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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
八月の鳴嶺女学院にて
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君の知らないetc.

「はっちー、小川先生って厳しいのか」と、蜂須賀を見てたら何となく気になってきた小川先生の事を聞いてみる俺。もちろん、俺は小川先生とはあのテストの日以来一度たりとも顔を合わせていない。紅島先生と会えないのと同様に、機会が無いのである。彼の印象があまり良くなかったと言うのもあるが、しかし社交辞令とはいえ部室に顔を見せるようなことも言った覚えがあるんだよな。適当に返事したのはやっぱり失礼だったろうか、そんな事を少し反省しつつ。

「え、駄目だよ先生、そのあだ名は千枝専用なんだから」と、いきなり呼ばれて困惑気味の蜂須賀が答える。出水がはっちーと呼んでいるのだ。

「なんだ、そうなのか」

「まあ、先生ならいいよ、呼んでも」そう言ってウインクを飛ばす蜂須賀は、大人っぽい印象とのギャップでなかなか魅力に溢れているようである。

「おう、はっちー、それで小川先生は厳しいのか」

「……やっぱりちょっと違和感が。えーと、小川先生はそんなでもないかな。確かにこの学院の部活としては厳しいほうなんだろうけど、でもそんなに気負う感じはないですから」

「それで今日は午後の練習が無いのか」

「そう、だからこうしてここでお茶会してるんですよ」そう言って笑いながら、ティーバッグで入れた紅茶を啜る。蜂須賀はインスタントなモノをそれほど気にしてないと言うか、もはや気にするまでもない次元の感覚なのだろう、この紅茶を俺は今、談話室のものとは比べられないようなものだと思っている。だからと言って、別にまずくはない。などと言う感想が出てくるあたり、俺の舌もどうやら肥えたのだろうか。やっぱり、こういうものは、俺のような庶民が本物の味を覚えちゃいかんのだ。感覚がどんどん擦れて行ってしまう。貧乏学生時代を思い返せ、今の生活は恵まれすぎているのだ。どちらにせよ、俺にとってはあの頃だって恵まれていると言えるのかもしれないが。今日は夕飯に堅城にカップラーメンを御馳走してもらおう。

「一応お伝えしておくけども、これはお茶会じゃなくて部活動なんだけどな」

「おー、早くも顧問の自覚を持ってらっしゃるんですね、真面目だなぁ先生は」そう言って笑うはっちー、時折見せる翳りは無く、いつもの元気な姿である。

「でも、私は千枝には今日部室でお茶会するから来てよって言われたんだよ、だから私的にはこれはお茶会ですね、紛れなく」

「おい出水……」

「あれ、部活に遊びに来てって言ったような気がするんだけどなぁ。間違えちゃったかな」空々しい事を言う。やっぱりお茶会したかっただけなんだよな。いいよもう、先生は解ってますから。

「そりゃ、学生時代の部活動なんて実際こんなものだろうとは思っているけど。でもせっかく顧問なんだし、俺としてはもう少しお前らの事を知っておきたいというか」

「先生、今何と」と、出水が妙な食いつきを見せた。

「え、いや、お前らの事をもっと知っておいてもいいかなと言う話を」こういうノリのこいつにはあまり調子に乗る口実を与えたくはないのだが、ここは素直に答えておいた。

「そっかそっか、これからもっと濃い関係を築くためにも、こういう機会は有効に使わなきゃだよね」一人で納得をする出水。お前がそれを言うか、と突っ込みたい気分になった。でもな、今思えば傍目にこうして無為に時間を過ごすのも、青春と言う時間においてはもっとも貴重なものなのではないかと思うのである。贅沢な時間の浪費、皆と一緒に過ごしているんだから、この時間は掛け値なしの時間になる事だろう、――と言う事を実感するのは当人たちにとってはもっと後の事になると思うので、人生の先輩としては敢えて余計な事は言わないでおく。

「みんな、良く聞いてー。私たちの秋聞先生が、私たちの事をもっと知りたいとおっしゃいましたので、これから自己紹介タイムに移ろうと思いますが、よろしいでしょーか」

「千枝さん、そんないきなり……」と、副部長は出水の突発的思いつきを抑えようとするのだが、他の皆は賛成の様子である。改めて自己紹介を聞くと言うのも、確かにいいことかもしれない。最初らしく、初心に帰ってみると言う事だ。そう言えばいつから、石動は出水の事を千枝さんと下の名前で呼ぶようになったのだろうか。

