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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
テスト、そして夏休み
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Excitement and remnants

 会話の最中にもぱぱっと操作できてしまう携帯端末のインターフェースに、ちょっと面喰ったところではあるが、そこに表示されているのは通販サイトで拾ったらしい、ライトノベルの表紙の画像だった。そして作者の欄には、載っていた。イラストレーター、鬼夜鋸。

 香芝の仕事、その片鱗に今、俺は触れようとしている。差し出された端末を手に取り、俺はまじまじと眺めた。画像だけ拾ってきたのかと思ったら、ページは普通に通販サイトだった。まず印象的な色彩、塗りのほうは、淡いパステルチックであり、眼には優しそうだ。

 そして目に入る――そのように配置されている女の子のほうはかなりロリイタ、――いや、ぷに系だった。たぶんそれだ、なかなか幼くデフォルメされているが、しかし。しかしそれにしても、背景のクリーチャーの作画が半端じゃないのである。パステルとはいえ、粘膜肉ぽいピンクの厚塗は背景とは言えかなり異彩を放つものだ。ここのところ、ラノベ表紙は白背景が基本だが、捕えられている女の子という構図を生かして、タイトルにかぶる部分にクリーチャーを配置している所にセンスを感じる。あんまり、実態が見えないようになっているという事だ。パステルだからこそ、グロテスクと言うのはあてはまらないのだが、ある種、緊迫感や危機感が伝わってくる。と共に、特長をさらに上げるとすれば、画像だと見えちゃってるが、店頭に並んでいるとすればこれは、帯の位置に臀部が……配慮も良くできている、しかもつまりは、買った後のお楽しみになるじゃないか。俺は同業者として、イラストレーター鬼夜鋸に敬意を表した。本人を前には言えないが。

 現代伝奇ファンタジー。確かに出水の趣味にも、俺の趣味にも当て嵌まっいるタイトルだ。ちょっと読んでみたいところである。俄然興味がわいてきた。

 しかし、香芝のやつときたら、クリーチャーがウマいって事は、つまりあれか、そう言う漫画を描いているって事なのだろうか。イラストレーターに詳しい以上、やっぱり出水も、そっちの方面の仕事にも詳しかったりするんだろうか、と。そうして考えてしまう事がある。

 ――倫理うんぬんってのは、また問題なんだよな。俺も教員なんだし。一応、個人的な倫理観念で動いてはいるが、もしかすると俺の中に、別のある情念が湧きあがってきているところかもしれない。――最近思う事からすれば《そう考えてる》自分もいるのだ。でなければ、こいつ(出水)が作ろうとしている部活の顧問なんぞを請け負ったりなどしない。美術教師であるという体裁だけで俺が動いたわけではないだろう。自分のことなんだが、よくわからない。そもお色気なしにライトノベルはおそらく成立しないだろう、程度はまた別の問題だ。

「……なんだか、すごい真剣なまなざしで見詰めてますね、せんせ」俺は知らぬ間に、立ち止まり、じっくりと画面を見ていたものだから、出水もそう聞かずにはいられないだろう。俺も、一分ほどだけでも、これを見るためには足を止めざるを得なかったという事だ。

「そりゃあ、仕方ないだろ。表紙でこんだけ気合い入れてるってのは、中身も気になる。どういう話なんだろう、とか考えててな」――イラストの構図などを考察していた、などと言うと、話が長くなる。出水は確実に食いつくだろう。という事を考慮して、俺は小説の内容に話題をすりかえるのだった、確かにそれが目的だが、現代伝奇という説明では、漠然としたイメージしか湧かないのも事実。内容が気になっている。こういう化け物退治では、個人的に武器は銃器よりは刀剣類を推したいところである。実際俺の携わった作品では、そっちに重点を置いてたりするので。といって銃が嫌いなわけではない。

 女の子がでかい武器を振り回すってのは、やはりいい。そりゃ、違和感がないと言えば嘘になるが、ファンタジーなんだから、ご容赦願いたい。

「どうってもですねー。現代伝奇モノって説明あるじゃないですか、もうそのまんまな感じですよ。その設定アレコレ説明しろと言われたら困ります。でもそうですね、結構どんどんキャラクターが処分されますかね」

「それはまた。そういうのって、この作者の作風なんだろうか」

「けっこう、キャラ愛とか考えない感じの人みたいですよ。と、言う風に言ってはいますがもちろん、実際は解りませんけどね」

「そうか」と、俺は画面をスクロールして出版社を見てみた。

 ――あれ。

「せんせってどんな二次元趣味なんですか。にしし、私にだけこっそり教えてくださいよ。ね、もしかしてそういういかにもな少女系がこのみだったりしちゃうのかなぁ」

 なんてこった。

「――出版社も、レーベルも同じじゃないか」

「んん、せんせ、何ですって。やっぱりしっかり者の妹が大好きですか、そうなんですか」

「いやまて、出水、俺は妹が好きなんじゃない、姉と比べたらという二択で、さらにキャラクターとしてはお兄ちゃん言われるより兄さん言われるほうがしっくりくる、そう言う話をしただけで、俺は妹と言うワードに特別な感懐を持っているわけではない。断じて」

