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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
マンションメイツ
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秋聞さんと広津さん

 目を覚まして、まず窓から差し込む明かりから今の時間が何時頃かな、と思う。まだ暖かい。日中かもしれない。そんな事を考えるのも昼寝の楽しみの一つだ、この時期は午後六時を回ったころだってまだ日の光が世界を照らしている、考えてみたらすごい状況である。

 俺のベッドは折り畳み式の安ものだ。本当適当に、安いものを通販で買ってきただけである。買ってきた、と言うのは変か。支柱には「ころ」が付いているから、折りたためば取り回しが自由。学生時代のアパートとは違い、こう部屋が広いといろいろな配置ができる。今日は壁際ではなく、窓際に置いてあるので、サッシを全開にして日光浴しながら読書、なんてこともできる。折りたたみベッドの醍醐味はここにあると思うんだな。

 そろそろ二時半だ。全然夕方が近い雰囲気ではない。ピーカン最高。隣では広津がすかぴー寝息を立てている。

『先生って枯れてますよね、まだ若いのに』

 誰に言われたんだっけ。同じような事は結構な人数の生徒に言われているから、誰が言ったかなんて考えたってしょうがない。あの御厨だって、言葉こそは違ったが似たような事を言ってきた。まったく、若いってのは良いことだ。たかが五つ六つ違うだけだが、すっかりいいように言われているのだから。彼女らもそんな話ばっかりしていないで自分で経験をしてみればいいのである。別に、おかしな事じゃないとは思うけどな。ただ、簡単なことじゃあないってのは解っている。あの学院だものな。

「しかし、枯れているってのはどうなんだろう」

 確かに同じベッドに若い娘が寝ているのである。所謂、おいしい状況と言うやつだ。しかし、寝顔をのぞいた限りではそんな気分にもならない。

 俺にとって広津は、やっぱり妹みたいなものなんだろうか。なんだか、そういう風に考えてしまう感覚が解ってきた所である。寮の俺の部屋でベッドに腰かけていた堅城を見ているのは少しまずいような気がしたのは確かなので、広津とは違う感覚なのは間違いない。

 しかし逆の立場で、そんな風に言われてしまったら、どう思うんだろう。

「うぅん……」寝返りを打った拍子に、広津の左腕が俺の背中を強打した。どげし。きっとそんな書き文字が躍っている事だろう、厭なタイミングで仕掛けてくるものである。おそろしく寝相が良かったものだから油断していた。そんなに注意していたわけではないが、ふと数えてみて二時間、まだ寝返りは三回ほどである。暇にあかして、寝がえりの数を数えるなんて、我ながら何とも気楽なものだ。

 こういう個人の特性と言うものは、改めてみてみると面白い。こういうささやかな発見を楽しむことができれば――そう、素直に。お互いを知る、と言うのはそう言う事なんだろうか。どうだろう。しかし滅多な事がなければ、寝相がどうかなんて解りはしない。何も、広津と寝るのは二度や三度の話ではないので、さっきの一撃は油断が招いたものに他ならない。やっぱり妹みたいなもんなんだよな。仕事の師弟関係であったり、先輩後輩であったり。

 ――そう言えばこんな話があったな。

『ある時ふと、夜なかに目覚めたんです、そして何気なく夫の寝顔を覗いてみたんです。これが駄目でした』

『それだけで』

『それだけなんですよね。でもそれが私には大事だったんです。気づいてしまったら、もう本当に後が続きませんでした』

『ははぁ、いわゆる幻滅した――と言う訳ですか』

『ふふふっそうですね、幻滅です』

 これはいつかテレビでやっていた、離婚歴がけっこうある芸能人がその理由を赤裸々に――こう書くと実にあほくさいな――告白していた話をかいつまんで記憶していたものである。いつの話だったかは覚えていない。ただ、何となく思い出したのである。

 簡単に言ってしまえば、夫の寝顔がひどかったから別れようと決意した。それだけの話である。それだけで。

 当時の俺は、その意味がさっぱり分からなかったが、まさか本気で言っているとは思うまい。まさかそれだけのことで別れるなんてことがあり得るだろうか。結婚したんだぞ。それは責任を負うと言う事である。確か夜の間中ずっとそれが引っ掛かって、そうだ、気にかかったものだから、翌日、俺は幼馴染に聞いてみたのである。そんな責任の放棄の仕方があるのだろうか、と。

『うーん、そういうのって、あると思うよ。抽象的なたとえだったのかもしれないじゃない、テレビ的な都合もあったんだろうけど、笑い話にした方が面白いでしょ、そう言う話って』

『身も蓋もない言い方するんだな』

『あはは、だってテレビでしょ。あんまり鵜呑みにしない方がいいよ。でも、あっきーは疑問に思ったんだね』

『思うね。そんな別れ方って、理不尽じゃないか。誰も自分の寝顔なんて見たことがないのに』

『きっと抽象的なものなんだよ。その時はたまたま、寝顔って言っただけで。普段の全部積み重ねてきたものが、――その表情に表れていたのかもしれない』

『俺の寝顔は』

『うん、かわいいと思うよ』

 ――ああ、良くない。あいつのことを考えるのは良くない。第一失礼だろう、寝顔をのぞいておきながら、俺はそんな昔の事を考えるなんて。いや、何か後ろめたい事があるんだろうか。考えるのをよせばいいだけだ。

