秋聞さんと広津さんと香芝さん
「服装を褒めないくらいで人の事を枯れてるだなどと言うもんじゃない」
「解ってて言わないなんて、なおさら良くないと思うなぁ」
「言えってことか。それは催促と受け取ったぞ。じゃあ言わせてもらうが、脚出し過ぎだアホ。露出狂かお前は」
「なんですかそれ、文句じゃないですか。夏だからいいでしょ、ふん、知ってるんだからな、脚フェチのくせに」
「うるさい、だからそういうの、目のやり場に困るだろって話してるんじゃないか。ったく、玄関先でやかましい。先に出るぞ――痛っ何も蹴る事ないだろ」
「おや、こんにちは秋聞さん。珍しいですね、そちらは彼女さんですか」と、のっけから不敵に微笑むこの男。早速厄介なのに捕まってしまったものである。まあ、こうなることは前々から覚悟していたことであり、今さらどうこうって気もない。だが、そういう質問をしてくるのはナンセンスだぜ――
「げっ」――そんなよしなしごとを考えるより前に、俺は出くわした瞬間この一言を口から飛び出させていたのだった。
出やがったな、香芝。と言う思いが万感籠った「げっ」である。
他に言葉はいらない。玄関から出た瞬間に廊下で鉢合わせてしまうとは。しかも蹴られている所を見られた。面白くないぞ、これは。
「あはは、そんなあからさまな反応をしないでくださいよ、もう。あ、初めましてお嬢さん。僕は香芝と言います、そちらの秋聞さんのお友達……の、ようなものです」と、俺の顔色をうかがって、最後になんか付け足した。の、ようなものですって何だよ。そういうのは、隣人ですって言えば済むんじゃないだろうか。
「あ、初めまして――えと」言い淀んだ広津は俺に目くばせをした。短い会話でアイコンタクトが錯綜している。主に俺に向かって。うむ、なぜそんな行動をしたのかと言えば、あからさまに香芝はあやしいのである。三白眼にクマ、目線からして尋常の沙汰ではないと、誰だって思うだろう。そしてアナーキーなパンクルックである。夏だからって男がへそを出すなと言いたい。でもファッションにあれこれ口を出すのは得策ではない。確かにへそは出すなとは思うが、にあっているのだからしょうがない。もう少し仲良くなってから、そういう突っ込みはしようと思う。広津に脚を出すなと言うのと理屈は同じである。しかし、広津がこういう反応をするのは珍しい事だ。よっぽどあやしいのだろう。
「あのな、彼女じゃあない。こいつは俺の妹だ」あれ。
「ああ、なるほど、妹さんでしたか。失礼しました。せっかくですし名前を伺ってもよろしいでしょうか」
……なんてこった。俺は馬鹿か。言ってしまってもう遅い。
どういう訳か、俺はいつも香芝が相手だと、ついつい余計な事を言ってしまうのだ。同族嫌悪と言うやつか、いや、嫌悪と言うのではないんだが。何度も言うが俺は、こいつに対しては親近感を持っているのだ。こんなひどい形相なのも、仕事が好きだからなんだろうし、逆に好感を持てるのである。クラン戦がどうのこうのと言っていたような覚えもあるが。しかし、さっきまで広津は妹みたいなものだと散々考えていたのがまずかった。
「――妹の優奏です。えっと、お兄ちゃんがお世話になっております」そしてあっさりと順応してしまう広津。まったく、空気が読めると言うのも考えモノだ。何のためにこんなウソをつく必要があると言うのか。そんなの誰もわからない。俺だって聞きたい。
いや、解ってるんだ。俺は内心で体裁を繕った。香芝に対して。部屋に女の子を連れ込んでいる、と誤解されたくない一心で俺は嘘をついたのだ。おかしい。いつからそんな事をするようになってしまったんだろう、俺は。何だこれ、本当に何だかわからない。だいいちに、香芝はそんな事を気にするようなやつではない、はずである。つまり、根本的におかしいのは俺なのだ。
気恥ずかしいと言うだけで妙な嘘をついてしまう。どうしてこうなったんだろう、ますます面倒なことになるだけなのに。とんだ悪癖が目覚めたものである。
しかし、一度嘘をつくと、後も嘘で塗り固めていかなければならない。そっちの方向で話が進んで行ってしまいそうなので、これはもう自分が言い出した事だから最後まで責任を全うしようじゃないか。
そも、香芝相手だから、というのは言い訳かもしれない。
「香芝さんは何のお仕事をされているんですか。うーん、やっぱりミュージシャンですか」と、広津はもう香芝に慣れてしまったらしく、ファッションから職業についての質問をつなげていた。これがいつもの広津である。いや、ちょっと待て。仕事の話は――
一度嘘をついたら、後も嘘で固めるしかない。