「それじゃ、普通に出席番号順で、お願い――」

「すー……、すー……」

「――しようと思ったんだが饗庭が寝ているので、ここは反対回しでいこうか。御厨、起立」

「え、え、はい。――えっと、御厨雫です、えと、この部活動への参加志望動機は、皆さんともっと仲良くなりたいと思ったからです、す、すいません」突然の展開ではあるが、しっかりと喋れると言うのは良い事である、しかし志望動機って、あなた。

「大丈夫だよ、みんなみくりん大好きだよー」ああ、御厨だからみくりんか。

 ――誰が誰を何と呼ぼうが勝手ではあるが、そういうのをやめましょうと言う風潮もどこかではあるらしい。出水が人に好かれるのは、たとい自分が嫌われようとも他人へめいっぱいの愛情を持って接する所にあるのかもしれない。

 ――名前なんて記号でしかない、と俺も考える性質(タチ)で、普段は誰かを名前で呼ぶ、というコミュニケーションの重要性と言うか心理的効果などについても意識を払う事が殆ど無いのであるが、そこで呼びやすい名前かどうか、そう言う意識が働くかどうかという問題もある。

 一般的には、役職名ないしは社会的階級で読んだりする場合が正しいというこの國の特性もある。誰かれを区別なく例えばMr.Ogawaなどと名前で呼ぶのとは文化が違う。先生、部長、係長、警部、管理官などなど。刑事ドラマや軍隊モノを見てると良く解る。いや、軍隊はまた少し毛色が違うか、とにかく、その点を鑑みて、俺は毎回授業の初めには必ず出席をとる事にしているのだ。全員居るのは解っていても、とりあえず点呼する。それに返事が返ってくる。このやり取りは必要だと言う個人的な考えである。確かに、根本的な俺の考え方とは矛盾する行動ではある。しかし、それも段々調和が取れて来ているように思う。だから、読めない名前は面倒くさいなと感じたりするんだろうな。名前は個性かもしれないが、そこで個性を発揮しようとしたって、発揮されるのは当人ではなく名前を付けた者の個性である。

 繰り返しになるが、名前なんて記号でしかない。だが、そこに存在している事の一つの証としての記号だ。俺は、記号だという表現に対しては比較的に好意的に受け取っている。良いか悪いかと言う話ではないのだ。だから、どんな名前だっていい(ただ、読めない名前ってのは困るというのは、そことは別の問題なのだが、難しい所)。だからこそ、その名前を自分なりに呼ぶ出水のやり方は、とても興味深い。こうして出水を見ていると、愛称で呼ぶ、このコミュニケーションはとても重要ではないかと考えるようになってくるのだ。

 だから、俺も前向きに、それを倣って蜂須賀をはっちーと呼んでみた。

 意外と楽しい。

「あ、ありがとうございます、出水さん。えっと、あと最近はお弁当を自分で作るようになりました」

「それは良いことだな。お母さんに教わってか」

「あ、はい、お恥ずかしいですが、本当はまだ手伝ってもらったりしています。でも一緒にお料理するのって、すごく楽しいんですね。何で今まで、こんな楽しい事をやっていなかったんだろうって、自分でも驚きました。そうですね、この部活でも、みんなで何かを作るという活動目的もありますし、そういうのって良いなって思います」と言う話を聞いて、出水はなぜか絶句をしている。どうしたんだ、いい話だから感動したのだろうか。

「そうだな、誰かと一緒に作るってのは、楽しいよな。特に料理ってのは、作って終わりじゃない所が一番の楽しみだ」

「はい、秋聞先生も、誰かとお料理したりするんですか」と御厨はにこやかに言ったが、これは話の流れ的に何も不自然な所はないと思うのであるが、どうも違和感のある質問である。その証拠に、ああ、そう言う事か。こいつらの視線が俺に集まっているのである。もちろん質問をしてくれた御厨には、そのような意図はなかったのだろうが。

「俺は一人暮らしが長かったから自炊するようになったんだが、それ以前に一緒に料理したり、教わったりしてた事はあるよ、同じく家族とだけど」無難な返事を返してみて、最近は広津と一緒に料理したりしているが、そうだよな、普通に考えたら同棲だよな、これは。 

