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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
八月の鳴嶺女学院にて
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出水と石動

 さて、先ほどのように饗庭を《時間にルーズの代名詞》とするならば、他の連中はどうだろうか。

「――こ、こんにちは先生」と、最初に部室に顔を出したのは石動であった。俺と出水の話がひと段落した所で到着したから、これは彼女のいつも通り、予定時間より早めに来ると言うスタンスだ。

 こういう場合は、自分が待つのは一向に構わないが、自分が他人を待たせる立場になってしまう事は我慢ならない、そういう考え方の人間が多い。人に迷惑をかけたりするのが、怖かったり、そうして嫌悪感を抱かれることにも人一倍関心を払っていると言う事だったり。だから、時間にルーズな人の事を、逆に羨ましく思う事さえあるわけで。

「あ、すいちゃんおはよー」こんにちはに対して、おはようで返事をする出水であるが、ここはそのままスルーで行こう。

「こんにちは石動。やっぱりお前さんは早く来たな」ただ、この石動の場合は、普段から他人を注意したりする立場であるから、それで他人に嫌われたりと言う事を考えたりはしていない。むしろ、注意すると言う行為にこそ相手への思いやりがあると言う証拠なのである。気に入らないから注意している、とかいう行動原理だけでは、ここまでは出来ないだろう。石動はとても他人思いな、優しい娘である。しかし若干気が強いので、勘違いされることも多いだろうが、今は周りの皆もそれを解ってくれているから、その点では心配いらない。

「ええ、寮の方へ行ったら、堅城先生から先に部室の方へいらしてると聞いたものですから。それより、外で饗庭さんとすれ違ったんですけど、どうかしたのかしら、なんだか急いでる様子だったけれど」

「え、饗庭とすれ違ったのか」

「はい、彼女、挨拶だけしたらそのまま校舎の方へ行ってしまいました。どうしたんですか」

「いや、この部屋にここへ来る人数分の椅子が無いと言う話をしたら、探してくるつもりだったのか飛び出して行ってしまってな。珍しいこともあるもんだと思って、しかも俺も出水も声をかける暇もなく。俺は立っててもいいんだけどな」

「いえ、先生は座っていてください」なぜかそこは断固として強い言い方だった。俺は立っていたらいけないのだろうか、そうじゃない、目上の人には座ってもらっている方がいいという事だ。それぐらい良いじゃないかとは思うが、気が強いのは解ってるので、

「わかった」意見を尊重して大人しく座ってる事にした。

「でも、椅子……ですか……たしか、この建物は、階段下にそういう用具が置いてある倉庫とか、あるんじゃなかったかしら」そうなのか。ならば饗庭はどこへ行ったんだろうか。本当に校舎や事務棟まで行ってしまったとしても、集合時間には間に合うんだろうとは思っているが。

 出水と石動はそのまま部室で談笑を始めた。俺にとってはいつもの光景である。夏休み前の飲み食いでもみんなをまとめてくれたからな。

 ――担任の紅島先生の言うには、お調子者の出水としっかり者の石動は折り合いが悪く、それでいていつもは注意をする側の石動が空回りをしてしまうという、言ってみれば苦労人なんだなと言う関係だったのだが、こうして二人で話をするような仲にまでなったのは、どうやら俺の影響らしいとの事だ。俺自身、この二人は言い合いをするような事になっても、決して仲が悪いようには見えなかったと、当初から思っていたが、それに対して俺が特に何かしてやったと言うような覚えはない。少し歩み寄ってみたらどうかと促しただけに過ぎない。それでも、お堅かった石動が出水と仲良くなる事で、一層協調性とリーダーシップを身につけたと言うのは大きいと、紅島先生は語る。

 それ以外にも、元から出水には、オピニオンリーダーとしての特異的な資質があり、石動とは対立的だったらしい、おちゃらけた出水とお堅い石動の意見が衝突する形になるのは当然の成り行きだし、そうして意見が合わなくなると譲歩を迫られてしまうのは結局石動の側だった。人をおちょくるのが好きなのも出水の悪い癖だが、それも気を許した相手のみに行う事である。それが却って、石動の敵意を引き出していたりするのだが、出水はずっと石動と仲良くしたがっていたのである。堅過ぎるというのも、この学院の規律(どことは言わないが緩い所もある)規範、そうした意識の上でも、えてして反感を買う材料となってしまうものだ。注意するって言うのも、辛いってのは解る、嫌われ役を敢えて買って出ると言うのは、やはり相手に対する思いが強いことの表れでもある。そういうのは、自分のためって場合もあるが。

