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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
テスト、そして夏休み
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Exam results scene1

 成績発表。多くの場合こいつは、学生にとってはいわば運命の分かれ道とも言うべきイベントかもしれない。いや、俺の場合は、――どうだったかな。何にせよ、そんな大それたもんじゃあなかったが。何故かって、それはもちろん最初から、駄目だと解っていたからだ。やる前から自分の結果なんて知れた物だったから、一喜一憂するまでもない。なんにせよ、俺はそういう場合が多い。

 普段からやってるかそうでないかと言うのも、大きく影響する。宿題一つとってもそうだ。いや、それを断言するのはどうかな。宿題、いつも全くやらないヤツが、いつもやってるヤツにテスト結果だけで勝つ場合はある。出来るのにやる気を出さない。見てて歯痒い、そういう無気力なやつに、憧れてはいけない。テスト結果は良いと、少なくともトータルの成績ではどうあっても及第点を与えないわけにはいかない。それで授業中寝ていると言っても、不合格なんて無理が通るはずもない。無理を通そうとすれば出来るだろうが、親御さんが黙ってないだろう、テスト結果は良いんだから、先生の裁量でそうなったというのは誰の眼にも明らかになる。先生に同情してくれる生徒がいるはずもないし。因果な商売だよな、教師ってのも。

 そんなこんなだから《問題児》なのだ、そういう生徒ってのは、色んな意味で。

 まあ、俺の担当にはそんな生徒はいないので、やっぱり有り難い事である。

 先日、会社に顔を出したのは、採点作業が滞り無く済んだからだ。結果は、何の事もない、全員満点近く届いてくれた。おめでとう。早くそれを知らせて、連中を安心させてやらねばなるまい。とはいえ、他の科目の結果は知らないけど。俺がそこまで心配してやる事もない。今後手助けしてほしいと言われれば、他の教科も少しは手を貸すつもりでいる。

『おはようございます秋聞様』

「うん、おはようさん。良い天気だな」午前中は朝日が良く届く。庭園のほうは照り返して眩しい。俺は深呼吸をしながら伸びをした。背筋がだいぶ軋んだような音を出すのが解る。やばいな。これだから運動不足は良くないと言うか、デスクワークで同じ体勢でずっと居るのが良くないのだ。一度集中するとどうも、な。立ち上がるのが億劫になる。流石にトイレには行くが。とりあえず、朝に気付けの一本、コーラを買った。

「おはようございます、秋聞さん」

「はい、おはよう――って、どうしたんだあんた。生活習慣が狂ったのか」

「あはは、いきなりそれはないでしょう、失礼な人ですね」コーラを開けた所に俺の背後から現れたのは、自称漫画家、コーヒーの人こと香芝さん。不健康そうな三白眼だが、パンキッシュでなかなかイカす。しかし、漫画家の部屋着はよく解らん、モノトーンで派手ではないが、なんか本当にバンドのライブ衣装みたいなのだが。てろってろとしてる、サテン生地というやつだろうか。こういうのが似合っていて、なんか良いな。

「いやまぁ、すいません。でも漫画描いてるんでしょう」

「漫画描いているかどうかは問題ではないですよ、この時間なら、あなたが居るかもと思って出て来たんです」なんだって。不意に恐いことを言ってくれるものだ、俺の生活習慣は出勤日を除いては決して規則的ではないと言うのに。運動不足だし。

「何か俺に用でも」

「ええ、少し思う所が有りまして。ちょっと、僕の手を見て下さい」どうしろって言うんだ、俺に。いや、手を見ろと言っている。それにしたっておかしいだろう、論理が破綻しているってもんだぜ。いや、俺も冷静をつとめなければ。先ほどから調子が狂っている。

「……」指輪でも見せつけるように、彼は右手の甲を俺に向けた。実際、髑髏のリングをしている。なるほど、趣味は知れたが。

「わかりませんか」

「……なにがですかね」さっぱり。本当に指輪の話でもしたいのだろうか。

「ではこれならどうでしょう」そう言って、閉じていた指を広げる。すると、自然と俺の視線はその指の動きを追う事になった。

「……こいつは」

「あなたならすぐ解ると思ったんですがね。でも僕が何を言いたいか、察しは付いたんじゃないでしょうか」

 ――……《ペンだこ》だ。

 そいつが、香芝の指にはあった。

「なるほど、立派じゃないですか。漫画家の勲章だ」

「ええ。あまり自慢にはなりませんがね。それでは、ご自分の右手をご覧になっては」こいつ、また白々しい事を。芝居がかった演出が好きらしい。言われなくても、いや、見るまでもない事だ。

