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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
八月の鳴嶺女学院にて
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ぺったんじゃなくてちっぱいだ

「なるほど、今日の雑談は原稿用紙のお話って事ですね」と、柘植は嬉しそうに言ってくれた。俺がこうして授業中に雑談を始めるのはいつもの事、というか、作業中の生徒たちに向けて一方的に話しかけたりする事は、集中を阻害するんじゃないかと言う自覚もあるのだが、皆は迷惑に思うどころか結構受け入れてくれているので、俺は勝手に喋るのである。いつからかこんな事になってしまった。最初は本当にただの雑談だったのに、少人数が幸いしてか、皆が聞くようになってしまった。この年頃の生徒たちは、黙々と作業をやるよりはコミュニケーションを取っていた方がやりやすいのかもしれない。

「まあ、そんなようなものだな」俺は何となく、鼻の頭をさすりながら答えた。全員が期待の目を向けてくる。他の先生が見たら驚くんじゃないだろうか、と思うほどに興味津津なのだ。俺も人心収攬ができているんだろうか。

「顧問の先生の自己紹介は無いんですかー」と、宗谷がもっともな事を言う。しかし。

「それは無いな、残念ながら。ほら、趣味だったらお前らと大差ないだろう、漫画はあまり読まないが、ラノベ読むし、アニメも最近はまた見るようになったぞ。映画も見に行くから話題には付いていけるはずだ」

「ええ、いつも雑談で色々喋ってくれてますものね」

「もう、ずるいなあ先生は」

「んじゃとりあえず聞いてくれ。先にもう一度、原稿用紙一枚に、適当に好きなものについて、何かアピールっぽい文を書いてきてもらう、と言うのは決定な。でもって、それに関してちょっと形式を指定させてもらおうと思う。難しい話じゃないよ。その原稿用紙一枚にお前らが書かなきゃいけない文章ってのは、小説みたいなものではないって事だ。さっき言った小学生の作文みたいなものって事でも無いぞ」

「それじゃあ、普通に書くのとは文章の形式が違うという話ですよね」と、的確に話を掴んでくれる御厨。雑談になると割と発言をしてくれる。

「そうなんだが、これはお前たちが将来的に、例えば大学とか行ったら書かされるであろうレポートみたいなもんの書き方で書いてきてほしいんだ、そんな形式。まあ、できる範囲で良いんだけど」

「大学のレポート……」妻木が一人だけ何やら不安げな顔をしている。心配ごとでもあるのだろうか。

「もしかして、雑学とかじゃないんだ、ちょっといつもの雑談と違うね」百鬼も小首を傾げる。ちょっと退屈な話かもしれない。でも今のうちにちょっと興味を持ってもらいたいからな。

「うむ、確かに今回はどちらかと言うと勉強寄りって形になってしまうが。だから、お前たちにはちょっと仕込みたいと思ってな。雑談してもかまわないっつったから、気にせず進めるけど。よろしく」

「よろしくお願いします」石動の号令に合わせて、全員が一礼。いや、本当に俺の話なんて、適当に、フランクな感じで聞いてほしいんだけども。逆に俺が緊張してくるじゃないか。

「――とりあえず、一括りに文章ってったらそうだ、全部一纏めにしたら文章は文章でしかない」

「だろうね」出水は何だか気だるそうにしているが、それは俺に対する挑発だ。ちょっと構ってほしいと、そう言う事をして注意を引こうとするのだ。しかし無視する。

「でもそこに、カテゴリーと言うものがある場合がある。というか、あるわけだ。さらに言えば、さっき話してくれたように、小説とかにしたって、ラノベだとか区別があるわけだよな、ファンタジー、現代科学、魔術、そういうものが入り乱れてる傾向だってあったりするだろう。まあもっとも、今はそう言うものが専ら連想されるんだろうけど。で、これはまず、文章と言う事。あ、そうだ、出水や妻木辺りはうちの学院の漫画研究部の部内誌、あの文章を読んだ事があると思う。そうだよな」

