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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
マンションメイツ
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中二設定とか言うな

 食休みを済ませ、俺たちはそれぞれの家に戻って来ていた。なんだかんだで時計の針は五時を回っている。なんというか長居をしたものだな。

 香芝も自販機さんでコーヒーを買って部屋に戻った。

 広津はしきりに、自販機さんについて聞いてくる。人工知能とはかくも素晴らしい発展を遂げていたのか、などと一人で盛り上がっている。俺だって一緒に盛り上がっておきたいところだが、自重するしかあるまい。

 広津は仕事の続きをすると言って、パソコン前に張り付いている。まあ、こいつは仕事をしにここへ来たのだ。こんな短期間で目的を忘れてもらっては困るからな。短期間って言うのは、いろんな意味で皮肉的だ。ただ一緒に食事をしていただけなのに、神経を使ったし、職業病的な妄想話に花を咲かせられているというのも、目を伏せ耳をふさぎ、他人の振りをしたい衝動に駆らせた。それなりに声は抑えていたが、香芝もあれでなかなかなもんだった。大声は出さないが、妙な覇気があった気がする。

 触手、ねぇ。俺もそれなりにえぐいのを描いてはいるけど、香芝ほどではない。俺たちの身内では、そういうゲテモノの色彩は割と落ち着いている配色にしているからだ。あまりぎらついてはいないし、暗め。あまり視覚的におどろおどろしいと集中できないだろうという意見もあるが、そういうのは俺は門外漢だ。勝手に話してればいい。結局はゲームのコンセプト、方針によるものだ。香芝のは漫画だが。

「マスター、今日ずっと思ってたんですけど、マスターって兄さんって呼ばれる方が好きでしたよね、すいません」

「はぁ、お前は何を謝っているんだ。というか、お前も兄さんいるんだったろ。普段からお兄ちゃんっ子だって、言ってたじゃないか」

「それはそうですけど、いや、そもそも、ボクたちが兄妹だなんていうから、いちゃいちゃもできなかったし、ボクはとっても残念ですよ」

「うん、そうかい」

「……マスター、いえ、秋聞先生」

「いや、先生はいらないから」

「――秋聞さん」律儀である。しかし改まって話すような事があっただろうか。嫌な予感しかしないわけだが。

「広津。どうかしたか」

「あの、ね。秋聞さんは、ボクの事――」

「――あ、留守電が入ってた。もしかしたら社長かもしれない、ちょっと聞くから静かにしててくれ」

「――……せんせのばか」

『――午後十四時二十分、録音時間は――』静かになった室内に、極めて事務的な機械音声が流れる。こういうのも、もっと自販機さんのように良い声で言ってくれないものだろうか。技術的には可能なはずだ。なぜならそういうカーナビだって世の中にはある。萌え留守番電話伝言サービス。月額制。いや、こいつはナンセンスだ、考えてみたらその、留守番電話伝言サービス音声を聞くために、常に留守電にしておかなきゃならないと言う事だ。萌えボイスを聞くためだけに留守電、しかも居留守だと、失礼な事だ。

 うむ、カーナビ辺りで我慢しておいた方がいい気がしてきた。俺は免許は持っていないのであるが。そういえば、生徒にその事で馬鹿にされたような覚えがあるぞ。そして電話に表示された着信履歴の番号、そういえばこれは学院寮の職員室ではないか。いったい何事であろうか。

『えーっと、秋聞君、いるかな。おーい。――呼びかけても出ないと言う事は、今いないみたいだから、連絡事項だけ伝えておこうか』それは、聞き慣れた声だった。

「堅城か。何だろう」

「女の人みたいですね」普段あまり聞かない、とても冷ややかな広津の声だ。こういう時ってどうすればいいんだろうな、何で俺がこんな気分にならなきゃいかんのだ。そりゃ、俺だって悪いんだろうけれど。こういう時は損するのはいつも男だよ、擁護してくれる人なんていやしないし、女は、いや、よしとくれよ、そういうのは。

 ああもう、やりづれえなぁ、ままならないものである。

『君は部活の顧問になったんだろう、申請が通っていたし。で、部長が君の連絡先がわからなくて困ってるぞ。勝手に教えるわけにもいかないから、こうして連絡をした次第だ。個人の主義主張は勝手だが、この際だから言っておこう、これを機会に連絡手段を一つくらい増やそうとは思わないか、タブレット端末だっていい、フリーメールアドレスを一つ、部活の連絡用に作成するとか、いろいろあると思うんだ』

 ――ストレートに携帯電話を買え、と言わない所に堅城のクレバーさを感じる。

「うわ。先生、そのままじゃこれから社会人やってけないって、ボク言いましたよね」

「え、そこまで言ってなかったと思うぞ」

『……いや、すまない。やっぱりこういう事は君自身に任せた方がいいよな、余計な事を言って申し訳ない』

「俺たちの会話聞いてるんじゃないよなこれ」

「留守録ですよね」

『とりあえず、夏の間は寮にいると君は言っていたし、そのうち顔を出すと思ってるから、細かい事はもう言わないよ。あぁそうだ、要件はもう一つあるんだ。前に、夏にはどこか遊びに行こうかと言っただろう、その件だね』

「何だと」

「先生……やっぱりまともな職場での生活に落ち着いちゃうんですね、そうなんですね」

『まあ、こっちでも予定が整った訳じゃないから詳しい話も出来ないんだけど。ただ、話が無くなったってわけじゃないから、君も忘れないでいておいてくれるとありがたいんだ。――伝言は以上。それじゃ、また寮で会おう。お茶を用意して待ってるよ』