「確かに、俺の手にもこの通りペンだこはある。でも不思議でもなんでもないでしょう、これくらい。筆圧が強けりゃ文字しか書いてなくたって、出来る人は出来る」

「いえ、秋聞さん、あなたは僕のペンだこを見て漫画家の勲章だと言いました。でも自分のはそうではない、と仰るのですかね。先ほどから動揺しておられます。この話と、関係が無いとは言い切れませんよね、言い逃れをなさるお心算で」

 言い逃れさせてもらうよ、悪いけどな。

「俺は、漫画なんて描いた事はない」これは真実だ。

「でも、絵を描いているんじゃないですか。僕が聞きたいのはそれですよ。僕を警戒するのは解りますけど。最初にあなたが自販機さんを利用した時から気付いてました。この人は僕と同じにおいがする、と」

「勝手に言ってれば良い。何か勘違いしてるみたいだが、俺の仕事は美術の講師だ。絵くらい描くし、ペンだこも学生時代からある。それだけのことだ」

「そうですか、なるほど、美術の」

「ほら、不思議でも何でもない、と言ったじゃないですか。生憎俺はこれから出勤でね、名残惜しいがそろそろ出なけりゃならない。それでは」

「よく解りました。そのうちまた話しましょう」厄介だな。

『ご利用ありがとうございました』

「お前、言うの遅くないかそれ」自販機さんはまた節電をしてたのか、人が前に立っていたのに。

『お邪魔になるかと思いまして』

「何だ、それ。前はキレやがったくせに」こいつは、変な事を覚えてしまったようだ。

「はは、相変わらず仲がよろしい。それでは僕はコーヒーを買います」

「はいはい、俺はもう行くからごゆっくり」

「いってらっしゃい」

『いってらっしゃいませ』

 香芝の方が僅かに早かったのが悔しい。

 そうして、ちょっと不快な朝を少し越えて、麗らかな午前中、学院の寮より。

「それでな、運動不足を何とかしたいと思ったんだよ」

「って、前にも言ってなかったっけ、君」

 今日は堅城が俺の部屋に来ている。何か、先日は寝起きを見られたからとかよく解らない理由でだ。理不尽極まりない話だが特に困る事もないので招き入れた。ジャージにポニーテール、そして眼鏡。いつもの堅城である。

「そうだな。そして、そのためには、ジャージを買わないとならないんだが、まだ購買部に行く気がしない。ジャージを買いに行くっていうのは何か恥ずかしい」

「何でジャージに拘ってるんだ」

「運動する時はジャージだろ」似合わないと言われてムキになってる。とは言わない。

「間違ってはいないけど、ランニングウェアとか、もっと相応しいものが有ると思うよ」

「学院でジャージより相応しいものなどあるものか。だが、そういうのも売ってるのか、購買部に」

「あぁ、でもそうか、スプリンター系のになる……かな」

「そういうのは、いい。ジャージで間に合うだろう」

「他にも、トレーニングウェア……とか」

「い・ら・な・い」

「そうか。しかし軽い運動不足なら、どこででも解消出来るんじゃないか。ちょっと空いた時間にストレッチするとかでだいぶ変わるはずだよ。試しに、ここで私がやってみせようか」そう言うと堅城は、人のベッドに腰を下ろした。

「それはやめてくれ」

「何でだ」真顔で聞き返して来た。いや、微妙に口元が笑っている。アホらしい。アホらしいが――

「ここは俺の部屋だからだ」――こいつ相手には下手な事は言わない方がいい。無難な返答しかできないのが俺の弱い所だ。やれやれ。

「ふふ、君はやっぱり馬鹿だな。この部屋で寝た事なんてないくせに、いいじゃないか別に」ジト目でこちらを見て来た。わかんねえかな、いい年して何考えてるんだって話だよ。学生気分じゃあるまいし。

「うるせーよ。さて、そろそろテスト返却のお時間が来るが」と、準備したいから、出て行け、という旨をさりげなく伝えたつもりだったが。

「美術の答案には興味がある。良ければ見せてくれないか」伝わらなかったらしい。

「そういうのは俺の部屋に来た時に仰って下さい。時間はまだあるから良いですが」俺はプラスチックケースから、採点済みの答案用紙を手に取る。高得点ばっかりだ。

 これは、先輩教師の眼からしたら、どう見えるんだろう。

 少し心配になってきた。

 大丈夫なのか、これで。

「どれ、見せてもらおうかな。……おぉ、何か描いてあるじゃないか」一番上は饗庭の答案だな、順番的に。なかなか、シュールな作品だった。

「問の20。四コママンガを描きなさい。配点は一コマに付き4点、各々の内容に応じて更に4点満点で評価を行う。なるほど、美術らしくて面白いじゃないか。これをやりたかったんだったな、君は」――饗庭の得点は、96点。他も大体似たようなものである。逆に言えば、削りようがないと言う話だ。仕方ない。

