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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
マンションメイツ
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カミングアウトCard1

 副業でイラストレーターとしての地位を確立していった人たちの、ちょっと遠慮のある感じには、実に親しみと言うか共感をしてしまう所ではあるが、それも俺とは違うものだ。

 イラストレーターとして客観的な地位を得た後で、教員という社会的に見て多少評価される職業を手に入れてしまった俺では、共感は出来ても余り口には出せない違和感がある。

 さっき呟いてしまった順番とは、この事である。順番は大事だ。

 ただ、美術担当教員である点はかなり救いである。得てして、芸術の分野に於いてもエロス、グロテスクといったテーマは盛んである故に、多少の言い訳が成り立つからだ。しかし、自分の描いてきたモノは果たして。

 俺自身、考えがまとまっているわけではない。だからどうしたと言われれば、確かに気にする必要の無い問題なのかもしれないが、芸術分野に長く身を置いたお陰で、既成概念をぶち壊すのが容易ではないのだ。美術担当だからこそ、探す答えも増えちまってるのだろう。

 既成概念をぶち壊す。これも芸術お得意のテーマとも考えられるので、論理が成り立っていないかもしれない、――俺自身の倫理観に則して、と言い換えた方が解りやすいかもしれない。

 何にせよ、今の俺ではやはり説明し難い。困ったモンである。

 或いは、時間が解決してくれるかもしれない。

 一番手っ取り早い解決策は、どちらかの仕事を辞めることだ。

 しかし、これは思考停止になるばかりでなく、極めて後ろ向きな後退である。悩んで出す結論としては、あまりにお粗末だ。そんなんじゃあ駄目。

 俺としては、後退するにせよ前だけは向いていたいのだ、例え背後に崖があって、それに気付かず落下するにせよ、だ。

 ううん、一見これだと、ただ頑固なだけかもしれない。

 少しばかりかっこつけな雰囲気のある考えを述べたところだが、時々は振り向くことも大切ですよね、人間は過去に学ぶ事ができる、――歴史を持つ地球上唯一の生き物ですから。

 多分、歴史のプロ堅城の受け売り。

 そうこうしてる間に、全員の注文がテーブルに居並んだ。怪しいミックスジュースは広津の胃袋におさまり、今はグラスには乳酸菌飲料が()がれている。混濁具合からして、これも混ぜてあったのかもしれない。

 俺のグラスには、広津が入れやがったメロンソーダとコーラの混合物が、泡を湛えている。

 香芝のコーヒーにも、広津の手によりガムシロップが三つとレモン汁が流し込まれた。かわいそうに。

 俺は少し腹が減っていたもので、豚骨ラーメンにチャーシュー丼のセットを頼んだ。例の学食にラーメンが無かったのが、ちょっと悔しかったと言うのもあるが、チャーシュー丼が気になったのでセットで頼んでみた。

 これも、箸をつける順番は大事かもしれない。一番腹に送り込める順番はなんだろうな。

 確か、ダイエットの時に早く満腹になる食べ方と言うのがあるはずだ。なるべく食べる量を少なく、且つ満足感を得られる食べ方。都合の良い話は意外と有るものだ、しかし俺がやらなければならないのは、その逆だ。つまり大食いの秘訣みたいなもんである。

 ――そんなものは知らない。

 そして、言わずもがな、こいつはセットメニューなのである。

「ねー、お兄ちゃん。思うに、それチャーシューとチャーシューでぶたがダブってるよ」

「なるほどボリュームありますね。意外とガッツリ派なんですか」

「――セットメニューだからこれがデフォルトなんだ、こう言うのはダブってるて言わないんだよ。それは豚骨ラーメンにチャーシューが乗ってるのを、ぶたがダブってると言うのに等しい。あと、腹が減ってるからたまたまだ。普段はこんなには食べない」

「まるで予め答えを用意していたみたいだね」と、広津はなぜか一人でニヤニヤしているが、豚骨ラーメンチャーシュー丼セットなんて注文した時点で、このやり取りは予測していた。注文の時に言わなかったから、その内に言って来るかと思っていたのだ。

