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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
マンションメイツ
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イラストレーター談義

「――で、その無断転載されちゃったイラストレーターさんは、ブログでこう仰有っていたんです、『――私もあまり、偉そうな事は言いたくないですけどね、何も私なんかの絵を使わなくても、少し時間割けばこの程度ぐらい自分で描けるでしょう……』って。どう思いますか」

「ううん、面白い事を言いますね。でも、なんだか気持ちは解るような気がします。その人は、やっぱり叩かれましたかね」

「いえ、本人が人に好かれていますし、それほど騒ぎにもなりませんでしたよ。その時は権利の問題で、自分以外の人たちに一番迷惑がかかってしまうって事を、謝るような人です。ただ、彼自身くらいの絵は自分で描けるようになれって言うのは、言葉尻だけとると謙遜しているだけなのか、本当にそう思っているのかはわかりませんよね。――実際に彼の絵を見ると、本人は落書きばっかりだって言ってるんですが、かなり上手いんですよね」

「なるほど。そういうのって、どう思うんでしょう、秋聞さんは美術の先生ですから、意見を伺いたいところです」

「一番面倒くさい質問だよな、それ」

「面倒くさがらずに答えてくださると、僕としてはありがたいんですけどね」

「何がありがたいんだよ。前にも話したろ、お前の絵なら気に入ってるやつが生徒の中にいたよっての。ファンがいるのはありがたい。それで良いじゃないか、自虐するのも勝手だけどさ」

「それはそうですけどね。個人的には秋聞さんの意見を聞きたいです」

「なにもそんな。アレだよ、こう、個性ってあるだろ。――ほんとに言わなきゃダメなのか、こんな話」

「ボクも聞きたいな」

「是非お願いします」

「いや、今話そうとしたのは関係ない話だった、忘れろ」

「えー、なんでよ」

「何か差し障りでも」

「そんなもんはない。ただ今のはお前らの求めている解答にそぐわないな、と判断したから違う話をしようと思ったのさ」

「ふーん、で、どんな話」

「そう、香芝も解るような気がしたと言ったように、俺もさっきの話のイラストレーターの気持ちは解るよ。なんつーかな、申し訳無いんだ。自分の絵に価値があるって事に、未だに納得がいってないって所だよ。自分の絵に自信が無さげなのは、何も最初から絵で食っていこうなんて考えていた訳じゃないんだって所だな。それぞれ実生活に苦労がある。もしかしたら趣味で続けてたのかもしれないが――どうだ」

「スゴいねお兄ちゃん、本当に解ってるみたいな口振り」

「茶化すなよ」

「えっと、僕には絵しか無かったので、必死こいて描いた原稿を持ち込みしたら、賞を戴いちゃいまして、すいません」

「お前さんの経歴は一応調べたから知ってる。――俺が聞きたいのは件のイラストレーターの経歴だな」

「あ、うん、大体お兄ちゃんの予想した通りに、合ってるよ、だから本当に解ってるんだなって思って」

「そうか、そんな感じか。順番が大事なんだな……やっぱり」

「何の順番ですか」

「いや、こっちの話だ。うん、趣味で続けてきた事が評価されるっていうのは意外と新鮮というか、未知ではあるんだが、兎に角私生活とは別に、片手間でやって来た事であるために、そういう発言ができるわけだよ。余裕ってのとは違うな、聞いた限りじゃあどうも当人にゆとりが無さそうだし。――俺としては、本当に絵しか無かったっていう香芝が同調するのは少し不思議だな」

「いえ、やっぱり自分の絵に価値があるかって聞かれたら、はいとは言えないですよ。賞をもらうなんて、ドッキリか何かかと」

「そんなドッキリを仕掛けて誰が得する。ファンが聞いたら泣くぞ」

「はい、すいません」

「そういうのは、運が佳かったんだと、割り切るか開き直るかしたら良いんだ。そう言うもんなんだよ。簡単にはいかないだろうけどな。ただ、優奏の考えている事だと、俺と香芝のいう話は、当てはまらないんじゃないか」

「え、どうして」

「秋聞さん、まだ彼女の意見は聞いてませんよ」

「そうか、女の子の感性では俺たちとは違うんじゃないかと思ってな」

 ――危ない危ない、広津がイラストレーターの話なんか始めるものだからついつい話に乗っかってしまったじゃあないか。

 近所のファミレスで注文を済ませた俺たちは、料理が来るまで雑談を楽しむことにした。ドリンクバーを頼んだので、テーブルにはお冷やのグラスと合わせて合計六つのグラスが並んでいる状況である。

 香芝はコーヒー、当然ミルクもガムシロップも入れずに、ストレートでストローで啜っている。何か、ブラックのコーヒーと言うよりはストレートなコーヒーといった方がしっくり来る気がする。紅茶の方はストレートティーっていうからな。