 その二人が、今や同じ部活に入りそれを束ねている上に、顧問に座っているのが俺とあれば、紅島先生がそれを導いた立場に当たる俺に対して過大な評価してしまうのも、無理からぬことではあるのだが。とにかく、任されている職務、責務は全うしなければならない。まあ、石動が柔らかくなった事で、クラス全体の雰囲気いい方向にも変わったと言うのが、紅島先生が俺に礼を言う一因なんだろうと納得しておくしかない。それにしても、週二日しか会っていなかった連中が、どうしてそこまで俺一人で変えられるものではない。その点、出水と石動の間にあった努力と言うものを、俺は察して評価してあげる事にする。饗庭、出水、石動意外のまだ部室へ来ていない残りのクラスメイトたちも、恐らくは表に出していないものを色々抱えてたりするのだろう。

 ――今朝の事。いつも通り起きて、朝食を済ませて自販機さんと一服をした。しかし今日は、ちょっとばかし異なる出掛けとなった。

「今日からちょっとばかし、家を出るからな」

『そうですか。何用ですか』口ではそう言っているが、全然興味無さそうな態度である。もう少し友好的な感じに出来ないだろうか、しばらく会えないと言う話なのに。

「私用、いや、勤め先の公用でもあるんだが、俺的には私用だ」

「めんどくさい言い回しですね、マスター」

『そこは普通に仕事で留守にすると言えばよろしかったのでは』

「……何かお前ら、早速似てきたんじゃないか」

 自販機さんは、もともとの性格に加えて、多種多様な利用者の性格を参考にして、より人間味のある人格を備えてくると言う特性が、プログラムされている。いままで利用者が殆どいなかったのと、それに男ばっかりだったせいで、妙な性格になってしまっていた。そこに、ここ数日は広津が居候して利用するようになったため、初めての女性客が付いた事になる。これがまた広津であるから、良くない影響を及ぼしそうであったが、早くも伝播しているように思えた。

「留守の間は、ボクがしっかり自販機ちゃんとお話してるっす。お任せあれ」そうして俺がいない間毎日自販機さんの相手をするのが広津って成り行きになると、帰ってきた時に自販機さんがどうなっているか、楽しみにしていいのやら、なんだか複雑な気分であるが、致し方あるまい。

「あと、部屋の掃除も頼むな」これは忘れてはいけない、部屋の本来の主たる姉の言いつけであるが、留守にする可能性もあると向こうも承知のはずである。と言って、このまま無視することも出来ないので、お願いすることにした。うちの社長たちにも、俺の家に広津がしばらく待機していると言う事は伝えてあるのだが、なんだか渋い顔をしていた。ついに同棲まで始めやがったかという事であるが、居候に留守番を頼んだだけである。このまま住まわせる向きにはならないと申し添えておいたが、信じていないだろう。書生さんに手を付ける文豪のようなものだと言われたが、あながち間違ってはいないような気がしたので、言い訳はしなかったが。

「ああ、夫の帰りを待つ妻の気分ですね、これはわくわくしますね。掃除もお任せください。でも、何にもないからつまんないんですよね、フィギュアとか注文して飾っといてもいいですかね」

「妻と嫁って意味の上で決定的に何か違うよな。――フィギュアか、自腹なら別にかまわないが、あんまりでかいものを買うんじゃないぞ。あと、俺のデスク周りにはそう言うものを並べるな。それと、俺のベッドで寝るのも駄目だ。布団干せばいいってもんでもないからな。風呂は自由に使っていいが、あんまり変な事はするな。香芝と遊んだりするのも全然かまわない、と言うかむしろ遊んでやってくれ、だが、家に招き入れるのだけは駄目だ」