「いえ、ミュージシャンじゃないです。これは、なんて言うんでしょう。いつも適当に、ネットで服を物色して、もうすっかり部屋着なんですが、これで外を歩く気概は実は持ち合わせていないんですよね、おハズかしながら」
「なるほど、欲しくなって注文して着てみたところ気に入ったまではいいものの、やっぱり外に着ていく気にはなれない、と。少しは人間味もあったんだな」
「そう言う事です。秋聞さんもネットで買い物しますか」
「する。どうでもいいものまでついつい気づくと注文してたりする。廊下は段ボールだらけだ」
「あ、お兄ちゃん、廊下にまだ開けてない段ボール置いてあったよね。あれ、何が入ってるのかな」なんだなんだ、すごい妹っぽいじゃないか広津よ。ちょっと楽しくなってきたぞ。これはあながち、悪くない。
「こら、人様の前で、余計な事を言うな」と、兄らしく叱ってやる。
「お、それは面白そうな話ですね。僕も気になります」そこで喰い付きますか。まあ、話題の繋がりとしてはごく自然な流れである。仕方ないか。しかし実際何が入っているんだろう。正直、自分の注文履歴はあまり把握していない。そんなに大きな買い物はしないので、大変なことになったりとかはしないのであるが。届いても開けないで放置してしまう事も少なからずある。何で注文したんだろう。でも現代人なら少なからず経験することである。おそらく。
「思い出せん。何が入ってるんだろうな」
「せっかくだし、今ここで開けちゃいなよ」煽る広津。なるほど、変なものでも入っていると思っているのだろうが、そうはいかないぞ。いや、このまま開けるとやっぱりってパターンもあり得る。せっかくうまいこと香芝の仕事の話題から逸れたものの、買い物を穿鑿されて俺の傷口が広がるってな事態は避けたい所だ。どちらをとるか。
「そんな事より、香芝の仕事を聞きたかったんじゃないのか。話が飛んでるぞ」
「あ、そうだった。ミュージシャンじゃないなら、何のお仕事してるんですか」話題をすり替えたことに乗ってくれた。やはり空気が読めると言うのは素晴らしい事だ。
「僕は、ちょっとした漫画を描いて生活してます。あとたまにイラストレーターのような事も、ね」俺に話した時のように、香芝は多少言い淀むと思っていたので、正直に答えたのは意表を突かれた。
「へえ、そうなんですか。どんな絵を描くんですか」
「ははは、僕の絵は、そうですね。あんまり女の子向けって感じじゃあないんですけど……」ちょっと香芝が可哀そうになってきた。まさか広津が同業者とは思うまい、どう説明したものか考えあぐねているのだ。そう言えば、あんまり人と話をしていないんだった。もし広津が彼女だと言った場合、おそらく香芝はさっさと部屋に帰って行ってしまっただろう。
妹だと言ったのが、こんな形で功を奏するとは、解らないものである。彼自身は、多少はフランクに接しているつもりなのだ。だから、俺の妹なら大丈夫かもしれないと思って、仕事を話してくれたのだ。改めて、功罪ともに考えなければならない、この状況、正直者は香芝だけなのだ。とたんに悪い事をしている気分になってくる。嘘には嘘を重ねる。仕方ないと割り切るか、それとも。
「もしかして十八禁のお仕事ですか、香芝さん」わが妹は、どストレートだった。
「え、えぇ、まぁ。そうです。あ、でも、ライトノベルの挿絵とかも描いてますよ、確かに、こっちもちょっとアレだったりしますけど」香芝はすっかり、しどろもどろだが、仕方ない、俺はとことん悪人になりきってやろうじゃないか。
「ペンネームは鬼夜鋸、だったよな」
「あ、覚えていてくれましたか。もしかして、……見てくれたり、しましたか」不敵に笑う怪しい男という印象はぬぐえないが、今の香芝はすっかり好青年である。やっぱりこいつは、いじられキャラが似合っているのかもしれない。
「あぁ、買ってはいないんだけどな。あ、そうだ、俺の職場の生徒が知ってたぞ、もちろんライトノベルの方だけど。というか、良かったじゃないか」こういうことを言うのは面映ゆい所だったので、俺はあくまでニヒルに言い切った。
「なるほど、それは嬉しい話ですね。お知らせしてくれてありがとうございます」
「あとな、次いでに言うと、さっきの話の段ボールの中身が鬼夜鋸の著作物でした、というオチもないから、安心していいぞ」
「ははは、そう言われるとなんだか残念ですね」
「で、お兄ちゃん、――よいしょ。段ボール持ってきてあげたよ」
あれ、俺の部屋ってオートロックだったよな。そう言えば玄関先で話している間、扉に足でもかませていたのか、戸を閉めてなかった気がする。
妹、こわい。




