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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
梅雨入りディゾルブ
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梅雨入りディゾルブscene2

「やっぱりもう降り止まないかもしれないな、この雨は」

「こういうのって、ゲリラ豪雨ってやつでしたっけ」

「あったなあそんなん。だが、アレって七月から八月あたりの雨の事じゃなかったかな」

「厳密な定義なんてあるんですかね。言ってしまえば、ほら、スコールとか、通り雨の事でしょう」

「でも語呂は良いよね、ゲリラ豪雨ゲリラ豪雨ゲリラ豪雨ゲリラ豪雨」

「早口言葉じゃねーよ。しかしそうだな、これが通り雨ならじきに止むと言う事でもある。通り雨なら、ね。そうそう、《スコール》は強風の事で、雨がおまけなんだよ。そして止まないスコールもある。僕としては本当に、通り雨であってほしい所だけど」

「日本的には村雨、とも言いますよ」

「それ刀の名前みたいだね」

「いや、それは逆でしょ」生徒同士の会話も聞いていて和む。惜しむらくはこれが雨の話題であると言う事だ。

「ところでせんせ、職員室戻らなくていいんですか」

「良いんだよ別に。僕はね、クラス担任もってるわけでもなし、午後からは暇なんですよ。雨が止むのをのんびりと待つ事も許されるんだ」

 完全に暇って訳じゃあない、家に帰って仕事を、俺は仕事をやりたかったんだ、しかし、濡れたくはない。濡れたくはないのだ。

「私たちはかまわないですけどー。あ、でも昼休み終わったらもう授業始まっちゃいますし、その頃には他に移らないとですよ」そう言う出水は、クラスメイトと席を囲み弁当を食べているところだ。まだ昼休みは二〇分弱残されている。このまま教室に居ても生徒たちが奇異の目で俺を見ていないとも限らないわけであるし、そろそろおいとました方が無難であるかもしれない。

 そろそろ……あれ。

「せんせー、お腹すかないんですか。あの、何か食べてもらってかまいませんけど」

「わー、抜け駆けだよー。それ言うか言うまいか悩んでたのに」

「先生、でしたら私のも食べて下さいな。お母さまの手作りなんです」

「自分で作ってこいよ」

「努力します……」

 何か、生徒たちが話しかけて来てる気がするが。なんてこった、致命的ミスだ。言葉が耳に入ってこない。無心で探した。

「お、お、おぉ。せんせーが、なにやら自分の身体をまさぐっているよ」

 今まで気付いていなかったのが、もはや運命からは逃れられない事を物語っているかのように、背後で悪魔が微笑んでいるような気さえした。もう探しても無駄だと言う事だ。

「あの先生、どうかなさいましたか」

「え、いや、個人的な事なんだ。ほら、財布と定期を、ね。――寮に置いて来ちゃってたんだった」

 朝、俺は寮で過ごしていたついでに荷物を部屋に置いて来た、それだけの事だが、ちょっとショックだ。こんな時に限ってそう言う事をやるのだから。

「あちゃー、じゃあやっぱり寮に行かなきゃ帰れないんだね」

「そう言う事になるねぇ。昼休みが終わったら、少しは寮の人通りも良くなるだろうし、頑張って戻ることにする」

「やーやー、水も滴るなんとやらですねぇ」

「まだ滴ってねーよ」

「……先生と出水さんって、なんだか仲の良い兄妹のように見えますね」

「えー、そうかな。なんだか友達感覚で話せるんだよねー」何たる言い草。つか、どこかで前にも聞いたようだな、そのセリフ。

「……そうだな、――良く言われる」確かこの返事も同様に。ワンパターンだな、俺も。愛想がない事と友達感覚というのは別問題らしい。

「あ、あの、先生、おならっ……」

「先生はおならじゃないよ」

「えっあ、や、はわわっち、違うんですおなか、おなかです、先生おなかすいてませんかっ」どうやら噛んでしまったらしい、顔を真っ赤にして哮る御厨雫(みくりやしずく)、出水の周りにいるいつもの面子の中では比較的大人しく、誰彼問わず敬語で話す、お嬢様らしいたたずまいの娘だ。それらしからぬ慌てっぷりが新鮮だ。

「あー、そうでしたせんせ、お腹が減ってらしたら私らのお弁当からつまんじゃっていいですよって話してたんです、けど。聞いてませんでしたよねぇ」

「あぁ、確かに聞いてなかったよ、ごめん。それだが、せっかくの申し出だけど今は遠慮させてもらうよ、ありがとう」

「そうですか……すいません」

「みくりん、あの薄情モンに、次は手作りを喰わせてやるんだ」

「そうだそうだ、ちゃんと自分で作って」

「えぇっ。……は、はい、頑張ります」

「次断ったらしょーちしないよ、せんせ」

「ハイハイ」ここの生徒はまったく、自分でも教師らしく振る舞おうと思っても、件の《友達感覚》とやらを纏っているらしい所以も有って、結局流されてしまう。――お嬢様学校なんだよな、ここ。

 なるべく、クリーンな感じになるように《僕》と言うように心がけていたりもしたんだけれど、どうも。ままならないものである。

「秋聞先生」

 出水たちから少し離れ、教室後部の窓際にて再び空を見て佇んでいたところ、別の生徒が話しかけてきた。

「ん、どうしたんだ。饗庭あいば

「これ、使って」

「え、これは……」その手に握られていたのは、合羽だった。雨天の外出時に用いる外套、すなわち。

「うん、雨ガッパだよ。購買部で買っておいたんだけど、ロッカーに入れといたままで全然使ってなかったから。良かったら先生が使って」

「ふ、ふふふ、これ、マジで助かる。本当に借りるぞ、これ以上無いってくらい有り難い申し出だよ、大事に使う。つってもこの雨だしいろいろ保障が出来ないと思うけど」

「いいよ、駄目になっちゃっても。大丈夫。またね、先生」

「あぁ、またな」

 これで帰れる。

 しかし購買部か、これだけの規模の学校だし、無いものは無い、と言うような趣があるような気がする。

 今度覗いてくるとしよう。

 校舎の外に出てみると、整備された遊歩道がすっかり水浸しになって軽い洪水になっている。

「さて、カッパを着るとしますか」しかし女の子の買って来た物である。包装から出してみると、やっぱり。俺が着ると丈は腰下までを被うに留まっている。

 安物スーツだから濡れてもかまわない、という訳じゃない。安物だからこそ濡れるとひどい事になるのだ。下は、もうこの際ズボンの裾を膝辺りまでまくってやるしかないだろう。濡れるわけにはいかない。

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