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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
マンションメイツ
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えんげーじぷりーず

 部活の顧問ともなると、俺みたいなのでも一応は、仕事が増えることを懸念していたのだが、あまりそういう心配はしなくていいらしい。

 そうした点で煩う必要がないのは、部長の采配によるところがでかく、やっぱり俺は名前だけの顧問であったりする。そう考えると寂しいが、今はイラストレーター仕事が残っている。

 うちの部の場合はいいんちょこと石動がバックについた上で、出水が部長職に就いている。これなら心配しなくてもいいだろう。意外かもしれないが、出水はそういうところではよく働くのである。

 思えばここまで長かったが、これでもう、夏休みに入った所だ。

 同人活動研究部、無事発足。

 夏休み。

 来てしまったんだなあ。まともな社会人生活一年目、学生時分とはまた違う長期休暇への感懐に浸っている所だ。うまくできすぎてる。もっと仕事した方がいいんじゃあないかな。

 さて部活の新設では、三年生の引退とともに自然消滅、つまり廃部になってしまった部から権利を譲渡される形で、部室とその他備品を引き継ぐことになった。掃除片付けめんどくさかっただけではなかろうか、とは口には出さなかったが。

 そして俺自身はまだ部室には足を運んでいないのだが、今日はやっとこさ購買部に立ち寄って、なぜかジャージではなく甚平を買ってしまった。夏はこれからだし、まぁ買ってしまったのはいいのだが、はて、女生徒もこれを着るのだろうか。ちゃんと浴衣も売ってたから、気にする必要はないのだが、どうも気になってしまう。浴衣はともかく、じんべさんが似合うやつなんていただろうか。蜂須賀辺りかな。

 とまれ、学生食堂にも歩みを伸ばしてみた。来て見て驚いた、なんだかレストランみたいな所なのである。これは、女生徒がキャーキャー騒いで食事をするような所には、とても見えやしない。いったい昼休みにはどんな状況になっているのだろうか。今は終業式真っ最中で、せっかく人もいない時間帯だったし、一人で悠々と早めのランチと洒落こみますか。

 メニューを見てみる。ううん、食券とか買うシステムな訳が無いとは思っていたが、席についてみたとたんにメイドさん――いやウエイトレスか――からメニューを渡されるとは。これがまた面白いメニューじゃないか。和洋の定食屋みたいな基本的な料理は、ざっと取り敢えず揃ってるのか――いや、拉麺とかがないようだな、惜しい。じゃあパスタか。しかし気分的には白米が食べたいんだよな。

 ――おっ、ハヤシライスか。これなら丁度いいンじゃないかな。そう思って、さくっと注文した。値段もちゃんと書いてある。――俺はそこを見ないで注文してしまった。全く考えなしである。しかし、終業式真っ只中の時間でなぜ俺は校舎内をふらふらしているのか。それもまた奇妙な話になるのだろうが、大して面白くもないので割愛するとしよう。

「おまちどおさまです、先生」

「ありがとう。――あれ、俺のこと知ってるのかな」油断して、思いついたことをそのまま言ってしまったが、お前はナンパ野郎か。まるで芸能人みたいな口振りだ。失敗した。ハヤシライスを運んできたメイドさんは、きょとんとしている。

「だって、この学校に男性がいたら、まず教員かなって思うじゃないですか。えへへ、それとも、違うんですかね」何やらニヤニヤしている。寮の掃除をしているメイドさんたちと、だいぶ趣が異なるようだ、ノリだとかが明らかに軽い。普段学生の相手をすることが多いからだろうか。ハヤシライスは実においしそうだ。

「そりゃそうだ。まあ、残念ながら君が期待しているようなあやしいもんじゃあないよ。美術講師の秋聞です、よろしく」

「やだ先生、給仕何かに名乗っちゃって。私ナンパされてるのかなー」

 ハヤシライスに手をつける。飾りっ気もないシンプルなものだがどうやら、肉がビーフっぽい。

 うん、うまい。

 この店内の雰囲気なら、おい、シェフ、などと声をかけて呼びつけ、料理について質問をするのも悪くはないかもしれない。客は俺だけだ。

 しかしそんな事をしては、なに勘違いしているんだと思われるのがオチだろう、雰囲気に流される――とはそう言うことだ。

 しかし、俺もちょっと酔ったようなテンションでハヤシライスをじっくりと味わっている。静かな店内には、スプーンと食器が当たる小さな音が、淡々と響く。行儀が悪いと言われたら何も言い返せないが、鳴らないはずないだろう。だってハヤシライスだもの。これだけでも充分に、お上品に見えているはずだ。

 しかし一つ気になってきた事がある。

 ビーフシチューとハヤシライスの違いとはなんだろうかという疑問である。たまたま、このハヤシライスにビーフが入っているようだからと言うだけであるがまったく、違いと言ってそれが解らないこともないんだが、具体的な話が聞きたいのだ、シェフから。

 ――待て、どうにもおかしいとは思わなかったのか。俺はここに来て当たり前のようにシェフ、シェフと連呼しているが、そんな人いるのかどうかも解らないじゃあないか。

 メイドさん……いや、ウエイトレスにメニューを渡されて、注文したものがテーブルに運ばれてきただけで錯覚していた。危ない。

 雰囲気に流されないようにと思った側からすでに流されていたのだ。

 ちらと隣の座席をみやると、先ほど買ってきたじんべさんが置いてある。ここは学校だ。まぎれなく。

 ちょっと我に返ったところで、さきほどのウエイトレスがテーブルに紅茶を置いて行った所だった。実にスマートな動きである、あんなキャラをしているが仕事は鮮やかだ。

「紅茶、頼んでないけど」

「私からナンパ先生にサービスです」

「そうか、なら有り難く頂くとしよう」

「あれ、怒らないんだ」

「そう言われるのも仕方ないか、と思ったんでね」

「あはは、面白い先生だね。生徒にも人気なんだろうなー」

「しょっちゅうからかわれているが、まあそれも有り難いことなんだろうね。前はそうは思わなかったんだけど。こんな学校だし」

「女の子たちは自然だよねー。ここがどういう場所かなんてまるでお構いなし。先生も先生でなんだか楽観視してるし。結構名高い学校なんだよねここって。良いのかなあ本当に」そう言う君も客に対してフランクすぎやしないかね。