「ははは、『それでは右手をご覧下さい。それが右手でございます』だって。面白いじゃないか、これ。しかし随分上手い絵だな、満点あげるしかないじゃない、ねえ」

 手を見てくださいとか、朝に言われて来たばっかりだな、と思った。そういう答案もあったな。しかし、今改めて考えると、どっかで聞いたようなネタな気もしなくもない。なんだったか、だが、これぐらいなら普通に思いついてもおかしくないし、どっかしらで使い古されているネタかもしれないし、大目に見ておいてやるとしよう。これは、出水の答案だった。――いや、となるとあいつはどっか解っててやった節がある。そんなかま掛け、どうでもいいが。

「ほら、答案まとめて下さい、そろそろ出ますから」

「うんわかった、帰って来たら一仕事終えた可愛い後輩に、お昼ご飯を作ってあげようじゃないか」

「どうせカップラーメンだろ」

「よく解ったね」

 準備を済ませて、堅城と一緒に部屋を出ると、寮の廊下に見覚えのある顔がいた。

「……」

「何してるんだ、饗庭」

「えと、今朝は寝坊……して。それで、ニ度寝……してたら、この時間になってた」

「それで俺のとこに。そう言えば、この前いつでも来たら良いとか言った気はするけど、お前ね。二度寝しちゃ駄目だ、そこで」

「ごめんなさい、先生」

「でも、ま、俺の授業には間に合うから俺には謝らなくて大丈夫だぜ。一緒に教室まで行くとしようか」

「えっと、饗庭さんだっけ。よくできてたよ、テスト」

「こら、テスト結果フラゲさせるんじゃない」

「何を言うか。テスト返却前に点数聞きに来る生徒はたくさん居るよ。まさか君は聞きに言ったことないのかな、学生時代に」わざわざテスト結果を先生の所に聞きに行くだと。それで何か得があるのだろうか。解らん。ただ、先に結果を聞いておいたら精神的負担はだいぶ軽減されるかもしれないな。そういう手もあるのか。

「……良かった。私、よくできてたんだね」

「心配してたのか」

「ちょっとだけ」顔半分、前髪で隠れてはいるものの、そう言って饗庭は微笑んだのが解った。――だがちょっと待て、次は四時間目だぞ、前の三時間すっぽかしたんだな、お前。最近せっかく授業出るようになったって聞いたのに、寝過ぎだろう。徹夜でもしてたのだろうか。俺はこいつを問題児とは思わないが、何か事情でもあるんだろうか。穿鑿してもしょうがないと思ってはいるが。

 ――そうか、考えてみれば当然だが、俺は普段学院にいないから、俺の所には点数聞きに来るヤツがいないわけだ。

「饗庭、テスト結果が心配で眠れない夜を過ごしてたって訳でもないんだよな」

「昨日は、ちょっと、……久しぶりにクラン戦があって」

「まあ、いいさ、たまにはこういう日もある」何の話なのかはよく解らなかったが。ゲームの話だろう。おそらく。

 饗庭を連れて教室に入ると、案の定、当たり前のように、出水が冷やかしに来たので、小突いてやった。

「饗庭が寝坊したのはな、何か、徹夜せにゃならん事情があったらしい。察してやれ」

「いや、何でかは知ってるよん。途中までは私、一緒にやってたし」

「お前な……」それでからかいに来るとか、どんな神経してるんだ。ふむ、一緒にやれるって事は、オンラインでのゲームに熱中してたって所だろうか。しかし出水はちゃんと途中で抜けたのか。だったら熱中しすぎないようにって注意してくれれば、いや、饗庭は石動が注意しても聞かないくらいには頑固なんだった。そんなところで、始業のチャイムが鳴り響いた。

「それじゃ、テスト返却するぞ」

 久しぶりに、教室がお通夜になった。結果を聞いている饗庭だけニコニコしている所を見ると、いや、遅刻をして来たから、だろう。これはきっと、クラスぐるみのギャグなんじゃないか、と思う今日この頃である。


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