 そりゃ、確かに本人相手に俺の嫁だとは言ったが、あいつと一緒にいる感覚ってのは異性相手のそれとは何かが違うんだよな。向こうもそんな感じだと言ってるし。異性相手。本当にそう言う考えが俺にあるのか、疑問である。学生時代だって、それで随分色々と嫌な思いをさせてきた事もあるのだ。決して良い人間ではないと言う自覚もある。だから、俺は人から好意を受けるって言う事に、まだどこか戸惑いがあるのである。二次元趣味になったのは学生時代の後半だったし、それが原因と言う訳ではないはずだ。

「そうですか。えっと、それでは、私は以上でよろしいですか」みんなの視線が俺から御厨に戻ったとたん、急に恥ずかしくなったようである。

「ああ、ありがとう、着席して良いぞみくりん」

「はい、こちらこそありがとうございます」そう言って御厨はほっと席に着く。俺がみくりんって言ったのは特に気になっていない様子だった。

「次は私だね」そう言ってガタッと勢いよく立ちあがったのは、松風だ。舞い上がった長い黒髪がさらさらと静かに背にもたれかかった。まあ、全員髪は黒いんだけどな。

「ああ、よろしくどうぞ」俺の合図を待っていたようなので、続きを促す。

「それでは、松風真珠です。私は普通に、漫画やアニメやライトノベルが好きだから出水ちゃんのお誘いに乗りました。意外とロボットモノとか好きです。漫画研究部の人たちみたいに、あんまり詳しい事は解らないけれど。あと、……私、百合が好きなんですけど、こういうのも言って大丈夫ですか、先生。その、私の趣味の話ですから」

「まっちゃん百合好きだったのか。あのね、秋聞先生はね、そう言うの大丈夫だよ」

「俺は大丈夫だが、――そうだな、皆も大丈夫なようだ」石動以外は解っているようだ。花ですか、とかなんとか出水に聞いているが、こいつ適当な返事しかしていない。

「安心しました。あー、同人活動研究会ですから、その、アニメキャラ同士の、そういう絡みとか、妄想したりしてるんだけれど、もし文章でまとめさせてくれる機会があれば、頑張ろうと思います」なるほど、文章のみっていうのもあるわけだな。

「了解だよまっちゃん。あ、私たちの中だと誰が好きとかあるのかな」

「え、うーん、皆可愛いから好きだよ。でも乙歌ちゃん辺りがタイプだな、お泊まりしてる千枝がうらやましい感じ」

「そうなんだ、いっちゃんもうぇるかむだと思うよ、泊っちゃおうよ」

「え、じゃあせっかくだからお泊まりしようかな。あ、ごめんなさい、私は以上で」ちょっと照れながら笑顔で答える松風は、そのまま席に着いた。こいつも寮の饗庭の部屋に泊まった場合は、話す機会が増えると言う事だな。

「よし、次行ってみようか」

「――あ、そっか、私か。よいしょ。合唱部の蜂須賀です。私は選択教科も音楽だったりで、ちょっと遠慮がちになっちゃうんですけど、いつもみんなにはお世話になってます、ありがとう。休み時間には千枝と聡美と一緒にアニメの話とかをしています。カラオケなんか行くとアニソンばっかり歌います。――あと、百合も大丈夫です、やっぱり付き合うなら千枝か聡美かな。でも最近遊ぶようになったすいも、私服とかすっごい可愛くて、持ち帰りたいくらい好きです」こいつのノリ的には半分くらい冗談で言ってるんだと思うんだが、いきなり名指しで好きだと言われた石動が隣で変な声をあげた。そりゃびっくりするだろうなぁ。

「果実さん、そ、それはどういう……あの、持ち帰る、と言うのはその……」困惑している。妻木と出水はそれを見てニヤニヤ笑っている。なるほど、石動弄りって訳か。もっとも、これも仲良くなったって事の証だ、放っておくのがいいだろう。そして松風はさっそく少し興奮気味に見える。おい、そこにも冗談通じてない奴がいるぞ。俺は蜂須賀に目配せしてほどほどにしとけと念じてみたが、うなずき返した蜂須賀は本当に解ってくれたのか。そしていつの間にか、饗庭が目を覚ましている。

