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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
八月の鳴嶺女学院にて
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同人活動研究会部室

 そうして、寮を後にした俺たちは、部室棟まで移動。これはほんの五分ほど歩いたところだったので、案外近い。建物の大きさは事務棟とかの類と見えるが、普通の学校の校舎を思わせる佇まいだ。俺はこうして、出水と饗庭を伴って、部員が集まるより先に部室を見せてもらう事にしたのだった。しかし、外はとても暑い。大して歩いてもいないのに、夏の日差しは本当にこれだから困る。

「部長、みんなが来るのは、午後からだったっけか」と、俺は部室棟へ入ったところで、集合予定の時刻を確認した。外とは打って変わって、涼しいものである。

「はい、一時半くらいに部室に集合って伝えてあります。すいちゃんはもうすぐ来るかもしれないけど、時間にルーズな娘もいますからねー」と言ったはいいが、その《時間にルーズの代名詞》とも言える饗庭が横にいるのである。

 確か、他に遅刻しそうなやつはいないと思うんだが、俺の授業に限っては遅刻したことある奴が殆どいないというだけであるし、普段の素行はよくわからない。たまたま饗庭の話はよく聞いていたから、直接注意したわけである。

 部室棟の中は、寮と似たような間取り、エントランスが設けられている。あちらほど広くはないが、吹き抜けで心地よい。この奥に部屋が並んでいると言う訳だ。

「――しかし思ったもんだけど、こうして、下宿先が近い奴に限って遅刻が多かったりするんだから、人間と言うのは面白いよな。なんで却って余裕がなくなるんだろうか、普通は逆だと言う気がするんだが」

「やー、やっぱ気が抜けちゃうんじゃないですかね、近いと安心して、この時間まではいくらのんびりしてたって確実に大丈夫、って線引きも曖昧になっちゃうと言うか」と、ハンカチで額の汗を拭いながら部長は答えてくれたが、こいつの場合は自宅通いだから、考えてみたらそんなものであろうか。

「ううん、それこそ曖昧じゃあいかんもんだろう。饗庭はそこのところ、どう思うんだ」具体的に聞いてみたいと思う。

「……眠かったら寝ればいいんだよ。人間だもの」そうして、饗庭は眠そうな、遠い目で答えた。

「……なんか名言っぽいけどさ、それじゃあ駄目だと前に教えたような気がするんだけどな。そうだ、部室のカギよこしてくれよ、俺が開けるから」

「え、何を急に張り切ってるんですかせんせー」なぜか部長に、露骨に嫌そうな顔をされてしまった。

「そりゃ、最初の活動日だから、顧問の俺が鍵を開けたいと言う事だな。俺が張り切っちゃいかんのか」

「いや、あんまりやる気なさそうな感じだと思ってたから、違和感が。と言うか、私だって開けたいですよー」

「何を言ってる。お前はもう入って掃除したんだから、先生に譲れよここは」

「違うよ、最初に鍵を開けたのは堅城先生だよ、私はまだ開けたことないよ。ぶー、いいもん、じゃあいっちゃんに開けてもらうもんね」

「……わかった」そうして饗庭は出水から鍵を受け取った。

「それでいいのか、部長」

「いいんです」

 いざ、饗庭が鍵を開け、部室に入ってみると、ここも思ったより広い、まるで学生時代の生徒会室を思わせる広さであるが、改めて見回すと、その広いというのは、モノが無いからという理由に起因するものであった。だだっ広いと言うやつだ。

 しかし決定的に違う事がある。入ってすぐの右手に、洗面台、そして備え付けの個室トイレがあるようだった。やっぱり、普通の部室じゃ考えられない設備である。普通の学校だって職員室にトイレなんかついてない。反対の左手には、談話室の給湯室のような簡易キッチン――それでもアパートなんかとは比べ物にならないスタイリッシュなものがあるのだ。それとなく想像はしていたが、実際にこれを見て、俺はため息をついた。暑い。この部屋の冷房は、付いていなかったのである。最初に来たんだから当たり前であるが、室内がこう暑いとなんか。