 とにかく。

 寝相も寝顔も、男女関係の崩壊の原因になりうる。

 これが結論だ。ぞっとしない話である。面白くもない。

 なんでそんな事を考えていたんだっけ。ああ、テレビのくだらないトークの事を思い出したんだったっけ。まったく麗らかな昼下がりに不愉快な気分にさせてくれる。自分の寝顔なんて見たことある人間はいない。そりゃ誰かが写真にでも撮ったら解るんだろうけど。だが、実際にそれを見せられて、見ての通りあなたの寝顔は酷いから別れます。言われる方はたまったもんじゃない。でも。そうだな、今なら何となくわかる気はする。要するに、きっかけでしかないと言う事だ。あいつも、恐らくそういう意味で言っていたのだろう。もう駄目だな、と思ったらずるずる関係を引っ張らないで、すぱっと切る。人間の繋がりなんてそんなもんなんだろうか。そんなもんなんだろうな。

 ――偉い作家が言っていた。

 割り切れない奴は、才能がないのだ。一人で生きていく才能が。

 原因はそれだけだ。惰弱な依存関係。あとは墜ちるだけ。どこかで歯止めもきかなくなる。その前に切る。それは一種の才能のなせる技だ。その意見には賛成しておこうと思う。きっと口に出して言えることではない。おそらく反論もたくさんあるに違いないだろう。

 そしてその才能は、人をたくさん傷つけるモノだ。生きていく力としてこれほど強い力もないだろう。しかし、そんな強さも、或いは、正しいと思っていく強さも、必要なんだ。現代人には特にそう。

 改めて広津を見てみる。

「あっ」悪戯を見つかった子供のような顔をしていた。

「……起きてたなら言えよ」

「い、いやぁ、その、なんか声がかけずらかったと言うか、すいません」

「どうやら、ぐっすり眠れたようだな。お疲れさん」

「あ、そうだ、パソコンつけっぱなしで寝ちゃいました、ごめんなさい、ほんと自宅と同じノリで、失礼しました。あの大丈夫でしたか」

「大丈夫ってのはパソコンか。すぐシャットダウンしたから問題はない。それは構わないんだが、寝起きだしシャワーでも浴びてきたらどうだ」

「え、汗臭いですかボク」そう言えばそうだ、こういうやり取りもあるんだった。天然というやつだろうか。なかなか初々しい反応に、ちょっと懐かしさを感じ、思わず嬉しくなってしまった。俺は年寄りか。あぁ、だから枯れているってか。納得していいかどうか迷う所だ。

「これでも女子高で働いてるから、慣れた」

「……それ、また問題発言ですよね」

「確かにそうだ。だがな、教室は制汗スプレー臭くてかなわんよ。夏らしいと言えばそうなんだが」

「あはは、解りますそれ、懐かしいなぁ」

「現実とはそう言うものだ。あれが今どきの、青春の香りなんだろう」

「『性感スプレー』って書くとエロくないですか、これ」なるほど、これは中高生のノリだな。

「馬鹿言ってないで、早くシャワー浴びてこい」

「えぇ、そうえすね。――ぁ」寝起きの大あくび。威勢のいいやつだ。

「あくび見られても平気なのか」ふと、聞いて見る。

「ぼかぁ気にしませんよ。でなきゃこんなとこで寝たりしません」

「こんなとこで悪かったな」まぁ、こいつはこんな感じだった、以前から。会社で雑魚寝とか普通だったからな。

「えと、今何時でしょうか」時計を確認すると三時近くなっていた。それをそのまま伝えるとおやつの時間ですね、などと広津は言ったが無視。着替えを持って広津はシャワーに行ったし、そのまま俺は部屋を後にしようと思ったのだが、あ、そういえば。

「広津、シャワー浴びてるとこ悪いんだがちょっと」脱衣所からシャワー中の広津に、聞こえないと面倒だからちょっと大声で話しかけてみる。

「な、なんですか。のぞきですか。堂々としてますね」まさか声をかけられるとは思わなかったのか、さすがに声が上ずっている。面白いやつだ。

「安心しろ、そんなつもりはない。ちょっと頼まれてくれ」

「はい、なんでしょうか」

「風呂掃除しといてくれ」

「えっ」

「やろうと思って忘れてたんだ。ついでだから頼んだ。――そうだな、自分が気持ち良く使える範囲で適当に掃除しろ」

「ずるいなぁ、そう言われたら真面目にやるしかなくなるじゃないですか」

「居候なんだからそれくらいしろ」

「――はぁい、ご主人様ぁっ」

 あ、ちょっとイラッときたぞ。不思議だな。

 しかしそろそろ、俺の生活にも携帯電話が必要な頃合いなんだろうか。よく考えたら、この部屋は姉の家なので、家電をあんまり人に教えるのも問題な気がするのである。あいつも随分無頓着な事だ。

「じゃじゃーん、着替えますた」

「見ればわかる。風呂掃除は」

「しっかりやっておきましたよ、元からきれいだったですけど」

「そりゃ俺が毎日掃除してるからな。よし、ちっと遅めの昼飯食いに行くぞ」

「……枯れてますね」

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