 案の定、である。黙々とカルボナーラを食べている香芝は、特に反応しているようには見えない。

「優奏、言っておくが空気読んだボク偉いとか、思うなよ」

「え、ボクは別に。だって本来、今のは自分で言うべきセリフじゃないかー、注文した時点で狙ってると思うじゃない普通。それを言わないから」一人でにやけていた事を恥ずかしがっているのか、何やら顔を紅くしている。しかしぶたがダブってる注文をしたらそれ(すなわ)ちフリになると考える事は、普通じゃあないと思うが。

「ま、俺が言ってもしらけてただろうからな。どっちみちしらけたよ」

「ひどすぎる、こんなの絡み損だよ、編集でカットされるぞ」今度は怒気で顔を紅くしているらしい。こいつは表情を描くのに良い参考になるのではないだろうか。

「知らないのか、しらけ芸って需要あるんだぜ、テレビ見てないけど」

「バカ兄ぃぃぃっ」

「――チャーシュー丼、なかなか美味しそうですね」黙って俺たちのやり取りを眺めていた香芝は唐突に言った。

 ちなみにチャーシュー丼は、どんぶりに盛った熱々ご飯の上に、カップラーメンに入ってるチャーシューの如く細かくしたものを、刻みネギと一緒に散らしてある代物だ。しかし、特製のタレがかかっていたり、チャーシュー自体味が濃いので、全然ボリュームは損なわれていない。大したどんぶり飯である。改めてみると、豚骨ラーメンとセットで食べていいものではないな。

「別に食っても良いぞ、ラーメンも手をつけなきゃならんからな」

「それではお言葉に甘えて、一口いただきます」

 セットで頼んどいてなんだが、結局食い切れなさそうなのでちょっと減らしてくれると嬉しいかもしれない、と言おうと口を開きかけたところ、

「じゃあボクはラーメンのチャーシューをいただきますーっ」と、広津の箸がラーメンに伸びていた。

「あ、こら、まてまてスープが垂れてるから、れんげを使え、何のためにコレがあると思ってるんだ」

「あ、あー、ごめんなさい」

「ったく。なぁ、黙々と食べてるとこ悪いが見てくれよ、オムライスの上にチャーシューが鎮座ましましてるぞ、どう思うよこれ」

 どうでも良いが、広津はオムライスを箸で食べている。炒飯を箸で食べているのも見たことがあるが、食べにくくないのだろうか。

 曰く、ご飯ものは箸で食べるのが日本人だよ、との事だ。確かに俺も、カレーくらいなら箸で食べても良いんじゃないかと思うのだが、まあこれは個々人に色々あるんだろう。

「えー、そんなのどうでも良いじゃない、でしょう、香芝さんっ」

「ううん、――やはり食べ物は見た目も大事かと」

「えーっ、んでも香芝さん、お兄ちゃんに弱そうだしなぁ。今なんか変な間があったし」

「気を遣わせたみたいな言い方してんなよ。少なくとも、外食でそういうのはやめた方が良いって話だ、自宅ならともかく」

「ん、解った、気を付けます。……でも、自宅でオムライスと豚骨ラーメンが食卓に並ぶ事って有るのかな」

「余程ワガママな子供を持った家庭なんだろうな」

「ははは、仲が良いですね、羨ましいです」

 そう言う香芝の瞳は、実に優しかった。

 こちらは……というと、その純粋さが眩しいのだが、改めて広津に視線を遣るとこちらもそろそろ罪悪感に苛まれているようだ。

 とっくにバレてると思うんだけどな。香芝も内心では、いつまでやってんだ、付き合わされる身にもなってみろ、とか思ってるかもしれないじゃあないか。こうなったら仕方ない、俺も覚悟を決めよう。

 香芝相手だったら気にすることもないさ、折角飯に誘ったんだしな。 俺は軽く一呼吸おいてから、

「香芝、もう――気付いてるんだよな」と、静かに切り出した。隣の広津は、彼が何に気づいているかを考えあぐねている様子だ。

「改まってどうしたんですか、秋聞さん。僕が何に気付いていると」

 きょとんとしながら答えた香芝は、本当に何にも気付いていないような態度ではあるのだが、果たして。今までのやり取りから、こいつは演技臭い事もかなり好きなようだからな。

