Examiner scene3
テスト時間なんて大した長さでもないんだから、先に行っとけって話だが、小川先生がトイレから帰ってくるまでの数分は、教卓からしっかりと、テスト用紙を見ないようにしながら生徒を眺めてはいたが、もう問題を済ませて時間を持て余している生徒が大半のようだった。これは特に見回る必要もないだろう。小川先生は帰ってくると、俺に一礼し、そのまま再び巡回に戻った。ううん、なんだかねえ。
そして、テスト時間は無事、終了。本日はもうこれだけで帰れるのだから、テスト期間とは素晴しいものだ。明日もテストなのはわかっているが、遊ばない訳にはいかないという気分になる。午前中に学校の外に出られる、何とも言えない放課後の余韻。どう考えても、そうは言ってられない状況のはずなのだが。
わかってたって、遊ぶに決まってる。それが学生らしいということだ。
「テスト用紙は裏返して回収するぞー」細心の注意を払って回収しないとな。と考えていると、
「せんせ、私が集めてくるね」言うが早いか、皆はちゃちゃっと出水にテスト用紙を渡し、あっという間に回収が終わってまとめて手渡された。あとはそれぞれ、テスト内容について各々相手のところで会話に花を咲かせている。いい雰囲気だ、机に突っ伏して項垂れているのが一人もいない。まあ、いたら困るという話なんだが。これは安心して良さそうだ。うん、お疲れ様。
「ありがとう出水、助かるよ。ただ良い心がけだが特に加点はしないぞ」
「いいよいいよ善意だかんね。でも、なでてくれたりすると嬉しいかなぁ、お兄ちゃぁん」ため息が、はぁ。出ちゃうわ。こいつはまた、余計な事を言うんだからしょうがない。
「残念だが減点決定、だな」
「えー、何でよー」一人一人からプリントを回収してる小川先生が、案の定怪訝そうにこちらを見ている。これはやられてしまったな。他の生徒たちにとっては相変わらずの出水なのだろうが、困ったものだ。せめて、いつでもお構いなしってなノリだけでも、何とかならないだろうか。
「あ、そっか、せんせは《兄さん》って呼ばれるほうが好きだったんだよね。ごめん、忘れてたよ」全くどうでもいい事で、とても真剣に謝ってきた。
「そこじゃねえよ謝る所は。そんなことは思い出さなくていいから、そのまま永遠に忘れててくれ」と言って、俺は本気で怒る気にもなれないのだ。うん、思い出してほしくはないが、覚えていたと言うのは嬉しいような気もするし、それを申し訳なさそうに言われると、さすがに。しかしそれってどうなのだろうな、諦めてるってことなのか、或いは。
――俺にとっては《妹キャラ》っていうのはしっかりもののイメージだ。基本的に清楚で丁寧口調だとなお良し。よって、出水は妹としては完全にドロップアウトだ。
「秋聞先生、それではお先に」いい声の小川先生は、用紙の回収が終わるとそのまま普通に出て行ってしまった。あんまり生徒とは会話をしない先生なのか。
「それじゃ、俺も帰るとするよ」
「あれっテスト用紙は自宅に持って帰っちゃダメなんじゃないの」
「ん、俺はそんな事は聞いてないが。石動、知ってるか」
「私に突然話を振らないでください」
「別に突然でもないだろ、そこでずっと聞いてたんだし」
「それはそうですけど――いえ、聞いてませんでした」言い直さなくても。譲れないんだろうな。聞こえてたけど聞いてませんでしたって意味なんだろう。
「先生って言うとほら、生徒の作文の採点は自宅でやるのがお決まりじゃないか、あれとおんなじ。あんな感じで俺も、じっくり楽しみたいんだよな」そしてきっと、俺は大笑いすることになるだろうから、万一にも堅城に聞かれたりすることはあってはならない、という念押しのためでもある。
「作文って。小学生の先生じゃないのそれ」
「いや、例え話だから」
「えっと、じゃあ一緒に帰ろうよ、せんせ」
「なんでそうなる。一緒にって、ホームルームはどうするんだ」俺はテスト用紙をプラスチックの書類ケースに収めながら聞き返した。
「……解ってて聞いてるでしょう。せんせだって寮に行くんだし、校門で待ち合わせ。どーよ」そう言いながら、左手を腰に、右手人差し指を口に添えウインクをする出水。
「いかにも媚びっ媚びなポーズだ」
「このね、手の角度がポイントね」
「確かに。S字ラインも基本だな。普段がだらしないから、変にしなを作ると気持ちが悪いぞ」
「うっそだー、内心萌えてたくせに。恥ずかしがり屋さんだねーせんせは」
「出水さん、いつまでも秋聞先生をお引き留めしていると紅島先生が来ますわよ」なんだか石動はイライラしているようだ。隣でいつまでもすいません。紅島先生というのは、このクラスの担任の先生である。きっと苦労が絶えないんじゃないだろうか。
「ちゃんと待っててよねーせんせー」
「断る。先に帰る」
「良いのかな、そんな事をしたら、夜道を一人で歩けなくなっちゃうよ」
「それはいやだな。待ってようかな」
「もう、先生は、出水さんを甘やかし過ぎです」
「やっぱり石動もそう思うか」
「はぁ、ど、どういう事ですの」しかしな、こいつのこのノリに合わせられる先生が、果して他にいるんだろうか、とも思うんだよな。きっとほかの先生は苦労しているんじゃないだろうか。もちろん、俺だって苦労しているんだが。
「すいちゃん、私だけってわけじゃないよ。せんせは、皆に優しいよ」
「いや、それも問題かもしれん。二学期からは厳しく行くとするかな」
「えーやだー。今ぐらいゆるーいほうが皆もやりやすいよ。なら、すいちゃんも一緒に帰ろうじゃないか」ゆるーい以外に方法はないんだがな。そもそも、意識してもしなくても私語なんてほとんどないから現状厳しくする意味もない。いや、待て、また余計な事を――
「……わかりました、同伴いたします」少し考えるそぶりを見せたものの、石動の返事は早かった。どうしたらいいんだろうか、これ。
「じゃあ、出水、石動。俺は先帰るから、明日もテスト頑張ってくれ」
「待っててね」
「そろそろ紅島先生も来るだろうし、大人しくしてろよ」
「待っててくださいね」
「……了解」