 伝言はここで終了。

「うううむ。どうしたものか」色々問題が残った。

「先生、同僚とデートの約束でもしたんですか、ボクがいるのに」

「待て、デートじゃあないしお前のそれは何か変な論理だ」

「こうして、部屋に連れ込んでるじゃないですか」

「いや、違う。来ると言ったのはお前だからな。それに姉の家だから、節度を持った行動をしようと言う話もしたし」

「確かに。でもボクはこうみえて、――嫉妬深いんですから」広津は、決然として言い放った。これじゃあ、諸々白状したようなものだ。さて、いったいどうしたものか。

「どうしたいんだ、お前さんは」月並みだな。どうしたらもっとうまくやれるんだろうか。考えてみた所、学生時代の友人たちでは、あまりあてになりそうもない。

「秋聞さん、……ちゃんと答えてください。いつもいつも、気付いてるくせに、ずるいです、まさかラノベの主人公気取りじゃあるまいし、鈍感なふりしたって駄目なんですから。それとも、秋聞さんは、それが楽しかったり、するんですか」なかなか、うまい事言うもんである。感心してる場合じゃあない。

「そうだ、」広津の体が一瞬震えた。「……って答えたらどうする」こんな事は聞くべきではない。こんな質問に意味なんてない。ただ問題を先送りにしたいだけなのだ、俺は。情けない事である。それで何になると言うのか。

「それならそれでいいです。私の質問に、答えてくれますか」

 ――私、か。いよいよもって、まずい事になってきた。

「解った。いつも通りで大丈夫だから」

「はい。……秋聞さん、ボクの事どう思ってるんですか」

「俺の嫁」

「……えっ」

「だったらいいな、とは思ってる。それが一番わかりやすい回答だろう。相方としては申し分ないし、いつも可愛いやつだと思ってるよ。うん、公私ともに、パートナーだって、俺はいつも言ってたはずだ。違うか」

「あ。で、でも、だったら、どうして……」

「残念ながら、言いにくい事情が有るんだよな。そう、人には色々あるもんなんだよ。さっきの、ライトノベルの主人公気取りってのは、なかなかいい喩だったな。なるほど、お前にはそう見えてるわけか」

「ほ、惚れてるって言うのは、そ、そ、そう言う意味なんですよ、ほら、乙女フィルターってやつです、色眼鏡で見てるんです」

「よほど濁った眼鏡らしいな、男を見る目がないぞお前は。節穴だな」

「もう、何でそう言う事ばっかり言うんです、怒りますよ」

「怒った顔もかわいいぞ」

「あのねぇ、殴られたいんですか、それともまた蹴りましょうか、そうしたら嬉しいんですよね、せ・ん・せ・い」

「いや、待て、やめろ。言ってなかったけどさ、もとからそういうやつだったんだぜ、俺は。……ずっと夜の仕事してたんだ、学生時代。それも、高校生の時からだ、女性の相手をずっと」

「え、マジですか。何ですかそれ、すっごい具体的なアウトローまっしぐらな過去じゃないですか、リアル中二設定じゃないですか、ボクそう言うの大好きですよ」

「いやいやいやいや、おかしいだろ、ここは幻滅する所だろ、とんだ最低男ですねって。それに、人の過去を中二設定とか言うんじゃない、そんな評価を受けると余計恥ずかしくなってくる、何でこんな思いをせにゃならんのだ。世の中にはこんな話は馬に食わせるほどありふれてるんだぞ、皆日々小さな幸せに感謝するべきだと俺は思うよ」

「えっと、勘違いしてるみたいですが、ボクが最初に見た先生の、ラフのノート、何を描いてあったか忘れてしまったんですか」

「いや、二次元美少女の練習スケッチだぞ、それ以上でもそれ以下でもない」

「あれ、細かいメモとか見たら、この人、実際経験が豊富なのかなぁって、誰でも思うんじゃないですかねぇ。少なくとも、やっぱり女性の身体を見る目だけは確かかと」

「おい、うそだろじょうたろう」何の冗談だ、そいつは。

「いえいえ、社長も同じこと言ってましたよ。人は誰でも過去を持っているものです」

「そんな下世話な話があってたまるか」

「でも、実際、世の中にはありふれてるんでしょう」

「――つまり、どういう事だ」

「ボクは、秋聞さんの過去も、性癖も、すべて受け入れます。と言う事です」

 こんなありがたい台詞は、そうそう聞けるものじゃないぞ。なんてやつだ。フィクションの中だけみたいな話は、これほど世の中に溢れていると言うのか。

「それでも、それでもだ。広津、どうか聞き分けてほしいんだが、俺はお前とそういう関係になるつもりは、――ない。《俺の嫁》っていうのは、決して手が届かないものでもあるだろ」苦しい言い訳である。そもそも返す言葉なんてない。返せる言葉なんてない。全部受け入れるなんて言われちまったら、どうしようもないじゃないか。

「――はい、それでも別にいいです」けろりとして、広津は言った。

「え、そうなのか」

「だって、そう思ってたらさっき、どうしたいんだって、先生に聞かれた時に、答えてるはずでしょう、へへへ」

「確かに」俺は納得した。広津はいつもの笑顔を浮かべている。

「ボクは秋聞さんが好き。秋聞さんもボクが好き。それだけ確かめたかったんです。ああ、もう最高じゃないですか、これで仕事がはかどります。改めまして、マスターは同僚さんに電話を返してあげたほうがいいと思いますよー」

 ……これはあれか、要するに、俺の過去を話す必要なんて全くなかったって事なんだろうか。

 すべて今まで通り、現状維持。関係も、なにも変わらない。あれだけの会話をしたあとなのに、あっけらかんとしていやがる。「嫉妬深い」だとかって言った辺りから、ただのポーズだったのかもしれない。よくよく考えれば、そう言うの、気にするタイプじゃあなさそうでもある。してやられた。さすが俺の相方だ。

 広津、恐ろしい子。


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