議事録・小説的商業意識
「先生、よろしいですか」と、早速手が挙がったのは百鬼である。
「うん、意見があったらどんどん言ってくれ」
「先生は自己紹介してくれなかったので、今日は先生の話が聞きたいです」
「と言うと、自己紹介をやり直せという話かな」
全員が、うなずく所を俺は制した。
「待ってくれ、じゃあ今の論題に関連した話題でなら、色々考えを述べられると思う」
「ノベルについて述べるんですね」当然、出水の駄洒落は無視だ。よくそんな事を発言してしたり顔が出来るものだ。感心してしまう。そうだな、無視はしないでおこう。
「出水よ、駄洒落くらいなら俺も言うが、そんなに自信持って言う事ではないと思うな、じゃあまずお前に聞くとするか。何か話してほしい事あるか」
「ふんす、じゃあ秋聞せんせが嫌いな作家について喋ってくださいよ。私は今回の論題、何となく何が言いたいのか察しがついてるんです。と言う訳でお願いします」
――名指しで嫌いな作家について話す。逆の例なら、こういう場ではよくあることだ。好きな作品ないしは作家を聞かれて、素直に答えた所に、横から口を挟んであーあれね、僕は大したことないと思うけど、君はあんな感じなのが好きなのかい。この手合は、得てしてどこにでもいるものだ。だが、ここでむかっと来るようではいけないのである。それは言いくるめられるというものであって。大概ここで、そうですか、と引き下がっては何のために好きな作品を答えさせられたのか解ってない事になる。
「俺はそうだな、――嫌いとまでは言わないが、太宰とかあんまり好きじゃないんだ、暗いからな」
「それは――意外です」と、御厨。全員が、各々が持っている俺に対するイメージと照らし合わせて、考えているという所だ。もちろん太宰って誰だっけ、とか考えているのも中にはいるだろう。
「こうして名前を聞いて、知ってると思う、けど作品までは思い出せない、そんな感じになってる人もいると思うから、代表作は人間失格とかだな」
「教科書にメロスが載ってます」
「あ、あれか」
「え、あれって太宰なの」
「先生、私を殴ってくれ」
女子高生らしい反応になってきた。
「理由もなく殴ったらただの暴力だろ」
「うーん、あれってそんなに暗いですかね、割とユーモラスじゃないですか」と、松風は疑問を口にする。
「あれは、まあ見る人によってはそうだろう。だが、内容から考えて言ってみれば、人を信じましょうって言う道徳的教育に、利用されてるだけだろう。お誂え向きってんでな。まあ、教科書の名文なんて何かしらそうした教育的理由があるものだろうけど。そしたら、現代文の先生たちは怒りそうだけどな。とにかく、人を信じましょうって面だけじゃないんだな、メロスもセリヌンティウスも、一度は諦めかけ、一度は疑った。だからお互い殴って清算となったわけだ。そこは、決して美談ではない。他にも突っ込みたければ、現代文の時間に先生に聞いてくれ」
「まあ、テストに出ますもんね」柘植が眉間にしわを寄せながら答えた。全員成績は良かったんだろうけど、もちろんそれぞれ苦手科目はあっただろう。
「だから、受験国語で突っ込みどころとか考えちゃいかんわけだ。表面上必要な事だけ理解出来てればいいわけだからな。で、太宰の話だけど、この作家って多くの読者は、0か1に分けられるタイプだって言われることが多い。全面的に受け入れるが、マジで無理って拒否されるか。賛否両論とは言うがそれが両極端なんだ。俺は、さっきは嫌いと言うほどでもない言いはしたが後者に属している事は間違いないだろう。読んだ時期が悪かったのかもしれないが、とにかく嫌いと言うよりは、そう、苦手だって言う方が正しい」
「ああ、苦手な作家って言えばいいのか」
「それなら解りやすいかも。文章が難しかったりして、私にはまだ読めないなって感じの小説ってたくさんあるもん」
「いわゆる軽い小説には、そういう縛りってのが無くていいのかもしれないな。挿絵もたくさんあって親しみやすい。新たな小説読者を引き入れるにはもってこいな市場だったはずだ。でも段々と特異点が出てきて、ラノベ卒業っつって一般小説で活躍するようになった作家もたくさんいる。これはどう考えるかな、諸君」
俺は黙る事にした。面白くなってきたからだ。
「私、ラノベって言うと表紙のイラストを見て買っちゃう事が多いんですけど、もしかして、そういう話でしょうか」御厨は俺を見て質問をしてくれたが、俺はその他の生徒に目配せをして、意見交換を促した。
「みくりんジャケ買いするんだ、面白いね」出水が食いつく。となるとどういうイラストレーターのどういう絵が好きかって言う話に流れるだろう。妻木たちもそういう食いつき方をするはずだ。となると、小説の話からはだいぶ逸れてしまう。誰かそちら以外の方向にうまく誘導できないものか。
「いや、表紙を見て買う事が多いにしても、総合的に見たら装丁の話って事になるんじゃないかな。あと、裏表紙のあらすじとか読んで、あ、これ面白そうだなって」装丁に話を引っ張るか。宗谷は視点が商業的だ。
「イラストももちろん大事だけれど、いかにしてお客さん、読者を増やせるか、あまたの新刊の中で、手に取ってもらえるかって事が、最も大事な事だと思うんだ」
「そっか。でも雑誌は最近付録勝負って感じだよね」
「つまり、ライトノベルはイラストが付録なのかな」