「へっへぇ、随分、饒舌じゃないですか」とかなんとかいってる間に俺の部屋についたので、さっさと中へ避難した。

「あやしーなー、せんせ。別にいいじゃないですか、妹スキーでも」

「うるせーよ。あー、ちょっと待ってろな」

「はーい」

 そうして戸を閉めて俺は、一息ついた。しかし、落ち着こうと努めても、意志とは関係なく急に噴きだしてきた汗が物語る事とは、一つだった。

 香芝は、俺が何をしているのか知っている。

 かもしれない。

 段階としては確証ではない。あくまでかもしれないだが、その重要な一事であった。その一事が、考えがよぎるだけでも全身の筋肉が一気に緊張した。いや、まだ可能性が示唆されただけで、事実とは限らない。想像の域を出ないことだ。だが、香芝の今までの演技的な態度、それは総べて紛れもない演技で、俺はおちょくられていた、としたら。

 そう考えたら、俺自身が恥ずかしすぎて、また汗が噴き出してきた。

「くそ、まだ確定したわけじゃないってのに」

 香芝、いや、鬼夜鋸がライトノベルの挿絵を描いたレーベルは、俺が挿絵を描かせてもらったライトノベルと同じ所であった。つまり、俺がイラストレーターとして出版社に足を運んでいることを、どこかのタイミングで鬼夜鋸は知っている可能性がある、と言う事なのだ。場合によっては、知らない間に顔を合わせていて、こちらは覚えていないが、あちらはしっかり記憶している、ということもあるかもしれない。ともかく、可能性としてはその線が強いだろう。だから、今までの俺は、やつの掌の上で踊らされていたという事になりかねないと言う事だ。ぞっとしない話である。もしそうなら、非常に悔しい。

 何か危険な事があると言う訳ではない。

 そうではない。むしろ、香芝は俺に対しては常に友好的である。だからこそ、今までのやり取りにそういう裏があった場合の事を考えると、ただただ、恥ずかしさがこみあげてくるのである。これはいけない、いけないぞ。

「ああ、くそ。――ペンだこ、か」手の平を見詰めた。うっすらと汗がにじんでいた。

 ままならないものである。俺は、冷凍庫に入れてあったアイスを食べてから、外で待ってる出水にも一本与えて、妹云々の話はしないようにと念を押してから談話室に戻った。たぶん、このアイスは無駄になるのだろうけど。

「――というわけで、明日から夏休みなわけですが」

「何だ、ミーティングでもするのか、出水」

「そう、部活を成立させるのも明日になるって事だしね」

「ああ、まぁ設立したら部から、ってのは楽でいいよな。同好会スタートとかだと、自分の在籍中に部に昇格できない可能性があるし」

「一応、設立時に必要なメンバーは五名以上ということになってますから、私たちがいれば後は秋聞先生が顧問ということで、恐らくは承認されるはずですわ」石動的に、どうなんだろうか、同人誌を作る部活って。まあ聞かないでおこう。

「その点に関しては、俺は仕方なく了承をした。非常勤講師が顧問というのはなんだかクサいところだが、お前らが問題でも起こさない限り俺は名前だけの存在ということになる。それでいいか」