「なんつうか、この環境じゃ。普通に住めるような……」

「確かに住めるよねー。でも、生徒は皆女の子なんだよ」

「そりゃ女学院ですもの。それで」

「せんせも男だもんね、にぶちんだなー。ここ、シャワーは寮まで行かなきゃ無いわけだから、わざわざ部室に住む理由が他の部活の子たちにはないし、誰も住んだりしないんだよ、って事ね。やー、憧れのマイ・部室だ」

「そう言う事か、って部長おい」

 とは言え、ここを手に入れるための部活設立でもあったわけだし、今さらである。冷房をつけたので涼しい風が舞い降りてくる。だんだん心地よくなってきた。

「――肝心のデシジョン・ルームには何にもないんだな。この部屋には不釣り合いに見えるような、このオフィス用のデスクに、あといかにも部室の机って感じの、折り畳み式の事務机を並列してあるだけとは」壁際に、ロッカーと折りたたみのイスが並べてある。何気なく椅子を数えてみると、八つしかなかった、部員十名に顧問の俺がいるんだから、これじゃあ足りないじゃないか。

「あー、うん。まだこれと言うものは置いてないんだ。パソコンとかプリンターとかの事務用品を取り寄せなきゃいけないんだよね。前の部活の人たちは、私物を持って来ていたんだけど、それがまたとんでもない感じで――」

「――ああいや、詳しくは聞かないでおく。お前の口ぶりだと、まるで何でもそろえられそうだな、軽々しくパソコンなんぞと言いやがって。考えてみれば、そのために俺がいるみたいなもんなんだろうな」担ぎあげられただけ。まあそれでも俺は構わないのだが。

「そんなこと言っちゃやだよ。無理に頼むつもりはなかったけど、せんせが顧問になってくれて私はすごく嬉しいもん。あ、言ったらなんか恥ずかしくなってきちゃった、とりあえず、座りなよ」そう言って顔を赤らめながら、部長は折り畳み椅子を、机に沿って並べた。普段もっと変なこと言ってるくせに、おかしなやつだ。

「まあ、何だ、誘ってくれてありがとう。……それはいいんだが、足りないよな」

「う、うん、足りないよね。まいったなぁ、どこかから持ってこようかな」出水があごに手を当て、うんうんうなり始めると、

「じゃあ、用務員のおじさんのところ、行ってくる」唐突に、饗庭はそう言い残し、ぱたぱたと駆け足気味で部室を出て行ってしまった。これには俺も部長も面喰って、詳しく話を聞く間もなかった。饗庭もなんだか、今日はアクティブである。それより今、俺たちは何が足りないかと具体的に言った覚えはない。ちゃんと聞いてたんだろうか、さっきまでずっと眠そうな顔をしていたというのに。

「なあ部長、用務員のおじさんってどこにいるんだ」饗庭に聞きそびれてしまったのは、それである。

「……私はわかんない。っでも庭園整備してるおじさんなら知ってるよ。庭師ってやつだね」

「庭師のおじさんを用務員のおじさんと勘違いしてるのか。いや、饗庭には饗庭のコネクションと言うものがあるんだろう、信じて待とうじゃないか」察するに、恐らくは事務棟の人たちのことかもしれないが、それだったとしたら、往復で二十分近くはかかるはずである。言うまでもなくこの学園は馬鹿みたいに広い。そして外は暑い。心配ではあるけども。

 こうして、俺は密室で部長――出水と二人きりという状況にされてしまった。と、それらしく言うとなにやら不埒な雰囲気となりそうであるが、それはない。

「さて二人きりになった事だし、部長」

「え、だ、駄目だよ今日は」やはり、いつもの出水である。

「こんな部活でも部費って出るのか、やっぱり。まずそれ先に説明してくれると助かるんだが」

「あ、私さっき言ったのは、そうじゃないよ、部費の事じゃなくって、自腹だよ。常識の範囲内で自腹」

「マジでか」

「あ、でも、夏明けの二学期じゃないと本格的な始動にはならないから、そのときまで部費はお預けって意味だからね。部費はちゃんといただけます、ご安心ください」

「そうか。これも二人きりだし聞いとこうと思うんだが」

「あ、さっきの、コスプレしてほしいって話ですか。せんせのお願いだったら、何でも着てあげますよ、際どいのでも頑張りますよ」

「いや、頑張らなくていいから、そういうの駄目だからね。あー、でも、似たような話ではあるか……」この部活の看板がある以上、部長のこいつには聞いてもいいような気がしたのである。やっぱり人間、思いきってしまった方がいいだろう。これまでだって何とかやってきたしな。

