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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
八月の鳴嶺女学院にて
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美術選択組

「こんにちわー」

「おいっすー。やっぱ涼しいねー建物の中は」と、早速並んで元気良く入ってきたのは、妻木ともう一人、久家椎奈(くげしいな)という子だ。この久家は、石動やこれから来るであろう御厨に並んで、見た目だけは、お嬢様らしいと言うような出で立ちをしているが、この見た眼と反対に元気がいいのが少し面倒くさいと言う所な少女だ。そして、おいっすなどと挨拶するように少々言葉遣いが荒っぽい。出水やうちの広津が「おいすー」と言う気だるい発声のとは、違う語気である。そうして妻木と一緒に行動する辺り、趣味はかなり怪しいものらしい、二人で遊んだときの写真を見せてもらったところ、私服はかなりロック系、チェーンなんかだいぶぶら下がっているので、そこは香芝の服装と趣味が合いそうな印象である。

 しかし、考えてみれば、こうして俺のもとで美術を受けている生徒全員が、出水の一声もあって同人活動研究会なる部活に入ってくれているのだから、たとえ石動などを例外としたとて、もしかしたら趣味がそういうものなんだろうという話である。立場に則って見たら、香芝――鬼夜鋸のファンだと言う出水然り、俺にとってもありがたい事と言うべきかどうか。お嬢様学校だってのに、ディープな連中なんだなあ。

 とまれ、オピニオンリーダーとはよく言ったものだ、改めて出水の持ち秀でたる統率力というのが、底が知れないモノだってのが解ってきた。こいつの何がそこまで引き付けると言うのか。だが、こういう生徒はクラスに一人はいるものと相場が決まっているんだけどな、昔から。

 集合時間が近付くにつれて、次第にこの部室も賑やかになって行った。

「こんにちは」と丁寧にお辞儀をしながら、ゆったりと現れた御厨が連れてきたのは、百鬼深藍(なきりみらん)宗谷柚禮(そうやゆれい)、よく島を作って一緒にお弁当を食べている、出水たちとは別のグループである。百鬼はボーイッシュなショートヘアであるが、見た目とは逆に大人しい。宗谷はいつも左側にサイドテールを作っているのが印象的だ、何かこだわりでもあるのだろうか。しかし実のところ、普段の俺は彼女らとはあまり会話をしていない。だからと言って、お互いの距離が離れていると言う訳でもなく、話しかければ返事をしてくれるし、授業中にも発言は積極的にしてくれる。俺のくだらない話を、興味有り気に聞いてくれている時は、むしろ優しい、温かい目で見てくれると言うのが正しいのであるが、とにかく日常的な会話が少ないと言うだけである。比較するまでもなくこちらは、静かで優雅な食事風景だというのが、出水たちとはっきり区別ついているんだが、――あのテスト終わりの打ち上げの光景を思い返してみると、全員はっちゃけていたので、本当はどんなんだかさっぱり分からない。女の子ってのは、やっぱりわからないもんなのだ。学生らしさって考えると、俺の方がお嬢様だお嬢様だと先入観を持ってしまっているのが悪いんじゃないかってのも充分に一因であると言えるが、しかし本当にお嬢様なんだから、たまに引っかかることもある。

 俺は教室でいつも授業前にしているのと同じ様に、窓際に腰かけてぼんやりと雲なんか眺めてみたりしている。学院生たちの会話の喧騒も、この前まで授業前に聞いてたりしてた時の事を思い出したりして、とにかくこの三カ月は自分でも、やっぱり良くやってきたように思う。本当にいい生徒たちなのである。ここで、再び俺の頭をよぎるのは、担任の紅島先生が休暇を取った場合のことである。このクラスの、半分を今纏める事は出来ていると言っていいだろうが、残り半分はどうすればいいんだろうか。臨時の担任として、夏休み明けから毎日学院に出る事になるんだろうから、しばらく忙しくなるのは間違いない。とすると、部活をやっている今の八月上旬から中旬にかけてが、一番ゆっくりできる時間なのではないだろうか。今まで好きな時間に好きな事をやってきた生活とは、夏が開けてからは変わるかもしれないと言う事である。本当に休暇をとるんだろうか、紅島先生は。改めて自分から連絡をしてくるだろうと言うのは解るが、その時に何と返事をするかも、決めておかなければならない。