「えーっ、私たちだけに特別授業とかっ、してくれないんですかっ」

「夕暮れの放課後に部室で特別授業だね」

「ちょっと、なんですかその如何わしい響きは」

 また、あほうが余計な事を言って騒がしくなるパターンだな。

「えーっと、お前たち。夕暮れ特別授業は、やりませんので」

「えーっ、いーじゃんせんせーぇ。そのための部室でしょ」

「軽音部の爆音もシャットアウトする完全防音空間だよ」

「あ、軽音部のバンド何が好き」

「うーん、ソラオリ……と言いたいところだけど敢えて私はトラブッテラーズかな」お嬢様学院の軽音部のバンドってのは気になるが、また変な名前だな。どうなってるんだ。

「――おほんっ、とにかく、《部室が欲しいがために部活を作る》と言うコンセプトは、大変よろしくないものなので、もう少し生産的な活動理念を掲げようと思います」

「なにそれ、いるのそんなの。別に選挙するんじゃあないんだからさ」

「えー、あくまで部活は学びのためのもの。だから私たちは学びやで過ごす時間を大切にしたい。そういうわけで、部室が欲しい」

「おいおいおい、それじゃ意味ねえってばよ」

 あれ、そういや蜂須賀は合唱部なんじゃないだろうか、兼部でもするつもりだろうか。そうだったらまた俺は小川先生に睨まれることになりはしないか。

「先生は、どう思う」

「何を」

「活動理念ですよ、部活の」

「活動理念ったってな。コミュニケーションとしてのイラストレーション、とかどうだ」

「大学の講義みたい」「卒論のテーマじゃないかな」

「イラストで会話するのかな」「あれだよ、同人誌なんだからさ」

 ううん、イマイチな反応だった。

「もっともらしい理由なんていらねーんだって。こーゆーのは作ってから考えればいいんだよ。取りあえず、何て名前の部活動かくらい先に考えようぜお前ら」

「あ、名前考えてないじゃん」

 そうだな、考えてないな。どうするんだ。

「やっぱり、あれかな、現代視覚文化……」

「もっとフランクな感じで良いんじゃない」

「第二漫画研究部……」それだと本家漫画研究部に喧嘩売ってるみたいじゃないか。やめたほうがいいぞ。

「秋聞先生を囲む会」

「出水お前ちょっとこっちこい」

「があああっ」

 ――などという騒がしくも楽しい打ち上げはどんどん時間が経過していき、やがてお開きとなった。

 《同人活動研究会》

 そんな感じの名前で部活動を発足することになった。坪内逍遥の小説神髄に始まり、尾崎紅葉らが……という話は文学史のテストに出るのだろうが、この部活の名にも実にも関係はない。とてもストレートなネーミングの部活である。俺としては内心こんなの通らないで、名前の変更を余儀なくされるところのものだろうと予想している。同人の意味を間違えて取ってくれればな。あれ、でも出水の知り合いが生徒会にいるんだよな、だったら出水の意図も当然承知なのだろうし。この案は通る、そう言う事か。

 打ち上げがお開きとなった時点で、寮暮らし饗庭を除く生徒はみな解散していった。

「なあ饗庭」

「なあに、せんせー」

「いや、何でもない。そうだな、暇になったら遊びに来るといい」寂しくはないのか、と聞こうと思ったが、それはやめておいた。誰にも事情がある、というのはいついつ先ごろも述べたとおり、俺は深く立ち入るべきではない。一定の距離を置くことは最低限必要である。そのスタンスは、生徒たちに慣れた現在でも変わらない。おそらくはこの先も。

「うん。じゃあまた、おやすみ」

「おやすみ」

 微笑み手を振りながら、饗庭は階段を上って行った。その姿からは、寂しさは感じられなかった。そういえば、部屋で出水たちとネットゲームとかやっているんだよな。距離は有って無いようなものなのかも知れない。いい時代なのか、どうか、判断の分かれるところではあるが。

「こんばんは、秋聞先生」またも、俺は背後から不意打ちで声をかけられた。気配を察知するのは苦手らしい、鋭敏な人は本当に鋭敏なものだが、俺はさっぱりだ、どうしてだろう。

「こんばんは。って、仁香じゃないか、久しぶりだな」

「お久しぶりです。あの、驚いた顔をなさっていますが、上階に何か御用でもおありでしょうか。疑う訳ではないのですが、気をつけたほうがよろしいかと」そう言う栗花落仁香は極めて冷静である。からかい半分であるというのは確かだろうと思うのだが。

「いや、階段を眺めていたわけじゃないぞ。俺の担当の生徒とさっきまで談話室でお茶会みたいな事してたもんでな」

「そうですか、お見送りをなさっていたのですね。相変わらずお優しいですね、先生は」

「よせやい」初めて会った時から幾らか顔を合わせることもあったため、俺も彼女(仁香)に対してはいつも通りの調子で話すようになった。お茶会の時とは印象が変わったことだろう、それは他の生徒たちも同様なのだが。それでも、あちらさんの態度は変わらず、尊敬のまなざしを向けてくる。これがなかなか困る。うちのあほう共とは見事にタイプが異なるのだ。厳密には饗庭や御厨はあほうではないが、全員集まって騒いでいた今日を振り返ると、全員あほうな気がしないでもない。あほうだ。

「先生はまだ宿直をなさってませんよね。上階で顔を合わせた事がありませんもの」

「俺にそういう重要な役が回ってくるとは思えないが」

「秋にはきっと当番が来るかと思います。そういうサイクルになってますから」

「そうなのか。詳しいんだな」

「いえ、そんな事は。ただ、先生はまだこの学院の事を把握なさってらっしゃらないのではないかなと、僭越ながら思いまして」

「そういや、仁香は三年だものな、今年二年目の堅城よりも学院の事には詳しい訳か」

「それはありますね。……そして、知らなくてもいいことも恐らくは」

「……なに」

「いえ、何でもありませんわ。上階うえでお会いした時は、楽しいひと時を提供したいですね。それでは、ごきげんよう」

「変な事はしちゃいかんぞ。またな。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」くすくすと笑いながら去って行った。そのまま、饗庭と同じく仁香が上階へ上がるのを見送ってはいたが、少々意味深な言葉を残された事ですっきりしない気分のまま、休日の夜は更けていった。


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