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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
八月の鳴嶺女学院にて
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部室二日目

 部室には全員集合していた。冷房もしっかり効いている。部活があるからと、夏休みに学校まで足を運ぶという気になるのが、正しい青春の形なのかもしれない。

 昨日の宿題はあっさり全員回収できた。相変わらず誰も忘れたりして呉れない。なんというか、内心で俺はちょっとそういうドジを期待してたりするんだが、叱りたいとか言うんじゃ無く、もっとフランクでもいいかなと思う次第だ。部活なのだし。今日は来れないらしい蜂須賀の分もちゃんとあった。真面目だなぁ。

「実に簡潔にまとめられていて非常によろしい。です、ます調のやつと、だ、である調のやつがいるんけど、もしかしてどちらにすべきか悩んだんだろうか」部室に集合してすぐに全員が提出してくれた原稿用紙には、それぞれの特徴的な筆致で好きなものについて綴ってある。言ったとおり淡々とした調子で書いてある。読みやすく解りやすい。

「いや、皆で残ってて書いてたんですけど……」柘植が皆と顔を見合せて、そう答えた。全員が頷いている。

「ああ、ここに残ってやってたのか。――そうだよな、お前らだったら。そうするだろうな」なにせ夏休みの宿題全員、七月中に終わらせてるんだからな。

「どっちが正しいとかって決まってたりするんですか。一応半々で分散してみたんですけど」と、松風が続けて言ったので確認するとなるほど、ですますが蜂須賀の分一つ多いが、だいたい半々だった。こういう、よく解らない賭けに出るような真似をする所は、何となく学生らしくていいと思う。

「そこら辺は適当だよ、色々めんどくさそうな話はしたけど。部活の最初っぽい感じにしたかったのと、簡潔に趣味趣向を理解しておこうかって事。あんまり気にしなくていい。フランクに行こうぜ」仮にどちらかが正解だったとしたら、二択と言う賭けでまず半々に分かれている事は、こいつらの仲の善さだったり潔さというものが窺える所だ。まあ、ここは全員を統一してどちらかにした方が、賭けとしては潔いのかもしれないが、結果的に確実に正解者が出る方を選んでいる聡い所が好感触だ。どっちが正解であってもうらみっこなしって訳だ。

「それでは今日は、先生も交えて、色々な話をしたいと思います」部長がおもむろに言った。

「了解した。何から話そうか」俺も少し身構えてみる。全員が背筋を伸ばし、室内に緊張が走った。

「実は、小説や作品を読んだり、見たりする姿勢について、昨日はちょっとした議論がありまして」つまり全員で原稿用紙に向かい合っていた時にと言う事だな。

「何も考えずに、ただ普通に見て楽しめるのが一番だ、という話があったと思うんだが、それとは違う話か」

「作品を批判することについてちょっとね。あ、違うよ、誰かの好きなものを誰かが貶したとか言う話とかじゃなくて、普通に、何が楽しくて何がつまらないのかとか、そんな話になっただけでさ。せんせはどう思うかなって、まず聞いてみたいなと思います、はい」

「批判だとか聞いて、俺はそんな曲解はしないけども。そもそも俺が何か作品を批判したりする事があると、考えてるのか部長は」

「あれ、ないんですか。何か読んでる時にそういう事考えてそうだなって思ってたんですけど」

「俺は何も考えないで楽しむことにしてるよ。言葉的には大した違いはないけどさ、批判と批評って違うんだぜ」

「でも、類義語ってことだよね」

「そう。だが、どう違うかって言うと、説明は難しいが、単純な話、批評家はいるが批判家って人はいない、はずだ。評論家とかいう類もいるだろ。だから、そういうのと比べると、ただ単に批判と言うと、否定的なニュアンスが強いという事になる。だからこの場では、何か作品について個人的見解ないし意見を述べる場合は、内容に問わず評論としてまず統一するという風にしよう。と俺はこれ今ふと思いついた事なんだけど、意味分かったか」

「うーん、批判だと文句言ってるだけみたいになるから、議論にはならない。そういう事が言いたいんだよね」

「議論にならない……いや、批評だ評論だ論評だっつっても、読んでみたり聞いてみたりするとまま結局文句言ってるだけ、みたいなのも中にはあるから、そうだよな、やっぱり一概には言えないんだけども。だから、あくまでこの場でのみの概念として、批評という言葉をメインに使おうって事だ。そもそもは、批判だとちょっとイメージが良くない言葉かなって俺が思っただけだから、皆は特別気にしなくてもいいんだけどさ」

「いえ、せんせの意見は参考になると思うので、ここはその批評活動というものを、この部の活動内容の一つにしようと思います。良いですかみなさーん」部長の号令に全員が頷いて答える。俺と部長だけで話してる間はみんな黙って聞いている。相変わらず妙な雰囲気である。