「みんなはお昼ご飯って食べてきたのかな」

「今日は午前中もぐっすり寝てたから、朝ご飯もお昼ご飯も同じになっちゃったよ」

「休みって、やっぱり眠くなるよね、寝てたいよね」

「だよねー」

「今日は昼過ぎてからと言う事ですし、もうすこしゆっくりしても良かったかも知れませんね」

「……眠い」

「いっちゃん、ここで昼寝は駄目だぞ、部長命令だ」

「……疲れた」

「あ、うん、そうだねやっぱり寝てていいよ、今は」

「おやつとか有った方がいいのかな、せっかくだし」

「冷蔵庫見てみたけど何も入ってなかった、当たり前か、あはは」

「あ、でも紙コップとかは置いてあるみたいですよ。お水――水道水だったら飲めますけど、欲しい人は言ってください」

「お願いしまーす」

 思い思いに部室を動き回る少女たち。見た目にはとても華やかなものである。と言うか、紙コップ置いてあったのか、さっきは饗庭に手で飲ませてしまった、ちゃんと探せば良かったな。

 確かに、俺はこいつらを纏める事は出来ていた、というのは今までの授業中に限っての話である。それも十人しかいないのだ。打ち上げなども成功させる事は出来たが、まだまだこいつらの事を理解しているとは言えない。この場にいる美術選択組改め、同人活動研究会の面々は、恐らく思い思いの趣味やこだわりを持っているだろう。部活に関して言えば、俺には同人の知識は全くないが、好きなものに真剣になると言う連中の気持ちは解る。どういう事かって言えば、出水と石動が対立していた時のように、意見が食い違ったり方向性が見失われたり、そういう事態も起こりうるってことだ。顧問としては、お飾りで居たくないので、どういう状況になっても対処できるよう心構えしておかなければ。ま、気楽に楽しんだっていいんだろうけれど。十人しかいないのである。普通に、もっと多人数をまとめなきゃいけない時だって有ったはずだ、少人数のクラスは珍しいと言うわけじゃあないが、教育実習の時は普通に三十名以上のクラスだった。

「わわわ、ごめんなさい、遅れちゃったかな」

「いきなり遅刻してごめんね」

「あ、二人とも大丈夫だよ、まだ始まってないから。にしし」

 時計を確認すると、集合予定時刻になっていた。考え事を始めると、時間はいつの間にか過ぎていくもので、ほんの数分だけ遅刻してしまった二人は、呼吸を整えている所である。ツインテールが可愛らしい小柄な柘植瑞葉(しゃちみずは)は、コンビニにでも寄ってきたのか、ビニール袋をテーブルに置いた。中には大量の菓子(おやつ)が入っているようだった。それにあわせて、姫カットなストレートロングの松風真珠(まつかぜまみ)は2リットルのペットボトル飲料をどっかと三本並べた。こいつも儚げに見えるのに意外とパワフルなようである。こんな感じで、いつも気の利く二人で、遅刻をしたのも気にならないほどである。

「お疲れ様」と、俺は二人に労いの言葉を掛ける。

「いえ、こうして集まるからには、打ち上げの時みたいに楽しくしようと思ってたので」そう言う松風は、額に滲んだ汗をタオルで拭いながら、しかし上機嫌だった。部室に全員いるのが、それだけで楽しいのである。

「あと、珈琲・紅茶研究部の友達が買い変えするからって、御下がりの電気ケトルとか後で持ってきてくれますよ。ティーバックとかも買ってあるので、飲み物にはあまり困らないかと思います」お菓子とティーバックなど、ペットボトルに比べ荷物が軽かった柘植はもうけろりとした様子で、ビニール袋の中身を並べながら言った。それは、親切な友達がいるものである。御下がりだろうと、そんな便利なものが手に入るのは嬉しいじゃないか。

