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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
八月の鳴嶺女学院にて
87/92

わるいことをした

 その作品が好きだから、それを書いた作家まで好きだと言う事になる訳ではない。

 それだけではなく、俺は太宰の作品が好きではないと言ったが、全部だめとは言わない。それこそ全部の作品を読んだ訳ではないから、俺の好きな話だってあるだろうと思う。だが、読もうとは思わない。いつか読む機会が出来て、それを読んで、今まで呼んでなかった事を後悔する事があるかもしれない。無いとは言えないだろうが、しかし、もっと早く読んでいたらどうなるのだろう。そう思うと、いつ読んでも変わりないように思える。

 昔の文豪の作品なんてのはそうだ、消えてなくなる事が無い。

 それどころか、ひょっこりと未発表原稿なんかが出てきて、死んでからも作品が増える事が有るという始末だ。まったく、大した連中だと思う。

 そのような話をして、じゃあ、作品を読んで作家が好きになって、その作家の講演会やらサイン会に出るようになったりする事もままあるだろう。

 ――俺はそう言う楽しみ方が、なんとなく嫌いだ。それ自体を否定は決してしない、もちろん作家にも生活があるのだし、やってる事に文句を付けるなんてのは、更に愚かな事なので、そうですか、それだけ。俺自身が愚かなのも否定はしない。

ただ、そういうのが、何故だかわからないが、なんとなく俺は嫌いなのである。

 ――これを、一つの考え方の例として、生徒に話してみたのだが、なるほど、意見してくれるのは有り難い事である。なんとなく、という感覚的な問題だから、根拠が無い。穿ろうと思えば如何様にもなる話である。

 本来の話題がこれだったのだ。

「じゃあ、先生は好きな歌手のコンサートとか行かないんですか」質問者は松風であった。少し俺に慣れたのか、あまり普段も話をする生徒ではなかったが、積極的になってくれているのは良い事だ。

「……と言うと」

「要するに、先生は作家を評価するのに作品それ自体のみで評価したい、って言うんですよね」

「そうだな、一読者として、こう言う話を作った人の話を聞いてみたいと思う事は確かにあるが、作家が前に出てくるっていうのはちょっとな。実は、あとがきってのも好きじゃない。何も語らなくていいと思うんだ、作家は。推理小説なんか、巻末は後書きじゃなくて解説だろ、ああいうのが良いんだよな。〆切り間際に頑張って書きました、編集者さんすいませんとか書いてあるのは、なんだかポーズって気がしてな」

「それは、なんとなく解ります。推理小説けっこう好きですから。じゃあ、作家の話、文学とは別の、音楽家とかミュージシャン、バンドっていうのも、あれは、確かに作曲家や作詞家に別注してる事はありますけど、これ良いなと思った曲とかを、生で聞こうと思っても、行ったりはしないと言う事ですよね」

「――ああ、そうか。いや、コンサートに行った事はあるよ。考え方の立場に依ったらこれは矛盾になるかもしれないが、ようするに後書き書くなって言うのは、ライブでMCするな、と言うようなものであって」

「あ、後書きってMCなんですね、そっか」

「自分でもおもしろい事言ったと思う。しかしな、でもそれは、あれの事だよ。文学とは別にって言ったけど、それも、立場の違いだ。音楽も文学も、芸術ってトータルで考えるってのがあるんだよ。ワーグナーの全体芸術論だったかな、そんな感じの。あれも面白い人だよな。――いや、コンサートは行く。しかしそれとこれは違う話だ」

「ええと、ワーグナー、って言うのは」

「すまん、いいんだワーグナーは置いとく。話が飛んだけど、整理しよう。アーティストのライブは本業だ。作家の本業は作品を書く事であってライブではないだろ。それを否定するんじゃあないけれど、俺は作品を純粋に評価したいので、作家があまり表舞台に出てくるのは作品にとっても良くないんじゃないかなと思ってるって話だ。そこまで悪意が有る訳じゃない」

「ええ、それは解ります」

「映画とかドラマでもアニメでも、そうなんだよ、キャラクターしか見てないから、役でしか見てないから、役者さん、――俳優さんや女優さんや声優さんが普段何してるかとか、そんな話はどうでもいいって事なんだ。作家の場合と同じだ。文学者じゃあないからな、俺は」

「先生って、芸術家なんでしょうか」

「あまり考えた事は無いが、仕事にしている、それ以上に人に教えるって立場であるからには、プロと言う自覚はある程度必要なんだろうとは思う。でも、答えは簡単だ、俺は教師、それ以上でもそれ以下でもない。俺が教師に見えるかどうかってのは、お前たちそれぞれの判断に委ねるけどな」


 自室に戻ってみると、また広津から電話が来ていた。毎日報告なんかしなくてもいいとは思うが、折り返し連絡をしてみると、俺が挿絵を担当しているライトノベルのアニメ化の話が出ているそうなのだ。今さら言われるまでもないのだ、そんな事は、薄々感づいていた。

 ――こういう場合はどうすればいいのだろう。

 俺の考えを伝えた方がいいのだろうか。しかしそんな権利が、たかだか外注イラストレーターの俺にあるだろうか。まあ、言うだけ言ってみようと思って、作家さんに、これだけ伝えた。

 ――断りましょう、と。

 繰り返しになるが、ライトノベルは最初からある程度ヴィジュアル化、メディアミックス展開を前提とした売りものであることを考えれば、なんとか賞を取ってシリーズ化をしているこの原作の認知度から考えれば、流れは自然なものだ。

 原作小説はもはや一種の《脚本》と捉えるべきものだ。それは仕方ない。メディアミックスされれば、そちらは別個の作品として、手を離れて行く。脚本家の手で、時間軸や演出などが整理され、洗練された物語になるだろう。その逆もあるかもしれないが、どっちも、まだ早い。

 どう考えても、原作が少ないのである。原作通りに全部作ってほしいというのは希望でしかないが、しかし。

 勿論俺はただ挿絵を書いているだけである。小説の中で動いている登場人物たちは、俺がデザインしたキャラクターであり、アニメで動くのは当然、俺がデザインしたキャラクターである。しかし、今アニメになっても、ただ一時の物として消費されるだけではないか。

 そしておそらく、次の巻で登場予定の新キャラとか、アニメでは出番が無かったりするのである。そのキャラの設定などを鑑みるに、もしかしたらアニメで別の設定を付与して云々などで出演の余地はあるかもしれないが、そういうのがまずいのである。

 とやかく言うなという事もあるだろうし作家の意見もある。先生とは、もしかしたら議論になってしまうかもしれない。覚悟はしていた。

 ――だが、作家さんも同じような考えを持っていた。完結していない物語に、手を加えさせる訳にはいかない。

 馬鹿な事をしたと人は笑うかもしれないが、失敗ではない。後悔もしない。

 近い将来、彼はきっといい作家になるだろうと思う。

『あの、こう言っちゃなんですけど、マスター、それ……仕事を増やしたくないだけなんじゃないっすか』

 こいつの事だ、どうせそう言う憎まれ口を叩くだろうと思っていた。しかし、広津の意見も、敢えて否定はしない。

「それは違うと言えば、間違いなく嘘になる」

『ゲスの極みじゃないっすか』

「教師は聖職者だ、ゲスとは何だ。俺は教師として頑張る事にしたんだと言っただろう」

『でも、結局自分のためじゃないっすか』

「なんでそこまで言われなきゃならねえんだ……」

 果たして俺は、悪い事をしてしまったのだろうか。

 その答えはいずれ解るような気がする。

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