「うん、それじゃあ何か色んな主義主張が交錯するような議論が展開されると、聞いてる俺としては多分愉快だろう。でもそういうのは求めない。何か、ある作品があって、それのこういう所が好きだとか、だけれどここが気に入らないとか、そういう意見を個々人で持って、昨日も言ったがそれを誤解無く相手に伝える、そして賛同は得られないにせよ理解はしてもらえるように、という対話の姿勢を持ちましょうって事だな」

「和をもってまったり語らいましょう。それがこの部活の基本姿勢ですね」部長は何やらノートにメモを取っているらしい。俺の話なんかあんまり参考にしない方がいいと思うんだけどな。感性とかが凝り固まってる自覚があるし。客観的にみた場合それこそ批判の対象になりやすい考え方だったり。まあ、何が正しいかは俺の話を聞いた一人一人が判断することだ。俺自身そういう風に教わってきたはずである。

「――よし。原稿は一通り読ませてもらったよ。それで、ちょっと気になる事が生まれてきた。取りあえず誰かは言わないが、と言うか皆で集まったまま書いてたんだからどうでもいい事か」

「うん、昨日のうちに皆で読み回ししちゃったよ」それで楽しみ方の姿勢云々なんて話になるのか。そうだったなら、皆ちゃんと自分の意見を持っているという事だ。俺がこの歳の頃、こんなにしっかりしてただろうか。いや、してない。してなかった。やれやれだ。

「とにかく、読んでて俺が気になった事を一つ、手始めに批評してみよう。石動」

「は、はいっ」

「悪いな、慣れてそうだからって理由で頼むんだけど、ホワイトボードに書記さんしてくれると助かる」

「か、かしこまりました」そんなにかしこまらなくても。フランクでいいんだって。そうして立ちあがってホワイトボードの前に控える石動。真っ先にホワイトボードマーカーのインク残量を確認する辺りが、いかにも彼女らしい。何本かあるが全部下ろしたてのはずで、確認するまでもないと思うんだが、もしかすると昨日こいつらがホワイトボードに落書きをして遊んでたかもしれないと考えると、確かにインク残量を気にする気持ちもわかるような。俺もいたずら書きをしまくってインクを減らしてた口だし。

「それで、お前たちの中に、この作家の作品が好きだ、と言うものと。この作家が好きだ、と書いているものがいた。まあ、この原稿用紙の内容で議論しようとか考えてたわけじゃない、と確か昨日言ったような気もするんだが、そこは申し訳ない。話の流れ的に使うべきと判断させてもらった。それでは、石動が書いてくれたとおり、この両者の違いについて考えてみよう。……の前に、こういうの多分ディスカッションとか言うんだけど、皆は高校二年生だからまだこういうタイプの、何だ、催しは経験無いんだよな」

「ないですねー。討論部とか有りませんでしたっけ」

「それこそないよな。何をそんなに討論することが――いや、例えば入試のグループ面接試験とかってあって、パネルディスカッションをしてくださいとか言われるわけだよ、時々刻々の情勢について意見を交わし合ったりなんかしてな。その場を凌ぐために全員はお互いの意見を尊重し合ったりしながら、でも自分は入試のためにここにいるんだ、とどこかに考えがあったりするとそうもいかなくなったり、つまり結果的には受験戦争と言う最前線なわけだから、そこで鎬を削るわけだな」

「あ、なるほど」

「先生、凌ぎと鎬ですね」そう言った石動が、ホワイトボードに俺の発言を丁寧に板書してくれていた。……鎬なんて書けるのか。

「え、いや、そういう意図があったわけではないんだが。とにかく、これから先に討論することがあるかもしれないから、ここでディスカッションの練習をしてみようという事だな」

「そっか、部活動の方針も改めて会議しなきゃいけないけど、その前にこうやって意見を交わすんだね」

「部でやりたい事をちょっと話してもらった自己紹介とは趣が違うだろ。この國は何でも会議で決めたがる所があってな。話し合いで解決みたいな所が多かったりする。まあそんな話は良いとして、俺は聞いて楽しむことにするから、とにかく今回の論題を先にもう一度かいつまんでみよう。えっと、例えば、ある作家Aの作品が好きです、と言うBさんと、ある作家Aが好きだ、というCさん、二つの意見があるとして。これは、違う話だというのは解るよな。Bは作家Aの作品のファンである、Cは作家Aのファンである、だから二人は作家Aのファンである。こう言われると、何かおかしい。そうだよな。ここには色々な要素があるために、定言することはできないわけだ。それじゃあ、その要素ってのを探ってほしい。そんな方針で話し合ってみてくれ。こういうのを演習形式の授業なんて言ったりするんだけど、とりあえずは色々な考え方を知る事だな。あ、石動も席について参加してくれ、ありがとう助かった」

「あ、はい、こちらこそですわ。必要であればいつでも書記を御用命ください」

「了解、そうするよ。ああ、固くならないでいいからな、全く普通にいつも通りの雑談のノリで構わないから。俺に意見を求めたかったらそれでもいい。でも、まずは探り合ってくれ。それじゃ、よろしく」


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