「うん、何かすごく、ごわごわしてるって言ったら変かな、でもそんな感じ」話を振ってやったので出水は気を取り直してくれたようだ。妻木も頷く。

「えっとな、この部活はあそことは違う、てのも繰り返しになるが、敢えて漫画研究部の文章がどういうものか話そうと思う。今回は、レポートみたいな文章を書いてくれって言ったけど、お前たちにもあんな感じの淡々とした文章を書いてきてほしいんだな」そう言うと、皆は少し不安そうな表情を浮かべたが、そんな心配はいらない。

「――あの連中の書くものは大雑把に言うと、科学的論証、だとか論理的。ごわごわしてるってのはつまりそう言うタイプの文章なんだな。例えば世界観の考察とか、設定考察とか、そんな類のだ。俺は、作品は面白ければそれでいいって性質だから、考察だとかはあんまり好きじゃないな。それは、お前たちもそうなんだろう」

「うん、面白いものが好き。ただそれだけ」

「難しい事もあるけど、楽しいものは楽しいよね」

「でも、何も考えずに見れるアニメとかの方がやっぱり好みかな」

「おバカで下品でときどきホロリ、みたいな」

「そりゃポロリの間違いじゃねーの」

「おっぱい凄い気合入ってるよね」

「おっぱいでお涙頂戴とか無理じゃないかなー」

「でもおっぱいも好きだよ私は」

「おい、待て、おっぱいの話はその辺りでやめろ」

「せんせはどんなおっぱいが好きなんですかー」

「あ、確認のために言っておくんだが、論証的、論理的文章、これはこの場で何となく使ってるニュアンスというか、定義ってやつだ」

「流された」その手には乗らん。

「あくまで、俺が何か適当に言ってる定義。他の事は知らん、これを学問とした時の、精確な定義とかではない。それで、俺の口振りから解るかもしれないが、反対の意味があるとしたらそれは、芸術性があったり、文学的だったり、そういう小説とかの文になるんだろうな。この芸術的・文学的に対する形として、科学論理っぽい文章って風に言ってるわけだ。心情だとか情景だとかそんな表現力が一切求められないのが科学論理的。それか事実の羅列がただ並んでいるだけの、時系列表だの歴史書みたいなものの類の事だ」

「じゃあ、せんせは大きいおっぱいと小さいおっぱいどっちが好きですか」蜂須賀が自分の胸を強調しながら聞いてきた。やばい、うっかり目が行ってしまった。当然それは全員に気付かれている、誤魔化しは効かない。

「じゃあ言う。どちらかと言えば、小さい方が好きだな」

「えー、今はっちーのおっぱい見てたじゃんかー」

「で、論理的、このパッケージの中身は何かと言うと。最初に執筆者がいるわけだ。これは私、っていう執筆者がいて、その執筆者が書いた内容と言うのを、読者に対して誤解が無いように伝えなくてはならない。伝えたい、思っている事を正しく。そこに書かれたデータ、或いは情報というものが、誤解せず相手に対して、きちっと伝わると言う事。――何か、大事なんだなって気になってくるだろ、こういう言い方するとな」

「さっきから、何か美術の先生って言うか、予備校の先生っぽいよね」

「あれ、でも先生って塾でバイトしたりしてたんじゃなかったっけ」

「それであんなの身に付いたのかな」

「いやいや、バイト講師がみんな名講師と言われるものになれてたら、世の中もっと変わるだろう。別にそこで覚えたわけじゃないさ。とりあえずお前たちに書いてもらう文章ってのは、そこまでで良い。解り易く言うと、辞書の項目みたいな文章を書いてきてほしい。ネットから拾ってコピペとかしちゃいかんぞ、そんな事する奴はここにはどうやらいなさそうだが。まあ、データとかは別に無くてもいい、好きなものについて説明してくれって事だ。それだから、ある結論に向けて、誰かに説得を試みたりするって文章でもないわけな。でも論文って事になってくると例えばものすごく立場の違う、何かがあったとする。そう、何がいいかな、今話題になっているもの」と言って、全員が思い思いに最近話題になっているものを口々に言いだそうとしたが、ここはそれで議論をする場ではない。だからそれは止める。

