツに着替えてきてくれないか。話し合うのにその格好は何か、雰囲気が壊れるじゃあないか」

「いや、アニメTシャツでも結構雰囲気は壊れる気がするねお兄ちゃん」

「いいんだよ、それとも余所行きの服にでも着替えてもらうか」

「ええ、どっちでも構いませんが、じゃあアニメのシャツにしますね」そう言って自室の方へ香芝は引っ込んで行った。

「アニメのほうにするのかよ。そこは新しく買った服をお披露目する所だろう、恥ずかしがるなよ」

「それは後のお楽しみと言う事で」顔だけ出して返事をする香芝。別にそんな事を楽しみにしたいわけじゃないのだが。しかし出し惜しみするとは、よほど良いものを買ったのだろうか。どうにも嫌な予感がしないでもないが、広津が一緒に行ったのだからまあ大丈夫だろうとは思う。

「――ところで、つかな先生」

「ん、なんですか改まって」

 つかな、広津のペンネームである。仕事も同人も昔からずっとそれでやってるらしい。表記は場合によって色々変わるようだが読みは全部つかな、だ。そして今日の恰好は薄手の水色ワンピース、丈は膝下、比較的大人しい服装である。麦わら帽子が似合いそうだ。しかし口には出さない。

「一応香芝は、やる気でいてくれてる訳だよな」

「今回の件はやる気みたいですよ。他ならぬ秋聞先生の頼み事ですしねぇ」

「うう、それは何かイヤだ、他の言い方をしてくれ。……有り難いのか有り難くないのかわからんな」

「にしても、突然部活の顧問になって、生徒のために絵師を講師に呼ぼうなんて変な事を考えるようになりましたねえ。そんなキャラしてましたっけ、先生」

「……思ったんだ、考えてみれば、俺とこいつらは五つか六つしか年が離れていないのに、俺は教師と言う皮を被ってただ知った気になっているだけなんじゃないかって」

「む、それはどういう――」

「お待たせしました」

「………………」

「………………」

 俺と広津は、香芝の来ているシャツを見て、目を見合わせてから、もう一度香芝のシャツを見た。プリントされているキャラクター、どこかで見た事があるのだが。

 あれ、どこだっけ。

 ……いやいやいやいやいやいや。

「うん、どうしました、二人とも」

「――ああいや、そのシャツ、アニメのキャラじゃあないよな」

「あ、流石に解ってしまいますか。ちょっと何を着ようか迷ってしまったんですけど、今日はこれがいいかなと。つかな先生が仕事されてる会社のゲームのキャラクターですよ」

 な、る、ほ、ど。そうきたか。

「わー、グッズも買っててくれたんですねー、ありがとうございます、自分のキャラじゃないけど嬉しいです」少し冷静にならなければいけないらしい。しかし、広津は素直に嬉しそうである。まいった、と言うのが正直なところだが、この状況。どうしたものか。

「ははは、すいません。たしか、新作は、えっと来月辺りに発売するんでしたっけ、聞いていいか解りませんけど、グッズとかは出る予定なんでしょうか」

「よくぞ聞いてくれましたー、ふふふー、いろいろ用意してまっせー。頑張りましたからねー」そう言いながら俺の顔を見遣る広津、ニヤニヤし通しである。

 これは、もう香芝にはバレてるんじゃあないのか。まさか広津の陰謀か何かか、と思ったがこいつも、香芝がこのシャツを持っている事は知らなかったようだから、つまり多分流れ的には、香芝が気付いている訳ではなさそうだ。だが、これは少しも良い状況ではない。

 羅紗ラシャ。よりによって俺の一番お気に入りのキャラクターを。実は人気があったのが最近判明したばかりだが、当時羅紗のグッズはこのシャツとあとはタペストリーだったかぐらいしか販売されていなかったのだ。圧倒的にグッズが少ないのに人気な訳は無いと、俺自身侮っていた訳であるが、よりによってそんなものを着てくるとは。

 ――そのシャツのキャラ描いたの俺です、の一言が、言い出せない。こんなに言い出すのが難しい事なのか、そんなはずはないのだが。しかし俺の口は開いたまま動かなくなってしまった。

 形容しがたい感情ではあるが、敢えて表現するならば、恥ずかしい。

 何が何だか分からないが、恥ずかしい。

 俺の携わった作品や描いた絵を見て、ファンだと公言してくれているのは隣に居る広津だけだ。いや、世の中にはそりゃ何人も居てくれるのは知っているが、実際にその反応を知っているのは、身内の広津だけなのである。そしてそれに対する俺の対応の心構えと言うのはすでに出来ている。

 だから俺が外部で偶然、自分の作品のファンのようなものに遭遇すると言うのは、つまりこれが初めてなのである。

 学生時代の卒業制作の展示ですらこんなに恥ずかしい気持ちになった事は無いと言うのに。学園祭の時にも何か展示をしたような。しかしそんな時の比ではない。

 なんだ、これは。

 ――例えば、出水の奴が鬼夜鋸先生のファンだと知った時は自分の事のように嬉しかったと表現したような覚えがあるのだが、それとは最早断然明らかに違う。なんだかソワソワしてくる。嬉しいのは間違いない。しかし嬉しい反面の違和である。

「それで、話し合いと言うのは例の予定の事ですよね、秋聞さん」

「え、あ、ああ、でだな、その前に、何だ、一つ、お前さんに言っておかねばならない事があるのだ」動揺するな、俺。

「なんでしょう」

「俺とこの広津は――その」全然違う話を始めてしまう俺。だから違和なのだ。自分でもソワソワしているのが良く解る。動揺するなと言うのは中々無理な相談である。しかし、香芝に不信感を与える訳にはいかない。俺の精神の平穏のために。

「ああ、そう言えばそうでしたね、優奏さんから聞いてますよ、お二人は血のつながった兄妹ではないのですよね。それで名字が違うのだとか。気にしないでください」

「…………」

「ごめんお兄ちゃん、色々喋っちゃった、てへぺろ」

 何を適当な事を言ってるんだお前は。喋っちゃったじゃないだろう、そして本当の事を話すならまだしも、そんな嘘を並べて何の意味があったのだ。

 そしてまだ俺たちが兄妹である事を微塵も疑っていなかったのか。ずっと解ってて優しい目で流しているのだとばかり思っていたのだが。そんな馬鹿な。

「違う、そうじゃなくて、聞いてくれ香芝、実は俺たちは、兄妹でも何でもないんだ」

「なんでよーお兄ちゃん、どうしてそんな酷い事を言うのー、何でもないだなんてー」……おいおい。

「いえ、気にしないでください、秋聞さん。お二人の事情は大体知っていますから」

「事情――って何の話だ」

「ええ、確か、親同士の再婚で兄妹になったものの、その後色々あってまた離婚と言う事になりお二人が離れ離れになってしまったと言うのも、聞いています。それから何年かたって、それで優奏さんは、今は大好きなお兄さんの所に、お母様には内緒で転がりこんでいるという話だとか」

「な、な、な……」これはいったい何の話なんだろうか。香芝は一体何の話を。しているんですか。

「……確かに、今は兄妹ではなくても、お二人の絆は充分伝わってきますから。大丈夫です、ここには、お二人を縛るものは何もありません、僕は応援していますよ」

「広津……お前……」

 どこから突っ込めばいいのかまるで解らない。嘘を並べるとか色々喋っちゃったとかのレベルではなかった。こいつ、何という事を。


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