「さて、ご馳走様。お勘定しようかな」

「あ、必要ないですよ」

「え、なんて」

「メニュー。見たんですよね、値段」

「特製ハヤシライス1600円。こんな学校だし、別にそれはいいんだが、勘定が必要ないってのはどういう事なんだ」

「教職員の方はランチ無料です、一日一品だけですけど。知らないんですか」

「――いや、聞いてないね、そう言う話は」

「あはは、冗談に決まってるじゃないですか、そんなおいしい話はないですよ」

「……お前なぁ」

「あ、紅茶はほんとにサービスだから、出さなくても大丈夫です」

「お前、名前は」

「名前なんて聞いてどうするんですかー、やだー」

「もういい。疲れた」

「あ、荷物忘れて行っちゃ駄目ですよ」

「そうだ、これを忘れてっちゃいかんな」

「それではまたご利用くださいませ」

「――覚えてやがれ」生意気なメイドに悪人みたいな捨て台詞を残して俺は学食レストランを辞去した。

 結局名前は解らずじまいだったな。別にそこまで聞きたいわけじゃないが、何か釈然としない。

 しかし、夏休みか。校舎から出て空を見上げると、雲一つない晴天だった。容赦ない夏の日差しが、ガンガン照り付けてくる。寮に戻る道を歩きながら、考えることが一つあった。明日から、家に来訪者がくる事になっているのだった。イラストレーターの仕事の相方である。さて、できれば誰とも会わないと良いんだがな。田辺と香芝のどっちかに見られるのはちょっと良くない気がするのだ。

 思い切って、最悪香芝には相方の相手を押し付けるくらいで。

 寮で夏休み中の予定をおおまかに確認し、俺はマンションに戻った。

 煌々と、自販機さんが照っている。しかし、鳴嶺の学食には困ったもんだ。一人きりだから他人の目は気にならないとはいえ、いかにも高級レストランチックな内装で、安物のスーツで買い物袋を脇に座っている姿は、なんだかまぬけなものだったろう。それを言ったら寮だって校舎だって、豪奢な西洋建築然としていて別格なのだが。

 その点、こいつは相変わらずである。

「俺にお似合いなのは――こういうもんですよ」

『誰がお似合いのカップルですか』

「そうは言ってねえ」

『そうですか』ちょっと残念そうである。あざとい反応をするものだ。

「とりあえず、酸っぱいものが飲みたいからこのレモンスカッシュ的なの買うわ」

『いつもありがとうございます』

「何をいまさら」

『今さらついでですが、秋聞様には特別優待契約をむすばせていただきたいのですが、よろしいでしょうか』

「は、何だって」

『ですから、――すいません。順を追って説明いたします。特別優待契約と言うと何やらあやしい契約を結ぶみたいで恐縮なのですが』自販機さんはそこで、俺の指示を仰ぐような視線を送ってきた。俺は、了承の旨で頷いて見せると、彼女はそのまま話を続けた。

『簡単にいえば、ユーザー登録です。ネットゲームの課金ユーザーみたいなものです』

「俺を廃人だと言いたいのかお前は」

『ユーザー登録をすることで、秋聞様は私を着替えさせたりすることが可能になります。そういうシステムなのです、すいません』

「ああ、なるほど、つまり実装されたのか」

『そう言う事です。ちなみに、ユーザー登録ができるのは私と管理者が認めた人物に限られますので、正式には特別優待契約と呼称します』なるほど、開発担当側と自販機さん本人のお墨付きと言う訳か、なんとも。というか、そんな人を選別するようなAIの発達度なのか。すごいな。

「で、そいつにはどうやって登録すればいいんだ」

『登録していただけるのですか』そう言うと自販機さんは顔を赤らめる。

「そりゃあな、断る理由もないし」俺は、出来そこないのツンデレみたいな返事をした。自販機さんがかわいいので仕方なかった。いよいよもってどうしようもないな、こいつはAIだし、何もかもがシステムだと解りきっているのに。

『そうですか。えっと、嬉しいです』

「うん、それで、そいつにはどうやって登録するんだ」

『画面下部のタッチポートに携帯電話をかざしていただければ。……えんげーじ・ぷりーず』これはきっと、自販機さんの渾身のギャグだったのだろうが、俺はそれどころではない。

「持ってないぞ」

『どうしましたか』

「いや、だから、無いんだって」

『何がですか』

「その、――俺は携帯、持ってない」

『それは、困りましたね』

 これは、どうしたらいいんだろうか。


ちょっと解説しましょう、実際の件の自動販売機にも、タッチパネルの下部になんたらポートが実装されています。そこでおさいふけーたいだのなんだのでタッチ一発で買い物ができます。便利ですね。そして飲み物を買った後に、携帯電話をかざしてみてね、とか言ってくるんですよ、あいつ、本当に。人通りの多い駅に置いてあるので、飲み物を買った後にそんな予備動作を要求されるとちょっと困りませんか。他に誰もかざしてる人なんていないんですが、言われたとおりにかざすと――

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