「待った。アレだ、著作権問題。二次創作の可否について。いや、悪い、何かもう、非常に立場が色々有るんだろうが、これに賛成反対とか色々あるんだろうけど、じゃあその時に《反対だから反対》とか、《賛成だから賛成》ってな具合に、感情的になると、こいつは議論にはならない訳だよな。それで、この論文っぽい文章ってのは、必要なデータを根拠述べて、《私は賛成だと思いますが、あなたはどうですか》《私は反対ですがあなたはどうですか》って感じに、行ってみれば議論のベース、足場にするんだな。これは、そこで立ち止まらなきゃいけない。その先に行くと、議論ではなく喧嘩になるからな。ここでどっちの結論をとろうと、どっちでもいいんだが、とにかくデータと論拠が罷り通っていて、筋が通っているって事が問題なわけだな」どういう事だか、俺の拙い説明で全員が理解をしてくれたかちょっと判断に迷う所だが、表情からすると続きを聞きたがっているようにも見える。

「あの先生、塾での経験でないなら、どこでそう言う事を覚えてきたんですか。私、気になります」おっぱい好きな松風から質問が来た。

「ああ、その話か。俺の場合は大学で、えーと、授業時間の空いてる時間、つまり自分で授業とか選んで時間割組むんだけど、――例えば、二時間目に出たら、次は四時間目だなって組んだとする。こうなると昼休み含んで三時間目も空白って事だろう、つまり何もすることが無い時間という具合になるんだな。もちろん俺の場合は、課題に追われてたりバイトがあったりで、車の免許だって取る暇はないような生活だったんだが、それでも、カリキュラムの都合上は間が空いちまう日はどうしても出てくるんだ」

「それでどうしてたの」

「これは必殺技だな。ちょいと他学部の授業に出てみたりして、時間を潰すんだ。この学院の講堂もかなり広いが、あんな感じのスペース、大教室とかで受ける授業だったりすると、意外と部外者も入り込めたりする。紛れこむのは容易だ。文字通り部外者な俺は、文学部の授業なんかを覗いたりしてたわけだな」

「すごいね、勉強熱心だったんだ」質問者の松風は、素直に感心してくれる。こういう反応は少し照れくさくなる。

「それはどうかな、勝手に参加した授業で寝てるなんてしょっちゅうだったぞ」

「お、ちょっと学生らしい感じだ」

「やっぱり大学生でも授業中に寝るんだ」

「疲れてたら寝るさ、そういうもんだ。でも元々空き時間に授業出てるわけだからな、変な授業に出ちまったりすると、眠くなったりもするんだ。それでも、聞きかじって覚えてたりなんかした事は、こうやって話して聞かせることもできるからな。無駄だったとは思ってない」

「そう言う事も考えて学校選んだ方がいいのかな、休み時間とか」と、百鬼からは真面目な質問。

「他学部の授業に遊びに行けるかどうかってことか」

「あ、はい、単位数って制限あったりするじゃないですか、それでも他の授業を見に行く余裕があったら、私も同じように飛び入りとかしてみたいなって思って」

「ふむ、今の俺の話でそう思ってくれたなら有り難いな」

「いえ、そう言う話をしてくれる先生こそいつもありがとうです」いやはや、素直な生徒は可愛いものである。

「まあ、所によってはキャンパスは学部割れしてたりするから、そう考えるなら調べてみた方がいいだろう。さっきは必殺技なんて言ったが、俺の場合は苦肉の策とも言える。まあそれは置いといてさっきの話の続きに戻るぞ。よし。で、えっと。議論の土台みたいな事を言ったんだったな。でも、この論文っぽい文章の場合には、この結論はどうなんだろうか、って言う風に攻められるとかじゃなくて、ある結論に至るまでのデータや基準が不十分とか、論理的に破綻してる、そういう攻められ方なんだよな、もっとこういう言い方をすれば解りやすいのに、とか。気にするのはそんなとこだ。――好きなものについて書いてもらって、それで議論をしようなんて積りはないから安心してくれ。あくまでこれからの参考までに。それで、お前たちは論文って、読んだことあったりするのか、何でもいい、論文。雑誌とかに載っている論文。あ、雑誌っつっても週刊誌とかじゃない研究雑誌とかに載っている論文」