「あ、気にしないでね、すいが可愛いよって言う話だから」

「わ、私は可愛くなんて……」

「あー、赤くなってる」

「かわいー」

「かわいーぞー」

 皆の悪ノリにより、石動は黙って俯いてしまった。なんだか湯気でも出そうである。

「冗談はその位にしておけよ、はっちー」

「あ、すいません先生。あと、私は同人音楽にも興味があります。そういうのが出来るかはわからないけど、脈ありだったらそういうのも考えてみてほしいかなって、部員じゃないのにこんな事言うのもなんですけど、提案って事で」同人音楽か。そう言えば広津もそのような事をやっていたことがあったような。

「なるほど、検討してみよう」

「ありがとうございます。じゃあ、以上で」蜂須賀が着席すると、石動が顔を上げた。まだ少し頬が赤い。何だか冗談抜きに、本気にしてるんじゃないか、これ。誰かフォローしてやれよ。

「――百鬼です。私はあんまりアニメとかには詳しくないんですけれど、好きだった推理小説がアニメ映画になった時に、アニメってすごいなって思って、それから他の作品もよく見るようになりました。それ以前から、刑事ドラマとか、アクション映画とか、そう言うものをよく見ています。アニメも、そういうのが好きです、銃撃戦とかすごいですよね」ボーイッシュだけどおっとりした感じの百鬼だが、発言はしっかりとしたよく通る声である。蜂須賀はもちろんそうだが、小川先生の言っていたように良い声をした生徒が多いようで。しかし女の子で銃撃戦が好きというのも面白い趣味である。

「そうだな、ドラマでやりそうなものがアニメになったりする事もあるんだよな」

「それが面白かったりするんだよね。ナッキーは映画だとどういうのが一番好きなの」

「不死身の男がバッタバッタと敵をやっつけるお話かな。やっぱりハリウッドスターの肉体美って凄いと思うんだよね。あ、そっち系じゃないですよ、私は。とにかくかっこいいなって、思ってるだけだからね、ほんとに。特にあのステイサムの無駄のない筋肉が――」

「待ってくれその辺にしとこう、よっく解ったから」これ以上は何かまずい気がしたので俺は止めてしまった。

「あ、すいません……」ちょっと熱が入ってしまったらしい百鬼は、ちょっと深呼吸。

「そうだな、筋肉は憧れるよな、わかるぞ熱くなるその気持ち、ガキの頃からああいう映画は俺も好きだからな」止めちゃったのは悪いと思うので、フォローもしておく。それにしても随分と渋い所がお好みのようで。

「解ってくれますか、先生。先生はアクションスターだと誰が好きですか」

「リーアム・ニーソ――いや、この話は置いておこう、次行こうぜ」

「次はさとみんだね」そうした出水が妻木にバトンを渡す。

「はーい、妻木聡美です、趣味はラノベ鑑賞、アニメ鑑賞、音楽鑑賞、後は――」

「……いや、お前はいいや、着席していいよ」

「な、なんでですか先生……」げんなりしている妻木のとなりで久家が笑いをこらえて口を押さえ震えているが、気にせずその隣の宗谷が静かに立ち上がった。

「それでは失礼して、宗谷柚禮です。私が好きなアクション俳優はブルース・ウィリスです。私はそれなりにですが趣味として本格的に、銃とか武器の類が好きで、モデルガンやエアガンを蒐集しています」サイドテールが、主の表情と同じく楽しげに揺れる。

「これは、また意外な趣味の持ち主だな。それじゃ宗谷は、サバイバルゲームとかするのか」

「あー、いえ、銃が好きなだけので、ちょっと外で撃ち合ったりとかはまだ経験無いです。一応、私の年齢じゃ本格的なプレイも出来ないかなーって」

「なるほど」――しかし、ここで俺は思い立つ事がある。こいつらはお嬢様だ、家の庭が笑っちまうぐらい広かったりしたら、庭でサバイバルゲームをやろうと思ったらやれるんじゃないだろうか。そうでなくても、私有地とか貸してもらえれば、フィールドには困らないんじゃないかという話である。庭にBB弾なんぞをばら撒いて許してもらえるかは解らないが、バイオ弾なら勝手に自然に帰ってくれるし大丈夫なんじゃないだろうか。だが、別に俺がサバイバルゲームをやりたいと思っているわけではない。

「――え、ちょ、ほんとに私はスルーの方向ですか」

「さとみん、しゃらっぷ」

「千枝ちゃんひどい」


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