「しかし、カップは無いんだよな」

「紙コップでお湯って何と無く心配だよね、いちおう大丈夫のはずだけど」

「ふっふー、先生と部長と副部長の3人には、私たちからプレゼントがあるのです」そう言って松風は、鞄から取り出した小さな箱を三つ並べた。それにはこう書かれている――D賞、マグカップ。アニメキャラがプリントされている、くじの景品である。松風が先ほどから汗を拭いているタオルは、C賞のフェイスタオルのようで、こちらはキャラクターがデザインされているわけではない。作中に出てくる旅館のタオルのデザインを模したものだった。個人的に、こういう作品の世界観が身近に感じられるグッズは、なかなか好感触である。

「わ、ありがとうまっちゃん。コンビニでもくじってやってるんだね」

「ありがとうございます、でもなんだか悪いですね、私たちだけというのは」副部長の石動は、遠慮気味にマグカップを手に取った。

「気にしない気にしない。くじを引いたわけじゃないんだ、バラ売りしてたから置いてあった分三つを買ってきたってだけだよ」

「そっか、A賞とか当たってたら大変だもんね、それはそれで面白そうだけど」出水よ、面白いかどうかは置いといても、いきなり部室にフィギュアを飾る事にならなくて良かったと俺は思っているぞ。

 こうして、部室に全員揃ったわけで、これから部の運営方針についてとか、何か色々と話し合いを進めていくと言う展開予定だろうか。

 ――改めて名簿を眺めてみる。と言っても、出席簿ではなく、いつもの手帳のメモである。連絡先などまで個人個人細かく書いてあるわけではないが、担当する生徒の事はメモしているのである。

 饗庭乙歌(あいばいつか)出水千枝(いずみちえ)石動穂(いするぎすい)久家椎奈(くげしいな)柘植瑞葉(しゃちみずは)宗谷柚禮(そうやゆれい)妻木聡美(つまきさとみ)百鬼深藍(なきりみらん)松風真珠(まつかぜまみ)御厨雫(みくりやしずく)、以上十名、俺の受け持ちの生徒たち。メモに並んだ名前だけ見ると、なんとも言えない気分になってくる。

 ――と言うのも、思えば、俺が初めて出席を取った時も一人目の饗庭の名前が読めなかったのだった。どういう具合でこんな事になっているんだろうか、俺の周りだけこうなのだろうか。堅城が受け持つクラスの仁香の例もあるし、どこもやはりお嬢様の家柄だったりするのであろうから、解らなくもないが、少し勘弁してほしいと言う気にもなる所だ。最初の頃に、こいつらの名前が全然覚えられなかったのも、無理からぬことではないだろうか。俺の記憶力が若干残念なのも確かに最近は自覚しているが、それにしても名前をちゃんと覚えろと、出水にはよく言われたものである。出る水の出水、でみずと読む場合もあるし、でも出席番号順だから、違うんだろうな、そんな事を考えながら呼んでいくわけである。久家だって、ひさやだったらどうしようとか、柘植などは普通はつげと読むものだったりするのだ。そうして悩んだりするのに対し、下の名前は割と普通に読めてしまったりするのが、何かもうアレである。俺もそう言うものに慣れ親しんできたからな。羅紗などのキャラ名も、割りに難しく作られているものだ。カタカナ名ならとやかく言う必要もないのであるが。

「それでは、同人活動研究部の前途を祝して――」と、何やら乾杯をしようとしているがちょっと待て、出水よ。

「研究会、じゃなかったのか」

「え、ええと、じゃあ研究会、いや、やっぱり研究部で行こう、部活だし、ね。改めて、同人活動研究部、かんぱーい」そうして、適当な部長と副部長と顧問で、カップをこつんと鳴らす。後の皆は紙コップで、これはなんだか確かに申し訳ないような気になるが、一先ずコーラで喉を潤す。そこへ、今度は蜂須賀と、珈琲・紅茶研究部が電気ケトルを持ってきてくれたので、早速お湯を沸かして仕切り直した。

 蜂須賀は美術選択組ではないし小川先生の部に入っているので、正式な部員にはなれないが、例の打ち上げは共に過ごしてすっかりここの一員となっている。まあ、普段からクラスメイトなのだから、当然不思議なことではない。

 ――思ったとおり、会議など始まる事はなく、このままお茶会ムードである。部室が欲しいから部活を作るのだと豪語していた出水の目的は、つまり最初からこれだったのだと言う気がしてきた。やれやれである。


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