 ちょっとした腹の探りあい、心理戦である。

 俺には、三種の選択肢(カード)が用意されている。

 何故なら、香芝への隠し事が三つあるから。


 1、俺がイラストレーターである事。

 2、広津がイラストレーターである事。

 3、俺たちは兄妹ではないという事。


 ――という具合だ。確かに見たところでは、選択肢(カード)の組み合わせで、俺たちがイラストレーターである事と統合して考えられるが、そうはしない。

 この三つは俺にとっての重要度で並んでいる。一番軽いのが、兄妹ごっこしている事、と言うわけだ。役では出さない。一枚ずつ、順番に出していくのだ。

 これも、順序が肝心なのである。

「――この優奏も、あんたの同業者なんだ」

「マッお、お兄ちゃん――」と、一瞬広津は言葉に詰まった。俺が、兄妹ではないと答えると思ってたのだろう。いきなり職業を暴露されておきながら瞬時に呼び方を判断した頭の回転のよさは、なかなかのものである。これだからいい相方なのだ。

 さっきから妹役が気合い入りすぎなのである。

「そうだったのですか」

 香芝の反応はシンプルだった。

「ゲームの原画をしていてな。自分から言い出すのはちょっと恥ずかしかったみたいだ。香芝は気付いていると思ってたんだが」

「いえいえ、とんでもない。そういう方面に詳しいなとは思ってたんですけど、流石にそこまでは読めませんよ、――その、秋聞さんの時はたまたまペンだこが目についたので、でも美術の先生だとまでは解らなかったんですから」

 広津の手を見てみると、ペンだこは無い。ほっそり繊細な、綺麗な指先である。しかし、手が綺麗だとか言うと如何にも変態くさくていかん。そりゃ、手フェチくらいどこにだっているんだろうが、それより某漫画の敵役のインパクトが強すぎたのである。これも既成概念だ。

「うん、ボクにはないね、でもお兄ちゃんのペンだこだってそんなに目立たないと思う、やっぱり凄い洞察力してますね香芝さんは」

「あんまり誉められたものではありませんけどね」

「いや、俺も余裕があるときには電車内の人々を眺めたりするよ。いろんな人が居て面白いし、確かに誉められたものではないが」

「それってさ、やっぱり電車内のシーンの参考になるかな」

「なると思う、やっぱり実際目にしておいた方がいいぞ」

「電車内で触手……はまだ描いたことありませんね。すいません、次、担当にその案を話してもよろしいですか」

「なあ、食事中なんだが」

「ごめん……」

「すいません……」

「お前ら……電車内をなんだと思ってやがる」

「ええと、戦場……かな」

「なるほど。戦場、ですね」

「それ俺の知ってる戦場と違うよね、絶対意味が違うよね」

 職業柄にしたって、最低だと思う。こいつらと比べたら、俺は極めて良識的だと言えるだろう。

 それにしても、広津の事が解った途端に香芝のリミッターらしきものが外れたらしい、ちょっとオープンになった感じだ。

「電車内のシーンを描くのは良いが香芝よ、お前さんは電車に乗れるのか」

「乗れますけど、――確かに僕が電車内でキョロキョロするのはかなり不審ですよね」

「そうだな、しかもジャージだろ、今までよく職質かけられなかったな」

「しょくしつ……ですか」

「ん、職務質問だよ、警察の。解りにくかったか」

「あ、職務質問ですか」

「お兄ちゃん、それ聞くかな」

「気になるからな。で、どうだった」

「イラストレーターと答えるべきか、漫画家と答えるべきか迷いましたが、どっちみちなかなか帰らせてくれませんでした」

「あー……」

「解るな、描いてるものがアレじゃあな、解る」

 こういう問題もあるから困るな、こんなの描いてますよって言いにくいのは、香芝は俺にもそうだったのだから。

「でも、職務質問の話はライトノベルの後書きで書きましたよ」

「逞しいね」


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