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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
テスト、そして夏休み
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Exam results scene2

 ここは、談話室。俺にとっては、もうすっかりお馴染みの場所と化したが、饗庭以外の生徒たちにとってはどうだろうか。と言うのも、寮生の中に友人がいるってならまだしも、それにしたって普段来る事が無い場所には違いないのであるし、例えばこういう学校施設に外から招かれると言う事は、なかなかの小旅行体験になるのではないだろうか。

 学生寮。そう、この寮は俺たちのように教師が住んでいるものではあるが、上階は生徒のプライベート空間だ。忘れてはならないことである。見周りには女性教師やメイドさんたちが出向いているようだが、どうやら、俺のような非常勤ではまずお声はかからないという前提だが、男性教師でもその役を預かる機会があるらしいとの事。ちなみに、学生寮は一つではない。この学院敷地はでかいが、それに対して実はそこまで生徒がいると言うわけでもないのに、もう一つの寮には何があるのだろうか。と言うと、運動系の部活が集団生活を営んでいる専用寮みたいなものが思い浮かんだ。ここは一般生徒の寮、と言う印象がある。そういうのがある学校も結構見受けられるし、ここも例外ではないのかも。ただ、俺自身あまり関心がないとはいえ、自分が働く学校の事を知らなさすぎではないか、という思いがしてくるのだった。

 相変わらず購買部には、まだ足を運んでいない。と言うよりだな、秋は運動する機会も増えるだろうし、冬になったら、それこそマラソンシーズンだし、それまでは別にいいんじゃないかな、そう考えている。今日は自販機さんからスポーツドリンクを買ったところだったが、『運動はしないのですか』などと問うてきた。運動しない人間がスポーツドリンクを飲むなとも言いたげだな。

「やめだ。今は夏だしな。秋は、スポーツの秋とも言うんだが、お前さんは知ってるか」

『存じております。あとは読書の秋、芸術の秋とも』

「芸術。いまいちピンとこないんだがね。なにも、秋に描き始めたものが完成するのなんて、春になるのだって珍しくはないんだし」

「なのに、締め切りは守らないといけないんですから、辛いところですよね」

「またあんたか、香芝さん」このマンションの住人は、俺の知る限りでは音もなく忍び寄るのが常套である。油断も隙もない連中だ。――俺が、油断と隙の塊ということも、なくはないのだが。

「また、とはなんですか、今日はたまたまですよ、会おうと思って出てきたわけじゃないんですから」先日は俺が出てくる時間を見計らって現れるような強かさも見せた。そんな剣呑も併せ持ってるこの男は、俺にとってなかなかに厄介である。冗談じゃないぞ、付け狙われてるみたいじゃないか。まるで。

 それにしても一人なのか、いつも。漫画屋だと言うのなら、アシスタントを囲っていてもおかしくはないんだが。こんな広いマンションだというのにまさか全部一人でやってるんだろうか。それってきつくないか。

「休日の昼に出てきて、たまたま会ったってのなら、そいつもあまり愉快じゃない話だね」

「はは、出会う事自体が災難ですか。そうそう邪険にしないでほしいんですがね」

「安心しろ、これはツンデレだ」

「それは、……めんどくさいですね」

「ほう、気が合うじゃないか。実は俺も、ツンデレはめんどくさいと思っている。できれば相手にしたくないから、お前も俺の相手はしなくていいぞ」

「滅茶苦茶じゃないですか」

「筋は通っていると思うんだが。――ついでに言っておくが、デレは永遠に来ないぞ」

「ははは、どうですかね、そう言う話を振ってくれるあたり、だいぶ打ち解けてくれたようにも感じますがね」

「――おめでたい事を言いなさんな、カフェイン摂りすぎてるんじゃないか」

「ところで秋聞さん、自販機さんに着せ替え機能が付くそうですね」

「あぁ、そんな話もあったか。ったく」一瞬違和感を感じたところだったが、香芝が知っているのも不思議はない事だった。

 自販機さんは相変わらず無表情で、機械的ではあるが、すっかり流暢な発声をするようになってきた。どういう制御プログラムしてるんだろうな、よく神調教と言うところのものでもあろうか、格段と音声ガイドとしても一流のシステムになりつつある。だが、聞こえる声と、画面の彼女は、断じて切り離して考え得るべきものではない。それは確かだ。別個でも完成したものだが、合わさって初めて自販機さんとなる。なにが言いたいかと言うと、自販機さんがしゃべっている、と、俺は思いたいのである。考えてもみようじゃあないか、これらの現象は別に自販機さんがしゃべっているわけではなく、思考が判断する音声感情に合わせて3Dモデルの表情仕草その他が推移するだけなのである。だが、そう思いたくない自分がいる。

『システムの実装には時間がかかるようです。なにぶん、モーションに合わせて被服装飾も動くのが自然というものですので』

「そりゃそうだが。また手の込んだことするのなぁ」

「それは楽しみですね」

『コーヒーの方には、その権限はありません』何だ、香芝も一応、覚えられているんじゃないか。俺が横で嗤ったのが見えたのか、香芝もさすがに気を悪くしたのかもしれない、俺にちょっと鋭い視線を投げてきた。しかし、こいつは普段から三白眼、クマは相変わらずだ、今特別に睨まれているというような目つきでもないか。