「漫画研究部のあれも数えたら読んだ事はあるになるんだろうけど、でもそういう本格的なものはまだ読んだことないです」

「うん、あれも描き方のスタイルの問題だからな。それで、あの論文には投稿規程とかがあるんだよな。それは小説の新人賞とかにもあるけど、あれだな、ビジュアル化を意識した内容であれば作品の構成については規定を設けない、ってのが多いかも。そんなのはまた違う話だ。論文、学会誌とか雑誌とかによって、これもルールが決まってるんだな。まあ、聞きかじった話だから、俺も良く知らないんだけども。で、なぜルールを決めておくかって言うと、これは週刊誌の記事とか小説とかとは違って、読者が想定されてるからなんだそうだ。ああ、アンケートとか取って読者の傾向探ってる漫画雑誌とかは別だ。あれ漫画だから。後は、用途が決まっている、とかだったかな。そもそも暇潰しで論文読む人ってのは、まあいないだろう、滅多に。で、ああいったもんは、研究に役に立つか立たないかって事のために、参照して、読んでかなきゃならん訳で、一人の人が大量に読むんだな。何か一つのその研究ジャンルがあったときに、読者の側は夥しい数の中から、必要な論文を抜き出して、必要なだけ読まなきゃいけない。ちょっと気が遠くなってきたか、でもそう言う事をやる事になるかもしれないんだ」

「お姉ちゃんが文学部なんですけど、文学部に入って何をやってるのって聞かれた時には、インクの染みを眺める学部だって言ってたよ」柘植にはお姉さんがいるのか。

「良いセンスの姉さんだな。それで笑ってくれるような相手じゃないと、話す意味はないって言うニュアンスを含んだ皮肉っぽい所が良い」

「私も今やっと先生の話を聞いて意味が解りました、あはは」

「そうだな、そのインクの染みが、そうすると何が書いてあるか解らない。これが、染みは冗談として、どうしても読んでも解らないであるとか、こいつ書き方がめちゃくちゃでさっぱり解らねーぞ、とかってなると、時間をロスしてしまう事になるんだな。つまり、迷惑がかかる。だから、この科学論理的つまり論文のスタイルは、いかに読者に迷惑をかけないか。その前提を以て書くわけなんだな。そう、だから小説とかの場合は、勿論読者を面白がらせるために工夫を凝らしたりするんだろうけれども、論文は違うんだ。とにかく迷惑をかけない事。投稿規程だっけ、あれでものすごく制約が厳しい、それこそ良く解らない話だが理系の論文がそんなんじゃないかな、と言う話を聞いた。ほら、文学部だから理系の論文は読まない訳だな。もちろん俺も読まない。それにはまずタイトル、要約があって。要約――この文章は何が書いてありますって要約があって、話題の提示があって、データがあって、結論があって、それに対する考察って感じで、全員同じスタイルで書いてる感じ。で、これだと皆が最初に要約を見たら、必要か必要じゃないか判断つくんだな。それ関係で、もっと厳しいとタイトルまで決まってたりするんだ。とある情報について、タイトルをこうやって書かなきゃいけません、って決まってて。検索が楽になるようにしてるんだったかな。曖昧なタイトルだと困らせちゃうわけだな、論文が。小説は構いやしない、好きなように、何言ってんのか全然わからない様なタイトルでも何でも良いんだろうけど。それが論文の場合には、タイトルを見て内容が類推できるようにしとかなきゃいかんのだな。論文っぽい文章の話についてはここまで」

「えー、もっと聞きたいよー」

「だから、俺も論文読んでないからあまり偉そうなことは言えないんだってば。今のは全部受け売り。頭の片隅にでも置いておけばそれでいいよ。俺の少ない知識で語れるのはここまでなんだから仕方ない」

「じゃあどんなおっぱいが好きなの」

「出水よ、俺はさっき小振りな方が好きって言ったはずなんだが」

「えっとね、じゃあさ、私は小振りだけど、どう思う」

「ぺったんはおっぱいとは呼べない。いい加減にしよう、お前らはおっぱいについてってテーマで小論文書きたいのか」

「それはセクハラだよ」

「部長として、俺の立場が危うくなるような事は許さないとか言ってなかったか」

「私の胸はぺったんじゃなくてちっぱいだ、訂正を要求する」

「俺帰っていいかな」


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