 俺は氷を入れずに、コーラを並々と注いだ。炭酸がきついので、泡で量を見誤らんように注がなきゃいけないのが辛いところだな。

 広津のグラスに入っている飲み物は何なのか分からない。色が気持ち悪いので複数の飲料を混ぜたのには違いないのだが、醜悪である。俺は飲み物を混ぜる趣味はないから、こういう見た目になるとどうも飲む気がしなくなるんだよな。

 しかし、全員このミックスジュースについてはノーコメント。スルーである。話題にもしていない。香芝も気にしていない、と言うか、広津がイラストレーターの話をし始めたから、恐らく聞くタイミングを逃したのだのだろう。

 ――それ、どんな味なんですか。聞くとしたらこんな質問なんだろうな。まあ、聞いたところでなるようにしかならんだろうな。

 ――それ、何を混ぜたらそんなグロい色になるんだ。こっちのが良さそうだ。俺らしいと言えばらしい質問の仕方だな。こういう細かいニュアンスの具合で人間性って滲み出るもんなんだな。キャラクターなりきりバトンとか、なるほどと思った次第だ。

 ――個性って奴だ。

 広津の話を聞いている香芝は、いつものパンクルックに戻っている。

 仕方なかったのだ、着替えてきた格好があんまりにもあんまりだったので、申し訳無いが引き返して元に戻させた。案の定、外に出てみれば大したことはなかった。そも似合ってるから恥ずかしがる必要はないのだ。なぜ着替えてきたあんな格好で外に出ようと思ったのか、という方が不思議でならない。

 とまれ、広津も俺も自分の職業を明かさないまま、同業者の話なんぞを香芝に吹っ掛けている。あんまり良いこととは言えないよな。いくら香芝相手とはいえ、同業者に対して全般的に背信しているような気分になってくる。

「……香芝。運が佳かったと割り切れって言ったのには、ちょっとした根拠があるんだ。次いでに聞いとくか」

「ええ、お願いします」

「その前に言いたい事がある。さっき関係ないって話そうとしてやめたやつな。やっぱり話す。つまらない話だが、やっぱり個性ってあると思うんだ。当人のキャラクターな。ネガティブだとか、ポジティブだとかそんな感じさ。そのイラストレーターはただ単に、自分に自信が無いだけ、でも自分が思う以上に、他人からは評価されるもんで、それだから不協和音を奏でちまうわけだな。個性ってのはそこだ。謙遜するなら、無断転載されるなんて、身に余る光栄ですね、とか言う奴だって俺は知ってる。まあ、何だかよくわかんない奴だけどな」

「無断転載されるなんて、光栄……それも解らない話ではないです」

「や、それでも、言い方ってものがある。こいつはよくわからんやつなんで、転載者をおちょくってるんだよな。……だから話すのやめようと思ったんだよ。作品は評価されていたが、本人は嫌われてたって例だ。やっぱり面白くもない話だった」

「秋聞さんもその人が嫌いだったんですか」

「――殴ったことがある」

「お兄ちゃんが人を殴るなんて……よっぽどだったんだね」

「いや、今でも連絡するくらいには関係は悪くないから気にしないでくれ」

「わかりました。では、さっきの話の続きを」

「……何だっけ」

「運がどうのって話だよ、ボクも聞きたいんだからね」

「あー、……そうだな。三島由紀夫って小説家が――知ってると思って話して良いんだよな」

「ええ、知ってます」

「読んだことはないけど……」

「充分だ。彼が著作でこんな具合の事を話してくれてる。小説家にはとかく才能と言う奇妙なもんが付いて回るもんだって。表現者という点では同じだ、絵描きだってな」

「なるほど、説得力が有りますね」

「俺が言いたいのは、それを受けてどう考えるか、だな」

「イラストレーターにも、置き換えられる、と」

「いやまあ、そこは置き換えて良いんだとしたら何にだって当てはまるさ。そこじゃなくて、才能っていう奇妙なもんについてさ」

「――何か、お兄ちゃんの言いたい事がわかった気がするよ」

「どういうことでしょう」

「つまりは《運も才能》だって事だよ。文句言われたら、三島のせいにすればいい。開き直れってのはそう言うことだ」

「やっぱりね……」

「確かに先人の言葉を借りると説得力は増しますが、そこまで開き直るとなると……」

「いや、お前さんはそれくらいで良いと思うな。俺が言うのも変な話だが。自分が恵まれてるって思うなら、感謝の気持ちだけは忘れちゃいけない。それだけあれば、――」

「そうですね、次に担当に会ったら、感謝します」

「――そうか。ところで、《それ》一体何を混ぜたらそうなるんだ」

「聞かない方が良いかな、すごく不味いから」

「味は見ればわかる。美味しいと答えたらいよいよ沙汰だ」

「ごめんなさい、調子に乗りました」


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