「違う、何か子供扱いされてる気分になってきた。わかってますよ、怒られたくありませんからね」そう言って笑う広津は、やっぱり子供っぽさが抜けない。そこが魅力なのは知ってるが、そんな事は言ってやらない。何だか懐かしい感覚である。ふとそんな気分になったが、自販機さんの方を向くと、こちらも何だかさっきまでの投げやりな雰囲気ではなくなり、

『いってらっしゃいませ』と言って頭を下げる様子は、メイドらしくサマになっていた。

「いってらっしゃいませ、マスター」まねをする広津は、あんまりサマになっていなかった。

「ああ、メイドは大人しくマスターの帰りを待ってるんだな。それじゃ、行ってくる」広津の頭を撫でてやりながら、自販機さんも撫でたいと思ってしまうのは、罪なことだと思うだろうか。そんな事を考えながら。

 ――そんな具合で、今に至るわけだが、自販機さんと少し離れる、と言うのはやはり何とも言えない心持になる。広津は付き合いが長いのでそう言う感覚にはならないのだ。悪い。

 しばらく習慣的、恒常的に行っていた事が途切れると人間、集中力だったり何かしら行動に不安定を来したりするものだと聞いているが、俺もそうなるのだろうか。自分では気づかない所で、ちょっとした不調が生まれたりするのだそうだ。まるで歯車がずれると言うのが的確な表現だろうか。

「せんせ、私この前ね、すいちゃんとはっちーとでカラオケ行ったんだよ」と、ボーっとしていた俺に、出水が楽しそうに話しかけてきた。

「そうか、それは良かったな。やっぱりそう言う遊びもするもんかね」

「するに決まってるじゃないのさ。まあでも、すいちゃんはそう言うの慣れてなかったんだけどね」話すだけじゃなく、遊びにも行くようになったと言うのだから、それはとてもいい事である。これから先も続いて行く関係となってくれれば、俺は何もしていないが、見守った甲斐があると言うものだ。仲良き事は、美しきかな、である。

「で、何歌ったんだ、やっぱりアニソンとかかね」

「うーん、そんな感じだね。すいちゃんも、歌う歌が無いって言うから、そんな感じになっちゃった、あはは」

「石動がアニソンを……」想像してみると、何とも不思議なものがある。違和感とまではいかないが、とにかく奇妙な感じがする。デスメタルやパンクでシャウトするよりは可愛げがあっていいが。はっちーと言うのは、蜂須賀の事なのだが、あいつは何でも歌えるだろうな。

「そ、想像しないでください、なんだか恥ずかしいですから」

「でも、楽しかったんだろう」

「それは、はい、楽しかったです。とても」それはとても柔らかい笑みだった。いつもピリピリしていたように思うが、随分穏やかになったものだ。

「先生、ありがとうございます」と、石動は小さな声で呟いたが、それに俺は肯くだけで応えた。何もしていないんだがなぁ。なんだか俺も気恥ずかしくなってきた。

「そう言えば、蜂須賀はここの上の階にいるんじゃないのか、今日は休みか」と、俺は出水に聞いてみた。もちろんいる、後で遊びに来るかもしれないと言われて、それじゃまた椅子が足りなくなるじゃないかという話になった所で、再び部室の戸が開き、入ってきたのは饗庭だった。折りたたみの椅子を片腕に二つずつ提げて。

「おかえり、饗庭。余分に持ってきてくれたんだな」

「うん、念のため」四つも持ってくるには女の子にとっては決して軽いものではないはずだが、それほど疲れた様子でもない饗庭は、そっと椅子を並べた。しかし、肩口など制服から肌が透けるほど汗をかいている。水分補給をさせてやりたいが、何もない。仕方なく饗庭は、水道水を蛇口から手ですくって飲んだ。これで椅子十二脚、足りなくなるって事はないだろう。

「えらいぞ、もしかしたら蜂須賀が来るかもしれないそうだ、ちょうどいい」どこまで行ってきたのか、聞こうと思ったが腰を下ろした饗庭はそのまま二人と話し始めたので、割って入るのはよしとせず。こうして段々予定の時間が近づいてきた。次は誰が来るだろう。


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