「えー、イラストメインで買うって人もいるでしょ」
「じゃあ、アニメ化決定したときとか、買い時なわけじゃない、それって前もってどんな話か確認しておこうかなっていう原作ファンを増やすためのものでしょ」
「でもアニメになるんだったら、原作読まなくてもいいやって層もある程度いるだろうし」
「どうなんだろうね。やっぱり表紙のインパクトってあるのかな」
「あと新刊だったら帯だよね、推薦文とかさ」
「あ、あれがあるとついつい気になっちゃうんだよね」
「こないだ見つけたんだけどさ――……」
――なるほど。女子高生の会話らしくなってきた。各々の面白いものを広めようと躍起になっている。そうだな、あんまり無粋な話を持ち込んでしまったのかもしれない。売ってる側の立場で、こっそり読者の傾向を探ろうとした面も無きにしも非ずだ。求められている通りに仕事をすれば良いわけではない。俺はこうして、何にも染まってない若い読者の、生の声を聞ける立場にある。まあ、漫画なんて描けないが、作家先生にアドバイスなんて事ができるかもしれない。そういう実益で、考えてしまった点があるのだ。
「じゃあ、小説家として実力が認められて、一般レーベルで出版ってなったら、挿絵とかいらなくなるわけじゃない」
「そうなるね、小説って扉絵くらいだもんね」
「そっか、それって挿絵に頼らなくても売れるようになったって証明だよね、文章の身の実力で評価されてるって事だもん」
「だから、ライトノベルで売れるのって大事なんだね。下手にアニメ化とかしちゃったら作家さんにはよくない影響があったりするのかもしれない」
「仕事として楽しんでるんならいいんじゃないかなー」
「でもさー、絵も良いんだけどさー」
「うん」
「ラノベのタイトルって、変だよね」
「そうだね」
「そうやって目に焼き付けて、印象付けて、手に取ってもらって、って点で必死なんだよきっと」
「じゃあ、先生が言ってた理系の論文みたいなものなんだねぇ、これこれこうしてこうなりますけど、どう思いますか、みたいなさ」久家は俺の話をちゃんと聞いてくれていたらしい。こういうウィットな発言は大変うれしいものだ。
「言えてる、長ったらしいのが大体それに近い感じだよね」
「でも、そういうの書いてる作家さんたちも、そのうち、タイトルのインパクトにもイラストのインパクトにも頼らないで、作品が書けるようになったら良いね」
「大丈夫、面白ければファンはどこまでもついてくんだから」
「……どうしよう、私進路理系なのに論文とか書ける自信ないや」なるほど、妻木は理系なんだな。こういう情報も零れてくる。
「実験結果をつつがなく報告すればいいんだよ」出水が励ます。たぶんそんな感じで有ってると思う。理系の論文はほとんど読んだ事が無いが。
確か俺が読んだ理系論文と言えば、絵画の修復技術に関するものだったような。何百年前の絵画を現代にも受け継ぎ残し続ける、最新化学である。こっちの世界の人間の間でちょっと話題になったものである。彫刻とかにも応用がきくんだそうな。
しかし自分の作品が百年後に残るかどうか。無いだろうな、と思う。もしかしたら、誰かの本棚の片隅にでも埋もれていたりしないかと期待はするが、ほとんどデジタルだから何とも言えない、未知数と言うのが相応しいか。
「そうか、そうかぁぁ。レポートとかきっついよなぁぁ」
「でも、――ライトノベルの挿絵も、ぶっちゃけ、無くてもちゃんと読める気がしないかな」
――松風、こいつは、痛い事を言ってくれるものである。
確かに、どの作家先生も立派に練り込んだ文章だ、挿絵という先入観、キャラクタービジュアル、そんなものは一切無くても、作品は立派に成り立つはずである。
もちろん、俺も挿絵で食っている所だし、そんな事は考えてはいけないし言えた義理ではないのだが、考えてしまう。
「そしたらライトノベルじゃなくなっちゃうよ」
「そうだね。でもやっぱり、簡単に、原作が肥えてない段階でアニメにしちゃうのは良くないと思う。作品が持ってる可能性が絶たれちゃう感じがするんだよね」
「そんなだから、漫画も連載続かないんだよね。もっと長い目でみてあげなきゃ」
学生の意見と言うのも、馬鹿に出来ないものがある。
俺もやめた方がいいと思うんだよな、アニメ化。そこって目標かもしれないし、でも一つの終点とも言えるんじゃないだろうか。もっと面白く出来るはずなんじゃないか。
しかし、そういう願いも、アンチだなんだと難癖付けて葬られるのがオチだったな。好きな作品がアニメ化する時の寂しさは、何千人言わず、たくさんの人が味わっていると思うんだけどな。
「ライトノベル作家になった人ってさ、ライトノベル作家になりたかったのかな、それとも小説家になりたかったのかな」
「そっか、ライトノベルから一般レーベルに移った人は、ステップアップした形だもんね」
「となると、ライトノベルはやっぱり一般小説より劣るって事か……」
「そんな事は無いと思うけど、環境としてはそうなのかも」
「小説家になりたいイコール、ライトノベル書こう、ではない気はするね」
ライトノベルの投稿規程には、大方ビジュアルを意識してという旨のメディア意識があるが、他の一般小説ではエンターテインメント性を云々というのが多い。ここの商業意識に壁があるように思える。まあ、好きな作品を好きなように楽しむ、それが一番には違いないのだが。