「何ですか、もしかしてもっと具体的な、えっちな話とかですか」口ぶりとは裏腹に、語気は真剣なものである。

「――うむ、お前の事だからきっと当然、エロゲーとかもやってるんだよな」

「あ、……やっぱりばれてましたか。はい、私はやってます。あと、成人向けの漫画とかも、せんせが思ってるより、たくさん読んでます。……それって、せんせ的にはまずかったりするんですか。今はそういうお話ですよね」こういう時に、教師はどういう立場をとればいいのだろうか。個人の趣味趣向をとやかく言う権利はないはずである。むしろ、世の中の流れとしては、当然と言って良い。これも一つの風潮だ。アニメの原作がエロゲーなんて何も不思議なことじゃない、ライトノベルの原作だろうと、挿絵はエロ漫画ばっか描いてたり、詰まる所はそんな世界である。そして俺は、実際そんな世界に身を置いているわけで、それこそとやかく言う権利はないかもしれない。だから。

「俺は、その件については、お前にどうこう言ったりするつもりはない。エロ同人買い漁ろうと、好きにすれば良いよ。……一応、そう言う事になるかもしれないという仮定で言っておくんだが、それで俺の監督責任とかが問われたりする事があったら、まあ全部、俺のせいにしたらいいと思うよ」

「え、そこは、俺は知らぬ存ぜぬを通す、とか言う所だよ。って、それはだめです。せんせの立場を危うくするような事は、私は絶対に許しませんから」

「いや、危うくなるとまでは考えてない、流石にそこまで問題になるような事とも、思ってない。仮に、て話で」

「仮でも、そういう一人でおっかむれば解決みたいな、かっこつけたこと言わないでください。むしろ、私たちに泣きつくくらいの覚悟をしていてください、その方が嬉しいです」そう言って出水はいつも通りの笑顔になった。

「そんな覚悟はしたくねえ。いや、そんな話はもういいや。教師と生徒とか抜きにした話をしようじゃないか」

「それ以前に、私たちは一人の男と女である、という話ですか」

「違うから。前に話したあの、《鬼夜鋸》の漫画とかも読んだことあるのか」香芝のペンネームだ。

「一般誌の連載の方じゃなくて、成人向け漫画の話ですよね。はい、読んだことありますよー。かなりえぐいですけど、私はそういうのもイケるクチなんで」そうして、嬉しそうに具体的に語りだす出水。こういう趣味なんだろうと言うのも、何となく解ってたよ、前から。広津で慣れてるし。

 しかし、香芝よ、是非ともお前に聞かせてやりたい話である、前にも伝えはしたが、身近にちゃんとしたファンがいるんだぞ、と。ならいっそ、ここにあいつを引っ張って来てやるのもいいかもしれない――

「で、この部活、同人活動研究会な、同人誌作りたいって言ってたろ、お前」

「そうですね、今までは知り合いのサークルのゲスト原稿を描いたりするくらいだったので、今のうちに自分でも何か作りたいなって思って。せんせは、そう言うの解ってて、顧問になってくれたんですよね」――この、何気なく言った今のうちに、という言葉には、堅城と話した通り、何か後ろ暗いような、そんな意味がありそうな気はするが、やはりそこまで深い穿鑿はするべきではない。何となく察していれば、それでいいことなのだ。

「じゃあ、記念に思いきって、エロ同人でも作るか」

「や、せんせがやる気なのはいいんですけど、それは流石にすいちゃんとかが怒るんじゃないかなあ」

「そうだな……」


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