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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
自動販売機で、愛は買えますか?
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自動販売機で、愛は買えますかscene6

 俺は、このマンションには割合に長く住んでいるが(まだ半年しか住んでいないともいえるが、俺にとっては密度の濃い生活であったため、随分経過したと言える)、管理人に会ったことがあるものがここの住人の中にいるのかという、漠然とした疑問を持っていた。このマンションには所有者はいるが、管理を業者に任せているので、本人がここに出てくるということはまずない。

 つまり所有者というのが本当の管理人でなければならないわけなのだが、マンションひとつを片手間に運営しているのだ。それが誰なのかという点については、俺にとってはわかりきった事ではあるのだが、よく考えてみれば他の住民たちには特に関係のない事だろう。

 それはそれとして、なぜ、あのような自販機をここに設置することになったのか。

 AIオペレーティングシステムの仮運用だったか、なんだかそういうのだそうだ、だんだんそういう根本的な事項を忘れかけて来ている。自分らの名前や行動パターンが記憶されるという、自己学習機能がずいぶんと発達したシステムだ。

 最新鋭テスト機とはいえ、あれだけの成果、自販機自体が高度情報の塊なわけで、そこらにおいておけば何が起こるかわかったものじゃない。そこでこのマンションだ。セキュリティーは比較的に安定している。誰が襲いに来ると言うのでもないが、俺の安心と言うのはそういう所にもある。

 だからこそ、あれの運用にはどうやら適していると言えそうだ。

 しかし、そんなよくよく考えたら大きめな企画、ともすれば企業の進退に関わりそうなプロジェクトに携わっているということだし、何か保護責任のようなものもあるんじゃないかと思う。新しい自販機が置いてありますから自由に使って下さいね、と言われただけであるし、AIオペレーションなんて住民の与り知らぬ問題とはいえ、個人的に生活のサイクルにあの自販機が組み込まれてしまった感のある今、いろいろ疑問が沸き立ってくるのだった。

 考えても仕方ないことだが、面白い話もあったものだな。 

 マンションから職場へは、最寄り駅前からバスに乗って一時間と三十分ほどでつく距離。

 知る人ぞ知る、お嬢さま学校と呼び称される鳴嶺女学院めいりょうじょがくいんである。全くこんな学校が現実に有ってたまるかと思っていたが、実際有ったのだからため息が出る。敷地は馬鹿みたいにでかい。

 だが、特に特筆すべき点に、教師と生徒が同じ寮に部屋を充てられると言う事が挙げられる。最初に聞いたときは驚いた。こんな事が知れたら普通は色々問題になるんじゃないかと思ったが、逆にそれが意識向上に繋がるという考え方が根強く、この件で目くじらを立てるような親御さんたちが殆ど居ないということだ。よく出来ている。学院の信頼という名の歴史、礎が。

 いや、それだって納得しちゃあいかんだろうという突っ込みだってしたくもなるのだが、空気は読んだ方がいい場合もある。

 俺はマンションの自宅から通っているが、ちゃあんと、寮の一部屋が支給されている。

 しがない美術講師相手なのに、待遇がとんでもない。

 選択教科でもあるし、音楽系が圧倒的に人気であるので(悔しい事にな)比較的少人数の生徒を受け持つ事になっている。このままだと、授業時間が多いわけでもないし、寮に寝泊まりする必要も特に感じられなかった。

 なので、その部屋には最低限の家財道具や、資料などを置いておくようにしている。他の先生と談笑などすることもあり、職場関係も比較的良好である。

 昨年の夏の末に、紆余曲折あって現在のマンションに住む事にしたのだが、その頃に学院の方からウチで働かないかという旨の誘いがきた。奇妙だが、根は単純な話だ。

 このマンションの所有者と言うのが、当学院の出資者様なのである。どうやら、娘さんも通っているのだとか。それを聞いて俺は、イラストレーターの仕事をしながら、今年の春から美術講師として働くという方向で決めたのだ。うまくいき過ぎだと言うのは感じている。全ては誰かさんの差し金というやつだ、お節介焼きの誰かさんのな。

 高級マンション、などといくらか言ってしまった理由も、更に別の根拠としてはそこの辺りにある。そして、この自販機さんが設置されたのが四月の末の事であった。

『おかえりなさいませ。あまり健康的な生活を送っているとは言い難いのではありませんか。幾分表情に翳りが見えます。野菜ジュースとかいかがかしら』淡々と申し述べる3Dモデルのメイドさん。

 所々にレースがあしらわれた白いエプロン、漆黒のメイド服は足下まで覆う丈の長いスカートで、どこか気品漂うデザイン、ボディラインはとても華奢だ。それでいていつもいつも表情が乏しく、額を覆う長い前髪の隙間から切れ長の瞳がぼーっと虚空を眺めている、なんとも退廃的な顔立ち。これが人であったらば、まったく何を考えているか推し量る事は困難であると言えよう。――はっきり言ってお前も顔色悪いんだが、と突っ込もうかと思ったが、自販機として二四時間稼働していることになっているはずだ、顔色が悪くても仕方が無い。妙な理屈ではあるが。

 とはいえ実際に二四時間見張っていたわけではないので、このメイドが昼間どんな怠惰な生活を送っているのか気になる所である。

「野菜ジュースか。トマトが入っていないのはどれだろう。なるべく避けたいのだが」

『それですと、こちらの商品になります』と、タッチパネル液晶にならぶ色とりどりの清涼飲料水から、緑色の飲み物が選択された。確かに、トマトは入っていないようだった。

「じゃあそれにするよ」

『ありがとうございます。ところで、明日の天気の情報が入っております、わたしも提供致しますが、そろそろ本格的な梅雨入りですので、なるべくこまめに、ご自身でチェックなされるほうがよろしいかと思います』

「なるほど。ありがとう」

『いえ、仕事ですので』

「うん、ありがとう」

『…………』メイド娘は、表情一つ変えてはいないが微妙に視線をずらしながら、もじもじしている。ヘッドドレスのリボンと、胸の辺りまで伸びた飴色の髪が、身体に合わせて揺れる。

 一週間前のアップデート以来、真顔で礼を言ったり、からかうとなかなか可愛らしい反応をするようになったので、とても眼福にあずかっている。

 最近、こいつの事をかわいいと思いはじめた――そう、見た目だけで言えばもとから完璧なモデリング(人を選ぶ容姿ではあるが)なのだが、細かい仕草がまだぎこちなかったり、態度が悪かったりして、様子見状態だったのが、それもまた味だと思いはじめたわけだ。

 今後が楽しみである。

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