「秋聞さん、僕がどんな漫画を描いているかご存じありませんよね」

「突然、どうしたんだ」表情が変わったのは見間違いではないらしい、ちょっとシリアスだった。そんな微妙な変化に気付くほど、俺はこいつに聡い、と。

「ご存じないのですよね」

「ない、な。申し訳ないが」

「こういう仕事は、なかなか、人には言えないものです。確かに漫画を描いてるんですがね」俺がこいつに対して感じていた妙な感覚、と言うのは、やはり仕事が似たような内容だから、と言う事だけで片付けられるもので良いのだろうか。親近感というものを、俺は確かにこいつに対して抱いたのだ。どこか愁いを帯びた眼差し。

「まぁその、なんだ。……例えば、成人向け雑誌に描いてる、とか言われるくらいで俺はお前さんに対する評価を変えたりはしないさ。どっちにしたって、嫌っているわけじゃないからな。だからって、勘違いしてくれるなよ」演技的な言い回し。実際照れ隠しをしようとすると、なぜか口をついて出てしまうのだから不思議だ。勘違いするな。

「良く解るんですね。でもそれだけじゃないんです。ちゃんと一般誌にも連載しているんですよ」

「ほぉ、それは立派じゃないか。有名どころか」

「僕のペンネームは、鬼夜鋸おにやのこって言います。字はこれですね」そう言って名刺を渡してきた。名刺。こんな文化に俺はとんと馴染みがない。受け取る際にもある一定のマナーがあるとかないとか。一時期こういう知識が問われる場が増えたが俺には関係なかったので忘れていた。あの職場でビジネスマナーが身に付くとは思えない、と、これでは人のせいにしているだけだな。ただ俺の勉強不足ということだ。

 鬼夜鋸。おにゃのこ。うん、なんかふざけたペンネームだなと言う事は解ったぞ。

「鬼夜さん、俺は名刺は持っていないのだが」

「まあ、適当に受け取ってくださればそれでいいです」言われるがままに適当に名刺を受取った。すると香芝は、すっかり安心しきった様子になった。なんというか、力が抜けたかのような。

「どうした、疲れがたまっているのか」

「いや、すいません、なんだか、初めてまともに友人が出来た気分です。それはさすがに言い過ぎですけど、実際、こっちに来てからと言うものほとんど人と話す機会もなくて。担当編集くらいです、ほんと」どうやら香芝は友達が少なかったらしい。俺も友達らしい友達は数えるほどもいないんだがな。

「自販機さんと話していたのも、そう言う理由からでして」話しかける相手がいるというのは、素晴らしいことだ。それが虚構であっても。こういう人間のためにも、自販機さんは必要なのかも知れない。どうかな。どこかで、現実と言うものを知っている、解っている。誰よりも。それが、つもりだけだとしても、人は考えずにはいられない。

「そうか、まぁ、見かけたら読んでおくから、さっさとコーヒー買って寝たほうがいいな」

『コーヒー飲んで寝るのですか』

「そうしないと寝れない可哀そうな人もいるらしい」

「そこで人を捕まえて可哀そうとか言わないでください」

「誰もお前のこととは言っていない。自分でそう思ってるって事だろう」

『自意識過剰ですか』

「こういう人間はえてしてそう言う勘違いをしているものが多いらしいぞ」

「いや、別に僕はコミュ障じゃないですよ、友達が少ないとは言いましたけど」

 都合のいい言葉があったものだ。友達が少ない。君はどうだ。実際友達たくさんなんて人間の方が、マイノリティーなんじゃないだろうか。それが現代社会ってものだ。デジタルコミュニケーション全盛と言うこの最中に、俺は大勢の人間とつながると言う実感に、さして興味はない。いつでも繋がれると言う安心感が故に人の心の距離はどんどん離れて行っているんじゃないかと最近思う。

 しかし、考えていることと実際とは異なる場合が多い。

 ここは、談話室。昼間に家を出た俺は、いつも通りに学院までやってきて、今のところクラス会の打ち上げに参加している。

 生徒たちの憩いの場。しかし今日は休日で、利用者もそれほどいない。我が國では海の日とよばれている休日である。生徒たちは皆部屋で寝ている。つまり一学期もお終いだからだ。後は終業式だけ。長い長い夏休みの幕が上がると言う訳だ。

 さて、そんながらんとしているはずの談話室であるが、今は若干異なる様相を呈している。打ち上げの参加者は、俺が担当しているクラスの美術選択組、十名だけであり、以前から企画していた通りの内容である。が、実際は異なる。音楽を選択していた蜂須賀も、招待されたようで、混じっているため、この場には現在俺を含め十二名がソファを並べて座している。テーブルの上には、持ち寄ったお菓子が散乱している。ルームサービスも頼んで軽食をつまみながら騒いだ。

 しかし掃除をしているメイドさんたちには大変申し訳ないところである。本当に。全く肝が据わっていやがる、俺たちがいるのは談話室のメインスペースであるが、奥の方には、かのペルシャ絨毯らしきものが敷いてあるのだ。あれはおそらく、土産物のダミー品とかそういうんじゃあ決してないだろうと、あまり実物を拝んだ経験もない素人目でも思うのだが、あんなものにお菓子なんてこぼしたら事じゃないか、などと心配してしまうのは俺だけなのかも知れない。ここは世に謳われるお嬢様学院である。地方に分校だってあるらしいぞ。

 優雅なふるまいの上級生たちに、俺はたびたび恐れをなしていることもあり、特に堅城のクラスの娘たちときたら。しかしこれはどうしたことだろう。一部を除いて普段はおとなしかったはずなのに。無礼講。それはいい。だが、こいつらこんなに騒がしかっただろうか。よく饗庭や御厨は比較的おとなしいのだが、蜂須賀を足したいつもの面々と一緒となると、気分が高揚でもするのだろうか、そりゃ、饗庭にしたら自分が住んでる寮に友達が集まっている状況と言うのはなかなか嬉しいものかも知れないが、笑顔で校歌斉唱なんかされるとは。

 ここで、校歌とは言え俺は初めて蜂須賀の歌声を聴いたのが、どうやらセーブしているらしい、きっと本気で歌ったら相当のソプラノだろう。それを感じさせる済んだ歌声だった。

 そういえば、ダンスが必修になったのはいつごろだったか。確か、俺がガキの頃にはもう必修だった覚えがある。それゆえに、こいつらであってもそれなりに踊れるはずなのである。うまいことアニメ好きも固まっているし、このままほっぽってたら、何を踊りだすか解ったもんじゃあない。以前、学生時代俺が女装コスプレで踊らされる羽目になったというのも、若い層はある程度踊れる人間が多いからだ。そのうち町をあげてスリラーでも踊るところが出てくるに違いない。恐ろしい、デストロイア。

 こいつらの中に、美術で赤点を取った生徒は一人もいない。まあ当然と言われれば当然なのであるが、このまま無事に夏休みを迎えられるかと言えば、そうではないやつもいるんじゃないか、と俺は考えている。

 その他の教科のテスト結果がどうだったかは聞いていないし、明日が終業式と言うタイミングである。成績表配布はその後のHRで、と相場が決まっている。たぶん。そうすれば判明することだろうが、やらかしている人間は何人かいるはずである。美術選択組に限らず、だ。クラスメイトはこの場の人数からさらに倍以上に増えるのだから。それにしたって、そんなに騒がなくてもいいじゃないか、打ち上げとはいえ。

 なんだか疲れた。ので、談話室から出て俺は自室に退く。

 トイレに行きたい、と一言残して。

「せんせ、トイレはそっちじゃないよ」

「なに出水、お前もトイレか」

「違うよー、せんせを追っかけてきたんだよ。トイレに行くようには見えなかったし」

「俺はな、自室のトイレの方が落ち着くんだ。ちょっと一息つきたいだけだし、別にどこも行きやしないぜ」

「よっし、じゃあ私もせんせの部屋、お邪魔していいかな」

「駄目だと言った覚えはないが、どうかな、このタイミングでそれは」

「じゃあ部屋の外で待ってるから、トイレ済ませたら早く出てきてくださいよ」

「そ、そうか。じゃあさっさと済ませてくるとしよう」

 待たせたら悪い、なんて俺が思うとでも考えているんだろうか。そうはいかないぞ、出水よ。もちろん、トイレに行く気は最初からない。

「なあ、出水は赤点とったのか」

「え、その質問、せんせ私のことみくびってませんか」

「どうかな、知識は豊富なようだが」

「保健体育、満点でしたよ」

「そう言う話じゃねえ、いや、そりゃすごい、偉いな」

「撫でてもいいんですよ、兄さ――あいたっ。もう、素直じゃないなぁ」

「その話は忘れろと言ったはずだ。……あ、お前漫画も結構読んでるよな」

「はい、改めて聞くことですかそれ。顧問、やってくれるんですよね」

「それはそうだが。なんだっけ、――そう、鬼夜鋸って漫画家知ってるか」

「あー、知ってますよ。でもラノベの挿絵してるやつしか私は持ってないですね。その作家さんがどうかしましたか」――そうか、やはりラノベの挿絵なんかもやるもんなんだな。漫画描いてるのに。そんなに仕事してるからあんな様相になるんじゃないか。

「どんな絵描いてるんだ」

「あぁ、名前だけ聞いてきたって所ですか。もう、せんせ携帯持ってればちょちょいのちょいなのに、めんどくさいんだから」そう言って手慣れた動作で端末を操作する出水。あれどうなってんだろうな。横から眺めてても、全く何やってんのか解らんが。

「別に見せてくれとは言ってない。印象を聞いてるんだ」

「もう調べちゃいましたよ。ほら、こういう絵です」出水が差し出してきた端末に映っていたのは、鬼夜鋸挿絵の小説の表紙だった。

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